第15話 奴隷オークション
薄暗い部屋に数十人の鉱山を持つ商人が集まり、その不衛生な体から悪臭を放ってそこはさながら地獄の様なものになっている。
しかし、この後ここで起きる事を考えるならば、地獄と形容しても間違いがない様に感じるのが不思議なものだ。
領主が指定した日付、場所に鉱山ギルドの商人たちが集まり獣人のオークションが始まることを、今か今かと待ちわびている。
なんとも醜い事だ。
ここに集まる奴らの目は同じ人間のものとは思いたくない程、欲望に歪んでいる。
今すぐ殴ってやりたい。
心の奥底に生まれた醜い感情を必死に押し殺し、部屋の正面に用意されたステージを見上げる。
穏やかな笑顔と共に領主が奴隷商連れ登壇した。
相変わらず別人のようだ。
この前私に見せた無機質な空気を纏った彼が登壇したら、ここにいる全員がレン・フジイであると認識できないだろう。
そう思えるほど今の彼は本来の姿とかけ離れている。
もっとも、私が見た彼もアラン曰く本来の姿ではないらしが。
(領主なんかよりも役者になった方が稼げるのではなかろうか)
そんな商人らしい考えをしていると、件の領主がギルドの連中に挨拶をし始めた。
作っていることを一切感じられない笑顔のまま。
「皆様、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。昨今、金属が値上がりして領民が苦しんでいるとの話を耳にしました。その原因が獣人奴隷が不足しているとの事でしたので、この様な場を設けさせていただきました。私が神聖同盟軍をもっと早く撃滅していればこの様な事態にはならなかったはずですので、お詫びも兼ねまして、王女殿下のお力を借りまして、王都からこの国で一、二を争う奴隷商を手配させていただきました。数だけでなく品質も良いものが揃っているそうです。街を見た彼は、景気が良く良い取引が出来そうだ、と張り切っておりました。皆様、どうぞ奮って取引願います」
購買を煽る様な挨拶を終え、ステージを降りる素振りをした後、何か思い出した様に立ち止まり、
「あ、アランからの伝言です。獣人税?と言うものをお忘れなく、だそうです」
とだけ付け加え、今度こそ降り、とうとうオークションが始まった。
獣人不足の影響と、この辺境ではなかなかお目にかかれない中央の商人が来たからだろう、会場はかなりの熱を帯びている。
しかし、なんとも白々しい事だ。
あの男の本性を知っていない人間からすれば、善良な領主が商人や領民のために王族にまで頼んだ、と受け取るのかもしれない。
だが実際は、領主としての正義感でも獣人に対する哀れみでも無く、『不愉快だから』と言う理由、言うならば己の精神衛生の為に鉱山ギルドを潰そうとする人間だ。
それに、そもそも、金属の値上がりはガラスの出現による景気の好調、最近新たに開発された色のついたガラスの作成のために使用する金属、この二つによる需要過多。
つまりは彼が原因だ。
それに続いて出ていた獣人税の話はアランからの伝言では無く貴方が仕掛けた罠でしょう。
それをまるで他人から聞いたものかの様に言って、自らを傀儡の様に見せるために使うとは。
そして、商人たちが真の狙いに気がつかない様に『奴らは税収増加をのためにやった』と誤解させるために、出した言葉でしょう。
私はロクでもない人間の企みに加担したのではなかろうか。
「獣人を救うため、だろ。メイナード」
その声にハッとし横を見ると件の領主が座っていた。
登壇した時の服も雰囲気も全く違うため、取引に熱中している商人たちは、まず彼に気がつかないだろう。
この男、私の内心に気が付いたのだろうか?
