第19話 書類の山と評定

王城でのパーティーは今どんな感じだろうか。

あの欲望と陰謀が渦巻く場所は正直あまり好きではないが、それでもあそこの飯はそれなりに旨い。

それだけでも気が抜けない貴族どもの会話と婚活に必死なご令嬢の興味の湧かない誘惑に付き合ってやるだけの価値はある。

この世界は飯がまずい。

品種改良や保存技術が進んでいないためだろうが、食文化豊かな日本でも少し…いや、かなり裕福な家庭で育った俺にとってはかなりつらいモノがある。

金属メッキ技術は余裕であるし、加工方がないにしてもステンレスが発見されているのに、瓶詰めや缶詰がなくて、小麦は高床的な倉庫に保存。

岩塩があるとは言え、海がかなり少なく塩がそこまでないから塩漬けも精々、冬の保存食分と死なない程度の日常用で精一杯。

この世界、金属技術に力を振りすぎだろ。

地球で言えば中世の社会システムの癖にこと金属、宝石技術以外が明らかに酷い。

…ガラスが無いせいで化学が発展しなかったとか、ありそうな話ではあるな。

俺がガラスを創った事だし、食品メーカー勤務の異世界人が都合よく来たりしてくれないか?

「レン様」

だいたい、都市ハゼールには魚がいない。

川から馬車で半日と微妙に離れていて、保存食用の干物や塩漬けが多少出回っているだけだ。

誰だよ、この都市を設計したの。

水運を使えた方が色々と都合がいいのに何故ここに作った?

街の入り口まで運河を作ることを真剣に検討したが、守銭奴に

「元を取るのに10年はかかるよ。神聖同盟とのいざこざが終わるか、財力をもっと持ってからの方がいいよ」

と却下された。

和食、特に刺身と焼き魚をこよなく愛する俺にとっては本当に残念な話だ。

「あの…」

ちなみに、領内に港がないわけではない。

それこそ、ハゼールに向かうために船で来る人もいるくらいだから、停泊するための港はあるし、そこには小さな漁村がある。

まぁ、この世界の『小さな』だから人口は1万人規模なのだが。

そこでご馳走になった刺身と炭火焼ならぬ真紅焼きは本当にうまかった。

また食べに行こう。

「あの…」

あぁ、あと米が無い。

便宜上小麦と呼んでいる、小麦にに似た植物で作ったパン的な何かが主食で正直まずい。

なんというか…雑草に近いのか後に微妙に青臭い苦味がある。

そればかりの食事になると米がどうしても欲しくなる。

日本米の様なもっちりとしたモノでなくてもいいから、タイ米の様な物で良いから、米を食べたい。

「…」

そもそも、平地のほとんどないハゼール地方で食の話をすることがナンセンスか。

山ばかりで、無理に同じ土地で小麦を作るから土地が痩せていて、どうしても不味いモノでも食わねばならない。

その辺り、政策として何か———

「し、失礼しますぅ!!」


金属でできたお盆が脳天に直撃することで現実に引き戻される。

力は強く無いのだが、打ちどころが最高で、相当痛い。

叩き落とした犯人は、俺の秘書官的な役割を担っているソフィーだ。

この非礼に対して、どんな仕打ちを受けるのか、小動物の様に震えている。

本来、こんなバイオレンスな発想は彼女には無い。

おそらく、あの吸血女の入れ知恵だ。

小動物を狙う肉食動物の様な目でソフィーを睨むと、さらに縮こまってしまった。

「…なんだ?」

「つ、追加の書類です」

やっぱりな。

そんな予感がしていたから現実逃避をしていた。

つい先日、鉱山ギルドをほぼ全て手に入れて、大仕事が終わった思ったら今度は山の向こうで騒ぎがあるらしい。

商会はあのケモナーも引き入れ、初期の引き継ぎやら法整備やらが終わって、俺の書類仕事が減ったと思ったのに、今度は動員準備やら兵糧の再集計やら確認やら武器の発注やらで、もうてんてこ舞いだ。

