54話カイゼルの卒業試験

 最近の我が家では、お姫様が俺を起こしにくることから始まる。


 理由は簡単で、俺が何処かに行くということを伝えたからだ。


 泣き叫んで大変だったが、どうにか乗り越えることが出来た……。


 いや、本当に大変だった……前世の記憶が蘇るほどに。


 結衣も、俺が大学生になって家を出るとき大変だったからなぁ……。


 この世の終わりみたいな顔をしてたっけ……エリカも似たようなものだったな。


 まあ、そんなわけで……その代わりに、暇があれば俺に引っ付いてくるように。


 嬉しいから良いんだけどね。




「おにぃちゃん、朝なのよっ!」


「おい? 何処で覚えたんだ?」


 いや、一人しかいないのはわかってるけど。


「ヒルダ姉様なのっ!」


「そこだけは発音しっかりしてる……」


「うぅー……だって、じゃないと遊んでくれないんだもん……」


 なるほど……甘やかすだけではなく、しっかりと教育もということか。

 なんというか、ヒルダ姉さんらしいな。


「ヒルダ姉さんは嫌いか?」


「ううんっ! しゅき! おにぃちゃんのお話をしてくれるのっ!」


「ハハ……何を言われているやら」


 ……聞かない方が良さそうだな。


「それに……よくわかんにゃいけど、難しいお話をしてくれるの」


「ん? どういったことだい?」


「セイコン? あと……こうぞく?」


 ……完全にカタコトだが、聖痕に皇族か。

 そうか……今から教育をしてくれているのか。

 約束通りに……俺もしっかりしないと。


「エリカ、それはとても大事なことだ。しっかりと話を聞くといい。それが、エリカのためになる。ヒルダ姉さんは少し厳しいけど、それは愛情があるからだ」


 出来るだけゆっくりと、穏やかに語りかける。


「うぅー……」


「まだ早いよな。今はわからなくていい。ただ、覚えていてくれれば良い」


「うんっ! がんばる!」


「よし、良い子だ」


「ふにゃ……きもちいい」


 いつものように頭を撫でてやる。

 結衣と同じように。




 その後朝食を食べるが……。


「流石に膝の上はちょっと……」


「い、いやなの……?」


「……母上、タスケテ」


「もう、仕方ないわね。エリカ、お行儀が悪いと……わかるかしら?」


「ご、こめんなしゃい!」


 俺の膝から飛び降り、自分の小さい椅子に座る。

 うむ、母というのは何処の世界も偉大である。


「はむはむ……おいちい!」


「はいはい、口を拭いて」


「えへへー」


 懐かしい……結衣にも同じようにやったな。

 エリカのおかげで、俺は結衣を忘れずにいられる。

 もちろん、混同してるつもりはないが。




 食事が終わると、カイゼルとの鍛錬の時間だ。


 今日は早めにセレナに来てもらっている。


「アレス様、今日は本気でいきます。なので、アレス様も魔力を解禁にいたします」


「そうか……わかった」


 セレナに、早めに来るように言っていたのはそういうことか。

 もし、何かあっても怪我を治せるように。


「アレス様っ! 頑張ってください!」


「ああ、ありがとう。では、やろうか」


「ええ——まいります」


 いつもは片手で扱う剣を、両腕で振るってくる。

 つまり——威力もスピードも桁が違うということだっ!


「くっ!」


 まるで野球バットを振ったような音が鳴る。


「ふむ、相変わらず避けるのは上手いですな」


「褒められてる気がしないな……」


「ええ、それだけでは勝てませんから」


「わかってるよっ!」


 手と足に重点を置き、体全体を魔力で覆うイメージ。

 俺の魔力量は、もはや一流魔法使い並みにある。

 これもクロスのおかげだ。

 魔力が吸い取られる度に、俺の魔力総量は上がっていった。


「ほう? 剣士ではあり得ない魔力ですな」


「行くよ、カイゼル」


 脚に力を入れ、カイゼルの視界から消える。


「むっ!?」


 横から後ろから、前からと縦横無尽に動き回る。


「私が目で追いきれないとは……」


 ……何を言ってるのさ。

 しっかりと追ってきてるくせに。

 おそらく、感覚的にわかってるんだろう。

 なら……わかってても受けざるを得ない状況を。


「炎のファイアーウォール


 炎の壁がカイゼルの四方に現れる。


「クッ!?」


 その隙に内側に入り込み、周りの炎を剣に纏わせる。


「火炎刃」


 両腕に魔力をこめて、カイゼルに叩きこむ!


