第8話 現状整理とダニエールからの課題

「それで、商会の話はどこまで進んでいるんだ?」

本日は軍事会議の日だ。新領主との顔合わせと、今後の方針の決定をするために練兵所まできた。もう間も無く集合の時間である。

だと言うのに、なかなか指揮官たちが集まらない。これは舐められてるのではなかろうか。

国王直々の騎士から辺境の新貴族の指揮下に入れば思うところもある。しかなかろう。

退屈しのぎと現状把握のために、アランに商会の状態を尋ねてみた。

「やろうと思えば今日にでも売り出せるくらいには進んでいるよ。職人もドワーフの大将が集めてくれたし、商品自体も最高級品から、安いものまで順次できてる。店を構える場所も確保したよ。ただ…」

「ただ?」

「売り方がね。どうせ売り出すならインパクトのあるプロモーションが良いんじゃないかな?それを考えてるんだ。レンも何か思いついたらよろしく!」

「期待しないで待っててくれ」


そんな会話をしていると、ようやく会議に参加するメンバーが集まり始めた。

最初にお馴染みのレイと師匠が時間通りにきた。その後、時間に遅れて入ってきた面々は師匠にたっぷりしごかれ(物理)、会議がなかなか始まらない。

「で、レンがわざわざ機会を作るとは珍しいね。議題は何だい?」

気が利く守銭奴が口を開き助け舟を出してくれた。

さすがの師匠もこれに手を止めて、指揮官各位も話を聞く体勢が整った。

「まぁ、現状の確認と…、打開策の模索ってところだな」

その言葉に、師匠とレイ以外の頭の上に疑問符が出でいる。

「失礼ですが、打開策とは?前回は見事、撃退したではありませんか」

皆の疑問を代表するかの様に、騎士団長のレオンが口を出す。

「君は前回の戦に参戦して居たと思うのだが?」

「は、ここに集まっている皆が参戦して居ます」

「…君は命令された事だけはしっかりとこなすタイプだな」

「は、軍人ですので」「…」

ダメだ、何にもわかってない。皮肉も現状の何がまずいのかも。説明するのが非常に面倒だ。

「…ダニエール、説明をお願いできるか?」

「承知した。いいか、次の戦いでは今回と同じ手は使えない」

すかさずレオンが口を挟む。

「なぜでしょうか?同じ様に釣り出せば良いでしょう。それが出来なくともあの山間部で同じ様に待ち構えれば良いのです」

アホかこいつは。釣り野伏は魔法じゃ無い。そんな見えみなのは意味がない。

と言うか、この作戦の最大の特徴すら理解して居ない。

そう言えば、彼らは南部出身だった。戦に慣れて居ないのだろう。

隣に座るレイが口を開く。普段は無口な彼女が口を出すとは、相当呆れているのだろう。

「あなた方は釣り野伏の最大の威力をわかって居ない。…あの作戦は相手に恐怖と絶望を与えることが本質です」

「恐怖と絶望…ですか?」

「想像してみるとわかりやすいでしょう。自分たちは戦に勝ったと思い敵を追撃する。しかし、山間部に出た瞬間、待ち構えて居た敵がいる。しかも、包囲する形です。ハメられた、と気がつき敵の勝利の希望を奪う。さらに、兵士の死に方です。待ち構えたのは弓兵。射らた者は…」


射られた者は…!

嫌な光景が目に浮かぶ。

手が震え、汗が吹き出す。

爆ぜて死ぬ。

爆ぜて…

爆ぜて

爆ぜて!


