65話第2皇子ヘイゼル

 一体、何の用だ?


 ヘイゼルが俺を訪ねてくるとは。


 そもそも、ここ数年は関わることもなかったというのに。


 しかし、嫌な予感しかしない。




 ひとまず、建物から出ると……。


「おい!? いつまで待たせる気だ!?」


「も、もう少しお待ちください!」


「侯爵の娘か……見た目は悪くないが貧相な身体をしおって! あの出来損ないにはお似合いだな!」


「くっ……!」


「なんだ!? その文句がありそうな面は!?」


 ……誰だ? あの豚は?


 そして——今、なんと言った?


「おい、豚野郎——殺すぞ」


 一瞬で間合いを詰め、カグラの前に立つ。


「ア、アレス様……」


「ごめんね、カグラ。もう平気だから」


「なっ——!? 兄に向かって何という口を!」


「……なに?」


 俺はそいつの足元から顔までを眺める。

 俺と似たような身長だが、体型はまるで違う。

 足は短いし、腹は出てるし、顔もパンパンである。

 いや、こんな奴は知らないぞ?


「アレス様、間違いなくヘイゼル皇子です」


 カイゼルが耳打ちをしてくる。


「まじか……何があった?」


 いや——今はどうでもいい。


「おい! 何をコソコソしておる!」


「これはこれは、ヘイゼル兄上でしたか——見違えましたね」


「うむ、そうであろう!」


 ……本当に何があった?

 学校を卒業して一年で何があった?

 確か、国の重役になるための勉強をしているはずだ。

 そのため、国を離れて地方を回っていたと。

 それらは、いずれ皇位につくライル兄上を支えるために。


「それで、何の用で?」


「なに、簡単な話だ——その後ろの娘を寄越せ。私が可愛がってやる」


「ふえっ……? わ、わたしですか?」


 ……堪えろ。

 まずは話を聞いてからだ。

 事と次第によっては——覚悟を決める。


「それは、どういう意味ですか?」


「まだ子供のお前にはわかるまい。だが、優しい兄が教えてやる。その女は処女であろう? だから、私がもらってやる。平民の分際だが、真の皇族である私に初めてを捧げる栄誉を与えてやるぞ?」


「…………」


 あまりの怒りに言葉を失う。


「久々に国に帰ってくれば……大会にて見ておった。良い身体つきなりおって……本当は呼び出しても良かったのだがな。この私が直々に来てやったぞ」


 セレナの身体を舐め回すように見ている。


「ひっ!?」


 俺はセレナを隠すように、豚野郎の前に立つ。


「出来損ない? 邪魔をする気か?」


「何があってそうなったかは知らないし、知りたくもない。だが、ひとつだけ言えるのは——貴様のようなクズにセレナは渡せない」


「アレス様……」


「おい? 勘違いするなよ? 俺はお願いに来てるじゃなくて、決定事項を伝えに来たんだぞ?」


「知るか、そんなもの。いいか? 一度しか言わないからよく聞け——セレナは俺の女だ! もし手を出すなら俺を殺してからにしろ」


 全身から魔力が溢れ出す!


「あ、あぅぅ……」


「な、なんだと?この兄に逆らうと?」


「逆らうも何もない。皇太子でないなら、俺とお前は対等だ」


「私は伯爵家と皇族の血を引いている! 貴様のような出来損ないとは違う! 大会で優勝したからといって調子にのるなよ!」


「母上はれっきとした第三皇妃だ。それは皇帝陛下が認めている。そして聖痕がないだけで、俺は正当な皇族だ。お前となんら変わりはない」


「屁理屈を述べおって……!」


「いや、当たり前のことを言ったまでだ」


「おい! こいつを連れて行け!」


 後ろにいる兵士たちが動き出そうとする。


「死にたい奴だけ前に出ろ」


 全身に炎を纏う。


「くっ!?」


「こ、ここは退いた方がいいかと! カイゼル殿もいますし!」


 兵士の一人が、豚に話しかける。

 俺の横には剣を構えたカイゼルがいる。


「皇族である私に剣を向けるとは!」


「我が主君はアレス様のみ。たとえ皇帝陛下であろうとも、アレス様に危害を加えるならば——斬る」


「な、なっ——!?」


「よく覚えておけ……! セレナは——俺の婚約者だ。それに手を出せば、いくらなんでもわかるよな?」


「チッ! 平民ごときの女が婚約者! 貴様にはお似合いだな! ほら! 行くぞ!」


 そう言い、ようやく立ち去る。


「ふぅ……やれやれ」


「あ、アレス様……」


「あっ——ごめんね、セレナ。勝手に言っちゃって……」


「い、いえ!」


「ごめん、ちょっと待ってね。順番を間違えちゃったから」


「はいっ!」


 俺はカグラの元に向かう。

 その姿は、どう見ても落ち込んでいる。

 今も、ずっと下を向いたままだ。


「アレス様……拙者は」


「カグラ、待たせちゃったけど……俺と婚約してほしい」


「へっ?」


「ダメかな?」


「で、でも、拙者はセレナと違って貧相な身体だし……」


「あんなクズの言うことなんて気にしなくていい。カグラの魅力は俺が知ってるから」


「拙者の魅力ですか……?」


「明るいし、元気が良いし、何事にも真っ直ぐだし、負けず嫌いなところも良いし——まあ、俺からしたらただの可愛い女の子ってことだよ」


「あぅぅ……」


「返事はもらえるかな? 俺は君が好きなんだ」


「は、はぃ……アレス様が好きです! よろしくお願い申し上げます! うぅー……」


「良かったねっ!」


「セレナも良いかな? どうやら、俺は欲張りのようだ。もちろん、仮という形にはなっちゃうけど……」


 流石に平民ということもあるし、カグラの方が優先されるだろう。


「はいっ! わたしはそれだけで嬉しいですっ! ずっと好きだったんですから!」


「ありがとう、俺も君が好きだよ」


「これで二人でアレス様のお嫁さんになれるのだっ!」


「夢が叶ったねっ!」


 突然のタイミングではあるが、もうすでに気持ちは決まっていた。


 あとは、俺の覚悟の問題だと。


 今回優勝したことで、俺の覚悟は出来ていた。


 だから、どっちしろ言うつもりではあったが……。


 しかし、あの変わりようは一体……?


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