第39話交渉

 ……さて、どうする?


 ゲイボルグ侯爵家当主と会うのは初めてだが……。


 もっとこう……ゲルマの親だから、激情的な人物かと思ったが……。


 まずいな……論破できるイメージが湧かないぞ……。


 俺は前世で営業マンとして働いていたから何となくわかる。


 この状況で落ち着いた態度……臨機応変に対応……その佇まいや雰囲気。


 会社でいうと、酸いも甘いも知る社長や会長クラスの人物だ。


 つまりは……老獪な人物ということだ。


 さて……俺の前世での経験がどこまで通用するか……。





「アレスゥゥ! 貴様さえ……!」


「ゲルマ」


「父上!? ですが!」


「二度は言わない——黙っておれ」


「ヒィ!?」


「母上!」


「ライル、お前もだ」


「は、はぃ……」


「ヒルダは……いう必要がないな」


「…………」


 おいおい、何という圧だよ。

 あの三人が黙っちゃったよ。

 しかも、祖父とはいえ第一皇子をあの扱いか……。

 こりゃ……手強そうだ。


「お待たせしましたな。お初目にかかります。私の名は、ターレス-ゲイボルグと申します」


 ……そして、出来損ないと言われる俺にこの態度……食えないジイさんだ。


「初めまして、第三皇子のアレスといいます。お噂はかねがね……」


「ほう?どういったことですかな?」


「穏やかそうに見えて——怖い方だと」


 俺は視線をそらすことなく、真っ直ぐに見つめる。

 この人は少しでも恐れたり、弱みを見せてはいけないタイプだ。

 思い出せ……! 前世の感覚や知識を……!


「……クク……いや、失礼。良い目をしていますね。それに、恐れを感じない」


「お褒め頂き光栄です」


「いやはや……して、貴方はどうなさるつもりで?」


「逆に問います。貴方は——どうお考えでしょうか?」


「ふむ……娘には罪があるので……大事な娘ですが——死刑で構わないかと」


「ちち……ッ——!」


 ゲルマの発言をひと睨みで黙らせた。


「そうですか……貴方には責任がないと?」


 おそらく、暗殺者や嫌がらせの本元はこいつのはず……。

 ここで、時間を稼ぐことが出来れば……妹も安全になる。


「既に我が家の籍から外れ、皇家に嫁いだ娘。今回は一応参上しましたが、基本的には縁は切れておりますから。王妃の父がしゃしゃり出て、良いことなどないですから。当主とは名ばかりで、私は既に隠居生活を送っておりますし」


 言い方が上手いな……言質もとらせないか……。

 ……あくまでも、自分は関係なく娘がやったというスタンスか。

 この感じだと証拠もないだろうな……いや、それ以上かもな。

  傭兵達は、王妃から頼まれたと吐いたらしいけど……。

ならず者達は、捕まる前に自決したらしいし……。

 自分がそれとなく言って、周りが勝手に動くみたいな形かもな。


「なるほど……あくまでも、王妃の独断だと?それは少々無理があるかと。ただの王妃に、傭兵を雇い手配することが出来るとは思えませんが?」


「ふむ……もしかしたら、忖度をした可能性は否定できませんな」


「と申しますと?」


「隠居している私や我が家の名を使い、娘が勝手に色々手配した可能性はありますな。それを相手側が、私が手配したと思い込んだ可能性も……いやはや、あとは甘やかしすぎたやもしれない。何かあっても、私がもみ消してくれるとでも思っていたのでしょう」


「っ——」


 ゲルマは震えながら俯いている……。

 なるほど……見えてきたな。

 となると……ここから1番良い流れに持っていくには……。


「となると……責任がまるでないことはないですよね?」


「……ふむ……何をお求めですかな?」


「そうですね……貴方には——娘の不始末をどうにかしてください」


「ほう……?」


 顔色が変わった……ここからが勝負だ。

 こいつはライルが皇帝になれればいいと思っていると仮定すると……。


「おそらく、私やその家族を狙った暗殺者なり傭兵というのは、ゲルマ王妃やその周辺の方が頼んだのでしょう。独断で貴方の家の名前を使って……」


 ……そんなことはあり得ないけどな……。

 だが、落とし所を見つけないと……。


「ふむ……その可能性は否定できませんな」


「ならば、貴方がそれを止めてください。それを知った今なら、止められるはずです。貴方自身が監視役となり、暴走を防いでください。ほとんど隠居してるとはいえ、当主ならできないとは言わないですよね?」


