第11話 二人の父と愛娘
「陛下の仰る通りこれは中々の上物ですね」
王宮の裏庭にて父上とエステル侯爵が約束した通りに杯を交わしにいらっしゃった。
ここ数年は西部国境の小競り合いやエステル夫人の危篤、死去のため会う事が出来ず、お二人とも非常に嬉しそうな表情で此方まで嬉しくなる。
「しかしジークよ、お前の子も中々面白いものを作るな」
二人の持つ杯と私の紅茶用のティーカップは『ガラス』と言われるものでできている。
レン子爵がエステル侯爵に差し上げた物をわざわざ持って来てくださった。
その透明な素材のお陰で二人の持つワインが夕日と自身の赤、異なる二色に染まり、なんとも言えぬ美しさを醸し出している。
そして、私のティーカップは紅茶の色だけでなく底に沈む茶葉までもがはっきりと見えている。
ダイヤモンドならばこうはならない。
本当にただ透明なだけだが何故か美しい。
うっとりしながら見つめていると、エステル侯爵が声をかけてくださった。
「イザベラ殿下、そのティーカップがお気に召しましたかな?よろしければ差し上げましょう」
「願ってもいない事ですが、よろしいのですか?御子息がくださった物なのに…」
「なにせ我家では使う者がいませんので。何やら、かなりの力作らしく使ってやらんと可哀相と言うものです」
「では、ありがたく頂戴します。しかし、力作という事はどういう事しょうか?」
まじまじとティーカップを見つめる。材質こそ知らない物だが形にこれと言った特徴はない。
お二人が持っているワイングラスは下の部分に装飾があり、そちらの方がよっぽど作るのが大変そうだ。
「こちらのグラスはお湯を入れると割れてしますそうです。割れない容器を作るために四苦八苦したそうですよ」
四苦八苦…。その言葉を聞いてクスリと小さく笑ってしまった。
「イザベラ殿下、いかがされましたか?」
「いえ、あのレン子爵様が嫌な顔で文句を言いながら作っているお姿が目に浮かびまして」
「はは、殿下は愚息の事を良くわかっていらっしゃる。まさにそうですな。何やら純度が高い水晶が必要だったらしです」
きっとバルコニーの時のように、悪態をつきながら作ったのだろう。
それでも誰かに作らせるでも、適当な物ではなくしっかりした物を作り、父親に渡そうとする彼は何だかんだ言って根の部分は誰よりも真摯なのだと思う。
「しかし、水晶…ですか」
確かに言われてみればこのカップは水晶に似ている。
しかし水晶をどのように加工したらこのような形にできるのだろう。
削り出すにしてはあまりに大きすぎる。
そうこう考えているとエステル侯爵がわざとらしく焦ったフリをし始めた。
「あぁ、そう言えば原料が水晶である事は内密だと愚息から言われておりました。お二方もご内密にお願いします」
「お前は、またも何かを企んでおるな」
「いえいえ、私は何も企んでなどいませんよ。ただ、愚息の努力が報われるようにながっているだけです」
「その愚息もお前の手の上で踊っているような気がするがな。まぁ、良かろう。お前が我々を害する事は無いだろうからな」
「その点に関してはご安心を。私の王家への忠誠は変わりありません」
「ほう、『その点に関しては』か。その言い方だとまるで企みはしているようだぞ?ジークよ、本当に企みは無いのか?」
父上は悪戯をする子供のような笑顔で笑っている。
それに釣られてエステル侯爵も苦笑いしながら白状してしまった。
「…これは一本取られましたな。無いわけではございませんが、それは後のお楽しみとして頂きたいものです」
エステル侯爵はまた何か皆を驚かせるような何かを画策しているようです。
私たちに原料を教える事が何に繋がるのでしょうか…?
