第18話 神聖同盟と言う国
新年初めての国王主催のパーティーは毎年華やかなものだ。
王女と宰相の息子が視察から直接向かったその年も例に漏れず、ほぼ全ての貴族が集まり、その華麗なる雰囲気と欲望が渦巻く独特の空間ができていた。
ある人はある人に恨みを抱き、ある男はある女に劣情をし、ある大人はある子供に嫉妬している。
そんな愛憎策謀が渦巻く場所に、少し遅れて登場した者たちが、会場の視線を集めてた。
それも当然のはずである。
そもそも、遅れてきた者は目立つものであるし、その二人は特に名の知られた者であった。
方やこの国王位継承権一位である女性にして亡き王妃の代理を務める王女。
その麗しい見た目とこの国においてこれ以上ない立場は、男たちの様々な意味で欲望の視線を集めている。
方や文官の長である宰相の息子にして公爵家の後取り。
その難しい肩書は、値踏みをするかの様な貴族の視線と、年頃の子女の計算された視線を集める。
その様な視線を無視し、二人が膝を折る。
「王女イザベラ、並びに宰相が息子リードリッヒ、ハゼールより帰還いたしました、父上」
「よく戻った。随分と長い視察であったな」
何が面白いのやら、にやけた顔で告げた国王に、その意味がわかっていない王女が続く。
「ハゼールには『ガラス』と言う珍しい物がございました。色がついた物がつい先日開発されたそうで、それはそれはとても美しいものでして…。子爵にお願いをして様々なものを作っていただいている内に、ずいぶんと時間が立ってしました」
その場がわずかに騒がしくなる。
その場にいる貴族たちはガラスと言うものを誰一人として知らない。
しかし、質素かつ謙虚で知られる王女が、貴族に命じてまで作らせる代物に興味が湧かないものは誰もいない。
ましてや、まるで意中の男性を見る乙女の様なうっとりとした表情で語っている。
様々な思惑があるにせよ、ガラスと言うものに対して誰もが関心を向けた。
そんな周り気にせず、国王は続ける。
「ほほう、あれに色まで付けるか。あやつ、本当に面白い事をする。…して、等の本人はどこにいる?」
当然ながら彼にも招待状は届いている。
しかし、この場に貴族の中で一人、彼の姿がない。
「それについては私から」
宰相の息子が顔を上げる。
書状を取り出すとそれを開ける。
「彼からの書状を読み上げます。『この度はご招待にあずかり光栄のいたりでございます。しかし、申し訳ございませんが今回の催しへの参加は辞退させていただきたく存じます』」
今日一番のざわめきが会場を包む。
いくら王家の力が弱いこの国でも、王家の招待を断るなど不敬の極みであり、なんらかの罰則を受けても不思議ではない。
その事を理解しているからだ。
リードリッヒは声を張り上げ彼を伝言を続ける。
「『神聖同盟に不穏な動きあり。理由は以上でございます』」
✴︎
ニタには戦略的な価値はない。
そう何度説明しただろうか。
国境の山脈の向こうにある国を服従させても、東の隣の北方連邦との戦いに徴兵するには金がかかりすぎる。
さらに遠い西のエルフの国なんて無理に決まっている。
せいぜい朝貢させるくらいがいいところだが、ニタの国から人間以外を駆逐してしまえば、その朝貢も取るに足りない額にしかならない。
(可哀想にな、お前たちは無意味な戦いのために徴兵されている)
そんな事を考えながら、様々な領地から集まる兵士を眺める。
年明け早々に徴兵され、これから三ヶ月は山の行軍をさせられ、挙げ句の果てに、そこで戦争だ。
前の戦いで勝利していれば士気も上がっただろう。
あるいは、敵が弱いとすれば気も楽だっただろう。
だが実際は先の戦いで我々は20万の内8000を除く全ての兵を、引き込まれた山間とその後の追撃戦で失う大敗している。
数の上では大した損害ではない。
よくある小競り合いで消える数だ。
問題はそこではない。
こちらが2倍の兵力でありながら敵にそこまで損害を与えられずに、さらに広く戦える場所がない山の中で一日で敗れたことだ。
芸術的とも言える完璧な戦運びだ。
そして、その戦争を描いた者が今回の作戦の総指揮を取ると言う。
どう考えても並の指揮官ではない。
挙句の果てに、その指揮官はこちらでも名の通っているジーク・エステルの義息子らしい。
北方の英雄には父上が何度も打ち負かされたと聞いている。
当時は今ほど国力に開きがなかったとは言え、戦鬼と讃えられた父上が唯一負けた相手だ。
彼らもそのことを知っているし、誰も口には出さないが、次は敵がどの様な絡め手を使ってくるか不安だろう。
意味のない戦争に、警戒すべき新たな相手。
正直、私も乗り気ではない。
浮かない私の目の前に、締まりのない顔がでできた。
「リーヤ様、そんなしけた面してたらせっかくの美人が台無しだぜ」
「リッツ、首と胴が仲良くしていたいならその汚い顔を私に近づけるな」
「おお、怖い怖い」
飄々とした男は私から離れると、話を続ける。
「ま、お上が決めた事だ、俺たちは従うしかないなぁ。まぁ、リーヤ様の主張もわかるけどなぁ」
「私は上の考えが全くわからんな。ニタを服従させて何になる」
大義名分は、亜人を受け入れる反人間至上主義国家の討伐、だが、それなら全種族平等を謳う連邦や、そもそもエルフしかいない西を討つのが道理なはずだ。
「ま、実績にはなるだろうなぁ」
「意味のない、攻めにくい小国を服従させてか?」
リッツが苦笑いをする。
何かおかしな事を言っただろうか?