減ると思った書類の山は前にもまして増えるばかりだ。

次から次へとなんともまぁ、厄介事ばかり。

神聖同盟さん、勘弁してくれないかね。

そこまで用意周到に攻めてこなくてもいいじゃないですか。

「そ、それとレン様…」

「どうした?」

相変わらず震えるソフィーが弱々しく続ける。

「レイ様、ダニエール様はじめとした騎士団様から伝言です…。神聖同盟への対処でお話ししたい事があると…。時間がある時に呼んでくれとの事です…」

…だろうな。

様々な情報のすり合わせが必要だ。

そのために呼ばれたんだろう。

書類の山は…。

よし、ソフィーには一肌脱いでもらおう。

「わかった。今から向かう」

「い、今からですか?この書類の山は…」

「ソフィー、俺は頭が痛い」

「…」

すまんな、恨むならあのバカ吸血鬼を恨んでくれ。

機械科歩兵装備を着ながら、書類の山の中から一つ必要な山を掴むと練兵所に向けて歩き始めた。


「前回とは真逆だな。俺が最後か」

会議の場には騎士団とアラン、副官殿、しっかりと全員揃っており、その雰囲気もかなり緊張感がある。

いくら平和ボケしている騎士が多くともそこは軍人。

侵攻が間近ともなればしっかりとした面持ちになる。

ダニエールが早速口を開く。

「御子息、到着して間も無くで悪いが、早速軍議を始めてもいいか?」

「それ、選択肢ありますか?拒否しても始まるでしょう」

「当たり前だ」

流しても良い皮肉に反応するあたり、相変わらず真面目というか、堅物だな。

「では、軍議を始める。目的は御子息の持つ情報とこちらの情報、そして互いの意見のすり合わせだ。レイ、偵察の結果を」

無表情なダークエルフが一歩前にでる。

「現在、神聖同盟はこちらに向かい国境山脈の山道を進軍中。気候の差異もあり、進軍は極めて順調です。不慮の事故は期待しない方がいいでしょう」


この大陸の形は、分かりやすくいうなら長方形の左上に円がついた様なものだ。

その長方形の中に小さな長方形…国境にもなっている大山脈がある様な感じだろう。

ニタは南側半球の大陸中央に位置している。

そして赤道は地球と変わらないため、国境の山脈が見事な雪化粧を見せている我々と違い、向こうの季節は夏。

登山には良い季節だろう。

そして、赤道付近の暖かい山脈を抜けて、雪解けに合わせてニタに到着する。

退路もしっかり考えている。

こちらで雪が降り始めれば向こうは春も終わり頃。

その間に撤退すれば冬の前には帰還できる。

要するに気候の差を上手く生かして、八甲田の様な無茶な雪山行軍を行わない様に計画している。

なんともまぁ、用意周到でいらっしゃること。

嫌になるな。


「その隊列の長さからおおよそですが数が分かりました。約100万。偵察部隊から以上」

その瞬間、一名を除き、その場の全員が息を飲む。

山を切り崩して兵站を確保する程の準備から、敵軍が増えるとは予想してたけどね?

前回の5倍は流石に考えてなかった。

1000万規模が飛んでこないだけありがたいと思うべきか?

ダニエールは余裕な様子で話を続ける。

「いくら数がいようと構わない。小官は真っ向から戦うつもりは少しも無いからな。予定通り、例の隘路にを塞ぐ様に軍を展開する。御子息、食料庫の建設はどうだ?」

いや、いくら居ようと構わないことはないですよ。

こちらにも士気ってものがあるからな…。

言葉を飲みこみ質問に答える。

「完成間近ですよ。あとは一応の防錆設備を整えるだけです。食料も詰め込んでいるし倉庫としては機能します」

「それなら問題はない。騎士団および弓兵2万は先に隘路に行く。防衛陣地を築いて待ち、徴兵兵を率いた御子息が合流するどうだろうか?」

「分かりましたよ」

防衛陣地を築くのはもう少し後でも良い気がするが、間に合わないよりマシか。

しかし、二ヶ月も早く予想戦場に行くとなると兵糧庫の在庫の計算が狂う。

ソフィーよ、また仕事が増えた。申し訳ないが流出は避けたい情報なんだ。

心の中で赤毛のはかない女性に言い訳する。

補給でここまで苦しむならば内燃機関の仕組みも学んでおくべきだったか…。

今となっては後の祭りだ。

それに、日本にいる誰がこんな中途半端なファンタジー世界に飛ばされると考えるんだよ。

「こちらの報告と考えは以上だ。御子息、エリザベート、我々への報告はあるだろうか」

「ありすぎて何から話せばいいのやら。何が聞きたいですか」

「まずは徴兵兵の数が知りたいな」

「8万が限界ってところですかね。領主になってから経済力がかなり上がったとは言え、人口は劇的に変わったりしない。申し訳無いですが、こちらの戦力はさほど変わらないですよ」


