第17話 鉱山ギルドとの決着
我ながら領主の邸宅にしては小さく、なんと言うか『華』と言う物だろうか、それが感じられない建物の中で、昼食をとる。
まぁ、着任早々に新規事業やら、それなりに大きい建物の建造やらで資金不足とまではいかないが、そこまでは金に余裕はない。
それに、戦争にトラウマを抱える俺にとっては役所の一部を改築した建物を豪華にすることなんて、正直どうでも良い。
少しでも軍事費を増やして戦い、神聖帝国が諦めてくれる事を願う方がありがたいわけだ。
そんな事を考える俺の目の前で王女様が嬉しそうに食事をしている。
何がそんなに嬉しいのか。
おそらく、そこに置いてある紫の新しく作ってみた色付きのティーポットだろう。
本人が控えめではあるももの欲しいとねだってきたので作った。
耐熱ガラス…と言うかシリカガラスに色をつけただけのだ。
純度の高い水晶の選別の仕方がわかれば花瓶よりも安く作れる様な代物で、王族が喜ぶ様な物では無いはずなのだが…。
まぁ、本人が喜んでいるならそれで良い。
別に高価なものが嬉しいものとは限らないしな。
そんなことよりも、だ。
「王女殿下、いつになればお帰りになるのでしょうかね。当初は2週間の予定でしたのに、かれこれ一ヶ月は余裕で超えています。と言うか、もう間も無く二ヶ月ですが、公務は良いのでしょうか?」
良い加減帰れ。
正直な思いである。
別にイザベラ個人がいるだけならば問題は無いのだが、王女がいるとなると色々めんどうな事が多いのだ。
全ての事において彼女を優先しなくてはならず、何より…
「お前は王女殿下に『帰れ』と言うつもりか?どこまでも無礼な奴だな」
こいつだ。
このお坊ちゃんは、いちいち俺に突っかかって来る。
別に言葉自体には吸血女よりも毒が無いし、師匠よりも威圧も無いから別に良い。
が、王女と会話をしていると、こんな感じで話がなかなか進まない。
鬱陶しい事この上ない。
「別にそう訳じゃ無い。もう間も無く年が明ける。社交界シーズンだと言うのにその中心とも言える王女様が王都にいなくて良いのかって話をしただけだ」
「子爵、嘘はいけませんよ」
ニッコリとした表情とは裏腹にだいぶ確信ををつく方だ。
その能力、なんで俺の方に付与されていないのかね。
あの忌々しい異世界転生装置め。
「嘘は言ってないつもりなのですがね」
「心にも無い事を言うのは嘘に限りなく近いですよ?それに、間も無くではありませんか?事の顛末を見てから去ろうかと」
間も無くと形容した事柄はおそらく商人たちの始末であろう。
一昨日が人口系、つまりは獣人税、奴隷税、人頭税の支払い日だ。
…どれも実際はもっと面倒で細かい話なのだが大雑把にはこうだ。
獣人、人族の奴隷(人間、エルフ、ドワーフ、吸血鬼)の所有者に課すのが、獣人税、奴隷税。
16歳〜50歳の人間に、生きているだけで課すのが人頭税。
人頭税に関しては、アコギな税だとは課してる俺自身思うが、他領では年齢関係無しなのだから、領民には勘弁願いたいものだ。
無事…と言うも変な話だが、大商人12人中10名は獣人税を支払えていない。
本日、資産差し押さえの書類にサインしてもらう予定だ。
拒否した場合は合法的な暴力が認められる。…したくはないがな。
ちなみに、残った二名のうち一人はこちらの手の者で、後一人は経営が死に体らしい。
いい気味だ。
ついでに王女様もお帰りいただいて、素晴らしい日になりそうだな。
…ん、事の顛末を『見て』?
この世界ではかなりの値段になるが、俺にとってはパンとは呼ぶには質の悪い焼いた小麦粉の塊を飲み込み王女様に尋ねる。
「もしかしなくても、その場に同席されるおつもりですか?」
「もちろんそうですが?」
当たり前かの様に答える。
…この方、お上品に見えて結構おてんば娘なのでは?
「…止めても無駄、でしょうね。役人と言うこ事で同席していただくとして…」
ちらりと王女の隣の男に視線を向ける。
「お前はどうする?」
「当然同席する。この視察に限っては王女殿下の付き人だ」
「『限って』、ねぇ」
「お前、それはど言う意味だ!」
よしよし、この男の扱い方もわかってきたな、そう思いながらリードリッヒが激昂する様を他人事の様に眺めた。
と言う訳で執務室にて10人の商人が目の前に鎮座している。
書類仕事をする時にお決まりの椅子に座る俺の右側に立つエリザベートとアランは口元を布で覆って、その逆の視察組は顔をしかめている。
商人の後ろに控える二人の見張りはまるでゴミでも見るかの様な視線を浴びせている。
確かに、どいつも太って醜いし臭いが、そこまでしなくても良くないか?君たち。
こんな成りだがこいつらも人間だぞ?
