第14話 ケモナー商人の苦悩
雪化粧の進んだ山に石を掘る音、トロッコの走る音、そして、獣人たちの話し声。
後今年も残すところ二月と言うところ、今日も鉱山の獣人たちは張り切っている様だ。
鉱山の様子見に向かっているが、問題が無い事は音を聞けばわかる。
近頃は鉱石の生産が間に合っておらず、獣人たちに無理をさせて掘らせているため、毎日視察にきている。
遠くに獣人たちが見えてきた。
今日も私の鉱山の労働者は愛らしい。
種族によって異なる毛並みの尻尾。
ふわふわで撫でていて夢心地の髪の毛。
そして、なによりも、頭の上にある愛らしいとしか形容できないあの耳。
あぁ、可愛らしい…。
できる事ならば、今すぐあの髪に顔を埋めて眠りたい
そんな欲望がだだ漏れの視線を感じ取ったのか、一人の獣人がこちらに気がつき仲間に知らせる。
「おーい、皆、メイナード様がいらっしゃったぞ」
声に気がついた皆が手を止めてこちらへ小走りで向かってくる。
「毎日毎日ごくろうさま。近頃は無理をさせて申し訳ないね。でも、稼ぎ時なんだ」
奴隷頭の狼の獣人が笑顔で答える。
「いやぁ、他の鉱山と比べればこんなの無理には入りませんよ。メイナード様こそ、毎日私たちを気遣ってこんなところまでいらっしゃって、ありがとうございます」
「君たちを見る事が私の楽しm…仕事だからね。さぁ、君たちも仕事に戻って。お邪魔をして悪かったね」
尻尾を振る彼の肩をポンと叩くと皆、鉱山へ戻って行った。
そんな彼らの背を見送った後、休憩所で温まりながら、目をつぶる。
近頃はガラスと言う水晶が原料だと思われる新しい技術ができて以来、非常に忙しい。
最初は鉱山ギルドの面々も焦っていたが、蓋を開ければ、こちらもだいぶ儲かった。
それどころか、近頃はその新しい商会、「アラン商会」と言ったか、あそこすら鉱石を使う様で大量に発注していており、忙しさに拍車がかかっている。
おかげでどこも忙しく走り回っている。
久しぶりに出来た時間でまどろみながら…
…他のギルドのの事、そして、そこの獣人の事へ思案を巡らせる。
獣人
他の種族と比べても身体能力が非常に高く、純血の者は二足歩行する獣の様な見た目をしている。
そんな見た目故、人族から一纏めにそう呼ばれている。
実際はその中でも多数に分かれる。有名なのはミノタウルスだろうか。
そんな彼らも、あらゆる種族と子をなせる人間とならば彼らも子を成せる。
そうして、血が薄れるに連れて毛が薄くなり、顔が平面に近くなり、やがて人間に動物の耳や尻尾がついただけの様な見た目になる。
鉱山で獣人と呼ばれている労働者の多くはその様な者たちだ。
本物の獣人からは獣人と見做されず、人族の世界では人族と見做されない。
中途半端な存在故に差別され、悪辣な商人に利用されてしまう。
例えばあの異臭を漂わせる商人どもの様な奴らに…。
どうにかしたいと考え、必死に努力して金と力を求め、気が付けばハゼールの中でも力を持つ商人になっていた。
しかし、だ。
そこからここ数年、目的に向かって何もできていない。
それもそのはずだ。
他の商人は奴隷の様にこき使っているため、安く鉱石を掘り出せる。
わずかな食費と、獣人奴隷所有者が年末に払う獣人税くらいだ。
対して私は獣人たちにしっかりとした食事も、休憩も与えている。
この状態では自分の商会を守るのが手一杯で、他の商会を攻撃したり事業を拡大するなど出来はしない。
奥の手がないことは無いのだが、如何せんリスクがある上に、鉱山ギルドの商人たちは良い顔を絶対にしない。
つまりは哀れな獣人に手を差し伸べてやる事はできない。
そんな暗澹たる気分で目を開けると、アランと呼ばれた男がこちらを見下ろしていた。
慌てて立ち上がり姿勢を正すとその隣に領主が笑顔で立っていた。
例の廃品回収の時にアランと一緒に来ることもあるが今日は回収の日では無い。
二人とも本来ここには来ない日だ。
「よ、ようこそいらっしゃいました、領主様。この様な所までおいでなさるとは思わず、無礼な振る舞いをお許しください」
笑顔を崩さず領主は否定する様に手を振る。
