第10話 着工

「しかし、とんでもない大きさの建物を作り始めやしたね」

ドワーフの大将が呟く。

「まぁ、それなりの大きさではあるな。何せ、ここに半年は粘れる分の食料を詰め込む」

酒場での一件から約3週間後、あの地獄の包囲があった山間部に来ていた。

あの時とは違い冬の足音が聞こえる今、正直少し肌寒い。

三つの山の麓に当たるこの部分ならば多少の整地でそれなりの大きさの建物を作れる。

ここと隘路はさほど離れていないため、ここを起点に食料を前線にピストン輸送すれば馬車が少なくてすむ。

余った馬車を使えば、ハゼール領の平原からここまではギリギリ補給が受け取れる。

つまり、戦争中に平原から食料を運び込めば食料が減る早さを抑制することができる。

この手法を使えば10ヶ月程度は持つ。敵が春先に戦争を始めても冬になるため撤退する。

そんな事をされたらこちらの国庫が火の車になるがな…。

とにかく、そのような訳でここに食料庫を作る事にした。

まぁ、軍事拠点としてそれなり、であり一般市民の彼からしてみればかなりの大きさの建物では

あるだろう。

貯蓄に回す予定だった残りの予算と商会の売上、それから先の戦いで捕虜となった兵士諸君の労働力を得て建築に入った。

正直、軍事拠点の作成に捕虜を使うとかは、本当は遠慮したかった。

もし脱走されれば、機密が多少漏れる可能性もあるし、何より捕虜を酷使しているなんて話が広まれば次からは降伏せずに死ぬまで戦うかも知れない。

そうなればどんな有利な状態を築いてもこちらに被害がでる。

とは言え、如何せん人手が足りない。重機もなければ車も無いこの世界で土木工事なんて、さらに言うならば山のど真ん中だ、アホほど人手がいる。

本来工房にいるはずの彼すらも連れて来たのはこの為だ。

領民を雇う手も考えたが、金を回したい別件もある。

「金さえあれば大体の問題は解決できるんだがなぁ」

ポロリと愚痴が漏れてしまった。

「わしらの工房のお陰でだいぶ儲かってるってアラン様が言ってやした。それでも足りないとは領主様は随分とがめついでさぁ」

「金はいくらあっても困らないんだよ。そう言えば、工房に新しく連中の腕はあがったか?」

最初は数人で作っていたガラス製品だが、あっと言う間に領内に広まってしまい、現状需要過多。

生産が全く追いついていない。そこで二週間程前に、さらに十数人ドワーフの職人を増やしている。

「店に出せるくらいの商品はもう作れやす。まぁ、お父上に送りなすったような品は作れやせんが…」

「…ドワーフって何なんだよ。遺伝子レベルで職人なのか?」

「いでんし、って何でさぁ?」

「こっちの話だ、気にするな」

順調に育っているようで何より、だ。

しかし、吹きガラスなんて一朝一夜でできるように成る物では無いのだが…。

俺はまともな物を作れるようになるために一年はかかった。

ドワーフの技術力は最早人外としか言えない。

…いや、人間では無いのだが。

職人の待遇をさらに良くしないと技術の流出が簡単に起きる。

今は金が無いが、この建設が終わればすぐにでもボーナスを出そうか。

それにしても、神聖同盟が人間以外認めない理由もこの辺にありそうだな。

人間以外の種族は何かと人間よりも優れた所が多い。

エルフは耳が良く身軽。吸血鬼は夜目が異常なほど良い。獣人に関しては身体能力全般が人間を凌駕している。

人間が支配する側ならば恐れるのは当然だ。

飴を与えるか鞭を与えるかの違いで、俺も本質は同じなのだろう。

そんな事を考えているとため息が漏れる。


「ため息を吐くと幸せが逃げるっていうよ?」

「また、随分と懐かしい言葉を知ってるな。別の転生者が伝えたのか?」

非常にご機嫌な様子のアランが後ろから声を掛けて来た。

「これはこれはアラン様、ご無沙汰しておりまさぁ」

「やあ、大将。お疲れさま。作業の進捗具合はどう?」

「思った以上に早くおわりそうでさぁ。捕虜が思った以上にしっかり働いていやす」

「これもレンの提案のおかげかな?」

捕虜を働かせるための提案、それは至ってシンプルだ。

人員を複数の班に分けて、よく働いた班には翌日の食事が豪華に成る。

ちなみに脱走者や不正を行った者がいた班は全員を2日ほど飯抜きになる。

2日じゃ死なないが、重労働の時に飯を抜きになんてされたら相当堪える。

「子供騙しだろ。古今東西よく使われている手法だ。それに、奴らには散々ただ飯を食わせてやったからな」

「そうだね。僕もレンから聞く前から知ってたよ。ただ、知識として知っている事と、こういう時にパッとすぐに思い出すかは別だよ。レンの知識を引き出す早さは本当に凄いとおもうよ」

