第6話 鉱山ギルドの商人たち

都市ハゼールの一角。鉱山ギルドの中でも力を持つ商人たちが集まっていた。

ハゼールの鉱山ギルド会議が開かれることは滅多にない。

その領地の9割以上が山脈で構成されているこの地ではそれぞれの商人が経営する鉱山が遠すぎる上、移動もし難い。

こうして12人、全員が揃うのは五年以来だろう。

そんなギルドメンバーが集まったの理由は他でもない、王家から変わった新たな支配者の値踏みだ。

どうやら新しい領主は有能な様で挨拶と言う名目で、お目見えしたい我らにわざわざ機会を作ってくれた。

…それとも、本当に挨拶だけに来た愚か者か。

若い者は有能か無能かがはっきりと分かれるからなんとも言い難い。

「ところでメイナード殿は一度、領主様と会ったことが在るそうですね。どのような方でしたか?」

隣に座る商人が聞いてきた。

「若い、と言う以外の感想がありません。私は隣人と商談をしている時に、たまたま彼の鉱山に居合わせただけですから。きっと彼の方がしっかりと値踏みをしていますよ」

「ほう、そうですか」

それだけ言うと、隣人に同じ質問をし始めた。

新しい支配者について私見と私論を語る彼らは、誰も彼も、だらしのない体から汗と加齢臭が混じった臭いを飛ばしていて、この部屋はかなり息苦しい。

随分と後退した前髪のせいで広くなった額が油で光り、不衛生と形容する他ない奴らだ。

なんでギルドの連中はこんな奴らしかいない。

同じ金持ちでも貴族連中の方がまだマシだ。

少なくとも、高い物なら何でも身に纏うコイツらと違い、本当の意味で身なりを気にする。

挙げ句の果てに不要なものには金を使うくせに鉱山労働者や安全補修といった必要な事には金を使わない。

こんな奴らとは、同じ空気を吸いたくない。

領主殿には早く来て、早く用件を終わらせてもらいたいものだ。


そんな私の祈りが届いたのか、間も無く共を二人従えて入ってきた。

「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私がこのハゼールの新領主となりましたレン・フジイと申します。国王陛下から子爵の位を賜っています。そして、こちらの人間がアラン。女吸血鬼がエリザベートです。腹心共々、どうぞお見知り置きを」

にこやかな笑顔で自己紹介した後、頭を深々と頭を下げる。

「い、いえ、こちらこそ」

商人たちが我先にと慌てて頭を下げる。

開幕早々、真紅の石の矢を射られた気分だ。

貴族は普通、平民に、ましてや商人に頭を下げる様なことはない。

あるとすれば相当育ちが良く世間知らずである時か、必死に何かを乞う時だけだ。


しかし、いきなり頭を下げられたのは面食らったが、この地の新たな支配者がこれとは、良いカモだ。

この手の人間は気に入られてしまえば操りやすい。

順に挨拶する商人たちも気に入られようと必死にアピールをしている。

さて、私の番だ。

「私は初めてお会いした訳ではございませんが、こうしてお話させていただくのは初めてですね。私は領地の極東の鉱山を経営していますメイナードと申します」

「極東?貴君と前回あった時は都市部に近い鉱山と記憶していますが…」

「憶えておいてで頂き光栄です。あの時は隣人との商談で先方まで行っていたのです」

「あぁ、そうでしたか」

この人は恐らく人の悪意と言う物を受けたことがないのではないか、そう思うほど 、穏やかな笑みを浮かべ頷いている。


気に入られるのも良いが、さっさと本題に入って最悪の臭いが充満するこの部屋から脱出しよう。

「しかし、わざわざ領主様が何用で我々をお集めでしょうか?」

優しい笑顔のまま話し始めた。

「私の用件は終わりました。ハゼールの経済を支える皆様とご挨拶を、と考えていましたので。しかし、アランが何やら商業を始めたいとのことで、私の臣下の話を聞いてやってはいただけないでしょうか?」