「いえ、事前通告もしないで来たのですから無礼はこちらですよ。驚かせて申し訳ない。私もつい最近同じような経験をしましたから、気持ちはよくわかります」
「そう、ですか。ところで領主様はここまで何用でいらっしゃったのですか?お忙しい身でありながらこんな所までいらっしゃるとは何かご用事がおありでしょう」
そう言いながら商人の笑顔を作った私に対して、彼は軽く息を吐くと、
「話が早くて助かりますよ」
と言いながら一枚の紙を渡してきた。
内容を簡単に言えば、人手不足のハゼール鉱山のために王都から大奴隷商を呼んだと言うものだ。
しかも、王家から紹介されており、国でも一、二位を争うレベルの奴隷商だ。
「こちらの催し物に是非いらしていただきたのです」
柔らかな物腰で随分と物騒な物へ招待するものだ。
「お心遣い感謝いたしますが、生憎私たちの鉱山はやっていけるほどの人材は確保しています。これ以上雇っても奴隷を無駄に払うだけになっていしまいますので…」
そこまで言って言葉を止めた。
彼の顔を見てしまったからだ。
まるで幽霊でもみた様に驚いた顔だ。
まずい、不興を買ったか。
「あ、いえ、喜んで参加させていただきます。」
「いえ、無理をする必要はありません。この獣人不足の中、どの様に調達先を得ているのか気になっただけですよ」
調達先、この言葉が不愉快に刺さるが感情を噛み殺す。
彼は温厚そうに見えるがそれでも領主だ。
気分ひとつで首が飛ぶ。
「私の鉱山では獣人は滅多に死にません。事故防止を徹底していますし、休息も食事もしっかりと与えていますから」
その言葉に対して返答は無く、しばらく、何か考える様に顎に手を当てた後、アランの方に顔だけ向けると
「アラン、例の件、彼に任せようと思うんだ。どう思う?」
とだけ呟き、アランが肯定すると、私の方に笑顔を向けた。
…いつもと違う。
いつもはこんな張り付けた様な、薄っぺらい笑顔では無い。
何人もの客を相手にしてきたから分かる。
この手の客に絡むとロクなことにならないのだ。
この男からは、本当に嫌な予感がする。
その予感を振り切る様に彼に尋ねる。
「れ、例の件とは何でしょうか」
少し目を見開いた彼はゆっくりと話始めた。
「…あなたは他の商人の獣人の扱いをどう思っている?」
ここで言葉を、間違えてはならない。
商人としての勘がそう告げる。
薄ら寒い彼の笑顔の下に何が渦巻いているかわかったものではない。
今わかった。彼は商人をいともたやすく騙す程の演技ができる。
これまではその演技を、無能で温厚な演技をしていたのだ。
それを、今はわざと怪しい笑みを浮かべているのだ。
彼が私に何を求めているのかまるでわからない。
慎重に言葉を選ぶ。本心を、できるだけ不興を買わない様に。
「悪辣な物だと」
その言葉を聞いた瞬間の表情が変わった。
まるで別人のような顔をしていた。
笑顔など想像も付かない程の無表情で、まるで鉱山で酷使される奴隷のような、何かに疲れ果てた目。
そして、まるで全てがどうでもいいと言わんばかりの倦怠感が彼を纏っている様に見えた。
しかし、不思議と以前のように隙だらけの貴族の雰囲気はない。
むしろ、こちらが食われそうな何かを感じる。
実際、例の件とやらに利用する気満々なのだから、私は食われそうなのだろう。
「奇遇だな。俺もそう思ってるんだよ。いくら合法とは言え、あれは酷すぎる。朝早くから夜遅くまで休憩無しで働かせ、気分次第では残酷に陵辱的に殺す。飴はなく鞭ばかりの屑ばかりだ。極めつきはあの死体の山。埋葬もせずにゴミの様に放置する。愛玩動物の方がまだマシな扱いをされている。いくつも鉱山を見て回ったが、どこでもそれがあった。そんな物を見た後に金属製品を使うのは、正直不愉快だ。そこで、だ」
一歩は私に近づくと呟く様な小声で呟いた。
「私は鉱山ギルドの商会を全て破産させる。その為にお前に協力して欲しい」
耳を疑う様な話だが、疲れた瞳の奥に滲む怒りが彼が本気だと告げている。
…これが彼の本性なのだろうか。
確かに。
確かに、ここまで見事に仮面を被る彼ならば、本当にあの商人たちを破滅へ追いやるかもしれない。
いや、間違いなく追いやる。
