56話卒業試験開始

校舎を出て、同じ校内にある試験会場へと移動する。


その敷地面積は広いので、馬車での移動となる。


普段は、魔法の訓練に使われている場所で、俺やセレナには馴染みがある。


いつもは和気あいあいな雰囲気で、そちらへ向かうのだが……。


やはり、今日ばかりは違うようだ。



「「「「…………」」」」


いつもの四人で乗っているが、誰も何も喋らない。

これは、別に示し合わせたわけではない。

みんなが自然にそうなったということだ。

だから、不思議と気まずさは感じない。

みんなが同じ気持ちだということが、お互いに理解しているからだろう。




結局、そのまま会場入りとなる。


そして最後の確認を済ませて、グラウンドに立つ。


初めて見た時も思ったが、イメージは野球場に近い。

低い位置にある、広いスペースのグラウンド。

高い位置に観客席があるのなんかは、そのまんまといっていい。

柵でグラウンドをぐるっと囲んでいて、グラウンドを一望できる。


「ただ、アレには驚いたな」


もちろん、ただ野球場に似ているだけではない。

異世界ならではの仕掛けもある。

それは、四方にある柱。

あれに魔力を送り込むことで、衝撃を吸収するバリアが張られる。

そのおかげで、観客は安全に見れるということだ。


「しかも、音まで遮断するとは……すごいな」


俺達が集中できるように、こちら側からは聞こえないようになっている。

ちなみに、あっちからは聞こえる仕組みになっている。


「さて! 皆さん!」


先生が俺達を呼びかける。

ひとまず、全員が集まる。


「Sクラスである皆さんは、大トリとなります。それまでは各自で好きに過ごしてください。試合を見るのもよし、自分の最終調整を行うのもよしといった感じで。午前中に四試合、午後に決勝まで行います」


全員が静かに頷く。


「良い緊張感ですねっ! では放送が流れるので、それまでは解散です!」


示し合わせたように、全員がバラバラの方向へ移動する。

あのザガンの腰巾着のロレンソさえも……。

おそらく、上下関係なく真剣勝負をするのだろう。




俺はグラウンドを出ずに、試合が行われるリングの近くで座り込む。


「へぇー、さらにリングを用意して、外側にも四方にバリアが張られる仕組みか」


グラウンドの中央には大きなリングがある。

そこが試合する場所で、そっから出たら負けということらしい。

もしくは相手が降参したら勝負がつくという仕組みだ。


「へぇ、ただ勝てば良いってことではなさそうだ」


それに例え強い相手でも、戦い方次第では勝てることもあるかもしれない。


「あれ? ……俺達は八人だから良いけど、他のクラスは?」


何千人といるはずだけど……。




試合が始まると、疑問が解決した。


それぞれのクラスから上位八人が選出される仕組みのようだ。


下のクラスから順に、上のクラスとなっていくみたいだ。


「こうして見ると……やはり、子供に見えてしまうな」


試合している生徒は真剣そのものだが、まるでレベルが違う。

はっきり言って、子供の遊びにしか見えない。

攻撃も防御も疎かで、立ち回りもなっちゃいない。


「普段は交流することなんてないからな」


いまいち実感はないが、Sクラスが飛び抜けているのだろう。


「これは彼らには申し訳ないが……」


学ぶところはなさそうなので、坐禅を組んで静かに自分の世界に入る。




……そして、Sクラスの番となる。


Sクラス専用のスペースに、全員が集まる。


「はいっ! いよいよですね! 審判も先生が勤めますので、皆さんこれまでの成果を遺憾なく発揮してください! ただし! 危険だと思ったら先生は止めに入ります! そして死なない限りは、必ず治してみせます!」


審判兼、治療士ということか。

俺たちの技や癖も知っているし適任だろうな。


「この試合は皇帝陛下も見てくださっております。Sクラスに恥じない戦いを、皆が期待しています……もちろん、先生もです……ご、ごめんなさい……さあ! アレス君とザガン君からですよ!」


