第3話 金と書 ~そしてわたし達は旅立つ~
アッシュの雇い主であるクラヴィスの屋敷までやってきたカナリアは周囲を見回し、誰もいないことを確認すると裏へまわる為の路地へと入っていった。
いよいよ敵地に潜入する事を考えると自然と身体が震える。しかし、やらなければ自分の必要とする情報は手に入らないし、そもそもこの街で自分を狙っている奴らの動きを止めるためにも、親玉の悪事の証拠を見つけて然るべき所へ突き出してやる必要がある。
「はぁ……。」ため息とも深呼吸ともつかない息を吐くと、カナリアは意識を集中し『
『
潜入しようとしているのに爆音を撒き散らした上に、制御に失敗し建物に突っ込んだら元も子もない。その為、この様な時は歩く程度の速度しか出ないが、細かい制御が可能な『浮遊』の方が向いているのだ。
-後は計画どおりにアッシュがうまく時間を稼いでくれる事を祈るだけね。-
宿に戻ったカナリアは手早く着替えを済ませると、アッシュと打合せを行った。
手順は簡単だ。アッシュが元の雇い主であるクラヴィスを彼の屋敷からおびき出しているうちに、カナリアがクラヴィスの屋敷に潜入し依頼主との契約書や悪事の証拠を奪う事である。
幸いカナリア襲撃についての報告をクラヴィスの館から離れたところにある場所にて行うことになっていた。要はカナリアが潜入している間、その場所に引き止めておけばいいのだ。
2人は打合せると宿の前で分かれ行動を開始した。
「そう言えば、ここで襲ってきた奴らいなくなっていたわね。ほとんどが気絶していたと思うんだけど。」
カナリアが周囲を見回し今更ながらに呟く。
「一応、支援要員は用意していたから。彼らが回収したんでしょ。」
当然のことの様にアッシュが返す。
「それって、わたし達が戦っていた始終を見られていた可能性ない!?」
慌てるカナリア。
「大丈夫。あいつらはあなたが外へ出ると同時に宿へ入っていたけど、その後は倒れている奴らを回収するので手一杯で私達の方へは来ていなかったから。それに戦っていた所って宿から離れていたし。」
平静に語るアッシュ。
「ならいいんだけど。じゃあ、後は手はずどおりにね。」
冷静さを取り戻したカナリアはそれだけ言うと踵を返し大通りへ向けて何事も無いように歩を進める。アッシュもまた音もなく歩きだし闇に埋もれるように姿を消した。
クラヴィスの館の裏側の通り沿いにあるそれなりの大きさが有る小屋。
襲撃前と後の集合場所を変えているのは、敵対組織への対応として念の為の行っていることだった。もっとも今となってはこの街でクラヴィスと競争する組織は有っても積極的に敵対する組織は無い。多くの役人を懐柔しているクラヴィスと敵対することは、同時に彼らと敵対することになりかねない為、うかつには手を出せないでいるのだ。
アッシュはその事を事前にカナリアにその事を伝えているが、「問題ない」とだけ返していた。自信が有るような言い方から何か策が有るのだろうと思い、深く詮索はしなかった以上、自分は出来るべき事をやるだけだ。
音を立てずに扉を開ける。支援要員である4人と軽度の火傷を負った3人がそれぞれに座り、ある者は酒を飲み、ある者は傷の手当をしていた。
彼らは己の仕事の結果も確認せずに帰還していたが、アッシュが動いた時点で仕事の成功を確信していた。
「おっ。戻ってきたのか。灰被。」
一人の男がアッシュに気が付き声を掛ける。同時に全員がアッシュに顔を向ける。
「目標の女はどうした?ああ、
薄ら笑いをみせつつ男が問いかけるが、全てを察した様に一人納得する。
「……。彼女は生きているわ。」
アッシュが小声で答える。話しかけた男は怪訝な表情を浮かべながらアッシュへ近づく。
「ああ?どう言う事だ灰被さんよ?まさか失敗したとか言うんじゃねだろうな。」
アッシュの眼前で凄む男。
「そう。私も負けたから私達の請け負った仕事は失敗したの。」
周りの空気が一気に凍りつく。
「なっ、何勝手に帰ってきてんだよ!仕事終わってねえのに!!」
酒を飲んでいた男が自分たちの事を棚に上げて激昂する。
「だから……。」アッシュはうつ向きながら、目の前の男の右肩を掴む。
何が起きたか分からない様な顔をする男のみぞおちに拳を打ち込む。
