第2話 灰と金 ~何故、私は彼女に買われる事を選んだのか~

 -何故、あの人は私に手を差し伸べたのだろう……?-

 灰被アッシュ・グレイと呼ばれる少女にとってそれは想像できない出来事だった。

 出会ったのは恐らく大通りにある魔術師の学校前。仕事がなく気を抜いて散策をしていた。その時、飛び出してきた人物の足に自分の左足をすくわれ転倒してしまったのだ。

 最近は人に足を払われることなど無かった灰被は完全に不意をつかれてしまった。

 そして、これまでなら転倒させた相手はそさくさと逃げ出すか、彼女に罵声を浴びせるばかりであった。しかし、その人物は自ら膝をつき灰被の手を取り、引き起こしてくれた。

 さらには治療のためと魔術師の学校へと連れこみ左足だけではなく、今回とは関係ないで負った手の傷まで治療を施したのであった。

 憐憫や同情かと思ったが、軟膏を塗る時の手の暖かさと包帯を巻く時の真剣さを感じる。それらは別の今まで感じたことの無いものだった。

 治療が終わると、相手は自分の荷物から何かを探しているようだったが、「えへへ」と小さいがいたずらっぽい笑い声を出す。

「ちょっとごめんね。アッシュの髪もお手入れさせて♪」と陽気に言いう。

 すると頭に幾つか細い針のような物が突きつけられる。警戒に身をこわばらせるが、相手から殺気は無い。突きつけられた針も頭皮に当たるが突き刺せるほど鋭い物ではないようだった。

「アッシュの髪ってキレイな白髪だから、こうやって髪をとかした方がいいよ。」

 そう言いながらくしで頭髪にあわせて動かしていく。たまに頭髪が絡んでいるところがあり、櫛が動かなくなるがその度、絡む頭髪を優しくほぐしていく。

 数回かその動作を繰り返すと相手は「よしっ!」と何やら満足そうにつぶやいた。

 そして灰被の手をとると、灰被の頭髪を触らせた。確かにこれまで仕事や家事をする際に頭髪をまとめようとした時に感じた硬い感触がない。むしろサラサラとした心地よい手触りを感じる。ただ櫛で撫でただけのはずなのにここまで感触が変わることに思わず小さな声が出た。

 その女性(たしかカナリアと言った)は、クスリと笑うと「お茶入れてくるから待っててね」とその場から出ていった。

 程なくして戻ってきたカナリアは灰被をテーブルの前にある椅子へいざない座らせた。そして自分は灰被の右側に座ると、ポットからカップへハーブティーを移し灰被の前へ差し出す。

 灰被がカップを取ろうと手を出すと、すかさずカナリアはその手を優しく掴みカップへ誘う。

「あっ……、あの私は完全に見えない訳ではないので……。」

 と灰被は気恥ずかしくなり声を出す。確かに彼女の視力は非常に悪いが全く見えないのではない。この距離のカップなら問題なく取ることができた。

「ごっごめんなさい。余計な事をして迷惑だったよね。」

 カナリアが非常に申し訳無さそうに答える。

「いえ、他人ひとからここまでして貰うことが無かったので……。」

 灰被も慌てて言い訳をするが、お互いどこか気まずい沈黙が訪れた。

 無言でカップの中身を飲む二人だったが、沈黙を破ったのはカナリアだった。おもむろに先程使った櫛を灰被の前に差し出す。

「この櫛、アッシュにあげるよ。高い物じゃないけど、わたしたちが出会えた記念としてね。」

 灰被はまた驚かされた。見知らぬ相手とぶつかったので治療することは分かる。しかし記念として物を贈るのは完全に想定外の出来事だ。

「なっ…なんで、私に?」灰被が上ずった声でカナリアに問いかける。

「わたし、アッシュと友達になりたいんだ。」

 間近で微笑むカナリアに灰被はさらにドキリとした。

 嬉しくもあると同時に心が苦しい。私がこんな女性と友達になっていいのだろうか?

