第16話 ネタバラシ


オークションから約3週間。

間も無く年が明け、ニタにおける社交界シーズンが近き、遠くに見える山脈は完全に真っ白だ。

平野でも息が白くなり、心なしか通りに往来する人は足早な気がする。

本日は未だにハゼールにいる王女殿下のご希望により、商人に扮して街を視察中である。

お坊ちゃんと行けば良いのにわざわざ俺を指名してきた。

素晴らしきは宮仕え、王族の命とあらば(形式的には)断れない。

街中の商店にあるガラス製品を飽きもせず何度も見て回る王女様がご機嫌な様子で尋ねてきた。

「そろそろ、教えてくださいませんか?何を企んでいるのか」

…わざわざご指名した理由はこれですか。

「企むとはなんの事ですか?」

「鉱物商も奴隷商も紹介したのは私ですよ。…この数週間で金属の価格が急速に落ちてます。適正な価格に近づいた、と言うべきかもしれませんが。それも、かなり異常な速さで。…子爵にとってはガラスが良く売れますから、金属は高止まりしている方が良いはずなのにどうして価格を下げたのでしょう?」

この王女様、予想以上に下々の事を勉強してらっしゃる。

これは観念した方が良さそうだ。

「はぁ…。鉱山ギルドを潰すためですよ。厳密に言えば全て俺の物にするためです」

「…子爵、それでは説明になっていません。最初から、順を追ってお願いします」

王女様が少し拗ねた様な顔をして追加の説明をねだっている。


お姫様と言い吸血女と言い、子供じみた言動をされると心臓に悪い。

…決してロリコンではない。

断じて違う。少女的な物に弱いことは認めるが、『幼女』趣味ではない。

いや、この世界では貴族なら十代前半ですら余裕で結婚もあるし、平民でもよくある話だ。

普通な事な上、合法なのだが…。

しかし、日本の倫理観的にダメだし…

…とにかく、そんな趣味はない!


邪念を振り払うべく、二人で歩きながら説明を始める。

「まずは初めの状況から。獣人不足と好景気により金属価格の高騰がおきていました。そこで、詳しい話は出来ませんが原材料に金属を使う色ガラスの普及が起こり、さらに金属の高騰を加熱します。殿下が商人ならどうされますか」

「獣人を買い込みますね。多少値が張っても生産が落ち着くまでは金属が高いままですから利益はでます」

「そうなりますよね。そこで殿下から紹介された商人の登場です。奴隷商は商人たちから金銭的余裕を無くすために奴隷を大量に売ってもらます。獣人の当てがないのですから、かなり数年分、下手したら10年分は買うかもしれませんね。…女を中心に」

自分で言って反吐が出そうだ。

構わず殿下は話を続ける。

「しかし、価格が落ち着くまでは彼らも儲かるのでは?」

「ええ、そうです。だから身銭を切って強制的に価格を落ち着かせました」

少し考えた素振りをした後、花も恥じらう様な笑顔を見せた。

「話が見えてきました。そこで、私の紹介したもう一人の商人、鉱物商の出番ですね。彼から大量に鉱石を買い、安く流通させる事で利益がほとんどでない様にしたんですね」

「おっしゃる通り。果たして彼らは年末に獣人税を払えるのでしょうかね。ダメなら資産を差し押さえなくてはなりませんが」

「ひょっとしなくても、年末近くにオークションをしたのはわざとですね。しかし、もし、子爵が信頼を得られず、オークションに商人たちが来なかったらどうしたのですか?」

「それなら緩やかな死、ですね。先ほどもいいましたが、神聖同盟が侵攻してきた影響で北部一帯には獣人がいません。王女様が紹介してくださった奴隷商レベルが来なければ獣人不足で生産がいずれできなくなります。あいつらは『買う』以外の選択肢がそもそもなかったんですよ」

それならそれでも良い訳だ。

…そんな事をされては水晶を取れなくなりこちらも若干困るからできればやめて欲しいのが本音だったが。

「それでは、メイナード様は何故取り込んだのですか?今の話を聞く限り、中央から鉱物を買う事がバレれば終わりです。その…裏切り…などを考えるとあまり良い手では無いと思うのですが…」

裏切られた苦い経験があるのだろう。

その単語を言うのが辛そうだ。

「アランの受け売りですが…。後の事を考えた時、鉱山の経営に慣れている人材が欲しいと言う事に加えて、彼らが破産せずに生き残った場合、こちらは盛大に恨みを買います。その時の鉱石の入手先です。それが彼を取り込んだ理由ですよ。まぁ、保険です」

「なるほど、確かにそうですね。…素晴らしいです。どの段階で失敗しても大丈夫な様に考えられています。しかし、随分と遠回りな方法ですね。…他にも方法はあったのではないのですか?」

「それは…」

確かにあった。

真紅の石を奴隷に配れば良い。反乱が起きる。

どこかの鉱物商、それこそメイナードにあの籠手をもっと早く渡せば良い。

生産性で圧倒されて、他の鉱物商も真紅の石を使った道具を使わざる得なくなり、これもまた反乱が起きる。

そう、奴隷に反乱を起こさせるのが手っ取り早いし、こちらの懐が痛まない。

実際、アランも反乱を提案した。

だが、反乱は…。

真紅の石を使った反乱は…


心に刺さるトラウマが、返のある針の様に暴れる。

腐れ商人どもとは言え、俺の領民で、その私財が危険に晒されていれば当然保護する義務が領主にはある。

…義務を守ってる貴族なんぞ、まぁ居ないが、それでも形式的には発生する。

反乱が終わった後なり、鎮圧なりでどうしてもその惨状を見なくてならない。

そうだバラバラにされた人間の死体を。

それだけは絶対にお断りだ。


二の腕に触れる温かい感触でふと思考が逸れる。

「子爵、顔色が優れない様ですがいかがされましたか…?」

王女殿下が顔を覗き込み心配している。

今更遅い平静を取り繕い答える。

「大丈夫です。…手段はありました。それこそ幾らでも。比較的平穏な方法の条件がそろっていた。そして、荒事をやりたくなかった、それだけです」

日に日にトラウマがひどくなっている気がする。

神聖帝国との戦もおそらくあると言うのにこの有り様は我ながら情けない。

それに、もし商人たちが獣人税を乗り切れば、メイナードに渡した籠手をきっかけに、反乱祭りが起こる。

王女様には言わなかったが、彼は最悪の展開を避ける意味でも保険であるのだ。

つまり、早いか遅いかの違いで、最高にくそったれな未来は確実に来る。

この心の傷はどうにか乗り越えなくては…。

そんなことを悶々と考えているのが表情に出ていたのだろう、何かにつけて話しかけてきていた王女様も沈黙していた。

しばらく無言で歩き続けた後、ポツリと王女様が呟いた。

「傷つく人を少なくする為に身銭を切るとは、やはり優しい方ですね」

影の無いその微笑みに、ほんの少し罪悪感をおぼえる。

他人の誤解を解かないことに罪悪感を覚えるとは…。

本音で話せる相手が少ない俺は彼女を存外気に入っているらしい。


(違いますよ殿下。俺は俺を傷つけるほど強く無いだけです)

自分に言い訳をする様に、そっと胸の中で呟く。

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