「なんの話ですか?」
「お前は俺に協力すると決めた事を少なからず後悔してるだろ、その話だ」
「…なぜそれを?」
「鏡で自分の顔を見てきたらどうだ?」
なんだろう、この男は。急に奇怪な事を言い始めた。
「鏡、と言うものを存じ上げませんが、自分の顔を見る、と言うことは研磨銀の様なものですか?」
「…あぁ、そうか、こちらの世界では違う名前だったな。とにかく、苦虫を噛み潰したような顔をしていたな。仮に俺に付いた事を後悔してなくとも、このオークションがお望みではない事はわかる、そんな顔だな。商人としてどうなんだ、それ」
「…そうですか」
嫌味な男だ。一言多い。
それに、そう気がついているなら、こちらに近づいて欲しくないものだ。
そんな私を横目に見つつ、また彼は口を開いた。
「嫌味を言いに来た訳じゃない。ある物を見せに来た。ここでは誰が見ているか分からないからな。別室に行くぞ」
そう言うと彼は席を立ちさっさと立ち去ってしまった。
これは信頼されているのだろうか、他の商人に見られては困る様な物を私に見せると言う。
しかし、あの雰囲気を纏う人が他人を易々と信用するとは思えない。
何を見せられるのだろうか。
少し遅れて彼を追い、部屋に入ると領主に加えて職人と思わしきドワーフとアランが待っていた。
領主はめんどくさそうに椅子に腰を下ろすと、大きな鉄製のテーブルに肘をつき、頬杖をしながら喋り始めた。
「さて、どちらから説明しようか。…じゃあ、まず簡単な方から。アラン」
「わかったよ。それじゃあ、端的に言いますよ。王女殿下が紹介してくださったもう一人の商人、まぁ、言ってしまうと隣の貴族領の鉱山ギルド長だね。彼から、今日鉱石が届いた。大量にね。今は街の外れの倉庫に一時的に保管していますよ」
「それは、つまり…」
「明日からでも市場に流せますよ。僕の方からは以上」
もう、そんなところまで話が進んでいるのか。
思った以上に展開が早い。
そっと別室のオークションに耳を澄ませる。
複数の壁越しから聞こえる声や金額はかなりのものになり、現状の金属価格を頼りに、随分と大胆な取引をしている。
…もう後戻りは出来ない。
裏切ったところで焼石に水、意味はない。
「じゃあ、次はややこしい方だな。大将」
「承知しやした。こちらでさぁ」
そう言うと、袋から籠手の様な物を取り出した。
全体が鉄でできているが手の甲の部分に大きな赤い石が埋め込まれている。
これは…
「…真紅の石!」
「その通り。大体察しているとは思うがこれは機械科歩兵装備の手の部分だけを再現した物だ。仕組みは…分からん。俺は職人じゃないからな。ま、あくまでも模倣品だから本物とは違い、微妙な力加減とかはまるで調整ができないが…」
そう喋りながら籠手をつけた後、拳を振り上げテーブルに叩き落とす。
『バン!!』
と言う強烈な音と共に頑丈に見えたテーブルは見事に壊れた。
真っ二つ、と形容する他ない程、叩いた部分を中心として割れていた。
「レン!わざわざ壊さなくてもいいじゃないか!口で説明すればわかるだろ!テーブルがもったいないよ」
「百聞は一見に如かず、だ。って言うか、ツッコむ所そこかよ…。危ないとかじゃ無くて」
気の抜けたやりとりをアランとした後、こちらに向き直り
「これを鉱山で使って見てはどうだ?一応100セット作った」
そう言い籠手を渡してきた。
…この男、全てをわかった上で話している。
確かにこの籠手は画期的だ。
今まではこの様な体の一部のみを強化する様な道具はなかった。
とは言え真紅の石を使った道具は山ほど開発されている。
別にそんなに難しい話ではない。
ツルハシにしてもクワにしても、力の加える道具は全て金属から真紅の石に変えるだけで効率が劇的に上がる。
だが、鉱山ではその様な道具は一切使っていない。
真紅の石を使った道具を鉱山で使わないのはしっかりとした理由がある。
奴隷の反乱を恐れてだ。
真紅の石は簡単に兵器になる。
投げつけたそれに当たるだけで脆弱な人間の肉体など木っ端微塵だ。
そんな危険物で出来た物を与えて、反乱をされればどうしようもなくなる。
だから絶対に真紅の石でできた道具は使わない。
ましてや、体の一部を強化するこれに至っては使い勝手が良すぎる故に奴隷に持たせるには危険すぎる。
そんな物を使えと言い始める。
確かに私の鉱山ならそんな心配はいらないかもしれないが…。
それでも、もし、これを使用した事がばれれば鉱山ギルドの面々から嫌われ、様々な妨害を受ける。
奥の手として考えたことがなかった訳では無いが、あまりにリスクが高すぎると忌避していた。
そんな危険な物を渡してくる行動に疑念を抱く。
「何を企んでいるのですか?」
「何も企んじゃいない、と言えば嘘にはなるが…。まぁ、その企みも鉱山の生産性を上げましょうって話に帰結する訳だしな。まぁ、もしギルドの壊滅が失敗した上にこの籠手がばれた時は、俺の紹介が使う金属製品はお前のところから買う様にする」
さらりとこう言った後、からかう様な笑みを浮かべた後にこう続けた。
「それともなんだ、お前は反乱が心配になる様な経営をするのか?あるいは、俺が信用できないか?」
まるで友人をからかう様な口調だった。
この男は、私を信用してくれたからこう言ったのだろううか?
これが彼の素の姿なのだろうか。
わからない。
それでも私はその時、初めてこの男を信用しようと言う気持ちになれた。
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