第41話後日談

 あの騒動があってから、一週間が経過した。


 ターレスは大人しく誓約書にサインをしたとのこと。


 さらには、本人の行動の制限や政治活動にも。


 これは父上に褒められたな……これで、少しは楽になると。


 良かった……俺でも父上の役に立てることがあって。


 ただ、その際に……面白い子を育てましたね?と言われたそうだ。


 別の意味で目をつけられたかもしれない……。


 ……本当なら、もっと攻め込んでも良かったのだが……。


 一応、皇子を殺そうとしたわけだし……。


 例えば——ライルの廃嫡など。


 ただ、そうなったら……おそらく、ただでは済まなかっただろうな。


 なにせ、父上の地盤は強くないようだ。


 味方も少ないし、俺達という足枷もある。


 貴族共は、出来損ないの俺なら別に死んだところで構わないと言うだろうな。


 実際、聖痕のない皇子の価値など、ないも同然の扱いだし。


 ……ムカつくが、それがこの世界の理だ。


 変えたいのであれば——価値観そのものを破壊するしかないほどに。


 話が大きすぎるな……話を変えるか……。


 ゲルマ王妃は幽閉されたが、部屋から出られない以外は普通の生活を送っている。


 もちろん、本人からしたら不満だろうが……。


 ただ、ゲルマが生きているからこそ、ターレスを抑え込めたんだ。


 死んでしまうと、それを材料にして介入してくるだろう。


 決定的な証拠はないわけだし……。


 何より……国内で争うのは得策じゃない。


 潜在的敵国である、グロリア王国があるからだ。


 さらには、フランベルク侯爵家も動くかもしれない。


 あそこは皇家の血を受け継いでいる……。


 噂では、自分達こそが正統な後継者だと……。


 まあ、聖痕が現れない以上、眉唾ものだろうけどね。


 それに、国内で争い最も割りを食うのは民の方々だ。


 なので、皇族で殺し合いをしている場合じゃない。


 前も言ったが、父上の兄達の二の舞は御免だし。





 ……さて、一応平和が訪れたんだけど……。


 今度は、色恋沙汰が発生したみたいです。


 たった今……放課後の、学校の教室にて。


「ア、アレス様!」


「どうしたんだい?オルガ」


「あ、あのですね……また、お家に行ってもよろしいでしょうか?」


「……カエラに会いにかな?」


「え?ち、違いますよっ!そうっ!妹君に会いに……」


「オルガ……僕は、妹をダシに使われるのは——」


 俺は鋭く睨みつける。


「す、すみませんでした——!!」


「全く……で、なんだって?」


「カ、カエラさんに会わせて頂けるでしょうか?」


 ……そうなのだ。

 俺の家に行った際に、カエラに一目惚れをしたらしい。

 まあ、ノスタルジア出身で、黒髪黒目の美少女だ。

 オルガからしたら、よっぽど馴染みがあるだろうな。


「まあ……良いけど、なんで僕に許可を?母上とかじゃないの?」


「え?だって……アレス様のメイドさんということは、そういうことですよね?アレス様の

 物と言いますか、女を教えてくれる方と言いますか……」


 ……これはオルガを責めることは出来ない。

 前世とは違い、専属メイドは確かにそういう役割を担うこともある。

 いざという時に失敗しないように、歳上の女性をあてがっておくのだ。

 ただ……オルガが、少し勘違いしてるだけで。


「いや、カエラはそういうアレじゃないよ?」


「え?しかし……アレス様が運ばれた時、泣き崩れていて……とても愛されているのだなと……ですが、メイドでは皇子様の奥さんにはなれません。僕の家なら男爵家ですし、そういうのもありませんし……」


 ……なるほど、そうだったのか。

 勘違いされても仕方のないことだな。

 あとで、きちんと謝らないといけないね。

 ただ……その前に。


「カグラ?セレナ?」


「ひゃい!?」


「はわっ!?」


「何を聞き耳を立てているんだい?というか、君達が説明しといてくれよ」


「い、いや……拙者も、オルガと同じことを思っていたので……ほっ、違うのですね」


「わ、わたしも……愛人?よくわからないけど、貴族の方はそういうのがあるから、お母さんが許してあげなさいって……」


 ……どうしよう?

 どこから突っ込んでいいかわからない……。

 え?ずっとそう思ってたってこと?

 いや、俺が悪いのか?説明しなかったし……。

 そして……セレナの家に行こう、誤解を解かなくては……!


「とりあえずっ!カエラはそういうアレではない!もちろん、大事な人であることに変わりはない。僕の家族であり、姉である人だ。オルガ、君なら——カエラが嫌でないなら近づくことを許可する」


「あ、ありがとうございますっ!」


「セレナ!最大のライバルが減ったのだっ!」


「はいっ!やりましたね!」


「……セレナ、君までもかい……いや、逞しくなって良いことだね……」


「よし!私達も行くのだっ!」


「行くのだっ!」


「言葉遣いまでも感化されてる……」


 その時、教室のドアがバーン!と音を立てて開かれる。


「アレス!!」


「姉上、どうしたのです?」


「は、話は聞いていたわ!わ、私も……行っても良いかしら……?」


 どうやら……聞き耳を立てて、様子を伺ってたようだ。

 まだ、昨日のことを気にしているんだろうな……。


「もちろんです。大好きな姉が弟や妹を訪ねるのに——許可がいりますか?」


「……アレス……ないわ!私——行くわっ!」


「ええ、どうぞ。エリカも母上もカエラも、何より——僕が喜びますよ」


「し、仕方のない弟ねっ!良いわ——可愛がってあげるっ!」


 泣きそうになりながらも、姉上は微笑んでいる。


 ……良かった、本当に。


 この方の笑顔を守ることが出来て……。


 よくよく話を聞けば……父上に密告したのは姉さんらしい。


 自分の母親の悪事を……俺を救うために……きっと、辛かっただろうに……。


 もちろん、俺以外には知らないし、姉さんも俺が知っていることは知らない。


 だから、これで良かったんだ。


 何より、両親とカエラ以外で、初めて俺を愛してくれた人だから……。


 きっと……ヒルダ姉さんがいなかったら、俺はどこか歪んでしまっていたに違いない。


「ねえねえ、カグラちゃん」


「わかっている、セレナ」


「実は……1番のライバルって……」


「うむっ!ヒルダ様なのだっ!」


「……君達は、何を言っているのかな?姉さんだからね?」


「そうよっ!アレスが欲しければ——まずは、私を倒してからよっ!」


「「はいっ!」」


「良い返事ねっ!」


 ……まあ、良いや。


 皆の笑顔を見ながら、俺は切に願う。


 ……この平和な時間が、少しでも長く続きますようにと……。


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