第4話 書と師 ~師との再会~
連合王国内を通ずる多くの街道が交差する都市『エディン』。
そこは必然的に交易で発展してきた街であり、その恩恵もあり国内で文化が発展している街であるとも言えた。
カナリア達は前の宿場町を朝早くに出発し、正午を少し過ぎた頃にこの街へやって来た。そしては宿を取ると早々にカナリアは学術院の制服に袖を通し外出する。
目的地は街の中心にほど近くにある学術院分院。今回の彼女の旅の主目的はここへ書物を届ける事であった。
市街の中心にある領主の館と政庁舎を横切り進むと公園の様な木々が生い茂った一際大きな敷地が見えてきた。
ここが学術院分院である。分院の広い庭は住民に開放されている為、敷地内にはそれなりに人がいる。
人の波を避けながら学舎へ着いた彼女は扉を開けエントランスホールの奥に位置する受付へ向かう。
「王立魔術学院、魔術学科及び錬金学科所属学生 カナリア・エレスティア。本日はキャサリン・アンドレア分学長より学院へ貸与要請の有りました書物をお持ちいたしました。分学長へのお取次ぎをお願いいたします。」
彼女カナリアが受付にいた女性に身分と訪問目的を伝える。受付の女性は掛けていた眼鏡を外しながら親しげな笑みを浮かべ答えた。
「アンドレア先生なら間もなくここへ来るわよカナリア。それにしても久しぶりね。」
「ええ、エミリー。あなたがアンドレア先生と一緒にここへ赴任して以来だから、1年ぶりくらいかな。」
受付の女性エミリーは元々キャサリンの内弟子であり、彼女が学院で教鞭と取っていた頃は彼女の身の回りの世話をしていた。
また当時の教え子の中でも比較的年の近いカナリアとは友人関係にもあった。
分学長となったキャサリンの身の回りの世話は専属の使用人が行っている。そのためエミリーも今は受をしながら補助教員として教壇に立つこともあるのだという。
そんな他愛のない世間話に花を咲かせていると、エントランスに一人の女性が入ってくる。
仕立ての良いドレスを上品に着こなし、優雅な足取りでカナリアのもとへ近づいてくる。キャサリン・アンドレア分学長その人である。
既に70歳近い年齢でありながらその身のこなしや姿勢に老いは感じさせず、力強い瞳は知性に輝いている。
「アンドレア分学長、ご無沙汰しておりました。カナリア・エレスティア。本日は学術院資料管理課の指示により、分学長から貸与要請の出ておりました書物をお届けに参りました。」
カナリアはうやうやしく一礼し口上を述べると、運んできた小包を両手で差し出す。
包を受け取るとキャサリンは礼の姿勢を崩さないカナリアの頭を優しく抱きしめる。
「よく来ましたねカナリア。学生であるあなたが届けに来ると聞いて少し驚いていたのよ。でも会えて嬉しいわ我が教え子。」
「はい……先生。今回は先生にお会いしたくて管理課へ無理を言いました。」
一瞬驚いたカナリアだが、素直にキャサリンの身を任せた。物心つく前に母を亡くし、幼くして学術院へ入学していたカナリアにとってキャサリンは母の代わりの様な存在でもあった。
またキャサリンも教師と教え子、師匠と弟子の間柄と言うよりは我が子の様に接していた。
安堵したカナリアは、次第に涙が溢れてくるのを感じた。精神を集中して涙を止めようとするが、かえって精神は乱れやがてキャサリンの服に顔を埋め激しく泣きじゃくることになった。そんな少女をキャサリンはさらに優しく抱きしめる。
「今まで我慢していたのね。お父様や国の人々を失ったのに人前であなたの素性を知られる訳には行かなかったものねアシュタリア様。今は私達以外は誰もいないからお泣きなさい。」
キャサリンはヴァイス公国の元貴族でありカナード公の知己でもあった。それ故にカナリア(アシュタリア)の出自についても承知していた。その意味においてもキャサリンはカナリアの心の拠り所であった。
しばらく泣き続けていたカナリアだが、心の落ち着きが戻ってくるとキャサリンから離れると自らのハンカチーフで涙を拭った。
「先生ありがとうございます。少し心が軽くなりました。」
まだ泣き声が残っているが、頭を下げるカナリアだった。
「さてさて、かわいい妹の泣き虫カナリアが泣いているなら、お姉さんとしてはあやしてあげないとね」
どこかおどけた様に言いながらエミリーがティーセットを運んできた。
「わたし泣いてないし、別にエミリーの妹じゃないもん!」
カナリアが幼子のように頬を膨らませる。そしてカナリアとエミリーはどちらからとなく笑い出した。これは幼い頃2人の間でよく交わされていた会話で、その頃はそのまま喧嘩に発展することもままあった。
「まぁ、二人ともまだまだ子供のままね。さあ、カナリアお茶を頂きながら仕事の話をしましょう。」
キャサリンがテーブルへと招く。それに従いカナリアはキャサリンの向かいに座る。
3人分の紅茶を配膳した、キャサリンはエミリーが横に座ると包の封を開け中身を取り出す。
それはそれなりに厚みのある書物であった。表紙厚く、四辺には薄い金属の装飾がされている。カナリアからは書物のタイトルを見ることはできないが、見た所重要な書物であることは間違いない。
しかし雰囲気からして魔導書では無い様に感じる。どちらかと言えば歴史や治世についての書物の様に権威的である。
キャサリンはページをめくり、何かしら確認を行うようにページの上に載せた指をゆっくり動かしている。その表情は先程までと違って真剣そのものである。