…さて、お仕事の時間だ。
俺の中にいる、ありったけの紳士を集めてアランを意識した言動をしよう。
…本人はあのザマだがな
「皆様、ようこそ…とはあまり言えない事態ですね。税金が支払われていません。申し訳ありませんが資産を差し押さえさせていただきます」
「す、すこし待って欲しい、領主様!」
商人のうちの一人が声と体を上げる。
「なんでしょうか?」
「い、一年支払いを待っていただきたい。この金額倍、いや3倍用意いたします!ですからどうか、今年だけはお見逃しください!!」
バカか?こいつは。
わざわざ手間暇かけて作った状態をはいそうですか、と手放す訳ないだろ。
心の中でため息を吐き、返答をする。
「それは魅力的な提案ですね」
「で、でしょう!ですから」
「申し訳ありませんが、お断りいたします」
一瞬、希望を抱いた商人の顔が絶望に染まる。
どうやら、本気でこの提案が通ると思っていたらしい。
「ここは神聖同盟との国境。来年はニタの国ではなくなってしまっているかもしれませんからね」
だから今すぐ税金寄越せ。
軍拡がしたんだよ。
それじゃなければ鉱山を根こそぎ渡せ。
建設材だの武器だのが格安で手に入る様になる。
そして何より、金属を使う度、死体の山がチラつく行為を今すぐやめろ。
気持ちよく生活が送れないだろうが。
憂国の貴族の仮面の下で、こう毒づく。
それでも引かない商人はさらに続ける。
「そ、それはレン子爵様ならば赤子の手を捻るようなものでしょう。先の戦いでも見事に圧勝して、現在何やら施設を作っている様ではないですか。そうです、子爵ならば神聖同盟など…」
「どれだけ膨大な軍でも、武器がなければただの肉壁です。どれだけ精強な兵士も食事がなければ1週間と持ちません。仮に私が優れていても、動かす兵士がその様では戦えないのでしょう。それを賄うものは…おわかりですね?」
持ち上げても意味はないぞ。
正直、領主とか社交界とか面倒な思いをするくらいなら、あの時大敗して無能の烙印を押された方がマシだったと思うくらいだ。
己の戦果を誇るつもりはまるでない。
そして、そもそも戦争のためでも税金の為でもなく、俺の精神衛生のために君たちはこの書類にサインするんだからな。
そんな内心が伝わったのか、その商人は静かに座った。
「全部あんたが仕組んだことじゃねぇか…」
別の豚が何か言葉を発した。
生憎声が小さすぎて聞き取れない。
「なんとおっしゃいましたか?」
「全部あんたが仕組んだだろ!知ってんだよ!!」
今度は声が大きすぎだ。
うるせぇ。あと、俺は一応貴族だぞ…。なんつー態度とってんだ。
…殿下に対しての事を考えると、人の事、言えた口じゃないか。
「あの奴隷オークションの後、鉱石の価格が急落した!!出来過ぎだろうが!!お前がこうやって俺たちをはめるためにやったんだろうが!!!」
気がつくのが遅い。
オークションが始まる前、半日早く気が付けば…。
無理だな。物理的な距離の遠い鉱山ギルドの奴らは、口裏を合わせるのが難しい。
合わせたところで、他の商人が裏切って、獣人を全て持ってかれてはどの道、商売が立ち行かなくなるからな。
囚人のジレンマって奴だ。
結局お前らはあそこで奴隷を財産の限り買うしか選択肢がなかったんだよ。
しかし…面倒だな。
我らが領主『レン・フジイ』はそんな事は言わない。
そんな悪巧みをしない。
紳士的で信賞必罰、優しい領主だ。
…仕方がない。
一名犠牲者を出そう。
くるりとアランの方に顔を向ける。
さぁ、茶番の始まりだ。
配役は、アラン、お前が性悪商人にして私の期待を裏切った腹心。
俺は公正公明な領主としよう。
話題振ってこないでよ、そんな顔つきだが知ったこっちゃない。
「そうなのか?アラン」
そうだよな?そうだと言えよ?