あれこれ考えていると話題がエステル侯爵の企みからレン子爵へと変わり始めた。
「しかし、今回の異世界からの恩恵は本当に大したものだな。青年と聞いた時はハズレかとも思ったが」
「父上、異世界人をモノのように言ってはいけませんよ。ですが、レン子爵様が本当に優秀な事は確かですね」
「お褒めに預かり光栄でございます」
十数年に一度の頻度で異世界人はこちらに来る。
こちらの世界には無い知識や技術を持っている彼らは、世界を大きく変え発展させる事から異世界からの恩恵とも呼ばれている。
しかし、毎回上手くいくわけではなく特別な知識や技術を持たない方や悪巧みをするする人間も多々いる。
特に青年は特別な知識も持たず、また子供でも無いため、こちらの世界に馴染めずあまり良い事になる事が多く無い。
「本当に良かったのか?先の戦の作戦といい、パーティーでの貴族令嬢への対応といい、この『ガラス』と言う物にしても、軍事外交内政ともに跡取りとしても十分な者があったであろう。何故北に追いやった」
(確かに軍事内政は素晴らしいですが愛想の方は…。)
そこまで言いかけて思い出した
そうか、父上は玉座の間とパーティー会場での彼しか知らない。
あのバルコニーでの彼は父上の中には無い。
紳士的でしっかりとした軍人で父に振り回された哀れな息子、そういうイメージなのだろう。
ならばわざわざ悪い事吹き込む必要も無い。
「あれは…、跡取りにしては少々不向きです」
神妙な面持ちでエステル侯爵が語る。
「軍事の知識もあり、政治的な話も解し、あんな細身の体ですが中々腕も立ちます。神聖同盟のから攻め手に欠ける攻撃ならば必ず勝利出来ますし、開発の進まない北方をより豊かにするでしょう。そのくらいの能力はあります」
「ならば良いでは無いか。何が不満なのだ」
エステル侯爵の眉間にシワがよる。一見険しいように見える表情だが、私にはそれが悲しんでいるのだと、そう見えた。
「…何一つとして英雄にはなれないのです。どれも人より優れている反面。何も天才と呼べる程の才がない。領主としてはかなりのものでしょう。ただ、国を支えるものとして、王家の威信を取り戻す者として、『北方の英雄』と呼ばれる私の後を託すには足りない奴です」
…なんて残酷な物言いでしょう。
息子よりも、己が命よりも国家と王家を重んじる。
彼のあり方は貴族たる者の規範となるべき事なはずなのに何故かそう感じてしまった。
普通、王族の前にして取り繕わない人間などいない。
それを見抜ける程の慧眼があるせいで何度も悲しい思いをして来た。
今のエステル侯爵にしてもそうだ。彼は本気で言っている。
——あぁ、そうだったのですね。
エステル侯爵の嘘偽りのない態度にバルコニーで見た彼が思い出される。
あの時の彼は『本当の貴方が見たい』と言う私のお願いに対して彼なりに応えた態度だった。
非常に無愛想で嫌味な振る舞いだったが、その願いに対して真摯に向き合ってくれた。
何やら他にも思惑があったかも知れないが、少なくとも、小慣れたあの態度は普段の彼だったのだろう。
そんな彼の曲がった素直さと、真っ直ぐに仕えるがいたずら好きのエステル侯爵と重なったのだ。
彼を随分と気に入っている理由をやっと言葉に出来た気がした。
そんなの私の思いを見抜いたかのようにエステル侯爵が声を掛けてくださった。
「イザベラ殿下、ハーゼル領に視察に行かれてはいかがですか。このガラスなる物も本格的に
生産を始めたようですし、何か他に面白い物もあるかも知れません」
「突然ですね。確かに他のガラス製の物も気にまります。しかし、私には公務がありますし…」
柔和な笑顔でエステル侯爵が続ける。
「何、新貴族が妙な事をしていないか、領民を苦しめていないか確認することも立派な公務です」
「なるほど…。イザベラよ、かの地に視察に行って参れ。王としてここに命ずる。しかし、ジークよ、お前は面白い…いや、とんでもない事を企みおるな」
何やらふたりは顔を見合わせ、ニヤニヤとしている。
父上は侯爵の企みに気がついたのでしょう。
完全に私だけ蚊帳の外だ。
…何となく不本意ですが、王命とあらば仕方がありません。
「失礼します」
席を外すとハゼールへ行く準備をはじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます