51話カグラとの話
俺が家に帰ると……天使が突撃してくる。
「おにぃちゃん! おかえりなしゃい!」
「ただいま、エリカ。カグラもただいま」
「お、お帰りなさいませ、アレス様」
何もかもがおかしい。
カグラらしくない口調に、格好もいつもと違い、スカートを履いている。
大体いつもは男の子みたいな格好してたのに……。
ただ、俺は鈍感ではないので……ここで言うべきことはわかる。
「カグラ、その格好可愛いね。よく似合ってるよ」
「ひゃい!? あ、ありがとぅございます……」
「カグラちゃん、顔真っ赤だよー?」
「え、エリカ様!」
「エリカ、カグラに遊んでもらったのか?」
「うんっ! あのねー! カグラちゃんと、おにぃちゃんをどっちが好きか勝負してたのっ!」
「っ〜!! ち、違うのですっ!」
「ふぇ!? ちがうのっ!? おにぃちゃんの事嫌いなの?」
「あ、いや、その……す、好きです……」
スカートの両端を押さえて、恥ずかしそうにしている。
不覚にも、ドキッとした自分がいることに驚いた。
なんだ? 胸が高まった? いやいや、相手は十二歳だぞ?
俺にはそんな性癖はない……が、アレスにはあるのか。
今までは子供はアレス、大人は和馬という住み分けがあったが……。
最近はそれも無くなってきて、戸惑うことが多くなってきたな。
「はは……とりあえず、上がっても良いかな?」
「あっ——申し訳ありません! アレス様を玄関で立たせてしまうなんて……あぅぅ……」
「気にしなくて良いよ。さあ、一緒に夕飯を食べようか」
「はいっ!」
「あいっ!」
「ププッ……!」
「むぅ……何故笑うのですか?」
「いや、何でもないよ」
言えないよな……エリカと同じような顔をするとは。
満面の笑みがこぼれるようだったな……。
でも……カグラとなら、良い家族になれるかもね。
「アレス、お帰りなさい」
「アレス様、手洗いうがいはしましたか?」
「おいおい、子供じゃないんだから。まあ、してきたけど」
「子供扱いさせてください……すぐに大きくなっちゃうんですから」
「カエラ……ああ、わかったよ」
俺にはカエラの気持ちがわかる。
俺も結衣が成長した時、嬉しいと同時に寂しさを感じたから……。
きっと、今頃は素敵な女性に成長しているだろうな。
それを見れないことが少し残念でもあり……嬉しくもある。
彼氏とか結婚とか、きっと叔父さんと一緒に落ち込んじゃうからね。
その後、楽しい食事を終え、縁側にてカグラと並んで座る。
エリカは、母上と共に二階の寝室で寝ているだろう。
カエラはお風呂に入ってくると言っていた。
カイゼルまでもが、少し離れてくると言っていた。
まあ、つまりは……気を使われたのだろうな。
「アレス様、涼しくなってきましたね?」
「ああ、そうだね。別に喋り方は気にしなくて良いからね? もちろん、それが嫌とか言っているわけではないから」
「い、いえ……でも、流石にこのままではいけないかと……」
「まあ、確かにね。これから、色々な場面に出るだろうから」
侯爵令嬢として舞踏会に参加したり、御偉いさんと話したり……。
何より領地にて、これから仕事もしていくだろうし。
「それもありますが……拙者は、アレス様のお側にいたいんです——女性として」
「カグラ……俺は……」
「わかっています。アレス様の心の中には、他の誰かがいることくらい」
「…………」
やはり、女性というのは鋭いな。
そして、それに気づけるくらいに彼女も大人になったということか。
「それはセレナとも話し合いましたし、父上達にも伝えてあります」
「それはそれで、次会うのが怖いのだが……」
俺、領民や侯爵に殺されないだろうか?
「ふふ、大丈夫です。それでも……アレス様が好きって伝えてきましたから」
「強いな、カグラは。それに、セレナもか」
「アレス様が強くしてくれたんですよ? セレナも、きっとそう言うに決まってます」
「わかった、君達が覚悟を決めているなら——俺も、真面目に応えようと思う」
「はい……どんな言葉だろうと受け入れます。そしてそれに関わらず、これからもずっとお側にいますから——その場合は仲間として」
「ありがとう、カグラ。正直言って、戸惑っているのが正直なところだ」
「というのは……?」
「俺は前世でそれなりの大人だった。そして人並みに恋愛をしてきたし、大事な女の子もいたんだ。でも、今の俺は前世の俺ではない……それはわかっているんだ。ただ、少し……なんと言ったら良いかな」
「ゆっくりで良いですから……」
「ありがとう、カグラ。そうだな……俺の前の世界では、今くらいの歳では子供扱いなんだ」
「え? 拙者達、今でも子供扱いですが……」
「うーん、極端になっちゃうけど……エリカくらいの扱いと言ったらわかりやすいかな」
「……なるほど、赤子扱いということですか」
「まあ、そんな感じだ。成人と見なされるのも、二十歳になってからだし。それに、若いうちから婚約者なんていない世界なんだ。もちろん、特例はあるけど」
「きっと、平和な世界なんですね」
「こっちよりは幾分かね。あっちはあっちで問題は一杯あったけど。ただ、俺のいた国は治安は良かったかな……だから、いまいちピンとこないんだ」
「そういうことですか……ふむ」
「だから、情けない話なんだけど……もう少し待ってもらえるかな? きちんと答えは出すから……そう遠くない未来に」
「ええ、わかりました」
「あれ? 随分とあっさりしてるね?」
「母上に言われました、あんまり追い詰めてはいけないって。待ってあげるのも良い女の条件らしいのです」
「こりゃ参ったね……だが、助かるよ」
「それにきちんとお話をしてくれましたから。アレス様の正直な気持ちを聞けて嬉しかったですし……拙者のことを大事に考えてくれてるのもわかりますし……あぅぅ……」
「ああ、それだけは間違いない。君が大事だということについてはね」
これまで避けてきたが……いよいよ本気で向き合わなくてはいけないな。
アレスとしての俺、和馬としての俺……二人の俺は、どうしたいのかということを。
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