55話抽選の結果

さて、本日から……いよいよ、卒業試験の開始である。


今日からは日課である稽古をせずに、精神統一のみで済ませる。


さらには、いつもはみんなで登校するが、今日からは一人で学校へ向かう。


理由は至極単純なもので、これから数日かけて本気で戦うことになるからだ。


お互いの癖や弱点を知り尽くしているので、それぞれに作戦を練ることになる。


大事な友であると共に、試験を争うライバルとなるのだから……。




「ふぅ……こんなものかな」


「アレス様、い、いよいよですねっ!」


「あらあら、カエラが緊張してどうするの?」


「で、でも……ずっと見てきましたから……」


「ありがとう、カエラ。それに母上も」


「何のことかしら?」


「俺がプレッシャー感じないように配慮していただいて。昨日、あまり寝てないですよね?目の下のクマが隠しきれていないですよ?」


「……まいったわね」


「母上、俺は大丈夫です。だから、安心して見ててください」


今日は観覧席で、母上やカエラも見にくる。

もちろん護衛はカイゼルなので、カイゼルも見るということだ。


「本当に……ええ、わかったわ。アレス、頑張ってね」


「はいっ!」


「私からいうことはございませぬ。いってらっしゃいませ」


「ああ、カイゼル」


「むにゃ……おにたん……?」


普段ならお昼寝の時間なのだが、エリカが見送ると言って聞かなかった。

しかし母上の腕に抱かれ、ずっと船を漕いでいた。


「エリカ、きちんと寝ておきなさい。でないと、お兄ちゃんの試合が見れないぞ?」


「うぅー……見たい……ねりゅ……いってらったい」


「ああ、行ってくる」


家族に挨拶を済ませて、俺は一人で家を出て行く。




「いよいよか……中々感慨深いものがあるな」


俺は、この世界に生まれてからのことを思い返していた。


突然の出来事により、結衣や叔父さん夫婦との別れ。


会社のみんなには、きっと迷惑をかけたに違いない。


そして、前の世界と別れ……正直言って、死んだという実感はない。


本当に気がついたら、この世界で赤ん坊だったからだ。


もしかしたら、前の世界の出来事は夢なんかじゃないか?


それとも今見ているのが夢なのか?


そんなことを日々考えてしまうほどだった……。


でも、もうそんなことは思っていない。


俺は今、この世界でアレスとして生きている。


そして、前世の和馬もまた、あの世界で生きていた。


ようやく、ここまでたどり着くことが出来た。


二つの心でもって、俺はこの世界で生きていく。


大切な人達の思い出を胸にしまいながら……。




教室に入ると、普段とはまるで空気が違う。


皆、ピリピリしている。


無理もない……これからの成績次第では、この先の道が決まってしまうくらいだ。


俺は不思議と落ち着いている。


もしかしたら、前世での経験が活きているのかもしれない。


「はい! 皆さん!」


皆が黙って先生を見つめる。


「良い目です! 自信と少しの恐れ……それは、戦いにおいて重要なものです。自信がなければ勝てませんし、恐れなどがないと蛮勇になり、これもまた駄目です。そのバランスが大事だと先生は思います。これから君達は戦場に出ることでしょう。その感覚を忘れないようにしてください。戦場では、それを忘れた者から死んでいきます」


「「「「「「「「はいっ!!!!!!!!」」」」」」」」


先生の真面目な表情と話に皆の声が重なる。

こんなことは、数年ぶりかもしれない。

それだけ、先生の声に熱を感じたからだろう。


「良い返事ですねっ! では、まずは抽選会を行います! トーナメント試合を行います! 誰に当たるか運もありますが、それを含めての試合です! 戦場ではどうしようもない時もありますから。では、回っていくので引いてください」


全員が神妙に頷き、それぞれ箱の中から取り出していく。


「一番……」


黒板には、一から八までの数が書いてある。

一と二があたり、三と四があたるような感じのようだ。


「二番……」


俺と奴の目が、実に数年振りに合う。

いつもは、あちらが逸らしてくるが……今回は、違うようだ。


「ザガンか……」


「ハハッ! ようやくだ……! もう制限はない! 今度こそ貴様を……!」


何やら様子がおかしい……制限?

もしかしたら、今までは俺に絡むなと命令されていたのかもしれない。

大元であるターレス-トライデントから……。

あれから数年……あいつも動き出すということか?


「いや、今は考えなくて良い。ザガン、君とやるのはいつぶりだろうね? お互いに悔いの残らない戦いと、皆に恥じない戦いをしよう」


「ははっ! バカがっ! 恥をかくのは貴様だけだっ! 俺がこの日をどれだけ待っていたことかっ! あの日から肩身の狭い生活……この侯爵家に連なる俺がっ! だが……それも、今日で終わる。お前を倒すことで、俺はターレス様に認めてもらうっ!」


……やはり、ターレスが絡んでいるか。

しかし、まだまだ子供だな。

感情を制御できていないし、俺に情報を与えてしまっている。


「そうか……まあ、それはどうでも良い」


「なっ——!?」


「はいっ! そこまでっ! サガン君! アレス君!」


「チッ!」


「はい、申し訳ありません」


「興奮するのはわかりますが、これはあくまでも模擬戦ですからね! さあ、次々と引いていきましょう」


全員が引き終わり、それぞれの相手が決まる。


俺は侯爵家のサガンに決まった。


一番が俺で、二番がザガン。


三番がアスナで、四番がエルバ。


五番がカグラで、六番がオルガ。


七番がセレナで、八番がロレンソ。


どうやら、俺は仲間と決勝まで当たることはないようだ。


みんなの戦いも気になるが……。


だが、他の人を見ている場合ではない。


俺は意識を集中して、ザガン戦に備えるのだった。


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