数ページ程確認をすると、静かに書物を閉じ再び包の中に入れ自らの横に置く。
そして、目の前に置かれた紅茶をひと飲みすると、カナリアに語りかける。
「ご苦労さまでした。私が本校に依頼していた書物に間違いありません。それに破損なども無いようです。ありがとうカナリア。」
優しく微笑む恩師にカナリアは安堵し、テーブルに置かれたお茶請けとして置かれた乾燥果物の1つを口に運んだ。口内に甘酸っぱい味が広がる。
乾燥果物の味を楽しんでいるとエミリーが尋ねてくる。
「カナリアはこれからどうするの?まだ他の分院に届け物に行く予定?」
「届け物はこれで終わり。ここを発ったら本院へ戻るわ。ちょうど旅の途中で知り合った人の調べ物があって、恐らく本院で調べたほうが早そうだから連れて行く予定よ。」
どこか嬉しそうに話すカナリアに、エミリーは珍しい物を見るような表情をした。
「おや?友達作るの苦手なカナリアにしては珍しい。もしかして気になる人でもできたかな?」
ニンマリと笑みを浮かべながら身を乗り出してくる。エミリーは本来、聡明で学生からも姉のように慕われる優秀な講師である。だがカナリアを前にするとどうしても昔の感じでからかい気味になってしまう。
「わたしと同じくらいの女の子だよ。豪華な造りの剣を持っているの。それは物心ついた頃から持ってたらしくて、その剣の由来が分かれば自分が何処の誰だか分かるかもしてないって。」
そこで紅茶を飲み一息入れる。
「由来って、そんなにいわくがありそうな剣なの?」
先程と打って変わって真面目な表情で質問をしてくるエミリーに対し、あくまで仮定の話と前置きをした上でカナリアは語る。
「まず間違えなく一般人が持つような類の長剣じゃないわ。騎士とか名の通った剣士が携えているならまだ分かるけど。装飾とか質素だけど国の宝物庫とかに安置されている様な品物の様な精密さが有るの。それに恐らく何らかの魔術が付与されているみたい。」
「なにそれ、まるで『千にして一の剣』の伝承みたいじゃない。」
エミリーが心当たりが有るように言う。
「千に?」しかし、カナリアは思い当たるものがない伝承だった。
そんな弟子たちの様子を見ていたキャサリンが横から助け舟を出す。
「『千にして一の剣』。選ばれた人間が生まれた時からその袂に有ると言われる剣よ。持ち主はその剣の力を用いて難業偉業を達成する代わり、剣を手放す時には持ち主に死が訪れるとされている。それ故に聖剣とも邪剣とも言われているわね。」
キャサリンが説明する内容はなかなかに物騒だった。
「難業偉業ってアッシュの剣の腕前は確かに凄いけど、そういうタイプにはみえないなぁ。」
「それは『千にして一の剣』の話よ。それにその娘の剣がそうだと決まった訳じゃ無いでしょ。あくまで『千にして一の剣』の伝承に似ているってだけの話。そこから先はアッシュ達がこれから調べる事よ。」
仮定の話をそのまま結論に持っていこうとしてるカナリアに対し、エミリーが釘を刺す。カナリアは魔術、錬金術だけでなく様々な分野で実力を発揮している。しかし、この様に確認を行わず思考が飛躍してしまう悪い癖が有った。それに対し思考を制限するのは現実的なエミリーの役目だった。
それを反省するカナリアだが、ブレーキ役不在で、アッシュと2人で旅をする事は大丈夫なのか不安がよぎる。
「あなたは困難を乗り越える事が出来る子です。それにお友達と旅を続けるなら、その人の事を信頼して必要なら頼ることも大切ですよ。」
カナリアの心中を見透かしたかの様にキャサリンが優しく諭す。
「分かりました先生。」そう言うとカナリアは一礼をし、戻る勢いを使い立ち上がる。
「まだ分院のお仕事があると思いますので、そろそろお暇させていただきますね。」
カナリアはそう言うと、自分の杖を持つ。それに合わせてキャサリンたちも立ち上がる。
今までいた客間から学舎の出入り口まで距離は短い。その間、母のように慕う師と姉のような友といる空間を噛み締めながら歩く。
扉を開け外へ出る、西へ傾いた陽の光が強くカナリアを照らす。一瞬その光から目を背けるように下を向くが、そのまま深呼吸を1度行い振り向く。
「分学長。本日は貴重なお時間を頂き誠にありがとございました。」
改めて深く礼をするカナリアに対しキャサリンは無言でうなずく。
「では、またお会いできる日までご息災であらせますようお祈り申し上げます。今度伺う時はアッシュ、わたしの友達を連れてきますね。」
形式どおりの挨拶の後、カナリアはそう言うと踵を返し学舎を後にする。
カナリアが敷地を抜け道に沿って曲がるのを見届けたキャサリンは、届けられた包を開き、書物の表紙を見る。その表紙には『ヴァイス公家系譜』と書かれていた。
「アシュタリア様はいつか、ヴァイス公家の宿命と向き合う日が来るでしょうね。」
姿の見えなくなったカナリアへささやく様に言葉を紡ぐキャサリン。
「でも
キャサリンの後ろに佇んでいたエイミーが仮定を口にする。キャサリンから伸びる影の中にあるエイミーの姿は暗く目元は見えなかった。
「その時はその時です。二人の出会いが状況にどの様に影響を与えるか。それはカナリアと灰被が出会う機会を作った主のみが知るところです。」
そう言うキャサリンの唇は西日を浴びて紅く輝いている様にも見えた。
師の依頼の書を届けた
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