「泣くには早いですよ、先生」


「チッ……仕方ねえ先生だぜ」




俺とザガンは、それぞれの武器を持ち、リングの上に上がる。


俺は刀がないので、普通のロングソード。


ザガンは、斧と槍の性質を持つハルバードを使用するようだ。


刃をおとしてあるとはいえ、使う物は大人と同じものだ。


まともに食らえば、骨の一本や二本は持ってかれるだろうな。


「それでは、これよりSクラスの試合を始めます。双方、準備はいいですか?」


「はい、問題ありません」


「おうっ!」


「では……始め!」


「ははっ!」


興奮を抑えきれないのか、ザガンがいきなり突撃してくる。


「ふむ、威力は相変わらずか」


リング内を移動し、余裕をもって躱していく。


「何、余裕こいてんだっ!」


「別に普通さ。もしかして……これだけか?」


威力もスピードも上がっているが……それだけだ。

もっと、小回りを効かせたりすれば良いのに。


「なっ! ふ、ふざけんな——!」


百七十センチの巨体から、縦横無尽に攻撃が繰り出される。


「あ、あれがSクラス……」


「俺達とは次元が違う……」


リングの周りに、生徒達が集まってくる。

Sクラスということで、皆が気になるようだ。


「どこ見てんだよっ!」


「別に見なくてもわかる」


攻撃の方向を確認せずに、半歩だけ下がる。


「なっ——! よ、避けられた!?」


「ザガン、君は気配が強すぎるな」


折角、腕もあるし体格も良いのに……。

それを上手く押さえ込み、一点に集中させれば一流にもなれそうなのに。


「うるせえ! 避けてばかりの臆病者がっ!」


たしかに、まずは相手の出方を伺うのは俺の悪い癖かもしれない。

だが、俺はこれを変えるつもりはない。

どんな相手だろうと、まずは確認をする。

しかし……このままでは試験に影響するし、この辺りでいいか。


「良いよ——避けないから来るといい」


「はぁ? ……ククク……ウラァァァ!」


思い切り振りかぶり、そのまま振り下ろしてくる。


「纏え」


足と手に魔力を送り、素手で受け止める。


「なにぃ!?」


「うん、 良い力だ。素の状態のカグラに匹敵するかもしれない。だが魔力強化も甘いし、腰が入っていない」


おそらく腕だけに魔力を集中して、他が疎かになっているのだろう。

それでは、本当に強い一撃は生まれない。


「ふ、ふざけ……う、動かない!?」


「ザガン、残念だよ。君は地道な努力を続けてこなかったね?」


持って生まれた恵まれた肉体。

高い身体能力と、魔力の高さ。

きちんと地味な鍛錬を続けていれば、こうはなっていないはず。

どんなに恵まれていようと、それにあぐらをかいたら何にもならない。


「なんでこの俺がそんなことをっ……! そんなのは下々の者がやることだっ!」


「まだ、そんなことを言っているのか……さあ、終わりにしよう」


俺の手から炎が上がる。


「なっ——!?」


それは奴の獲物を一瞬で溶かす。


「死ぬなよ? ——業炎脚!」


脚に炎を纏い、後ろ回り蹴りを放つ!


「グハッ!?」


脚の威力は、手の三倍と言われている。

その結果はいうまでもない。


「勝者! アレス君!」


「「「ウォォォ!!!」」」


「すげー! 誰だよ! 出来損ないとか言ったの!」


「あの鬼のザガンが手も足も出ないじゃないの!」


それまで静かに見守っていた生徒が騒ぎ出す。


「はい! 静かに! すぐに次の試合ですからね!」


ザガンに魔法をかけつつ、先生が声を上げる。


よし……これで、ひとまず。


俺は、ここで始めて観客席に目を向ける。


意識的に見ないようにしていた。


もしかしたら緊張してしまうかと思ったからだ。


そして……父上と目が合う。


その目は、よくやったと物語っていた……。



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