「そいつはどうも。ところでなんの用でここまで来た?材料調達でハゼールにいるはずじゃなかったか?」

「あぁ、そうだった。これにサインよろしく」

そう言われて手渡された書類には建築資材の売買契約書だった。明らかに予想よりも高い。

アランに与えていた予算の枠をはみ出てしまったからわざわざこちらまで了承を取りに来たわけだ。

「これまた随分と高いな」

「最近値上がりしてる見たいだね。まぁ、大体レンのせいだけどね」

「なんでだよ…」

「自分でも前に言ってたじゃないか。ガラスを作って領民の生活に余裕ができて、いろんな事にお金を使うようになった。そうなると、金属製品の売上が伸びる。レンの世界と違って大体のものが金属でできてるからね。金属を使う店もむしろ儲かっている。さらに、レンはガラスで儲けたお金を使って、こんな大規模な工事だよ?値上がりしない訳ないよ」

「…ごもっとも」

インフレか。全体の流れとしては好ましい現象ではあるが…。

それでも異常に高い。予定の1.2倍だ。

通貨の価値がゴミ屑になったような凄まじいものではないが、明らかに自然なインフレではない。

この件についても対応しなくてはな。

どうでも良い嗜好品とかなら良いのだが、何せ金属はこの世界の根本だ。

前の世界の石油に近しいかもしれない。

どこか買占めとか起きているのか?

しかし、そんな報告は上がって来ていない。

さまざまな事を考えながら契約書を見つめていると、何かを察したアランが現状を説明してくれた。

「獣人が足りてないのが大きな原因だね。鉱石の生産が間に合っていないみたいだね。在庫もかなり減っているそうだよ」

静かにしていた大将が口を挟む。

「獣人が不足とは…。なにがあったんでさぁ?」

「理由はいっぱいあるけど…。この前の神聖同盟の侵攻が一番大きいみたいだね。通り道にあった獣人の里は皆殺し。調達場所がなくなったってことだね。ついでに侵攻の噂を聞いた奴隷が殺されると思い大量に逃げたらしい」

「…最高だな」

人間以外を見つけ次第皆殺しとは、神聖同盟は本当にロクな事をしない。

…いや、あんな消耗品として扱われ、生ゴミ同然に捨てられるなら殺された方が幸せなのだろうか。

どちらにせよ最高の二択だ。


とにかく、この価格でどうしようもない訳だ。

一年に一度、まとめて税が入ってくるこちらとしては本当に迷惑極まりない話だ。

この食料庫の当初予算は整地、中に入れる食料も含めて琥珀硬貨13枚。

こんなに建築資材の値段が上がると税金のみで賄うのは厳しい。

そうなるとすがるのは商会の売上だ。

好景気ならこちらの方は良い状態のはずだ!

祈るような思いでアランに聞く。

「ところでガラスの方の売上は?」

「この前酒場ではいくらだって報告した?」

「琥珀硬貨2枚」

ニヤリとアランが笑いだす。そしてもうお決まりのように目が『金』の文字になっている。

「おめでとう!!5倍になってるよ!琥珀硬貨10枚!やっぱり、職人を増やしたのが大きかったね」

「5倍…ね」

確かに祈りはしたが、異常なほど売行きが良い。

流石にここまで売れていると何か気味の悪さを感じるが…。

ここまで売れる原因も結局、同じ事に帰結するんだろう。

「これも金属の値上がりの影響か?」

「ご名答。ガラスが余計安く感じるってわけだね。理屈がわかっていても、不思議なものだよね。商売敵が出来た金属製品がよく売れる。そのおかげで更にガラスが売れる」

「皮肉な話だ」

そう言った途端、アランと大将が声を上げて笑い始めた。

…なにが面白いんだ?

「レンがそれをいうのかい?」

「まったくでさぁ」

「…ほっとけ」

全く失礼な奴らだな。


そんなバカ話をしていると、最も失礼な奴が近づいてきた。

アイツにはレイと一緒に捕虜の監視を任せてあったはずなのだが。

「吸血女、仕事をサボってなにしてる」

「だから、エリザベートって呼びなさいよ!…そんなことより、あんた、何やらかしたのよ」

戦時のような真剣な様子で何やら手紙のような物をこちらに寄越す。

それを受け取り開けようとした瞬間、鳥肌がたった。

おい、嘘だろ。彼らのお怒りを買うようなことはしていないはずだが?

「…エリザベート、俺は一体何をやらかしたんだ…?」

「それを聞きにわざわざ来たのよ!さっさと開けなさい!」

不審におもったのだろう、アランが恐る恐るといった様子で聞いてきた。

「…ねえ、もしかして、その手紙の相手って…」

無言で彼に手紙をみせる。

二本の刀が交差するその上に百合の花があしらわれた印の蝋封。

そして、何より目に付くのはその色。

紫———化粧に至るまで、この色を使うことが許されるのはこの国では一部の人間だけだ。

それは…王家。


この手紙、開けなくて良いだろうか?

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