第5話 グラス

真紅の石で熱した炉で水晶がドロドロに溶けていく。

筒状の鉄の棒を静かに差し込み、先端に液化した水晶を少量つける。

持ち手となる部分に水をかけ冷却した後、濡らした紙を手に乗せて、棒を回転させながら手の丸みで水晶の形を整える。

一度強く短く息を吹き込み、再び炉で水晶を温める。

十分に温まった水晶を取り出し、鉄の棒を回しながら、今度は強く、長く息を吹き込む。

これを何度か繰り返し、レモンの様な形になったら、膨らんだ水晶の根元を細い火バサミで挟む。

ゆっくりと回転させていくと根元がどんどん細くなり丸みを帯びた容器になる。

炉に水晶を戻し、柔らかくして水晶の先端を鉄の板に押し付けて長い息を吹きながら棒をゆっくり回転させていく。

そうすると平たい底ができてグラスの原型が見えてくる。

先端にほんの少しだけ溶けた水晶をつけた鉄の棒を用意する。

平くなった部分につけると、その棒は不思議と水晶のグラスにくっつく。

細くなった根元に少し傷をつけて、穴の開いた鉄の棒を軽く叩くとパキンと気持ちの良い音がして、小さな穴を残して水晶から離れた。

その穴にハサミを入れて切る様に動かすと、水晶は熱した飴の様に切れていく。

切り口を炉で温めながら回していくと、不格好な切り口が丸みを帯びて綺麗な縁が出来上がる。

最後に鉄の棒を軽く叩くと、良い音を立て、グラスが離れた。


男がそっとグラスに水を注ぐと嫌味な声で告げる。

「どうだ、水晶は価値がなかったか?」


ガラスでできた、グラス。この世界で初めて出来た本当の『グラス』。

それは、ダイヤモンドの様に己を主張し中身を隠すのではなく、されど鉄の様に己自身の美しさが欠けているわけでもない

ダイヤモンドの様に煌びやかでは無い。しかし、鉄の様に不格好でも無い。

その透き通った美しさは、質素でありつつ華やかであった。


光さえ無視するほど主張が大人しにも関わらず、なぜか目が離せない魅力がそこある。

その魅力に三者は全く違う想いを寄せた。

吸血鬼は異世界を夢見た。

平民はそこに金を見出した。

ドワーフは己の無知に後悔を、そして未知の技術に期待を抱いた。


そんな中、ガラスの創造主は静かに呟いた。

「鉄臭い水とも、落ち着かないダイヤともこれでおさらばだ」


✴︎


暑い。

相も変わらず炉の周りは暑くてたまら無い。

しかし、前の世界の趣味がこんなところで役に立つとは思っても居なかった。

5年ぶりに吹きガラスをやってみたが案外上手くいったものだ。

視察で知り合った鍛冶屋の大将の店を無理に借りた甲斐があったものだ。

これで失敗したら恥さらしもいいところだ。


三人は無言でジッとガラスを見ている。

無関心なわけでは無いことが、輝く瞳からうかがえる。

…しかし、まるで無言だ。

気まずい何かを感じながらも、グラスの水を飲み干す。

———あぁ美味い。鉄臭くなく、安っぽい水の旨味がある。

再び水を注いで、無言の彼らに飲ませる。

沈黙をこじ開けようとやったことなのに、皮肉なことにさらに沈黙が深くなった。

こいつらは、俺に感想の一つでも言ってくれてもいいんじゃないか?

「…お前ら何とk——」

「レン!!」

沈黙に耐えられなくなり口を開こうとした瞬間にアランが両肩をがっしり掴み体を前後に揺さぶってきた。

「素晴らしい、素晴らしいよ!!ゴミ同然の水晶と、格安で手に入る真紅の石からこんな美しいものができるなんて!このグラスは鉄より安い。なのにこんなに美しいだなんて!間違いなく売れる!新しい物好きの貴族なんて格好のカモだ!!しかも、売った値段がほとんど利益になるんだよ!そして、最も重要なことは!作るには技術と知識がいる!!これだ!!!誰でも簡単に作れるものじゃ無い。それを持っているのは今はこの世界で君だけだ!誰にこの技術を教えるか、どうやって利用するかは君の自由だ!ここから生まれる金は全部君のものだ!あぁ、素晴らしい!そうだ!商会を作ろう!君と何人かの職人でこれをたくさん作るんだ。そうだ、それが良い!フフフフ…フハハハハ!!ゴミから無限の富が生まれるぞ!!!!」

そう早口で捲し立てると守銭奴は鍛冶屋から飛び出していった。

商会を作るってお前…。自由って言いながら勝手に決めてるじゃねぇか!