「私は新しい仕事を受けたの。」崩れ落ちる男を前にそう宣言すると、その男の顎へ膝を振り上げた。
鈍い音を立てて仰向けに倒れる男。近くにいた火傷の男の一人が傷を負っていない右手で近くにある自分の獲物である手斧を取ろうとするが、その瞬間右手に鋭い痛みが貫く。男の方に顔を向けずに投げた投擲用ナイフが男の右手に突き刺さっていた。
次の瞬間、ナイフを手から抜こうとした男の側頭部へブーツのつま先で蹴り抜く。その一撃で男は昏倒する。
「ぐおおおおっ!」事態を飲み込めたのか大柄な男がアッシュへ掴みかかろうと姿勢を低くして突っ込んでくる。この男、力は強いが状況判断が弱いため、支援要員に回されていた男である。
アッシュは掴みかかる男を軽々と飛び越えると男の顎を背中越しに回した両手で掴む。勢いを付け両足で着地。そのまま上体を丸めテコの原理で男を投げ飛ばす。
男たちは街の中の荒事については一流だったがそれは戦闘に精通している事とイコールではない。しかしアッシュの場合は天賦の才に加え、荒事と戦闘がイコールで結ばれるような人生を歩いてきたのだ。その様な相手に男たちは無力とは言わないまでも全く歯が立たず、
小屋の制圧が終わるとアッシュは道へと出る。微かだが向かってくる人の気配がある。時間的に恐らくクラヴィスであろう。細心の注意をしていたとは言え、大立ち回りを演じていたのである。クラヴィスが気が付いてないとも限らない。アッシュは気配を殺し道端に隠れる。
迫ってくる気配は2人。並んで歩いている。一方がクラヴィスならもうもう1人は護衛の男だ。しかし、アッシュの目ではこの暗がりではどちらかクラヴィスか判別がつかない。気配で相手との距離はある程度は分かるため戦闘で人並み以上に立ち回れるアッシュであったが、その目ではこの様な状況で的確に目標だけを狙うことが難しかった。
2人の足音が近づいてくる、襲撃タイミングまで5歩、まだどちらか分からない。
4歩、3歩、アッシュは意を決し手前の男に狙いを定める。
2歩、静かに愛用の長剣を鞘から抜き放つ。
1歩、姿勢を低く構える。
今。アッシュが道へと躍り出ると同時に上段から切りつける。斬撃をまともに受けた男は倒れた。
3階のバルコニーへと降り立つとカナリアは窓を開けて侵入する。さすがに近くに樹木が無い3階のバルコニーからの侵入は想定したいなかったのであろう。鍵はかかっていなかった。
部屋を抜け廊下へと出たカナリアはアッシュから聞いた屋敷の内部を思い出した。1階は主に店舗。2階が使用人や奉公人たちの部屋で3階にクラヴィスの部屋や客間がある。
先程降り立った部屋は客間であったのだろう。調度品などは豪華だが生活感がまるで無かった。となると残り3部屋の中にクラヴィスの書斎がある。そこに表に出せない様な書類を保管しているはずである。
アッシュの話ではクラヴィスは表の事業と裏の稼業では明確に人を使い分けている。その為、クラヴィスの宝石店に務める奉公人たちは裏稼業の事を知らない。そんな奉公人が出入りする1、2階に裏稼業の証拠を保管することは無いだろう。事実、カナリアの襲撃する時も裏口から専用の階段で3階へ上がってから指示を受けたという。
「ハズレか、時間も無いしまいったわね……。」廊下へ出たカナリアは呟く。
元々、一発で当たるとは思っていなかったが、その場合どの部屋へ入るかは慎重に調べる必要がある。アッシュは裏から出入りしていた為、表の通路であるこの廊下の事を知らない。つまりカナリアは今、全く情報を持っていない所に立っていることになる。
焦る気持ちを抑えつつ、アッシュから聞いた裏口の位置を思い出す。裏口を入っていすぐの所に階段が有るとのことだったので、恐らく裏口と同じ方向に部屋が有ると思われる。その為、この客間を侵入口として定めたくらいだったので、客間の向かいは除外していいだろう。
残るは客間の隣と突き当りの部屋。しかしどちらの部屋の前も階段が見える為、行動には細心の注意が必要である。
カナリアはしばらく下の階で動く気配がないことを確認すると、杖を握り直し小声で呪文を詠唱する。
『
幸いにもこの階に極端に魔素の強い物は無かったらしく、カナリアは概ねこの階の部屋の構造を把握した。向隣の部屋もベッドが有るが数が1つであり、それ以外は特に無いところからクラヴィスの寝室と思われる。
向かいの部屋はベッドが複数ある為、もう一つの客間であろう。
そして、突き当りの部屋にはテーブルと思われる物体があり、その他にも箱状の物が幾つかある。そして、その部屋の端には小さな別の空間が有るようだった。
十中八九、突き当りの部屋がクラヴィスの書斎と踏んだカナリアは慎重に音を立てないよう廊下を進み、部屋の前へとたどり着く。ゆっくりドアノブに手をかけてみるが回らない。鍵がかかっている。
カナリアは魔術による解錠を開始する。魔術による解錠と言えば聞こえはいいが、実際には範囲を限定した『解析』で鍵穴の中の構造を解析し、『
職業盗賊の者から見れば喉から手が出るほど欲しい魔術であるが、魔術師にとっては神経がすり減るが面白みのない作業となる。とは言え今カナリアにとっては必須の作業である。左手でドアノブを持ち、額に汗をにじませながら右手の指を痙攣させるかのごとく少し動かす。
やがてカチャリと音を立てドアが開く。この時点でどっと疲れがでたが、休みを取る暇は無い。
すばやく部屋に入りドアを締め鍵を掛ける。
改めて部屋の中を見回すと、様々な調度品の他に、所々に使い込まれた宝石加工の道具が飾られている。クラヴィスは元々宝石加工の腕も良かったと聞いている。何を間違えてこの様な汚れ仕事を受けるようになってしまったのか。カナリアは少しさみしい気分となったがその思いを振り払い、あたりの捜索を始めた。
最初はテーブルに備え付けの引き出しに入れてあるかと思ったが、そこにはペンやインキぐらいしかなかった。
改めて周囲を見回すとふと違和感に気が付いた。この部屋に1箇所だけ絵画が飾られている。
その絵画が怪しいのではない。その横だけ手垢で汚れているのだ。
よく見れば絵画の横に飾られていると思ったノミだが壁に接続されている。
もしやと思いノミを捻ってみる。するとノミの周りの壁が外れる。
広い空間では無いが、中に箱が安置されている。
カナリアはそれを取り出し開けてみる。その中には何枚もの羊皮紙が収められており、その中の一番上には見慣れた人相書きが描かれた書類。最後の署名部分に目を走らせる確認すると、カナリアはその紙を懐にしまう。
そして他の羊皮紙を斜め読みしていく。どれも役人や顔役への賄賂や請け負った汚れ仕事に関する金額等を記載した物であった。
「よし見つけた。」カナリアは蓋を閉じると、箱を小脇に抱え部屋を後にし、再び客間のバルコニーから館を脱出した。
(もうアッシュの足止めは始まっている頃だ。わたしはやるべき事を終わらせてアッシュの加勢に行かないと行けない。)
『浮遊』を解除したカナリアは走り出した。
「おのれ何奴!」よく聞き覚えのある声が響いた。
(しまった…)アッシュが切り倒したのは護衛の男だった。すぐにアッシュは体勢を立て直し下段から長剣を振り上げる。その一撃はわずかだが届かない。元々奥にいた
今の斬撃でバランスを崩しているアッシュは体勢を整えるために、一度間合いを取る。
その間にクラヴィスは護衛の男が身につけていた剣を引き抜き構える。
アッシュが踏み込み牽制を含めた連撃を放つ。クラヴィスは全てに対応せず本命の一撃だけに集中しかろうじて避け、そのまま距離を取る。その際、追撃しようとするアッシュに対し牽制の斬撃を忘れない。
その時、護衛の落とした松明の明かりがアッシュの顔を照らす。
「お前、アッシュ。なんで俺を襲う。育ててやった恩も忘れたってのか!」
「私はあなたから報酬を受けて仕事を受けていたが、育てられた覚えはない。」
アッシュが冷静に返す。
「かっ金か?あいつからいくら貰った!」
クラヴィスは月並みな言葉を叫ぶ。普段であれば切れ者とも言われた人物ではあるが、状況が故に思考が巡らなくなっているのだろう。
「あなたから貰う額より少し多めの金額。それに……」
アッシュは何の感情も無い声で答えながらゆっくりと長剣を構える。
「ヒッ」クラヴィスの喉から声が漏れる。
「……それに、あなた以上に人として扱ったってとこでしょ」
別の方向から声が男に投げかけられる。
クラヴィスが声の方に顔を向けると、いつの間にか大通りの方向に別の少女が立っていた。