 魔術師の学校に通うならそれなりの家柄の女性のはず。そんな彼女が私のような人間と友達として見てもらえるなんて……。

「すっ、少し考えさせて下さい。」

 灰被はやっとの思いでそれだけ答える。

「そうだよね。いきなりだから驚くよね。わたしは2、3日この街に滞在するわ。その後も一週間後くらいにまたこの街を通るから、いずれかの時に返事を聞かせてくれたらいいよ。」

 朗らかに答えるカナリアを見つめると灰被はやはり気恥ずかしかった。

 お茶を飲み終わると、カナリアはまた分院の敷地外まで灰被をいざない、その場で別れることになった。

 別れ際にカナリアは宿場にある"白熊の”ハンスが経営する宿に滞在していることを伝えた。

 ハンスの宿と言えばそこそこ大きく設備も整った宿である。やはりそれなりの家柄なのだろうと思いながらその場を後にする灰被の手には先程の櫛が握られていた。


 その日の夜。灰被は雇い主であるクラヴィスの屋敷へ裏口から入っていく。

 夕刻にクラヴィスの使いから連絡があり、新たな仕事が下されるとの事だった。

 クラヴィスはこの街に代々伝わる宝石商の次男だった。長男が実家の家業を継いだため、クラヴィスは自らの力で一から宝石商として店を起こした。もっとも現在では既に実家を抜き街一番の宝石商となっていた。これはクラヴィスが宝石商として一流であっただけではなかった。取引を通じて街の役人や裏社会の顔役と繋がりを持った彼は賄賂や汚れ仕事を引き受けた見返りとして庇護を受けていたのだ。

 その為に手駒を何人も従えており、要件がある時は決行日の当日にメンバーを呼びつけている。その為、灰被たちはいつ招集がかかってもよい様にしている。

 灰被が部屋に入ると中には既に10人程度の人間がいるようだ。普段は2、3人程なので、大きな仕事になるのではないかと灰被は思った。

 しばらくするとクラヴィスが部屋に入ってくる。恰幅の良い体格に高価な衣服を身に着けている。彼は常々、宝石商たるもの自身の身を飾ることにも気を使わなければならないと周囲に語っている。その出立ちは正にそれを表している。そして彼自身もこれまで相当の修羅場をくぐっている。その体格から油断して殺害されたゴロツキは何人もいる程に手慣れている。

「今回の仕事は街の外で活動するとある組織からの依頼で、ある魔術師を我が家へお招きすることだ。」

 クラヴィスは通る声で仕事内容の説明を始める。

 カナリアの事と言い、今日は魔術師と縁のある日だと灰被は思った。

 その時、一瞬カナリアとの約束が脳裏をかすめるが仕事に集中するために慌ててその思いを振り払う。

「お招きする以上、原則として生きている事が条件だが相手は手練の魔術師だ慎重に事を進めろ。そしてその相手だが……」

 そう言いながらクラヴィスは相手の似顔絵が描かれた羊皮紙を広げる。

 その瞬間、灰被は何かの見間違えかと思った。暗がりだから自分の悪い目ではちゃんと見えていないだけだと。

「名前は『カナリア・エレスティア』。学術院所属の錬金魔術師で、現在"白熊の”ハンスの店に滞在している。」

 もとより明るくない灰被の視界が完全な暗闇に閉ざされるような気がした。何故カナリアが狙われているのか?何故、自分は彼女に刃を向けなくてはならないのか?

 そして、何故自分は今日あったばかりの相手のことでこんなにも動揺しているのか。自分にとって分からない事だらけで混乱する。

「生きている事が条件とのことですが、良いって事ですよねぇ?」

 同席していた一人の男が下卑た笑いを浮かべながら問いかけていた。

 その問いに対しクラヴィスは何も答えず目を閉じる。それを肯定と受け止めたのか数人の男たちから小さな歓喜の声が上がる。

 その声に灰被の思考が現実に引き戻される。自分は命令に逆らえない。しかし、カナリアの身をここにいる男たちに任せるぐらいなら、自分がクラヴィスにわたしたほうがまだマシだと。

 心が決まると彼女の思考は冷静となり、襲撃方法を検討する段階へと入っていった。


 宿屋へ戻ったカナリアは広い個室に改めて霹靂していた。

 学術院が取ってくれた宿だが、一人で数日泊まるには広すぎる程の部屋に大きなベッド。さらには個別の浴室まで付いている。

 正直なところ昼は街へ出ている予定だったカナリアはベッドと机、椅子があれば良いと思っていた。

 ともあれ、カナリアは既に滞在している以上、使わないと損であると思い直す。浴室で旅の疲れを癒やし、寝間着に着替える。そして机に向かうと学術院から個人的に持ち出していた魔導書を開いた。

 一応は魔術師、錬金術師として資格を取っているとは言え、まだ学生の身である。旅をしていると言って課題の期限が延長される訳はない。その為、宿に泊まる時は必ず課題に励むようにしている。

 次第に夜も更けて来た為、就寝の準備を始めようとしたその時、カナリアの感覚が何かの反応を感知した。

 それは宿に着いた時に最初に施した、何らかの害意を感知する術式だった。一日中衛士に守られた学術院の外にいる以上、常に何らかのトラブルが舞い込む可能性がある。その為、彼女は滞在する際には必ずこの術式を宿に幾重にも施しておくのだった。