身勝手な守銭奴に呆れていると、ドワーフの大将が話しかけてきた。

「…行ってしまいやしたね。なんと言うか…あんな方だとは思って思っても居なかったでさぁ」

「あいつは金が絡むと頭がおかしくなるんだよ。まぁ、昔苦労したらしいからな。」

普段の嫌味の無い振る舞いから忘れがちだが、元々彼は平民だった。貧乏なこともあっただろう。

そんなことも知らない大将は腑に落ちない様子だ。

「はぁ…。騎士様でもお金に困ることがあるんでやすね。ところで領主様、相談がありやす。新しくできる商会に入れて欲しいでさぁ」

「願っても居ない申し出だが…。この鍛冶屋を続けながらか?」

「そうでさぁ。この鍛冶屋も商会の物にして頂いて構いやせん。その代わりわしにガラスとやらを作らせてくだせえ」

どう考えても彼が不利な取引だ。そのままならば、鍛冶屋の売上が全て彼の手に入る。それを投げ出して、わざわざ商会に入るメリットが無い。

「お前にメリットがないが?」

「わしは職人でさぁ。こんんな素晴らしい技術を目の前にして滾らない方がおかしいでさぁ」

「なるほどね。俺が職人に向いて居ないと言うことがよくわかった」

こちらは本気だったのだが、このドワーフは冗談と受け取った様だ。

豪快な笑い声が部屋に響く。

「こんなことが出来るに職人に向いて居ないって、面白い冗談さぁ」

「俺は自分の満足するグラスを作るために始めただけだからな。そんな心意気はない。…で、商会の件だが、一応アランへはこちらから言っておく。まぁ、こちらにはメリットしかないからあいつも快諾するだろう」

余程新しい技術に触れられることが嬉しいのだろう。

大将はモジャモジャに生えた髭を右手で触りながらニヤリと笑い

「ありがとうございやす。それでは早速始めさせていただきやすね」

そう言うと、そそくさと炉の前に座り、見様見真似でガラスの作成を始めた。

さすがは職人。初めてにしてはかなりの腕がある。一週間もすればとりあえず売れるものは作れるだろう。

いろいろ助言はしたいところだがアランの件もあるし、さっさと仕事に戻るとしよう。

グラスを手に取り、いつまでも呆けているエリザベートを小突きさっさと鍛冶屋を出る。


エリザベートと役所に向かいながら会話をする。

「で、エリザベート殿は終始無反応でしたが、お気に召さなかったのでしょうか?」

いつもの様なやり取りをするため、からかってみたのに、存外真面目なトーンで返されてしまった。

「あんたの居た世界でもガラスは貴重だったのかしら?」

「いや、掃いて捨てるほどあった。と言うか、ガラスなんだ改めて意識しないとそれがガラスなんだと思うことも少ないな」

「何言ってるのよ。全く意味が分からないわ」

「金銀宝石使って平気で家具やら何やらを作る方が俺には意味分からねぇよ」

その瞬間、こちらの言っている意味を理解したのだろう、エリザベートの目が輝いた。

顔だけは良いのだから急にそんな顔するな。心臓に悪い。

「そんなにありふれたものだった訳ね!…はぁ、向こうの世界の吸血鬼は羨ましいわね。鉄臭くない美味しい血を簡単に飲めるじゃない」

柄にもなく、自分の頬に手を添えうっとりとしている。考えている内容は文字通り血生臭い内容だが…。


向こうの世界には血を啜る人間なんてシリアルキラーぐらいしか居ねえよ。

もう誰にも共感さえれないツッコミを心の中で小さく入れた。

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