カナリア ~ある錬金魔術師の冒険~
サイノメ
第1話 鳥と灰 ~あるいは彼女たちが出会った由縁~
いかに大きな街とは言え夜は暗い。まして大通りから1歩奥へ踏み入れた路地裏であればなおさらである。
その路地裏に大通りから漏れる光を写した光が走る。よく見ると強い光とくすんだ光がある。
やがてくすんだ光の勢いが弱くなるタイミングを見計らったかのように、強い光が迫る。
一瞬の接触と強い閃光。弾けた光の中に見えたのは、鏡のような表面を持つ長剣と、どこにでもあるような剣であった。
剣を弾かれた人物はバランスを崩し光がさす場所へと転がり出る。剣の持ち主はその剣とは対照的に、恰幅の良い体型を良い身なりの服装で包んだ男であった。
男は体格に似合わない素早さで体勢を立て直すと暗闇に向かい剣を構える。かすかに揺れる剣先の先にある闇からもう1振りの剣が現れる。
その剣は刀身の美しさに劣らない程に豪華だが丈夫な作りの柄が有った。
そしてその持ち主は、自らの剣とは真逆のボロボロになった衣服を重ねて着込んだ少女。無造作に伸びるに任せた髪。大通りからさす光を受けてなお何も写していないようなくすんだ瞳。無表情につぐまれた口。
一つ間違えれば無気力な浮浪者とも見える出立ちだが、彼女はその状態である種の美しさが有った。
男は少女の事を知っていた。彼女は男の子飼いの手下の一人である。
そのため、男は彼女の剣の腕は知っている。男が立ち向かっても少女はかなうような相手でない。
しかし、なぜ彼女が男を裏切ったのか分からなかった。少女は男が拾った時から生きる意義や希望などを持ち合わせていなかった。
かつて少女はただ己の天性の才能に従い剣を振るい、その日の糧を得ていた。そこを男は彼女の提示する金額と同等の報酬を示し配下に加えたのだった。
「かっ金か?あいつからいくら貰った!」
男は月並みな言葉を叫ぶ。普段であれば切れ者とも言われた人物ではあるが、状況が故に思考が巡らなくなっているのだろう。
「あなたから貰う額より少し多めの金額。それに……」
少女は何の感情も無い声で答えながらゆっくりと長剣を構える。
「ヒッ」男の喉から声が漏れる。
「……それに、あなた以上に人として扱ったってとこでしょ」
別の方向から声が男に投げかけられる。
男が声の方に顔を向けると、いつの間にか大通りの方向に別の少女が立っていた。
剣を持つ少女とは対照的に上等なマントを身につけていた。
強い意思を感じる瞳と不敵に微笑む姿。
それは夜の暗がりに有りながら彼女だけ日が当たっているかのような錯覚を受ける。
陰と陽。正反対の雰囲気を持つ二人の少女に挟まれ、男は狼狽しながら陽の少女から距離を取ろうとする。しかし後ろには陰の少女。
「わたしを狙ったのは、奴らに依頼されたからでしょうね。その件については二度とわたしに手を出さなければ水に流すけど……。」
陽の少女が一拍おくとそれまで浮かべていた微笑みが消える。
男を射抜くように見つめると、手にした杖を男に突きつけ声高に宣誓する。
「これまでの所業、万死に値します!」
大陸西部に『連合王国』と呼ばれる国がある。近隣の大国に対抗するため複数の国家が一人の王の元に集い作られた国である。
それ故に国ごとの連携はゆるく、連合王国内での領地争いなどは日常茶飯事である。
そのため、口さがない者たちには「連合王国の王の仕事は国内の領地間の調停」などと揶揄される程である。
そして最近も連合王国の外縁部に位置する領国の間で戦が起きたのだ。その結果、当事国の一つが攻め滅ぼされる事態が起きているのだが、他の領国は対岸の火事の様な対応であった。
それは街道沿いの宿場を要するこの街でも同じであった。
今日も宿場に併設されている市場では街道を伝って運ばれてきた商品が並び活気に溢れている。それは国内の争いとは関係無い様であった。
そして市場から中心部へつながる大通りは、仲買人の馬車が取引先である小売店へ向かっていた。
そんな大通りを一人の少女が歩いている。手には身の丈よりやや短い杖を持ち肩にかけたマントは小鳥をあしらったピンで止められている。