 この宿は酒場を兼業していないため、入口は夜になると閉まってしまう。その為、酔漢の侵入などは難しいが、侵入を意図して来る者たちに対しては脆弱なところがある。

 害意の数はおよそ9。少しづつだが確実にこの部屋に近づいてきているようだ。

 着替えている暇はないと判断したカナリアは寝間着の上からマントを羽織る。そして、素早く自分の荷物から幾つかの道具を取り出し準備する。

 やがて害意の一つが扉の前まで来る。そして害意侵入者はカナリアの部屋のドアにてをかけた瞬間。ドアノブから激しい光と火花が飛ぶ。侵入者強烈なショックを受けた様に甲高い悲鳴を上げその場に倒れ込む。

 部屋側のドアノブには銅線が巻きつけてあり、その線は床に置かれた箱へとつながっている。これは『雷電池』と呼ばれる錬金術の道具である。この箱には雷に似た『電』と呼ばれるエネルギーが封じられている。このエネルギーは自然の雷や魔術師の雷撃魔法に比べれば威力は弱い。しかし『雷電灯』と言うろうそくの様に光りながらも煤を出さない照明器具の動力などに使われている。

 そして『電』は金属を伝播する特性を持っている。もし人が『電』に接触した場合、死にはしないものの強烈なショックを受けてしばらく行動ができなくなる。

 カナリアはこの特性を活かし、ドアに即席の罠を仕掛けていたのだ。

 続いて、大きな窓を突き破り2人が侵入してくる。カナリアはは振り向きざまに手にした小瓶を床へ投げつける。小瓶が割れると激しい勢いで煙が発生しまたたく間に部屋の中に充満する。

 侵入者たちは夜目が効く方であったが、煙の中では室内を見渡すことができない。慌てる侵入者たちだが、次の瞬間、もの凄い力で窓から外へほうり出された。2階にある部屋から落ちる2人はまともな受け身もとれずに地面へ叩きつけられ悶絶する。

 次に別の窓から新たな侵入者が入ってくる。

「『音査ソナー』!」カナリアが即席詠唱で魔術を発動させる。

 即席詠唱は単純な言葉ワードで魔術を発動させる事が出来る詠唱方法である。しかし初歩的な術にしか対応しておらず、発動する術の威力も通常より劣ってしまう弱点がある。

 カナリアが発動させたのは音を発生させる術である。それは通常人には聞こえない音である。しかしカナリアはそれを聴覚と触覚で感じ取る様に感覚を魔術で強化する。

 魔術師にとって己の身体とは最も近くに存在する物質であり、その肉体を強化する魔術は強化魔術の初歩だ。その為、強力な強化を行うのでなければ詠唱なしでも発動させることが出来るのだ。

 そしてカナリアの強化された感覚は物にぶつかり反射してきた音を捉える。

 相手の位置と距離が分かるとカナリアは手にした杖を両腕で構え突進する。そのまま槍のように突き出した杖にみぞおちを突かれ侵入者はその場に倒れ伏す。

 この頃になると室内に充満した煙は急速に薄れていた。急速に広がるということは拡散も早い。

 次に扉が無理やり倒され3人が入ってくる。ドアノブに触れなければ『雷電池』による罠も効果はない。

 襲いかかろうとする侵入者たちに、カナリアはマントの裏から取り出した新たな小瓶の中身を振りかける。侵入者たちは一瞬怯むも特になにもないとみるや、再びカナリアへ殺到する。

「『着火イグニッション』!」

 杖から吹き出した炎を浴びた侵入者たちがたちまち燃え上がる。全身と包む炎に恐慌をきたし転げ回る。先程の小瓶の中身は可燃性と揮発性の高い薬品である。それを浴びたため侵入者たちの体は燃え上がったのだが、実際には重度のやけどを負う程の火力は無い。

 彼らは最も軽傷であるのだが、全身を炎に包まれた恐怖で戦意を失ってしまったのだ。

 侵入者たちが炎の中で転げ回るの見たカナリアは窓から飛び出す。これ以上宿の中で戦うのは得策ではないと判断してのことだ。

 取り敢えず近くの納屋で待ち受けようと走り出した矢先、彼女の前に一つの影が佇んでいた。

 それは先程、感知した害意とは別の。害意と哀れみと悲しみが混ざり合う複雑な感情。そして親しいと感じる何か。

「アッシュ…?」カナリアがつぶやくと同時に影は襲いかかってきた。

 反射的に杖を構え神経と筋肉を魔術で強化したカナリアは、相手の剣を受け流す。

 しかしその一撃は重く受け流しただけで体勢を崩しそうになる。

(次は受け止められない…。)カナリアが思考すると同時に敵も動いた。首元を狙い放たれた突きに対し、膝を折り上体を大きくそらしかろうじて避ける。

 素早く体勢を立て直したカナリアの肩からマントが落ちる。先程の突きで留め具を切られていたのか?ともかくその技術や身体能力から相当な手練れであるのだがカナリアは違和感を感じる。