商人たちは、この招待所を善意から渡していると思っている。
世間知らずで、お人好しな領主が我々鉱山ギルドと領民が困っていると街で聞いて王家にお願いして奴隷を手配してもらった程度にしか考えていないだろう。
だが実際は悪意の塊だ。
これは我々を滅ぼさんと欲する人間の地獄への招待状だ。
罠とは知らずに飛び込む彼らは、領主の格好の餌だ。
間違いなく破滅する。
もし、彼の言葉の字面だけ聴くならば獣人たちに救いを与えるはずだ。
しかし、彼の用意周到に我々を騙し、何か不可解な思惑に嵌めようとしているその心根。
言葉の節々から感じる、そこはかとない違和感。
何よりその纏う、人を食ってやらんとする雰囲気から獣人とは別な思惑がある様に思えてならない。
もっと、利己的な何かが。
…いや、利己的な何かがあるからこそ、私が獣人を守らなくてはならないのか。
この話に乗れば、何もできない今よりは多少はマシになるはずだ。
そう信じるし、意を決して一言震える声でかえした。
「後の鉱山の経営をさせていただけるなら」
その言葉を聞いた途端、彼は軽く息を吐くと
「元々、そのつもりだ」
とあっけらかんと言い放った。
そして目の前には、先ほどまでが嘘の様に普通の青年がいた。
その青年は異世界人の様な顔立ちで、少し気怠そうな雰囲気と、何かに疲れた様な瞳をしていた。
そうか、また演技だったのか。
…しかし、一体どこまで?
その青年はくるりと背中を向け
「アラン、細かい話はまかせたぞ。…あんまり長居して、他の商人に変な勘ぐりを入れられると面倒なんでな」
そう言うとさっさと立ち去ってしまった。
呆然としていると
「驚きました?まぁ、それもそうか。レンは外面だけならどんな風にも振る舞えるからね」
とアランが微笑んだ。
良かった、彼までも領主の様な人ならば、私は人間不信になっていただろう。
ほっと胸を撫で下ろす私にアランは最後に付け加えた。
「安心してくださいよ。あなたを脅す為に派手にやっただけで、普段はあそこまで圧はありませんよ。身内の前では演技もしませんし。まぁ、気怠そうにはしてますが」
穏やかな笑みを浮かべるアランを見て、以前の領主の顔が思い浮かんだ。
✴︎
「つ、疲れた」
倒れる様に椅子に座り込む。
王女様と吸血女が物珍しそうにこちらを見ている。
お坊ちゃんは相も変わらずこちらを睨んでいる。
女二人はまたも紅茶を飲んで優雅な物だ。
絵になる事は認めるが、こちらは大変な仕事を終えたばかりだ。
労ってくれてもいいのではないか?
「あんたが疲れてるの珍しいわね」
「そうか?自分で言うのもなんだが、いつもこんな感じだろ」
自覚があったのですね、と王女様が呟くとほぼ同時に吸血女の顔が歪む。
「疲れたって言葉が口から出ることが珍しいのよ。その前に、いっつも、疲れる前にいたいけな女性二人に仕事を押し付けるじゃない!」
「お前は俺の副官だろう?働いてくれ。あと、ソフィーは儚げだが、『いたいけ』は無い」
大声をだして王女様の前だと言うのにはしたない事この上ない。
それでも怒りが収まらないらしくさらに続ける
「あのねぇ…私は武官、軍人なのよ!なんであんたの書類仕事、文官の仕事をしなきゃならないのよ!役人にやらせなさいよ」
「後ろ向きに検討しておく」
その言葉を聞いてエリザベートがさらに何やら喚いているが、無視だ無視。
この女吸血鬼、最近切れ味悪いな。嫌味に毒がない。
…ソフィーとこいつに仕事を投げることを止めるつもりはさらさらない。
鉱山ギルドを潰すと言う大仕事が待っていると言うのに書類仕事をやれと言うのは無理だし、元々王家直轄でつい最近知り合ったばかりの奴らを安易と信用できるか。
こいつとは付き合いが長いし、あの気弱なソフィーは裏切る勇気を持ち合わせていない。
二人にはせいぜい泣きながら働いてもらおう。
「私の書いた紹介状、役にたちましたでしょうか」
穏やかな声で王女様が尋ねる。
今回の作戦にあたって、随分と色々してもらっているから感謝はしなくてはな。
「大いに役に立ちましたよ。第一関門突破といったところでしょうか」
表情がパッと明るくなり幼気な笑顔を浮かべる。
吸血女、この表情が『いたいけ』だぞ?