この場の空気が一瞬、張り詰める。

場合によっては商売敵になるであろうからだ。

全員に目配せをすると皆頷いた。

「構いませんよ。国法により商売を『始めることは』自由ですから」


隣に控えていた男が前に出る。

顔立ちが整っており、主人に似て優しい雰囲気を醸し出している。

「では、失礼して。僕が始めようとしている商売は…そうですね、不要物廃品回収とでも言いましょうか。皆さんが出している不要物を代わりに処分するといった話です」

「不要物?」

アランと呼ばれた男はニッコリと笑い話を続ける。

「こちらです」

男が机に置いた物は珪砂と水晶だ。

確かに鉱石を掘るときに出てくる不要物、処理をするには場所も手間がかかる。

「それをあなたが引き取ると?」

「おっしゃる通りです。少々お代はいただきますが」

どう考えても怪しい。

確かにありがたい話ではあるし、多少の金額でそちらが処分してくれるのならばこれ以上の話はない。


しかし、ここに来たばかりの領主の付き人がそこまで大量のボタ石を処分できる土地を確保できる訳がない。

隣に座っていた薄汚い商人が臭い口を開く。

「アラン様、我々は商人です。その様なおいしい話には裏があることは十分承知しています。あなたは、その石で何をなさるおつもりですか?」

「理由はたくさんありますが…。そうですね、神聖同盟の妨害でしょうか」

「こんな石ころで何をするのですか?投げ石にでも使うとでも?」

彼の言葉に嘲笑が混じる。

領主の手前、思い切り馬鹿にすることはできないが他の商人も同じ様ににやついている。

そんなことも意に介さず、優男は笑顔で続けた。

「敵が来るであろう道にあらかじめ撒いておくんですよ。皆さんは機械科歩兵の装備を着た事が無いからわからないでしょうが、あれ、足元が不安定だと危険なんですよ。加速が凄まじい分、寸分狂っただけでとんでもない方向へ行ってしまう。足元にあるだけで進軍が遅れるのです。硬い水晶ならばなおのこと。本当は」

「…なるほど」

彼の言う通り、機械科歩兵スーツなんてつけたこともない。

そもそも、あれをしっかりと使える様になるには3、4年かかる。

それらに関しては門外漢だ。彼の話が本当か嘘か、見抜く術はこちらには無い。


邪魔な石を引き受けると言う話はこちらにとって良い話。

断る理由も無く、双方にメリットがある。

ならば後は細部を詰めるのみだ。

こういう時は最初にあえて高い要求をした方が良い。

そっと口を開く。

「それならば、武器を手に入れるあなた方がお金を支払うべきでは?」

「こちらの兵舎まで石を持ってくる人足をそちらで用意するなら構いませんよ?」

それならば、ただ処分する事より面倒で、費用がかかる。

何せ山から都市まで運ばなくてはならない。その手間に目をつけた彼には中々商才がある。

そんなこちらの思惑を理解しているのであろう。彼は続けた。

「ですので、人件費分の額をお支払いいただく」

うまく行った。最低額を引き出せそうだ。

少なくとも、請求額が高ければこちらからケチをつけられる。

それならば

「私、メイナードはその話に乗りましょう」

その一言を皮切りに、皆が続々と続いて来た。

その日、全員が彼と契約をした。


✴︎


「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私がこのハゼールの新領主となりましたレン・フジイと申します。国王陛下から子爵の位を賜っています。そして、こちらの人間がアラン。女吸血鬼がエリザベートです。腹心共々、どうぞお見知り置きを」

「黙れ」

誰もいなくなった会議室で、吸血女が先の挨拶を茶化す様にくりかえす。

もう何度目だかわからん。

「まぁ、からかいたくも成るよ。あんなレンの姿を見せられればね」

そう言えば、こいつらは見たことがなかったな。

基本的にかしこまった場にこいつらが一緒に来たことは無いから当然か。

「お偉いさんやら、利害関係にある奴にはみんなこう振る舞ってるんだよ。何か文句あるのか?」

「いやぁ?無いわよ。ただ…」

「ただ?」

「あんたが婚約できない理由がわかっただけよ?そりゃぁ、ご令嬢に普段はあんな風に振る舞っていたら、幻滅されるのが怖くて婚約なんてできないわよね!」

そう言うと、大声で笑い始めた。

「なんとまぁ品のないこと。人より自分の心配をした方がいいんじゃないかね」

やれやれと首を振り溜息を吐く。

さて、アランの先ほどの商談、ねぎらってやらないとな。

…痛!!

右腕に刺す様な痛みが走る。

何事か視線を向けるとエリザベートが噛み付いていた。

「あの臭い空気のおかげで貧血気味なのよ。血をもらうわね」

明らかに、それだけじゃないよな。さっきの嫌味のしかしか?

「事後報告の上、承諾なしかよ」

「あら?優しい優しいレン子爵様なら許してくれるわよね?」

こいつはご機嫌をとると言うことはしないのか?

「前はいい加減、自分で血を作れる様になれ」

「吸血鬼なんだから、無理にきまってるでしょ」

そう一言だけ言うとまたこちらの血を吸い始めた。


改めてアランに向き直る

こいつはこいつでニコニコ顔だ

「とりあえず、おめでとうでいいのか?お前も爽やかな顔で大きな嘘を平気でついたな」

「うそなんて言ってないよ?理由はたくさんあるって前置きしたもの。まあ、石ころ撒いても無駄とは思うけどね」

「やっぱりうそじゃねぇか」

こいつの狙いはただ一つ。

格安で、なんなら金をとってガラスの材料を手に入れること。

ガラス製品を作るだけで金が入る。

「ゴミを引き取るんだよ?お金をはらってもらわないとね」

ガラスができれば金属製の食器とや、ゆくゆくは小物と商業争いになる。

金を払わせ弱らせた上に、その金でさらにこちらが潤う。

発想が悪魔のそれだ。

不思議とあの不衛生で醜い商人たちが哀れに思える。

まぁ、俺に第二のトラウマができそうな光景を作った奴らだ。

大人しく滅びてもらっても構わないのだが。

とりあえず、商会発足に向けて準備は着々と進んでいる。

財力が大きくなれば神聖同盟にも多少は当たれるし、あのクソ商人の生殺与奪も握れる。

とりあえず、内政の方はこの商会に重要な役割を担ってもらおう。


さて

「…エリザベート、そろそろやめろ。こっちが貧血になる」

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