 それだけの能力を持っているのであれば、最初の一撃で自分は切り倒されていたはず。自分は魔力で身体を瞬間的に強化しているとは言え、剣術などは少し習った程度。そんな相手に自らの一撃を受け止めさせるのは……。

「あなた……。わたしを殺すことが目的じゃないのね。」

 押し寄せる恐怖を振り払いながら問いかける。しかし相手はプロフェッショナル。返答は期待していなかった。

 しかし、予想に反して聞き覚えのある声で相手は答えた。

「カナリア。私の雇い主はあなたを捉えてくる事を望んでる。だからおとなしく捕まってくれれば危害を与えないわ。」

 改めて相手アッシュを観察すると、身にまとうフード付きの外套の下には昼間の格好だった。そして右手に握られている汚れ仕事には不釣り合いな意匠が入った美しい長剣を構えている。

「あなたにその気が無くても雇い主に依頼した人物はどう思っているのかしら?」

 カナリアが慎重に杖を構え直しながら答える。

「それでも、他の奴らに捕まるよりはマシだと思うけど……。拒否すると言うなら痛い目を見てもらう!」

 灰被が叫ぶと同時に距離を詰める。

「『増幅ブースト!』」即席詠唱を使用し、身体強化をより強く発動させカナリアも距離を詰める。

 まさか相手も距離を詰めてくるとは灰被も思わなかった。しかし、即座にタイミングをあわせて剣を一気に振り下ろす。その一撃をカナリアの反射速度はわずかだがその動きを上回った。すんでのところで一撃を避け、そのまま相手の背後に回り込む。

「『破裂ブラスト』!」

 自分の背後に小規模の爆発を発生させる。その衝撃を背中で受け止め相手へとバランスを崩しながらも突っこむ。

 灰被が身体からだを捻り相手の方を向こうとした瞬間。脇腹に強い衝撃を受ける。カナリアが体当たりをしてきたのだ。普段であれば問題のない事だが、完全にバランスが崩れ受け身もとれなかった。そして灰被はカナリアともつれながら転がっていった。

 灰被は頭を打ち一瞬だが気を失った。そして目が覚めた時、仰向けに倒れていた自分に跨るカナリアがいた。

 僅かにしか光を捉えない瞳ではカナリアの表情は伺いしれない。しかし、その雰囲気は先程までの激しさも昼間の暖かさも感じられなかった。

そこにはただ静かな張り詰めた空気だけがあった。

(私は負けたのか。)意識がはっきりしてきた灰被が感じたのは敗北だった。まさか自分が魔術師に遅れを取るとは想像もしていなかったが、負けは負けだ。生殺与奪は既に彼女が握っており、抵抗は無駄である。

