第12話 秘密の視察

船で揺られること3週間、ニタ川上流に向かう際は降りと違い少々時間がかかる。

公務に追われる日々とは違い、船に揺られゆっくりと睡眠をすることが出来ただけでも、視察に

向かった価値があると思える。

「イザベラ殿下、間も無くハゼールに到着です」

今回の視察の供回としてついてきた宰相の一人息子、リードリッヒが扉の向こうから告げる。

宰相はレン子爵の事を信用されていないようで、供回と言うよりもお目付役に近い。

エステル侯爵と並び脆弱な王家を支えてくれる数少ない忠臣であるが猜疑心が非常に強く、侯爵とも折り合いが良くない。

その息子に、しかも異世界人である彼に対しても彼の疑いは向いている。

敵が多く味方が少ない王家を支えるには重要な事なのでしょうけど…。

正直、もう少し仲良くしていただきたいものです。

無理ならば、せめて息子同士は——。

そう考えると、この視察は非常に価値のあるもに思えてきた。

少し気合を入れて扉を開ける。

「リードリッヒ、行きましょうか」


船から降り一時間と三十分近く馬車にゆられると、件の都市に到着する。

王都や南部都市と比べれば、かなり小さい都市になる。

しかし、中に入って街を歩いて見るとその大きさからは想像もつかないほど活気に満ちていた。

どの通りも人が行き交い、商人が慌ただしく走り回っている。

2年前に公務のため訪れたときはこの様な活気はなかった。

どこにでもある地方都市、強いて言うならば国境を守るための騎士が多かった記憶しかない。

それが着任して半年近くでこうも変わったのだ。

驚くほかにない。

「どうやら、件の異世界人は軍略だけで無く内政でもかなりのやり手の様ですね。貴族やご令嬢の間でも紳士と有名な様ですし…。ここまで欠点がないと」

リードリッヒも感心した様に呻く。

対抗心の強い彼ですら素直に認めざる得ないほどの発展ぶりだった。

…後半のも違う意味で彼の才能が秀でていることを示している。

「えぇ、本当にすばらしい才能をお持ちです。エステル公爵は跡取りには足りないとおっしゃっていましたが、彼の力を見誤っているのではないでしょうか」

心からの言葉がポロリと漏れる。

変哲もない地方都市をここまで発展させ、易々と神聖同盟を返り討ちにする。


侯爵の言葉が思い出される。

『国を支えるものとして、王家の威信を取り戻す者として、『北方の英雄』と呼ばれる私の後を託すには足りない奴です』

なにを持って足りないのでしょうか。

この街の発展を見れば、何も英雄の領域に及ばないと言うのはおそらく嘘でしょう。

長らく彼を見てきた彼がこの才能を見抜けない訳がない。

私か父上に伝えにくい事実があったと言う事でしょう。

武勇?人徳?

しかし、彼は腕が立つと侯爵は仰っていたし、彼ならばいくらでも表面を取り繕える。

ならば、忠誠?

嫌な考えが頭を過ぎる。

この才が、王家に仇なすものとして立ち塞がったら?

王族では無く、南方貴族と同様に自分の欲望のためにふるまったら?

神聖同盟の橋頭堡として動いたら?

言われてみれば、彼が誰かに仕える姿を想像できない。

そもそも、彼を気に入っている理由は王女である私に取り繕わず話してくれた事と、少しエステル侯爵に似ているからだ。

それは、彼が王家に背かない理由にはならない。

「イザベラ殿下、大丈夫ですか?顔色が優れない様ですが」

リードリッヒの一言で現実に引き戻される。

…いけませんね。

彼の父親の悪いところが移ったのかも知れません。

その様にならないためにも、またその様な予兆がないか確かめるためにも、今できる事を尽くすべきだ。

「いえ、大丈夫ですよ。それよりリードリッヒ、殿下はやめてください。ここはレン子爵のお膝元。どこに彼の耳があるかわかりません。内密で予定より早く来たことがバレては彼もご不快でしょう」

「それなのですが…。わざわざ早く来る必要があったのでしょうか?」

「王家の視察が来るとなると街に命じて取り繕うこともあるのです。治安や領民の本音はこの様な方法の方がよく知れるものですよ」

「そのようなものですか…」

リードリッヒは納得のいっていない様子だ。

実例を示した方が早いですね。

「リードリッヒ、少し疲れました。あちらの酒屋で昼食としましょう」

かなり大きめの酒屋で昼から人が入っていると言う事はそれなりに人気のある店なのだろう。

情報は人が集まる場所に集まるものです。

「イザベラ様があのような場で…」

「領主の話はあの様な場でこそ手に入るものですよ」

渋る彼を引きずる様にして店内に入る。


「いらっしゃい」

豪快な声で出迎えをされた。

店内は中々に埋まっており外の活気はここまで影響を及ぼしている様だ。

店主と会話できるカウンターの席に着くと料理を注文する。

食事を待っている間にそれとなく店主に話をする。

「ここは随分と賑わっている様ですね」

「妙な事をきくなぁ。王家から領主様にお上が代わってからどこも儲かっているんだぜ」

知っている話だがあえて驚く様な演技をする。

「そうだったのですね。南部から来ましたので知りませんでした。そんなに景気がいいのですか?」

「あぁ、それでか。随分と身なりがいいからこの景気で一山当てた商人の娘かとおもったぜ。その領主様が面白いもの作ってな、それから景気がいいんだぜ」

商人の娘と言う設定は使えますね。

この後、どこか別の時に使わせてもらいましょう。

「その、面白いものとは『ガラス』と言われるものでしょうか」

店主がニヤリと笑った後に得意げな顔で語り始める。

「そうだ、ガラスだ。それなんだがな、領主様に頼まれて一番最初にこの店で使い始めたんだぜ。そのおかげで、未だに新しい品をここで一番に使わせてくれる。ただの安くて飯や飲み物に鉄の味が移らない食器と思っている奴がほとんどだが、どんなものにも好事家って奴はいるものよ。その新作を早く見たくてわざわざ来る奴がよくうちに来てくれる。さらに外は外で景気が良くって…」