そっと背中に手が置かれる。レイだ。

背中にある温もりに、冷静さを取り戻していく。

情けない。想像しただけでこれか。

これから俺は戦場に出る機会もあるはずだ。どうにかしなくてはいけないな。

しかし、もし現世に帰れたらトラックは片っ端から破壊してやらんとならんな。

…そして、アラン。こっちを睨むな。そんな深い意味でレイは触れてない。


レイが無表情のままこちらを一瞥した後、正面に向き直り言葉を続ける。

「恐ろしい死に方をします。兵士に与える恐怖は大きいでしょう。この二つでパニックに陥れ、指揮統制を奪うことがこの作戦の本質です」

まだ疑問が晴れない様子の騎士団にアランが続ける。

「要するに、奇襲じゃ無きゃ意味がない。来るのがわかって居たら、パニックを起こさない。そうなれば、弓兵を潰すことも強引に正面を突破することもできる。まぁ、つまりは、もう似た手は使えないってことだね。あの戦術以外の打開策を出す子が出来ていない僕達は正直、追い込まれているってことだね」

「な、なるほど…。考えが至らず申し訳ない」

なるほど、レオンと言う男は頭はおめでたいが変な虚栄心は無いようだ。

それは良い傾向だ。おめでたい頭は学べば治るが心の治し方は知らないからな。

さて、本題だ。

「わかってもらって何よりだ。では、政略、戦略、戦術、兵站の順で整理していくぞ。レイ」

「はい。まずは政略、つまりは政治的な要因です。神聖同盟は人間至上主義、つまりは人族以外の撲滅を目標として居ます。それも、かなり過激な。人族以外も人間として認めている我々とは相容れぬ存在です。我々が滅ぶか、人族以外を迫害することを望んでいるでしょう」

「それが敵が攻めてくる理由なわけだね。…よっぽどのことが無いと講和は無理だね。じゃあ、それを実現させるために何を持って戦争を勝利とし、どこで戦うのか…つまりは戦略だね」

「ニタ川主水源の湖。ここで間違いないでしょう。ここを取られると国王が屈すると考えていると思われます」

「川の水源にそこまで価値があるんでしょうか?ただが水源を取られた程度でそんな無茶な要求を飲むとは思えないのですが…」

レオンの横にいる若い士官が口を挟む。

南部出身者はどうも平和ボケをしているせいで、荒くれ者の考えがわからないらしい。

「水源は政治、経済、軍事、全てに置いて重要な場所だ。水源を巡る王家の歴史は学んでいるだろ」

「はい、100年前に水源を目指し北方征服を始めました。最初は貴族も共に戦って居ましたが、必要性を感じなくなり、徐々に参加する貴族が年々減ってきました。国の戦いから王族の戦いになっり、水源征服を完了した20年前は貴族ではエステル侯爵しか参加して居なかった、と。我がアイヴァーン家も50年前を最後に参加して居ません」

博学だな。軍事に明るくはないが、勉学や武術、芸術は南部の方が盛んだ。この位当然なのだろう。誇る様子がまるで無い。

「政治的理由はそれだな。王家が本気で奪った物だ、易々とくれてやれば威信に関わる。わざわざ新貴族に子爵の位を与えたのも、陛下がここを治める者を男爵にしたくなかったんだろ。…全く、自らの力で守ってもらいたいものだ」

「歴史的には確かにそうですが…。しかし、それだけで神聖同盟が攻め込んでくる理由がわかりません」

(なんでも人に聞くなよ、テメェで考えろ)

そんな言葉が頭を過ってしまうが説明してやらんと話が進まない。

「…アイヴァーン、と言ったか?水源から王都まで船で何日か知っているか?」

「二週間程もあれば十分と聞きますが…。」

「わかってるじゃないか。それが軍事的理由、経済的理由だ」

「えっと…。もし訳ありません。わかりかねます」

彼だけではなく騎士団員ほぼ全員が訝しむ目でこちらを見ている。

一世紀以上侵攻されないと、こうも警戒心が抜けるのか。薄氷の平和でも一世紀も続いてしまえば寿命の短い人間ならば永遠に続くと勘違いする。…俺も人間だけどね。

軽く呆れていると、ダニエールの野太い声が先に響いた。

「小官ならば水軍を作る。王都に兵が居ないタイミングを見計らい襲撃し、占領する」

「僕ならニタ川を使う商船を荒らして回るね。王都に向けた大量の荷物を奪いまくれば、たいそう儲かる!!」

守銭奴め。

まぁ、アランの言う通り王都に往来する川の交易路、シーレーンならぬリバーレーンが脅かされれば、経済的な損失は計り知れない。

何せ王都に向かう物資の半数以上が使っている訳だからな。

しかし、だ。

「軍人らしい意見だな。だけど生温い。俺なら巨大な水門を作る。ニタ川の水量をコントロールできるなら、農作物の豊作凶作は神聖同盟の気分次第になるからな。ついでに奪還しようと軍を起こしたら毒でも放り込めばいい。水銀あたりが良いだろう。生まれてくる子供まで呪われる」