 カナリアがおもむろに灰被の首に手を当てる。(……ついにか。)灰被は観念し顎を少し上げ、彼女の手が首を掴みやすくする。

 首筋に手が当たる。昼間とは違い冷たい手だ。この手で絞められるのか、ナイフで裂かれるのか、もしくは魔術で焼かれるのか。

 カナリアが何かを呟いている、どうやら魔術で殺されるらしい。そう思っていた時、パチッと首元で何かが外れる音がした。

「やっぱり強制呪ギアス・オブ・フォースの首輪だったかあ。」

 どこか脱力した様な声をカナリアがあげる。同時に灰被の上から身体をどけた。

「何、どういう事?」

 灰被は訳が分からず、思わずカナリアに声を掛ける。

「あなたには有る種の強い呪いがかけられていたの。それがこの首輪よ。」

 カナリアは右手を灰被の前に出す。そこには黒い何かの革でできたベルト状の物があった。

「それは、私が主と契約した際に証として付けられた首飾り……。」

「付けた人を無意識のうちに服従させて、状況によっては着用者を凶暴化させる結構面倒な代物だよ。正規のルートではまず手に入らない様な類の。」

 それを聞き灰被は驚いた。クラヴィスは自分を信頼しているからあると思っていた。だからある程度の行動の自由を許していたと思っていた。

 だが、そもそも逆らえない様に仕立てられていたのだ、しかし…。

「何故それに気が付いたの?」

「気が付いたのは、初めて会った時。」

 カナリアは、ぶつかった後のアッシュの行動に違和感があった。とっさに手を差し出した時にアッシュの反応が遅れていた。

 目が完全に見えないなら分かるがアッシュは少しは見えていると言った。なら差し出された手に直ぐに反応できなかったのか。

 それについて彼女は行動に対し思考が遅れているのではないかと予想した。

 物を見た場合、人は咄嗟に何かしらの反応をする。しかし思考の遅れ発生している場合は一瞬だけ無反応な状態となる。アッシュの反応も正にこれだったのだ。

 そこでカナリアはアッシュを分校内へ連れ込み、髪をとかしながら原因を探っていたのだ。

 もっともその時は首輪が怪しいと当たりをつけたが、確証が持てなかった。そこで次の機会に解除をしようと思っていたのだが……。

「じゃあ、友達になりたいと言うのもその為の……。」

 そこまで言った時、灰被は突然胸を締め付けるような感覚に襲われ、無性に悲しくなってきた。そして訳は分からないが涙が溢れてくる。負けたことが今になって悔しくなったのだろうか。

「そんな事は無いよ。友達になりたいていうのは本当のことだよ。」

 カナリアが自分の服の裾でアッシュの涙を拭いながら答える。

「だってアッシュは真っすぐでいい子だもん。お茶して話した時に直ぐに分かったよ。」

「……そんな。私カナリアが思っているような全然いい子じゃ無い。今まで生きてくために多くの人を傷つけてきたし……。」小さな嗚咽を交えながらアッシュが答える。

「そうだね。実は剣士だった事はわたしも少し驚いたかな。でも人を傷つけたのは率先してやったことでは無いでしょ?だからさ、それを償うためにもわたしに力を貸してくれないかな?」

 そこまで言うとカナリアはアッシュから1歩離れる。

「わたしはあなたの雇い主に仕事を依頼した奴らについて情報を集める必要があるの。だから、これからあなたの雇い主の家へ行って、その依頼の書類を探してくる。そしてあなたの雇い主の悪事の証拠も掴んで、それを白日の元に晒してやるわ。」

 カナリアが宣言する。

「だからアッシュには雇い主についての情報を教えて欲しいの。それを基にわたしは証拠を探すわ。それでねその間の足止めをお願いしたいの。もちろん……あっ!」

 そう言いながら自分の腰のあたりに手を伸ばす。そこでベルトも小物入れも身につけていないことに気がつき小さな声をあげる。

 そして改めて自分が寝間着姿で大立ち回りをしていた事を思い出し、慌てて周囲を確認する。

 近くに落ちていたマントを拾い全身を覆い改めてアッシュの方に向き直る。今更ながらそんな格好で堂々と話していた事が恥ずかしくなってきた。

「え~と、ともかくよ。もちろんこれは仕事の依頼として、アッシュにお願いするの。前報酬でさっきの解呪と金貨。事件が解決したら街の領主から報酬が貰えるからそれを山分けでどお?」

 マントの内ポケットから金貨1枚取り出し、それをアッシュに差し出す。

「でも、罪滅ぼしなら、報酬なんて受け取れないほうが良いんじゃない?」

 アッシュはうつむきながら抗議するように言う。

「今回アッシュは正当な契約を結んで事に当たる必要があるの。これまで不当な契約で働かされていたって言い分を成立させる為にね。」

 イマイチ要領を得ない顔で小首を傾げるアッシュ。

「つまり『これまでは、呪いで強制されて汚れ仕事してきました』って筋書きを用意しておけば。事件解決後に例え無罪放免は難しくても情状酌量、減刑は確実。うまく行けば刑の執行を猶予してもらえるかもしれないってことよ。」

 ここまで言われ、カナリアはアッシュの罪を少しでも軽くするために言っていることに気が付いた。

 カナリアの気遣いはアッシュにとって、初めて受けた物だったがとてもうれしく感じた。

「分かったわ。今日、私はあなたに喜んで買われる。」

 アッシュは立ち上がり、涙を拭うとカナリアに告げる。

「『』ってもう少し違った表現してもらえるかな?『《依頼を受ける》』とかね?」アッシュが顔を赤くしながら訂正を求める。

 その慌てた雰囲気を感じ取りアッシュはくすくす笑った。

 こんな風に笑えるのも、初めてなのかもとアッシュは感じた。

「ともかく着替えたら行動開始するから、それまでに色々と話しを聞かせて。」

 そう言うとカナリアはアッシュへ金貨を投げ渡す。

 空中で素早くキャッチしたアッシュゴールドを一瞬見つめ、懐にしまった。

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