「おまちどうさま、こちら注文の料理です」

とても熱心に語る店主の話を遮る様に看板娘が間に入る。

むすっとした顔で娘が店主を嗜め始めた。

「お父さん、そんなにいっぺんに喋らないの。お客さんが困っちゃうでしょ。申し訳ありませんお客様。この人、領主様をとても尊敬していまして…。ほら、お父さんも謝って。」

「あ、あぁ…。悪いな、お嬢さん」

「いいえ、構いませんよ」

なんとも、微笑ましいやり取りでしょう。

私もこの様に一人の個人として、ただのイザベラとして父上や亡き母上とお話をしたかった。


気を取り直し、運ばれてきた料理を食べようと皿に目を落とすと思わず驚いてしまった。

食器はすべてガラスでできており、それだけでも私にとっては真新しく嬉しい物だがそれだけではない。

そんな私の反応にリードリッヒが機敏に気がつく。

「お嬢様、何か苦手な物でも入っていましたか?」

「い、いえ、その様な事はありません。ただ…このお皿、ガラスですね。なのに、色が付いてる…」

「おう、目敏いなお嬢さん。こちらは1週間前に領主様から送られてきた新作だ。青だけじゃなく、赤、黄、緑、何色でもあるぞ」

料理が盛り付けられたお皿は透明でガラスの様なだ。

確かに向こう側の物がはっきりと見えているし、食器が触れた時の音も独特だ。

しかし、この皿は王宮でエステル侯爵から見せて頂いた物とは違い、ほんのりと青味がかっているのだ。

しかも、お皿の底からグラデーションができる様に色が薄くなっている。

宝石で出来たお皿も美しいが、この様な細工はできない。

出来たとしても、それこそ一つの領地を買えてしまうような値段が付くだろう。

それを、こんな簡単に作り出してしまうなんて。

「よろしければこちらの商品を作っている場所を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

気がつけば店主にそんな質問をしていた。


食事を終えると、酒場で使っていた色付きガラスを扱っている聞いた工房に向かうことにした。

手前が店舗のようになっており、奥の方でガラスを作っているようだ。

その奥の工房の方で、ドワーフの職人と思われる方が吸血鬼の女性と人族の男性に何か説明をしていた。

もう一人いる様だが何かの器具が邪魔をして見えない。

彼らは何やら鎧の小手と足の部分だけを持って話し込んでいた。

鎧は機械科歩兵が誕生した100年前から戦場で使われる事がほとんどなくなった。

何をそんなに熱心に聞いているのでしょうか。

しかし、変わった物を手にしていても、吸血鬼と人族は共に容姿が整っており、二人並んでいるだけでとても絵になっていた。

少し見惚れていると、ドワーフがこちらに気が付き、三人に礼をしてから、こちらに近づいてきた。

「らっしゃい。何をお求めでさぁ?」

「色付きのガラスをこちらで扱っていると伺ったのですが…」

ドワーフの職人は少しこまった様に笑った後

「随分と耳早でさぁ。こちらになりやす」

そう言うと、いくつものガラス製品を見せ始めた。

どれも淡い色が付いており、形も一般的なものから花の様な形や中に気泡があるものまで様々だ。

それも美しく欲しいものだが、私の最も欲しい色が無い。

その色で花の形のお皿があれば、真珠硬貨十枚であろうと買うのですが…

しばらくウインドーショッピングの様な状態が続いていると、リードリッヒが困った様に聞いてきた。

「ここの物はお気に召しませんでしたでしょうか?それなら職人に作らせましょう」

なんとも貴族らしい発言だ。

今私たちはその様な立場にはない設定なのですが…。

そのツッコミをグッと飲み込み笑顔を作る

「いえ、その様なことはありません。どれも素晴らしい作品だと思います。ただ、好みの色がなかっただけですよ」

「それならば作らせれば良いのです。お嬢様、好みの色は…」

リードリッヒの発言を遮る様に奥から声が飛んできた。


「お客様が望む色を商品として売る事はできませんよ」

聞き覚えのある声。

…ガラスの魅力に浮かされて少々浮ついていた様ですね。

ここに彼がいる可能性は高いのに全く考えていなかった。

「言いたい事はいろいろありますが…」

店の奥からゆっくりと出てきた声の主は、大きなため息を吐くと嫌味たらしく一言だけ

「紫のガラスなんてこの国で売れる訳ないでしょう」

そう言った。

全員が状況を察して凍りついた空気の中で私は一人、バルコニーの時と変わらない彼の態度に、なぜだか安心感を覚えていた。

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