「カハッ!?」


 俺の一撃は、カイゼルの剣を破壊し、カイゼルをも斬り裂く。


「ハァ、ハァ……ど、どうだ?」


 カイゼルは腹から血を流している。

 だが、致命傷ではないだろう。


「……お見事。スピードや剣の腕はもとより、課題だった剣と魔法の一体化。そして、それを使った戦術。何より、最後の一撃……私の肉体に傷を負わすとは。こんなことは、いつ振りですかな……ゼト以来のことかもしれません」


「でも、本気じゃなかったよね?」


「いえ、本気でしたとも。アレス様が強くなったのです。そして……アレス様、私とて歳をとるのです。これが生死がかかっていれば別ですが……今の私の本気ということです」


 そうだ、当たり前のことだ。

 本当なら、とっくに引退している身なんだ。

前の世界でいう還暦近くなはず……。

 それを、俺のために……この歳になっても強くあり続けてくれた。


「ありがとう、カイゼル。貴方のおかげで、俺は強くなれた。だが、これからも俺に仕えてくれるだろうか? 俺には……いや、俺達にはお前が必要なんだ。強くなくていい、もしこの先弱くなったとしても……ただの家族して」


「御意……この老骨、命果てるまで貴方に忠誠を誓った者なり。アレス様、ご立派になられました。ひとまず、合格といたしましょう」


「アレス様!」


「セレナ、カイゼルの傷を……」


「いえ、結構です。お嬢さん、いつもありがとう」


「え?」


「これは記念にとっておきますゆえ。きちんと手当はするのでご心配なく」


 そう言い、カイゼルはいつもの位置へ戻っていく……。


「ふえっ? い、いいんですか?」


「ごめんね、セレナ。男にはそういうところがあるんだよ。あと、呼び出しておいて悪かったね」


「いえっ! 貴重なものを見せてもらいましたから! 凄かったですっ!」


「ありがとう、セレナ。時間もあるし、家に入ろうか」


 すると、母上に話があると言われる。


 なので、セレナにはエリカの相手をしてもらうことにした。


「アレス、明日から試験なのよね?」


「ええ、母上。筆記試験は終わったので、試合と実技試験ですね」


「何をするのかしら?」


「Sクラスでのトーナメント方式の試合と、現兵士との模擬戦。あとは、後日に魔物討伐に出ます。それをクリアすれば、晴れて卒業となります」


「あら、大変なのね。でも……嬉しそうね?」


「あっ、バレましたか。いや、楽しみなんです。俺のやってきたことが無駄じゃなかったのか、試されるわけなんですけど……不思議と高揚してますね」


「ふふ……何もいうことはなさそうね。母として嬉しくもあり、少し寂しくもあるわ。大きくなって……もうすぐ卒業ね。貴方を生んだのが昨日ことのように思い出せるわ」


「母上……」


「何も寂しいのはエリカだけじゃないのよ? 私だって、アレスと離れたくないわ。もちろん、カエラだって。でも、それではいけないのよね。アレスの成長を妨げることになるもの」


「俺は必ずここに帰ってまいります。何が起きようとも」


「男の人の目になってきたわね……覚悟を決めた。アレス、しっかりやりなさい。前も言ったけど、私はここで貴方を待っているわ」


「はいっ!」


 ……この試験には、様々な人間も来る。


 高位貴族から下級貴族、兵士や将軍、商人や冒険者まで……。


 スカウトの目星をつけるためと、これからの次世代を担う者を見るために。


 ここで力を見せることが出来れば——俺の願いに一歩近づくことになる。

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