風になる者

@NanashimaRiko

RACE STORY 開幕戦・鈴鹿サーキット 予選



4月某日。モータースポーツのメッカである、三重県・鈴鹿サーキット。


 


世界的に珍しい立体交差のサーキットを、何台ものフォーミュラカーが走っていく。


 


スタンドには何万人を越す観客。


 


 


 


今日は日本のモータースポーツでの国内トップカテゴリー。


 


 


ジャパン・フォーミュラ・チャンピオンシップ・ディビジョン1の開幕戦なのだ。


 


 


ピット内で一人の若者がコックピットに座る。


 


 


 


 


 


 


矢澤鈴児・17歳。都内の高校に通う2年生である。


 


 


 


 


 


しかし、この男のもうひとつの顔。それは。


 


 


 


 


 


 


 


「鈴児!準備はOKかい?」


 


 


 


「いつでもOKです」


 


 


 


「よし!出せ!」


 


 


 


エンジニアの言葉で鈴児の操るマシンは、猛然とコースへ飛び出していく。


 


 


 


 


 


さあ、予選の始まりだ。


 


 


チャンピオンを目指す者。


 


 


レースを愛する者。


 


 


そして世界への登竜門とする者。


 


 


それを支える者。追いかける者。そこからさらに繋がる夢を抱く者。


 


 


 


 


ここは、主役も脇役も関係ない。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


300キロの果ての夢を追い求める者たちの物語である。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


まずは土曜日の予選。


 


 


JFCの公式予選ではノックアウト法式が取られ、Q1では24台中6台がノックアウトされ、Q2ではさらに8台がノックアウトと、上位進出は狭き門になっている。


 


そしてQ3では残った10台によるポールポジション争いとなる。


 


予選では10番手以内のドライバーはベストラップを記録したタイヤでスタートしなければならず、11番手以下のドライバーはスタート時のタイヤを自由に選択できる。


 


つまり、後方スタートのドライバーにもレースではチャンスがありうると言うことだ。


 


 


 


まずはQ1


 


全体ベストタイムを昨年の王者であり、鈴児のチームメイトの都倉渥が叩き出す。


 


「渥の状態は良さそうだな」


 


GRT internationalの総監督・羽生純次が呟く。


 


「ええ、エンジンはかなり仕上がってますが、シャシーのセットアップはまだまだ手探りなんですがね………」


 


スポッターの新谷は顔をしかめる。


 


JFCのマシンのシャシーは、イタリアのダラーラから、タイヤはブリヂストンの独占供給。エンジンはトヨタ、日産、ホンダから供給される。


 


 


まだまだニューマシンのセットアップは煮詰まっていない状況だが、それでもチャンピオンの都倉は豊富な経験と持ち前のスピードでひた走る。


 


 


 


 


 


鈴児の操るNo.2の黒いマシンは、デグナーを立ち上がって、130Rに向かう。


 


ここの超高速コーナーを全開で抜けるのは、繊細なテクニックに並外れた体力、そして度胸を必要とする。並みの奴ではとてもクリアはできないだろう。ルーキーなら尚更である。


 


 


 


しかし矢澤鈴児、全くアクセルを緩めることなく通過。


 


 


 


コンマ2秒落ちで鈴児が2番手タイムを叩き出す。


 


『なんとルーキー矢澤が2番手タイムです!恐るべし16歳!!』


 


 


実況はおろか観客もどよめきを隠せない。それは無理もない。矢澤鈴児はまだルーキーである。それも今月に16歳になったばかりの高校2年生だ。そんな男が国内トップフォーミュラで、それもデビュー戦で上位のタイムをマークしたのだ。


 


 


 


 


「まあまあ、ってところかな」


 


羽生は全く驚きを見せないが、にやっと口の端を上げる。「日本レース界のロン・デニス」と呼ばれる男にしては珍しい光景だ。


 


「珍しいですね。監督がルーキーを誉めるなんて」


 


「誉めてはいないさ。16でディビジョン2をとっちまうんだ。あれぐらいは予想済みだ」


 


 


 


 


 


その2番手タイムを更新してきたのは、ZEUS MOTOR SPORTSの神谷浩之だ。歴代最多、6回のシリーズチャンピオンに輝く「キング」である。


 


 


 


 


 


鈴児の耳に無線が飛ぶ。


 


『鈴児、神谷が2番手タイムに入った。コンマ1秒程神谷に負けてるぞ。落ち着け。まだQ1だ。余裕でQ1はクリアできるだろう』


 


「了解、これから引き上げます」


 


鈴児のマシンがピットに戻ってくる。降りるなり、エンジニアと入念な会話が始まる。この貫禄、とても現役高校生には見えないだろう。


 


 


「渥、ベストラップだったな」


 


「新谷さん、今日の彼には負けますよ」


 


「タイムではお前が勝ってるんだ」


 


「彼は始めてでしょう?」


 


都倉渥は相変わらず実にフレンドリーで気の良い男である。このチーム内で彼を悪く言う人間など、存在しないだろう。


 


「鈴児、君は大した男だな。ここまで凄いとはね」


 


笑みを浮かべて握手を求める都倉。


 


「それはどうも」


 


意に介さずエンジニアと打ち合わせを続ける鈴児。


 


「おいおい、少しは相手にしてやれ。お前の先輩なんだぞ」


 


呆れたように新谷が宥める。


 


「ははっ、まあまあいいよ。僕もあんなんだったからね」


 


器の大きい都倉は、笑いながらドリンクを口にした。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


予選第一ラウンド 結果


 


1.1#都倉渥 (GRT international/ホンダ)


 


2.18#神谷浩之 (ZEUS MOTOR SPORTS/トヨタ)


 


3.2#矢澤鈴児 (GRT international/ホンダ)


 