アッシュとは対照的に強い意思を感じる瞳と不敵に微笑むカナリアだった。
男は狼狽しながらカナリアから距離を取ろうとする。しかし後ろにはアッシュ。
「わたしを狙ったのは、奴らに依頼されたからでしょうね。その件については二度とわたしに手を出さなければ水に流すけど……。」
カナリアが一拍おくとそれまで浮かべていた微笑みが消える。
クラヴィスを射抜くように見つめ、手にした杖を男に突きつけ声高に宣誓する。
「これまでの所業、万死に値します!」
杖を突きつけられ鼻白んだクラヴィスが激昂する。
「きっ貴様、たかが見習いの錬金魔術師にそんな権限ある理由が…」
「あるわよ。」
カナリアが事も無げに答える。
訝しげな表情を向けるクラヴィスの足元に一筋の光が突き刺さる。
思わず後ずさるクラヴィスが路地に突き刺さるものを見る。
それは、カナリアが投げた1本の短剣だった。その柄に彫刻された白金の白鷲紋章を目にした時、クラヴィスは思わず声を上げた。
「……そう。わたしの本当の名前は『アシュタリア・カナード』。誉れ高き連合王国の東の守りであった『ヴァイス公国』元継承権1位の廃公女よ。」
カナリアが朗々と自らの身分を証す。
ヴァイス公国は連合王国の西側国境線沿いに位置する国であり、長らく連合王国の守りの要所として栄えていた。しかし、最近隣接する連合王国を形成する1国である『ロッソ伯領国』が突如侵攻し、またたく間に占領してしまったのだ。
この戦いでヴァイス公国のカナード公は戦死。その一人娘である公女アシュタリアは以前から名を変え留学しておりその所在は不明とされていた。その公女殿下が今目の前に立っている少女であるとはクラヴィスにはにわかには信じられないが、彼に依頼してきた者たちの事を考えると事実かもしれない。
「我が公国が滅ぼされてから約半年。既に公国の消滅は連合王陛下によって承認されてしまい、私は廃された公女でしかない。それでも中央政府にはそれなりに顔が効く。つまりあなたに買収されていない役人達に証拠を引き渡すので覚悟することね。それとも街の領主に自首でもする?彼は買収された人物のリストに無かったしね。」
カナリア(=アシュタリア)はクラヴィスを睨みつけながら意地悪そうに言い放つ。
「どちらにしても宝石商としてのあなたはお終いよ。おとなしく降伏して罪を償いなさい。」
カナリアはクラヴィスに命令するが、クラヴィスは「クックックッ」と喉の奥で笑い声をあげる。
「やれ灰被。俺を守りあの女を排除しろ。」
クラヴィスがアッシュに命令する。その瞬間、アッシュがビックと震えると。ゆっくり歩き出す。そのままクラヴィスの横を通り抜けカナリアに向けて歩いていく。
そして、ゆっくりと長剣を振り上げるアッシュを見つめるカナリアの表情は、先程までの勝ち気の笑みが消え恐怖がにじみ出てきていた。
「ウッ、ウソ……。解呪が完全じゃなかったなんて……。ね、ねえアッシュ。負けないで、あなたなら不完全な強制呪ぐらい抵抗できるはずよ!」
震えるように1歩後ろに下がるカナリアに対し、1歩踏み込むアッシュ。次の瞬間、無言で間合いをつめたアッシュが長剣を振り下ろす。
「キャツ!」カナリアは悲鳴を上げつつも咄嗟に振り上げた杖で一撃を受け止めるが、その勢いを殺すことができずその場にへたり込んだ。
その様子を見ていたクラヴィスは自分が使っていた護衛の剣をその場に投げ捨て、カナリアのもとに歩み寄った。
「例え本当の公女様だったとしても詰めが甘いなお嬢さん。」
心底嬉しそうに笑みを浮かべながら、懐から自分の愛用の短刀を取り出すクラヴィス。
「降伏して罪を償えだって?あなたがこの街から消えれば何も問題ないのですよ公女殿下。」
短刀の腹がカナリアの頬に当たり、冷たい感触が全身へと伝わりさらに顔が強張る。クラヴィスは短刀をカナリアの頬から離すと、その短刀でマントの留め具を弾き飛ばす。留め具を失ったマントが地面へと垂れ落ちカナリアは大きく目を見開き瞳に涙を貯めていた。
その状況がクラヴィスの嗜虐心に刺激を与えたのか、カナリアに覆い被さるように顔を近づけ脅すように言い放つ。
「俺が用意した強制呪の首輪はそんじょそこら学生が解呪できる代物じゃあないんだよ!」
