第16話妹の名前と遠出

 初めての実戦から、2週間が過ぎた。


 姉上のお陰なのか、あれから奴らが絡んでくることはなかった。


 それに、大臣達や王妃達からも何も言われていない……。


 そっちは、父上が上手くやってくれたのかなと思っている。


 ただ、ザガンやロレンソは奴らの派閥らしく、俺に嫌味などを言ってくるが……。


 自分に言われる分には、大したことはない。


 子供の言う戯言だと受け流せるし、こっちは前世の記憶があるしな。





 そんな日々を過ごしていたある日のこと……。


「え?僕が?」


「は、はい!私の家に来てもらえませんか!?」


「良いけど……喋り方、どうしたの?カグラらしくないけど……」


「え……?変ですかね……やっぱり……」


「ううん、変ってことはないよ。ただ、どうしたのかなって……」


「母上が……す、好き……違くて、アレス様の側にいたいなら、きちんとした言葉を覚えなさいって……」


「……それは、無理してるのかな?」


「……少し」


「なら、無理しなくていい。そういうしおらしいカグラもいいけど、僕は普段のカグラも良いと思うよ?もちろん、公の場ではさっきみたいにした方がいいけどね」


「あぅぅ……」


「ハハ……カグラちゃん、顔真っ赤……」


「赤くないのだ!」


 あんまりからかうもんじゃないか。

 可愛いから、ついね……。

 俺も、やっぱり子供になっているのだろうな。


「それで……どうしたのかな?」


「父上と母上が、是非来て欲しいって……本来なら、こちらから行くべきなのはわかっていますがと……もちろん、全ての手配はこちらですると……」


 確か……魔界に近い国境付近を守っているんだよな。

 そりゃ、中々離れることは出来ないだろう。


「うん、いいよ。僕1人かな?」


「セレナも来るのだ!オルガも!」


「ふえっ?………わ、私も?」


「僕もですか……侯爵家当主に……父上と仲は良いとは聞いていますが……」


「遠慮しなくて良いのだ!うちは、そういう堅苦しいことは気にしないのだ!」


「カグラが言うなら、みんなで行こうか。オルガとも、出掛けたことないしね。次の休みはどうかな?」


「わ、私は平気です!」


「アレス様……覚えていてくれたのですね……ええ、僕も問題ありません」


「うむ!決まりなのだ!」


 そうして話はまとまり、それぞれ報告や親睦を深めて日々を過ごす……。




 そして……週末になり、出かける日を迎える。


「母上!動かなくて良いですから!」


「まだ、平気よ」


「ダメですよ、エレナ様。さあ、戻ってください」


「むぅ……可愛いアレスをお見送りしたいじゃない……」


「僕が行きますから」


 母上に近づくと、強く抱きしめられる……。

 安心する……懐かしい感覚……。


「この人がお兄ちゃんですよー。エリカ」


「あれ?名前……?」


「昨日、決めたわ。もう、あと3ヶ月くらいだもの」


 どうやらこの世界は、十月十日というわけではないようだ。

 7ヶ月から、9ヶ月で生まれてくるらしい。

 聞いた時は驚いたが、人の死が軽い世界だ。

 本能的に、そういう作りになっていったのかもな……。

 そもそも、前の世界の常識を当てはめることが間違っているかも……。


「そうですか……エリカ。僕の名前はアレスだ。無事に元気で生まれてくれれば、他に言うことはない。たとえ、何があってもお兄ちゃんはお前の味方だ」


 今度こそ、君を悲しませない……!


「ふふ……まるで、妹がいたみたいに慣れてるわね?」


「……シュミレーションしましたから」


「良かったわねー?エリカ。優しいお兄ちゃんで」


「アレス様ー!時間ですよー!」


「おっと、待ち合わせしてるんだった。では、行ってまいります」


「ええ、いってらっしゃい」


「アレス様、お気をつけて」


 俺は馬車に乗り、三人と合流してそのまま皇都を出て行く。




 道中にて……。


「すまないね、カグラ。護衛の騎士まで手配してもらって」


 本来なら、皇族である俺には護衛がつくはずなのだが……。

 大臣達や王妃達がうるさいからな。

 代わりに父上が、ブリューナグ家に働きかけてくれたようだ。


「いえ!当然のことです!我が家が誘ったのですから!」


「うん、それでもありがとう」


「ドキドキ……お外に出るの初めて……」


「僕は地方から来たけど、セレナさんは皇都で生まれたからね。アレス様は?」


「僕も初めてだよ。だから、ワクワクしてるかな」


「皇族の方ですからね」


 ……まあ、姉上みたいな例外もいるけど。

 継承権がないのも理由だろうな。

 俺は聖痕がないから、外出許可が下りた。

 ……少々複雑な気分ではあるな。


「わぁ……!すごいですね!」


「どれどれ……ああ、すごいね」


 馬車の外には、見渡す限りの草原が広がっていた。

 生き物や魔物達が徘徊しているが……。


「……世界は広いな……」


 生まれてからしばらくは家から出られなかったし……。

 街を自由に歩き回ることもできなかったし……。

 いつか……旅とかしたいものだな……。

 まあ、無理だろうけどね……。



 この時の俺は、知る由もなかった……。

 この先の出会いで、運命が変わることを……。

 いずれ、旅などと言えない出来事が起きることを……。

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