52話ヒルダ姉さんとのお別れ

 ある日、俺は学校が休みだったので……。


 朝の稽古を終えた後、久しぶりに一人で行動していた。


 そして、以前クロスと遊んでいた廃墟に来る。


 ここは俺の隠れ家的なところで、悩みがあると度々訪れていた。


「クロス……?」


(…………)


「反応らしきものはあるが、まだ返事はできない感じか」


 クロスについても色々調べてみたが……。


「これといってわかるものはなかったんだよな……」


 龍とは悪しき者という文献ばかりで、具体的な説明が記載されてない。

 まるで、意図的にそうなっているかのように……。


「その辺りを調べるためにも、他国に行ってみたいが……」


 皇族とはいえ、簡単には見せてもらえないだろうな。

 最悪の場合、闇魔法を駆使して……それはまずいか。


「教会にも行きたいが、今のところは危険だし」


 最低、自分の身は自分で守れるくらいには強くならないと。


「ふぅ……考えることは山積みだな」


 だが、まずは……。


「自分のことか」


 俺は誰だ? ……アレスだ。

 和馬は? ……もう、俺という認識は薄い気がする。

 ただ、倫理観や価値観は未だに根っこにある。


「カグラを女性として愛せるのか?」


 ……カグラのことは好きだろうな。

 これが、いずれ恋になるのか?

 別に恋じゃなくても良いのかもしれないが……。


「ああっ! くそっ! 前世の記憶が……いや、言い訳だな」


 前世でも、恋愛結婚だけが全てではない。

 打算的であったり、一緒にいて安らげる人と添い遂げることも多い。


「なんだ……結局、俺がびびってるだけなんじゃないか」


 カグラとそういう関係になることに。

 そして、セレナとも……。


「インドなんかでも一夫多妻制だし、日本だって昔はそうだったもんな」


 要は、両方を幸せにする覚悟さえあれば良いってことか。


「そして俺には、今は自信がないということか」


 自分のことで大変ということもあるが……。


「俺の妻になるということは、危険な目に遭うこともある」


 大事な二人を守れる力を身につけなくては。


「そのためには、やはり強くなるしかない」


 結局、そこに行き着くのか。

 こればっかりは、すぐにどうこう出来るものじゃないし。


「あとは……ヒルダ姉さんのことか」


 まさか、婚約が決まった瞬間に失恋するとはな。

 あれは、自分でも驚いたな……きっと前世の倫理観が邪魔をしたのだろう。

 兄妹を好きになるとか、余程のことがない限りあり得ないことだからな。

 まあ、といっても初恋というか……純粋な気持ちだったし。

 ただ……あまりの出来事に、未だに消化不良な感じなんだよなぁー。


「あら? バレていたの? 上手く気配を消したのに」


「へっ?」


 ヒルダ姉さんが、扉からひょっこり現れる。


「あれ? 気づいてなかった?」


 言葉遣いや態度に変わりはないが、立派な女性に成長していた。

 雰囲気も刺々しさがなくなり、落ち着いたように見える。

 そうか……もう昔のヒルダ姉さんではないんだな。


「え、ええ……鍛え上げましたね」


 ヒルダ姉さんの聖痕の能力は、弟の同じ身体能力上昇タイプだ。

 それをパワーには振らずに、スピードや足運びなどに特化させたようだ。


「まあね! あっちでは、最悪殺されることもあるだろうし」


 俺の助けとなるためもあるが……。

 どうやら、フラムベルク家を掌握しようとしているらしい。

 父上から命を受けて……最後まで迷っていたが、姉さん自身が望んだと。

 ヒルダ姉さんはそのために、ここ数年鍛えていたそうだ。


「それよりも……会って良いんですか?」


「平気よっ! 護衛はきちんと撒いてきたから!」


 前言撤回! 前と変わってないし!


「いや、そういうことではなくて……」


 なんか、この感じも懐かしいなぁ。


「それに、今はアレスが結界を張っているでしょう?」


「ええ、この会話は聞かれることはありません」


「なら、問題ないわ!」


「相変わらずですね……」


 でもきっと、こういうところに惹かれたのだろうな。

 俺も前世では年上好きだったし。

 だから、尚更のこと十二歳の子と婚約というのがピンと来ないんだけど。


「ふふ、そうね。ずっと話してなかったけど、すぐに昔みたいに戻れるわね。それで、私がどうかしたのかしら?」


 ……ここで、はっきりさせておくか。

 多分、これが最後の機会になるだろうから……。


「いえ……実は、俺はヒルダ姉さんに恋をしていたようなのです」


「……やっぱり、あの時の最期のセリフはそういうことだったのね」


「ええ……ヒルダ姉さんもですか?」


「ええ、そうよ。貴方は私の理想そのものだから。優しくてかっこよくて、強くて誠実で……そして、少し弱い人。誰かが支えないといけない人」


「姉さん……」


「でも、私にはその役目は無理だわ。私と貴方では障害が大きすぎるし、別にそういう関係になりたいわけじゃないでしょう?」


「ええ、それはそうですね……なんとかいうか、気づいたのがあの時でして……」


「まあ、無理もないわね。さあ、どうぞ?」


「へっ?」


「言いたいことがあるんでしょ? 私は——正式に結婚が決まったわ。来年の今頃は、もう皇族の者ではないわ。フランベルク家の者にして、人妻になるのよ。しばらくはこの皇都に夫婦で住むことになるけど、今まで以上に貴方と会うことは難しくなるわ。ただし、エリカのことは任せなさい。約束通りに私が立派なレディにしてあげる!」


 ……やはり、そうか。

 数年ぶりに話しかけてきたから、そういうことだとは思っていた。


「ヒルダ姉さん、エリカのこと可愛がってくれてありがとうございます。そして、俺のことも……俺は、貴女のことが好きでした。その気高い心、意志の強い眼差し、優しい心……貴女は、この世界で絶望していた俺の心を救ってくださいました」


「そう……私もよ、アレス。貴方は私の心救ってくれたわ。きっと、生涯忘れることはないわ」


「ヒルダ姉さん——結婚おめでとうございます!」


「ありがとう、アレス。私は、私の道を選んだわ。貴方も、自分の道を歩いて行きなさい。あんな可愛い子達を泣かせてはいけないわよ? これは……姉としての最後の命令よ!」


「はいっ! 俺は俺の道を進み、彼女達を泣かせるようなことだけはいたしません!」


「良い返事ねっ! それでこそ——我が愛しの弟よっ!」


 ……ヒルダ姉さんが泣き笑いしながら言う。


 そして、俺の胸につかえていたものが、スッと溶けていくのを感じる。


 ありがとう、ヒルダ姉さん……お幸せに。


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