「ニタを小国なんて言ったら北方連邦とエルフの国以外全部小国だぜ?あぁ、あと遥か東のカンもセーフだ。それくらいの規模のと力は一応あるなぁ」
だからなんだと言うのだろうか。
神聖同盟の前では大国と呼ぶにふさわしい力を持つのは連邦とエルフどもだけだ。
「やはり馬鹿馬鹿しい。他国に備えるために力を温存した方が建設的だ。なぜニタを攻める?」
その大国二つに挟まれている我が祖国が、わざわざニタ王国に力を使ってやる戦略的意味は皆無、仮に勝利したところで、維持の事を考えればかなりの負担になる現状を考えると実績と言うよりも、寧ろ非難されるものになるのではないか?。
リッツが溜息を吐いた後、戯けて見せた。
「本当、政治に興味がないなぁ。戦ばかりで政治や男に興味を持たないから、戦姫なんて呼ばれるんだぜ?ついでに婿も見つからない」
「…本当に死にたいらしいな」
そっと腰に手を伸ばす。
この男、切り刻んでやろう。
「待て待て待て!説明するから、ちょっと待て」
私の副官である自覚があるのか?
不愉快になる行動ばかり狙ってする。
ただ、説明が無いまま遠征するのは釈然としない。
仕方がなく剣から手を離す。
リッツが安心した様に息を吐いたあと、余計やる気の削がれる上の事情を説明し出した。
「大国に挟まれてることもあってうちの国は建国以来、領地を奪ったことはあっても、国を滅ぼしたり属国にしたことが今までないんだぜ。歴史上初めての偉業ができれば、近い内に空席になるであろう元老院の席の後釜に、自分の派閥の人間を送れるだろう?そのためさ。まぁ、役人頭な連中は権威とか、歴史とかそう言うものに弱いからなぁ」
「くだらない。そもそも、その歴史的偉業とやらを達成できない理由も、その派閥争いのせいだろう。我々が団結すれば大国二つを共に滅ぼす力がある」
「それがあるから、安心して派閥争いしているんだけどなぁ」
吐き捨てたくなる様な話だ。
この国は能力的に劣る人間が滅びないための人間の豪族や貴族の集まりであったはずだ。
人間に上下はなく人間によって人間たちを守るための神聖な同盟。
それがこの国成り立ちなはずだ。
だが実情はどうだ。
20人からなる元老院が国を仕切り、その元老どうしも派閥を組んで対立し、なんなら国内で流血を伴う小競り合いすら頻発している。
ここに至っては、その派閥争いのために人間が中心の国家であるニタすら巻き込んでいる。
そんな政治にどう興味を持てと?
「気分が乗らない様だなぁ」
「見ればわかるだろう。私は祖国のためには戦うが、個人のコマにはなりたくない」
「ま、この国では無理な話ですがねぇ。それに、事情を事前に説明されても結局、『上に逆らうのは軍人ではない』とか言って、リーヤ様も兵を出してるだろうしなぁ。」
…。
やはり殺そう、この男。
「おっと、殺気を出さないでくれよ。そんなリーヤ様が少しやる気にある話があるんだ」
「…なんだ」
「レン・フジイについてだ。今回の敵総指揮官」
なるほど、少しは話を聞いてやろう。
「最近、ニタに向かう商人が戦争中だってのに急に増えたから疑問に思って調べてみたんだよ。ハゼールがそいつの所領になったことはさすがにリーヤ様も知ってるな?」
「それくらいはな」
「なんでも、異世界人らしい。それもかなり当たりな奴だ。ハゼールは今かなりの好景気で急速に発展しているそうだ。軍事だけでなく内政までできる…チートだなぁ。まぁ、こちらからすれば、最悪極まりない話だ」
「それのどこに私がやる気が出ると?戦う相手が前回よりも強くなっていると言外に伝えてるだけだろう」
ニヤリと副官が笑った後、少し声を低くした。
「異世界人ってことは、ニタに忠義も無いわけだよなぁ。捕虜にできれば、命惜しさにこちらに寝返る可能性が高いわけだ。そのチート野郎は。まぁ、寝返らなくても、ハゼールが手に入れば…」
「どうやって短期間でハゼールを発展させたかわかる。つまりは異世界からの恩恵に我々も預かれる」
「そう言うことだ。上手く恩恵に預かれば、元老になるのはリーヤ様かもしれない。元老院をぶっ壊して国をまとめるためにも、まず元老にならないと話にならないだろうからなぁ」
…たしかに魅力的な話だ。
人材一人、情報一つののために戦争なぞ馬鹿げた話に思えるかもしれないが、人材や秘密は時に戦略的価値、あるいはそれ以上の価値をもつ。
その全てを上や他派閥が気がつく前に私の手元に置けば、それこそ祖国をあるべき形に戻す第一歩になる。
上の愚かな判断を精々利用させてもらうとしよう。
完全に冷えっきっていた私の闘士に火が戻るのを感る。
リッツが声色をいつもの調子に戻す。
「それに『息子』同士の因縁の戦いっていうのも乙じゃないか。ついでに婿もにもいいかもなぁ。なんせ、紳士の研磨銀らしいからな」
「…その減らず口、息の寝言ごと止めてやる!」
ニタもリッツも覚悟しろ。
戦争の時間だ。
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