この国はいわゆる常備兵と徴兵兵の併用だ。

機械科歩兵装備はどう頑張ったて徴兵兵には扱えない。

力加減を多少間違えると骨は折れるし、最悪四肢が吹き飛ぶ代物だ。

扱い慣れるのに年単位の育成が求められる。

全兵常備軍にできれば良いのだがそれにはアホみたいな金がかかる。

正直、この領地では将来的にはそうしたいのだが、2万の兵を養うだけで年間予算が3割以上とんでいる。。

一応、ガラスと鉱山でかなり収入が増えた分で、全兵常備化への第一歩としての意味と、正確な狙撃ができる部隊育成のために、弓兵を一部を常備化してみるつもりだが…。

それでも、やはり戦場の主力は志願あるいは徴兵した一般市民に武器を持たせた歩兵な訳で、彼らは一年そこらで激増しない。

去年と同じ十万が限界だ。

心許ないのは確かにそうだが、騒いだところで人口は増えない。

と言うか、あれだけボコボコにしてやったのに、心が折れずにまた兵士が湧いてくる神聖同盟の方はやはり頭おかしいとしか言えないな。

畑から兵士でも取れる国なのか?


騎士団の中でも比較的若いアイヴァーンがうんざりした様に口を開く。

「いくら地形がこちらに有利とは言え、なかなか厳しいですね。数もそうですが、この後も毎年毎年攻められては気を抜けません。ところで子爵様、この戦いにどれだけの予算を使って良いのですか?防御陣地を築くと言っても食料庫も作られてではありませんか。予算に余裕がある様には思えないのですが…」

「先の一件で、鉱山のほぼ全てが俺の商会のものだ。そこから取れる予算分だな。概算で年間琥珀硬貨80枚。ついでに、我らが唯一の協力者、王家から琥珀硬貨100枚。流石は弱っても王家。素晴らしい財力だ。行軍だけで往復で半年かかる神聖同盟は年に何度も侵攻できないだろうから、来年にはまた同額出せる。これが戦争の予算だ」

「…つまり、好きなだけ使っても良いと?」

「ま、実質はそうだ」

まぁ、年間の軍事費が180枚の事を考えると、破格も破格。

それこそ、来年は常備軍を増やしても良いかもな。

それにしても、気を抜けないのは良い傾向だな。

南方出身者は平和ボケし気味だから、良い治療薬だろう。

そんな事を考えながら、その後も徴兵兵の装備やら水源の確保に関してやら些事な質問をいくつか答えて、一通りの確認が終わった。


さて、次はこちらの話を聞いてもらおう。

「基本はダニエールの作戦で良いだろう。ただ、騎士団諸君、こちらかも提案があるんだが」

ダニエールが興味津々といった様子で聞いてくる。

「ほう、御子息の作戦か。前回の提案といいなかなか面白いものが期待できそうだ」

「殺し合いに面白いもクソもありませんよ」

何が『面白い』だ。

どうもエステル侯爵家の連中は戦争狂が多くて嫌になる。

少し声のトーンを落としてから、作戦が概要をまとめた書類を配り説明を始める。

「このままだと、ジリ貧になるんですよ。毎年毎年攻められては、多くの兵を失い、徴兵できる民もいなくなり、いずれこちらが戦えなくなります。なのでこの状況を根底から覆す手段をこの作戦で取ります。…なんて言っても、この考え自体はエリザベートが考えていた事なんのですがね」

反応は上々だった。

書類に目を落とした騎士団たちは皆、良い意味で目を丸めて驚き、あの無表情なレイですら少し顔が強張った。

…いや、ダークエルフのレイは違う感情を抱いているかもしれない。

山の精霊の末裔とされる彼女の怒りに触れるだろうか?

しかし、だ。

「…レイ。お前にはこの作戦ではかなり重要な立ち回りをしてもらう。思うところはあるだろうが…構わないか?」

強張った顔がゆっくり表情を失い、いつもの無表情の戻ると、しっかりとした口調で一言。

「承知しました」


聞きたくも無い軍靴の音は間近に迫っているようだ。

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