「何言ってのよ。首輪が既に外れているのに強制呪なんか効力発揮しているわけないじゃない。」
それまで恐怖に顔を歪ませていたはずのカナリアが突如、平然と言い返す。
「何っ!?」思わず灰被の方を見返すクラヴィス。確かに首輪がついていない。では……。
驚きに身体が硬直したその時、己の首に何かが巻きついた。
慌ててそれを手で掴むと馴染みのある幅、喉仏の下の位置にある何かの金具、まさか。
「あなたが用意した強制呪の首輪。彼女から外しておいたからお返しするわ。」
微笑みながらカナリアは告げると、そのままクラヴィスの腹を蹴り飛ばした。
「確かにその首輪に付与されている強制呪は相当強力よ。でも首輪に付与されている以上、その首輪を取り外せば強制呪の効果が無くなるのは当然よ。」
無様に倒れるクラヴィスを見ながら、腰に手を当て説明するカナリア。
「カナリア。大丈夫だった?」心配そうに近づくアッシュに対し「ありがとっ」とカナリアは軽く返す。
間もなく学術院が呼んだ衛兵やって来た為、2人は事の次第を説明するのであった。
その後、クラヴィス一派だけでなくカナリアとアッシュも衛兵の詰め所へと行くことになるが、証拠が揃っており学術院の後ろ盾も有ったため、カナリアの証言は全面的に信用されることとなり、カナリアには報奨金が渡され、アッシュも今回は不問となった。
事件の翌々日。
カナリアが次の街へ旅立つ日である。宿で準備をしながらカナリアはこの街での出来事を思い出していた。
今回も大変だったが、この街では掛け替えのない友を得ることができたと思う。
ただ彼女はこの街の住人である以上、自分がこの街へ来なければ会うことは難しいだろう。そこだけが少し寂しいかもしれない。
荷物を全てリュックへ収めた事を確認し、そのリュックを背負う。
そのまま扉を開け、階段を降りて出口へ向かうと、1人の人影が立っていた。
質素だが、実用的なマントや衣服、ブーツに身を包み、その格好とは不釣り合いな豪華な作りの長剣。カナリアが気に入っている長い白髪とくすんだ瞳。間違いなくアッシュだった。
驚いて歩みを止めたカナリアに気が付いたアッシュは、彼女のそばまで歩いてくるとその手を取った。
「おはよう、カナリア。私も旅に出ることにしたんだ。」
どこか嬉しそうなアッシュだったが、カナリアはその事に少し悲しい顔になった。
「え、やっぱり事件のことで居づらくなっちゃったの?」
そんな問いに対しアッシュはゆっくりと首を横に振る。
「違うよカナリア。私ねあなたと一緒に行動しているうちに自分が誰なのか知りたくなったんだ。」
そう言うとアッシュは愛用の長剣に手を置く。
「私ね物心ついた時にはこの剣を肌身離さず持っていたんだ。孤児同然だった私がこんな立派な造りの剣を持っていたなんて不自然だけど。でもだからこそこの剣について知っている人がいたら、私が誰なのか知っているかもしれないって思ってね。」
それを聞いてカナリアは安堵する。
「そうか、アッシュは前に向かって歩き出すために旅立つんだ。なら安心した。」
我が事のように喜ぶカナリアの雰囲気にアッシュも微笑むが、次に少し困った様な表情を浮かべる。
「それでね、私、旅は初めてなんだけど。……カナリアがよかったら、一緒についていっちゃダメかな?」
恥ずかしそうに提案するアッシュ。それに対しカナリアは嬉しくなり思わず抱きついていてた。
「そんなの全然問題ないよ。わたしは後1箇所届け物をしたら学術院へ戻るんだ。あそこならアッシュの剣のこととか知っている人、いるかも知れないから一緒に行こうよ!」
2人の少女は宿を後にし、やがて街の外れまで来る。そこでカナリアは改めて入手した手配書に目を落とす。
そこには自分の身柄の金額ともう一つ、一冊の書について記載があった。
その書物については
今更家系の秘密を知ったところで何の意味も無いと思う。しかし、ロッソ伯領国に連なる何者かはこの書物にそれなりの金額を積んでいる。
その金で得られる程にその書に意味があるのか。カナリアもこの書物を手に入れる必要があると感じていた。
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