魔術や学術について知る者が見れば、彼女が王都に存在する王立学術院の学生である事が分かるだろう。
彼女は小脇に厳重に封をされた小包を抱えとある館へ向かっていた。
敷地の入口には『学術院分院』と書かれた表札がかかっている。
学術院分院はその名のとおり、学術院が大規模な街に開校している分校である。
分院には学術院から必要な人材や資料などを取り寄せる事ができる。分院から貸し出し依頼が出されていた書物を届けるために彼女はこの街へ来たのだった。
「王立魔術学院、魔術学科及び錬金学科所属学生カナリア・エレスティア。学院へ貸与要請の有りました書物をお持ちいたしました。」
彼女カナリアは分校の受付係に持参した小包を渡す。受付係は学生が届けに来た事に驚きの表情を見せながら包を受け取った。
通常、学院の使いか貴重性が低い品物の場合は学院が信用する商人に運送を依頼する事がほとんどである。学生が届けに来る事は非常に稀であり、その様な場合は何か別に目的があるのが普通だ。
しかしカナリアは包を係に渡すとそのまま学舎から出ていってしまったのだった。
確かに彼女には別に目的が有るのだが、それはこの分校ではなかった。この街へ来たのは目的地に比較的近く荷物も少ないため引き受けたからだった。
1つの要件が済み少し気が緩んだカナリアは、大きく伸びをしながら分校の敷地から出ようとした。
その時、右足に何かがぶつかる衝撃が走った。痛みを感じる程では無いが、その直後に道に倒れる音がしたため、慌ててその方向を見た。
そこにはボロボロな衣服を着た少女が左足に手を当てうずくまっていた。
「す、すみません!大丈夫ですか?」
慌てて謝り、右手を差し出すカナリア。
しかし、倒れている少女は目の前に出された手に反応を示さなかった。不思議に思ったカナリアはその場に片膝をつき少女の顔を見た。
少女のくすんだ瞳を見たカナリアは、もしやと思い右手を彼女の目の先に出しもう一度少女に話しかけた。
「立てますか?良ければお手伝いいたしますので、わたしの右手を取って下さい。」
その言葉を聞いて少女は「ありがとう」と小さく呟き、おずおずとカナリアの手を握った。その手は冷たくスリ傷だらけだった。
「立ちますよ。」と声をかけたカナリアはゆっくり立ち上がり少女を引っ張り上げる。それにつられて少女も立ち上がった。
少女はカナリアよりやや背が高く、年齢は同じくらいに感じられた。そして、無造作に伸びるに任せた髪はところどころちぢれており手入れもしていないようだった。
(ちゃんと髪を手入れすればいいのに……。)
立ち上がった彼女を見ながらカナリアはそう思ったが、まずは相手の怪我の有無を確認する必要がある。
「あの足は大丈夫ですか?ちゃんと歩けますか?」
「あっ、だっ大丈夫です……。少し痛みますが気にするほどではないので。」
少女は消え去りそうな声で答えるが、カナリアは握っていた右手に更に左手を添える。
「わたし、王立学術院所属の錬金魔術師のカナリアって言います。まだ学生の身分ですが治療の心得が有りますので、あなたの手当をさせてもらえませんか?見たところお目もよく見えていないようですので、そのまま歩かれると危険ですし。」
勢いよくまくしたてるカナリアに、少女は気圧されたのか戸惑いながらもうなずく。
「ありがとう!!さっそく治療するから分校に入りましょう!大丈夫。許可は取ってないけど人助けだって言えば納得してくれるよ!」
聞かれてもいない事を言い訳しながら、カナリアは少女の手を引きながら分校の敷地に再び入っていく。
始めは引っ張られるように歩く少女だったが、学舎に着く頃にはカナリアに歩調をあわせて歩いていた。
「そうだ、あなたの名前教えてくれないかな?」
学舎の扉を開きながら、振り返りカナリアが聞く。
「わたしは生まれた頃から決まった名前は無いの。でも周りの人には
「そうかぁ。ならアッシュって呼ばせてもらうね。」
満面の笑みで答えるカナリアにアッシュは分校の中へ引き入れられるのだった。
この時出会った
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