お前にあるか?…悪い、あったわ。吸血鬼だからな。
しかし、この人は俺と同い年だったはずなのだが、なぜこうも王女として振る舞わない時は幼く見えるのだろうな。
「それはとても良かったです。ところでレン子爵、なぜそこまでお疲れなのでしょうか?奴隷商の紹介状を渡すだけでは?」
「あぁ、それですか。少々イレギュラーなことがありましてね。演技をするのに疲れたといいますか…」
全員がまるでつちのこでも見た様な顔をしてる。
なんだよ、みんなも演技をしたら疲れるだろ。
…前もあったなこんなこと。
「レン子爵も演技をすると疲れるのですね…」
「…俺をなんだと思っているのですか?」
「腰抜け腹黒子爵」
「二枚舌野郎」
「えぇと…。取り繕うのが得意な方だと」
聞いてない奴らまで言ってきやがった。
酷すぎないか?こいつら
俺は言葉のサンドバックじゃない。
俺だって無関心を装っているだけで傷つくわ。
「紳士に振る舞うのは慣れているからできるだけです。他の演技は…できますが疲れるんですよ」
「できるのかよ。やはり二枚舌だな」
宰相の息子に、返事の代わりに軽いため息を返す。
失礼なやつだ。
それに、嘘をついていないのに二枚舌野郎はないだろ。
勝手にご令嬢や貴族が勘違いしただけだ。
女王様にはこいつを連れてとっとお帰り願いたい物だな。
「傷心のところ申し訳ないのですが、こちらをどうぞ」
王女様が上品に紙を机に置く
若干見透かされている事に少々焦りながらその紙に目を通す。
その結果、さらに焦る事になった。
商人を二人、つまりは奴隷商と鉱物商を紹介してくれと言ったのだがここにあるのは契約書だ。
俺の商会、つまりはアラン商会で鉱物を多種類、大量に買うと言うものだ。
その量、我領地で消費される一ヶ月分の鉱石。
あとは俺がサインをすれば取引成立、と言った状態だし、価格も悪くない
問題はそこじゃない。
量や種類が正確すぎる。
今回の作戦のために必要な量の検討は機密性保持のために俺自身がやってるし、数えられる人間にしかその情報は伝えてない。
なんで王女様が知ってんだよ。
「何か不都合でもありましたでしょうか?」
まるで無邪気な子供の様な瞳で王女様が聞いて来る。
「不都合はないのですが…」
どこだ?
どこから情報が漏れた?
自分でも目が泳いでるのがわかる。
くそ、まるで流れそうなルートが検討つかねぇぞ。
これは直接聞いた方が…
しかし…
しばらく、黙って考え込んでいると
我慢の限界とばかりに吸血女が吹き出した。
それに釣られて王女様でクスクスと笑っている。
これは…まさか…。
「申し訳ありません、子爵。エリザベート様のいたずらに乗ってしまいました。彼女の名誉のために言っておきますが、何故これが必要なのかやどこに保管するかなどは一切話してくれませんでした」
そっと顔を伏せる。
なんでそうしたかは自分でもわからないが、なぜかそうしてしまった。
「それにしても、子爵でも焦るとあの様な顔をするのですね」
「王家の忠誠心が急降下しそうなので静かにして頂けますか?」
まぁ、と言ったあと静かにはしていたが、あのお子様はその後もクスクス笑い続けていた。
地を這う様な声でこの状態の元凶を問いただす。
「おい、そこの女吸血鬼…」
「最近、あんたの反応面白くなかったのよ、たまには大きな事もしてやろうかと思って」
「お前は機密の意味を理解してんのか?何自分から教えてるんだよ!」
「王家への隠し事はいけないと思って言っただけよ」
一部は口を割らなかった口が言うことか、なんて言ったらここで全てを喋りかねん。
この吸血女、全部計算して矛盾をつくっていやがるな。
最高に嫌な奴だ。
「…お前も大変なんだな」
「リードリッヒ、お前に慰められたくない」
このあとしばらく、顔を上げる事ができなかったのは言うまでもないことだ。
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