第40話side~それぞれの思惑~

 ~侯爵家当主ターレス視点~



 ふむ……。


 面と向かって会うのは初めてだったが……。


 中々に面白い子供だったな。


 私と皇帝の力関係、その他の貴族との力関係……。


 民への影響……他国との影響。


 それらを完全にではないが把握しておった。


 消すのが一番かと思っていたが……。


 場合によっては……そういう手もありかもしれんな。


 まあ……あの方に指示されたことはほとんどやったはず。


 あとは……しばらくは様子を見るとしよう。





「ターレス様」


「ん?ああ、お前かレイス」


「再度確認しましたが、証拠等は一切ございませんでした」


 若いが、優秀な秘書のレイスからの報告を聞き、私はほくそ笑む。

 私の家に代々仕える家系の者だ。

 諜報、暗殺まで幅広くな……。


「クク……いやはや、少し自由にさせすぎたな」


 まあ、そういう風に育てたのだから仕方ないが。

 ああいう馬鹿のが扱いやすいからな。


「お嬢様の件ですね?」


「うむ……まあ、甘やかしていたわけではない。ただ、興味がなかっただけだ。あいつの仕事は、次世代の皇子を産むこと……道具となる皇女を産むこと。そういった意味では役に立ってくれたな」


「……消さなくて良かったので?」


「そうだな……まあ、仮に喋ったとしても断片的なことしか知らん。末端の末端の情報しかな……ここに辿り着くことはあり得ない。何より、皇帝も聞かないだろう」


 おそらく、奴にとっても最善だったはず。

 これで、地盤を固める時間ができたのだから。


「しかし……お嬢様には困りましたね」


「まあ、私とてそういうこともある」


 私はあの方と違い万能ではない。

 人間の思考を完全にコントロールなどできるわけがない。

 だったら、失敗してもいいように策を講じることのが楽である。


「少しやりすぎましたが……まあ、あそこで殺してくれても問題ありませんでしたし」


「うむ……その場合の策も講じてあったからな」


 無実の罪で、私怨により殺したとかな……。

 手を回せば、真実などどうとでもなる。


「となるとやはり……アレス皇子ですか」


「ああ、面白い小僧だったな」


 この私を相手に一歩もひかなかった。

 何処で学んだかはわからないが、相当慣れていた感じだったな。


「ターレス様と互角に……失礼しました」


「いや、よい。少し言い過ぎだが、概ね間違ってはいまい。奴は私の思考を読みとり、落としどころを探っていた。自分の置かれている状況や立ち位置も把握していたしな」


「……どうしますか?」


「とりあえずは消さなくてよい。最悪の場合も想定しているしな……」


「ライル皇子が廃嫡されたところで、特に問題はないですしね」


「その通りだ。策とはそういう者だ。常にいくつもの代案や、先のことを考えて練ることだ。第二皇子でも……問題あるまい」


 さて……国内を混乱させつつ、均衡を保つという使命は果たした。


 他国との戦争が起きることや、内戦はあの方も求めていない。


 私の願いにも、そこまでの影響はない。


 二、三年の間は、静かに過ごすとしよう……。


 ゆっくりと策を練りつつな……。





 ———————————————————————



 ~皇帝ラグナ視点~


 ……アレスには敵わんな。


 高潔なる人物のクロイス侯爵や、気難しいゴーゲン男爵に気に入られ……。


 そのおかげで、俺の統治を信じることにすると手紙を送ってきた。


 時間はかかるでしょうが、それまで耐えてみせますと。


 全く……我が息子ながら、大した奴だよ。


 ただ……流石に、今回は驚いたな。


 俺が手こずっていたターレスを丸め込むとは……。


 もちろん、奴ならあそこからでも論破出来ただろうが……。


 それでも、上手く落としどころを見つけたのは見事だった。


「しかし……あいつは何処で学んだ?」


「そうですね……剣の稽古や、魔法の鍛錬はしていたようですが……」


「エリナの魔法の才能を継ぎ、カイゼルの剣技を学ぶ。魔法に至っては、将来は優秀な魔法士になれると太鼓判は押されているがな……」


「宮廷魔法士の連中が言っていましたね。あそこは一部を除いて実力主義の世界。その連中が認めるならば本物でしょう」


「セレナという女の子にも目をつけていたな……ゼノから見て、剣技はどうなんだ?」


 俺は、アレスの剣技をまともに見たことはない。

 あの時も、それどころではなかったし……。

 その時間があれば、話すことや触れ合うことを優先していたしな。

 何より、俺は剣技に関しては専門外だ。


「一流になれるかと……何より、師匠が認めていますしね」


「あれな……そうなるように願ってはいたが、忠誠を誓うとは……少し驚いたな」


「ええ、そうですね。先帝陛下が死んでから、抜け殻だったあの方が……弟子としては嬉しい限りです」


「俺もだ。幼き頃、奴には世話になったからな。話がズレたな……」


「あの交渉術は何処で学んだですよね……」


「ああ、いくら賢くとも9歳だ。あそこまで頭が回るとは思えん……もちろん、あり得ないということもないが……」


「あまりに堂に入っていた……ですね?」


「そうだ。立ち振る舞いや、言葉のチョイス、受け答え……あれらは、経験を積まないと無理だろう」


「まあ……最初から不思議な子供でしたからね」


「赤ん坊の頃から、俺達の言葉もわかっていたようだしな。もしかしたら、それも要因かもしれない」


「それに関してはなんとも言えないですが……ひとつだけ言えるのは、アレス様のおかげで時間が出来ました」


「ああ、その通りだ。あの妖怪ジジイが大人しくしている間に、地盤を固めるとしよう。きっと、もって二、三年といったところか……自分が動くことなく、それとなく周りを動かしていくだろうな……」


「ですね……バレても、トカゲの尻尾切りを図るでしょうし。では、私も微力ながらお手伝いをいたしましょう」


「ああ、よろしく頼む。伯爵家出身であり、俺の最も信頼するお前を頼らせてくれ」


 友としてではなく、皇帝として言うとゼノは跪く。


「はっ! 畏まりましたっ!」



 ……アレス、お前を助けるつもりが助けられるとは……。


 本当に、情けない父親ですまない……。


 時折見せる、大人びた雰囲気や言動の数々……。


 もしかしたら……お前には、何か秘密があるのかもしれない。


 それも……俺達にすら言えないなにかが……。


 それがなんなのかはわからないが……いつかその日が来たならば……。


 どんなことであれ、しっかりと話を聞こう。


 そして、それが正しいことなら……。


 俺は、全力でお前の力になろう。




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