忌憚のない意見を言ったところ周りが静まり返ってしまった。

全員が幽霊でも見たような顔をしている。なんだよ、それくらい皆やってるだろ。

恐る恐ると言った様子でアイヴァーンが返事をした。

「な…るほど。王都が攻められるなど考えたこともありませんでした。それに…ニタ川が毒に汚れるとも…。考えが甘かったです。これから精進いたします」

騎士団員たちは真面目でよろしい。どこぞの吸血鬼も見習って欲しい物だ。

あとは南方の貴族どももな。彼らが援軍や協力をすればここまで苦しくは無い。


「逆に我々の政略、戦略はシンプルだ。敵を防ぐ、それだけだ。山脈を超えて侵攻することが難しい以上、後手に回るが仕方が無い」

ダニエールが口を開く。ここから先は戦術の話、つまりは彼の独壇場だ。

「そうなると、苦しいけど戦術で対抗するしか無いね。ダニエール様、あの地で戦うとして理想の戦術はなんですか?」

「件の細い道で迎え撃つ。先の戦いで提案した方法だ。しかし、問題がある。あそこは補給がほとんど受けられない。戦えて2日だ」

はぁ…。結局はそこにぶち当たる訳だ…。

「なんでそんなに補給が難しいだろう?レンは知ってるの?」

「情けなく見えても一応、総指揮官だからな。馬車限界だろ」

「馬車限界?なんだい、それ?」

アランですら知らないとなると、ここにいる者は多分全員知らない。

兵站系は弱い指揮官が多い。俺は義父上直々に叩き込まれたが、多くの指揮官は『華がない』とか『雑用だ』とか言ってまともに学ばない。ダニエールの様な生粋の武人であればある程だ。

素人は戦略を語りプロは兵站を語る、と言った元帥もいる程なんだがな。

「簡単に言えば、兵站に使うための馬が馬車にある荷物を食い尽くす状態だな」

「…ごめん、もうちょっと易しく教えてほしな」

「はぁ…。馬だって飯を食う。移動距離が伸びれば荷馬車に乗せる馬の飯の量も増える。あんまりにも遠くに行き過ぎると馬の飯だけで荷馬車がいっぱいになる。これが馬車限界」

「それであの隘路は、その…馬車限界?だってこと?」

「完全に無補給ではないな。でも、かなり限界に近い」


詰み

その言葉が頭をよぎっているのだろう。

ここにいる全員が暗い顔をしている。

気まずい沈黙が訪れる。

(俺が参加する軍議ってどうしてこうなるんだ?)

一応の打開策はあるのだが、面倒な上、危険があるからやりたくはない。

…が、そんな事を言っている場合ではないようだ。

軽く溜息をはいたあと、力なく口を開く。

「兵站の件は俺がどうにかする。より条件が厳しいはずの敵が侵攻できている。何かタネがあるはずだ。そこを探る。レイ、お前の部隊は一週間ほど通常の訓練は無しだ。敵領に侵入して情報を集めてくれ」

「承知いたしました」

「では、我々は練兵と戦術を練る。御子息、頼んだぞ」

「…俺は個人で爵位、それも子爵をもらいました。子供が出来れば、エステル領はそいつが継ぐ様ですし、良い加減御子息呼びを辞めてもらえませんかね、師匠」

「それにはまだ未熟だな。それに当分、お孫が生まれる様子はないな」

「はぁ…。せいぜい精進いたします。色々と」

そんな捨て台詞を吐いて練兵場を後にした。

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