「そ、そうだよ…。ごほん、鉱山の利権を手に入れるために全部仕組んだのさ。レン経由で王女様に紹介状を書いていただいて、レンにオークションを開かせたのも、他の領地から鉱石を購入して安く売り捌いたのも、全部この状態を作るためさ。悪いね、レン。お金が欲しかったのさ」
60点の演技だな。
可も無く不可もなく。コメントに困るやつだ。
まぁ、心穏やかではない豚どもを騙すには十分だったらしいが。
「ほら見たことか!こいつに俺ははめられたんだよ!!領主様、どうかせめて一年だけでも支払いを待ってはいただけませんか」
「なるほど、君は意図してこの状態を作ったのか。…見損なったぞ」
少し険しい顔でそれらしい事を言ってみる。
…おい、アラン、ドン引きするなよ。
商人たちの目もあるし、なによりこれは演技だっつうの。
等の商人たちの顔は希望に満ちている。
忙しい奴らだな。
残念ながらその直後で絶望が待っているのだが…。
不要な抵抗をするから感情のジェットコースターを体験することになる。
「…しかし、私は君を裁けない」
「な、どう言う事ですか!こいつは俺たちを…」
「全て合法ですから。オークションを開くことも、他の領地の物を売ることも全て。場所を自分で用意すれば、商売を始めることは自由。国法です。私のコネクションを利用しただけ。さらにこの男、関税もしっかり払っています。糾弾すべきところがありません」
その言葉を聞いた瞬間、
その場所だけ時間が止まった様に商人たちは動かない。
逃げ道がないことを自覚していただいたところで、
「鉱山ギルドの皆様、申し訳ありませんがこちらにサインをおねがいします。かなり卑劣な手段ではありましたが…。違法ではない以上あなた方に納税の義務があります」
その時だった。
商人の一人がカツラをずらし中に仕込んだ刃物を取り出した。
そのまま鞘を捨てるとこちらに向かって走ってくる。
狙いが俺な事と、なにより隠し場所があまりにも滑稽だったため思わず吹き出してしまった。
「笑ってるんじゃないわよ!!」
吸血女の言う通りだ。
滑稽な様だが一応これでも命の危機だ。
見張りを商人の前に立たせなかったのが失敗だった。
対応が完全に遅れている。
やりたくないが、しょうがないな。
素早く立ち上がると正面を向いたまま後ろに飾ってあるオリハルコン製の薙刀に手をのばす。
そして、そのまま上段の構えをとる。
集中。
すこし、世界が遅くなる。
後間合いまでもう半歩。
間合いに入った瞬間、頭から叩き切ってやろう。
相手が刺そうと手を伸ばす。
その体勢では刃物に力が乗らない。
つまりは人は殺せないんだよ。
そう思った瞬間、間合いに入った。
…殺す
それだけを考え頭を目掛けて薙刀を振り下ろす。
商人の頭にオリハルコンが当たるほんの一瞬前、獣人の死体の山が目に浮かぶ。
合法だからと待ってましたと言わんばかりにこいつを殺せば、同じ穴のムジナになるのではないか?
(くそ、嫌なもん思い出させやがって。なんとなく殺すのが嫌になったわ)
軽く手首を捻り、薙刀の軌道をずらす。
オリハルコンは相手の右の鎖骨の中央から脇の下に抜けていき、利き手を吹き飛ばされた商人は刃物を手放しその場に転がった。
椅子にどっと座ると護衛に声をかける。
「おい、身体検査は…無理もないか」
一呼吸だけ置いてから、紳士をもう一度インストールだ。
その後、他の商人に目を向けると一言だけ
「サイン、願えますか?」
茶番はおわりだ。
大人しく全員がサインをした後、残された四人はそれぞれこちらを凝視している。
さっきの一件でそれなりに疲れてるんですが。
「皆様、なんでしょうかね」
「僕を悪役にしないでよ。と言うか、事前に一言あってもいいんじゃないかな?」
「商会をお前の名前にしてるんだ、それくらいの汚名と無茶は甘んじて受け入れろ。次」
「相変わらず、面白いくらいの変わり様ね。しばらくネタに困らなそうと思っただけよ」
「氏ね。次」
「さっきの太刀筋、見事だった。口先だけではなく腕もそれなりに立つのだと少々見直しただけだ」
「お前に言われると嫌味なだけだ。殿下」
「どうして、この様な事をなさったのですか?」
最後だけふわっとしてるな。
サクサク答えてサクッと休みたいのだが。
「それはどこからどこまでの話でしょうか?」
「鉱山ギルドを手に入れようとした理由は?と言う事です。他の事情は先日伺いましたが、理由を伺う前に話ずらそうな雰囲気になってしまいましたから」
街でネタバラシしている時か。
そう言えば、方法やら事情やらばかりで理由を話していなかったな。
「獣人の屍の上にできている金属を使うのが不愉快だったから。商人が文字通り汚かったから。そして、最大の理由が鉱山ギルドの利権が欲しかった。以上です」
机に突っ伏す前に王女様の目が一瞬曇ったのが見えた。
…そうか、彼女には嘘が通じないだったな。
おそらく、最初の理由が最大だとバレてる。
また『嘘はいけませんよ』と言われるのだろうか?
そんな予想を他所に
「そうですか。わかりました」
としか言わなかった。
アランとエリザベートが小声で『素直じゃないね』と言っているが無視だ無視。
何度でも言うが、俺は英雄にも正義の味方にも善人にも憧れない。
心の底から『不愉快だった』だから潰しただけなのだ。
変な誤解は生まない方がいいものだ。
…そんなことはどうでも良い。
目下もっと緊急の問題がある。
「エリザベート」
「名前で呼ぶなんて珍しいわね。どうしたのよ」
「血を見たせいで力が抜けた。部屋まで肩を貸してくれ」
「………『腰抜け』子爵」
「何も言い返せねぇ」
心の傷は良くなるどころか、悪化してるようだ。
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