「なるほど……それでも、そういった輩が出るなら私の責任と……ふむ」


「そして……当主を退いてください」


「……まあ、そうなりますかね。家の暴走を防げなかったという意味で」


「もちろん、私にも譲歩する点があります。娘さんの死刑を取り消し、幽閉にいたします」


「……ふむ、娘を許す代わりも含めて——ひけと?」


 っ——!?

 今日一番の圧が放たれる……!

 このひけには、俺や家族から手を引けという意味合いを持つ。

 ここで退くわけにはいかない……!


「ええ、そうです。ゲルマ王妃は、何を勘違いしたのかわかりませんが、私が皇位を狙ってると思い込んでいますので。私には、そのつもりはございませんし。きっと、ちょっとしたすれ違いがあったのでしょう」


 ……これでどうだ?

 これは本音なので、俺にその気がないことは伝わるはず……。

 見極めろ……逃すな……。


「……いいでしょう。私の名において、そのように手配をしておきましょう」


 通った……! これで……!


「ええ、それでお願いします。まずは……衛兵!」


「はっ!」


「ここにいるゲルマ王妃を連れて行ってください。ただし、丁寧に。手荒な真似はしないように」


「はっ! かしこまりました!」


「っ——!!」


 なんとも言えない表情で、ゲルマは連れて行かれる……。

 まあ、感謝なんかされるわけないよな。



「では、後ほど誓約書にサインをして頂けますか?」


「……これはこれは……ええ、もちろんです」


「皇帝陛下、聞いていらっしゃっいましたね?あとをお任せしてよろしいでしょうか?」


「お前という奴は……! ああ、俺に任せておけ。ターレス、余についてこい」


「ふむ……かしこまりました」


 そして、宰相モルダとゼトを伴いながら二人は去っていく……。

 そういえば、第二王妃とヘイゼルがいつの間にいないな……。


「ク、クソォォ——!」


「ライル兄上……」


「何故、こうなった!?」


「それは……」


ライルは俺を睨みつける……。


「わかっている! 俺とて!」


そう言い残し、ライルは居住区へ戻っていった……。

やれやれ……まだまだ、前途多難だな。


「アレス!!」


「ヒルダ姉さん」


「あ、あのね! ご、ごめんなざぃ……!」


「何がですか?姉上が謝ることなど何もないですよ」


「ヒグッ! で、でもぉ……きっと殺したかったはずなのにぃ……私が……」


「はいはい、可愛い顔が台無しですよ?ね?お姉ちゃん?」


「アァァァ——! アレスゥゥ——!!」


 俺は黙って、ヒルダ姉さんを優しく包み込む。


「 幼い頃、俺は貴女に心を救われました。ならば、貴女の心を救うのは当然のことです」


「あゔ……! あ、ありがとぅ……!」


「皆さん素直じゃありませんな……」


「カイゼル……」


「お見事でした。あのターレス殿と交渉するとは……何処で学んだので?」


「ハハ……まあ、そのうちね?」


「……まあ、いいでしょう。私は忠誠を誓いました。貴方が何者でもあっても、それが変わることはないでしょう」


「……ありがとう、カイゼル」


 ……フゥ、どうにか穏便に解決することが出来た。


 殺してやりたい気持ちはあったけど……。


 それをしてしまったら、姉上が悲しんでしまうし……。


 何より……あのまま父上が殺していたら……。


 それが禍根となり、どうなっていたかわからない。


 その場合、ターレスもどう動いていたか……。


 とりあえず動きは封じたし、これで家族の安全が確保された。


 ……もちろん、甘い考えなのはわかってる。


 でも……これで良かったと思えるように、未来を見据えて行動しようと思う。





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