4.19#羽鳥龍平 (ZEUS MOTOR SPORTS/トヨタ)


 


5.4#ラファエル・シュナイダー (REDBOX HAWK RACING/ホンダ)


 


6.24#奥村貴規 (TAEM Nur/トヨタ)


 


7.3#服部尚成 (REDBOX HAWK RACING/ホンダ)


 


8.27#志村英樹 (TAEM RED STAR/日産)


 


9.29#松井大地 (TAEM PHILIP/ホンダ)


 


10.64#進藤大和 (HAYAKAWA RAINING/ホンダ)


 


11.99#ジョニー・スチュアート (Z motor club/日産)


 


12.28#アーノルド・ワシントン (TAEM RED STAR/日産)


 


13.65#アラン・フィッツジェラルド (HAYAKAWA RAINING/ホンダ)


 


14.98#ケニー・ビル (Z motor club/日産)


 


15.6#岩田拓也 (IZIGEN/トヨタ)


 


16.5#アレックス・ガンツィーニ (IZIGEN/トヨタ)


 


17.25#ミカ・トイヴォネン (TAEM Nur/トヨタ)


 


18.33#谷翼 (TAEM HURRICANE RAINING/ホンダ)


 


 


 


Q1敗退組


 


19.30#小早川秋徳 (TAEM PHILIP/ホンダ)


 


20.62#ムシャガルムタ・モハメド・大西 (RAINING FAMILY TANAKA/日産)


 


21.34#土田幸市 (TAEM HURRICANE RAINING/ホンダ)


 


22.9#ジョン・アレン (X-1 RACING/日産)


 


23.10#遠藤真輝 (X-1 RACING/日産)


 


24.63#田中洋介(RAINING FAMILY TANAKA/日産)


 


 


 


 


 


 


 


「予選の結果だけなら、今年もトヨタかホンダか………」


 


「日産陣営はここ4年勝利から遠ざかってますからね………」


 


 


 


ため息混じりの声色で話すのは、TAEM RED STARの監督・赤星善和とチーフディレクター・田村光照である。


 


 


 


確かにここ数年の日産陣営は、やや苦しい戦いを強いられていた。とは言っても、去年までは時折優勝争いに加わったりと、今現在ほどの状況ではない。


 


今年はまさに、目も当てられない惨状である、テストからパワー不足とトラブルに見舞われ、開幕戦の予選でも、辛うじてエース格の志村英樹が8番手タイムに入り、チームメイトのアーノルド・ワシントンも辛うじてQ1を突破したのだが、他は殆どが下位に沈んでしまった。ウチだけが遅いのならともかく、他の日産チームも遅いのなら、原因は自ずとわかってくる。


 


 


 


「一応現時点でのワークスはウチだからね。まあ面目は保ったけど………」


 


「しかし、トップ10が英樹のみなのはね………アーノルドも『とにかくパワーがない』って文句しか言ってませんでしたからね」


 


 


今期は元F1上がりの志村英樹と、前年度のF2ランキング2位のアーノルド・ワシントンを擁してはいるが、この状況では、ドライバー以前の問題と言えるかもしれない。


 


 


「ひとまず、ポジティブに考えよう。なんとか二人をを最終ラウンドまで送り出さなきゃな」


 


 


ふうっと赤星が息を吐く。取り敢えずシャシーだけはまだ戦える。ストレートに期待できない今、どこまでコーナーを攻め切れるか。まだ戦いは始まったばかりだ。


 


 


 


 


 


 


インターバルを経て、第2ラウンド。


 


 


 


 


 


 


 


ここでも、GRTとZEUSが上位4台を独占。残る6枠を、14台のマシンが争うことになる。


 


 


 


まずは先陣を切って、REDBOX HAWK RACINGのラファエル・シュナイダーが、5番手タイムを記録。


 


 


REDBOX HAWK RACINGは今年からF1のREDBOX RACINGとタッグを組み、REDBOX HAWK RACINGとして参戦している。F1からのエンジニアが送り込まれるなど、チーム力は大幅に強化された。


 


ドライバーにはREDBOX育成のラファエル・シュナイダーと、ホンダのエース格・服部尚成とコンビを組む。


 


F1で最多8度の王者、マイケル・シュナイダーを兄に持つラファエルは、開幕前テストで、いきなりトップタイム叩き出した。才能は折り紙付きである。


 


 


負けじと先輩の服部も、ラファエルのタイムをコンマ2秒更新する。服部にも長年エースとしてホンダを引っ張ってきた自負がある。ここでは絶対に負けられない。


 


 


 


 


続いて、TAEM PHILIPの松井大地がタイムを更新する。


 


 


 


 


 


TAEM PHILIPオーナーである、フィリップ鈴木がモニターを見つめている。


 


今から30年前、ここ鈴鹿で開催されたF1日本グランプリで、初めて日本人として表彰台に登った男である。


 


 


 


まだ予選は始まったばかり。今日の大地ならいける。


 


 


その刹那。


 


 


 


 


TAEM RED STARのピットが慌ただしくなっている。


 


 


 


『だめだ、パワーがない。ここで止める』


 


 


 


インカムからは志村英樹の嘆く声が聞こえてくる。


 


 


 


 


 


志村が操る赤いマシンは、130Rでストップしていた。リアカウルから白煙が上がっている。


 


ここで黄色い旗が降られる。


 


 


 


 


 


 


 


「あー、クソッ。ダメか。」


 


赤星が思わずテーブルを叩いて悔しがる。ここまで区間タイムは良かったのに………


 


『すみません。エンジンがたぶんやられました』


 


志村の嘆き声が聞こえてくる。


 


 


「仕方がない。お疲れさん」


 


 


明日の決勝は18番グリッドだ。例年通り開幕戦は荒れる。今はそれを期待するしかない。


 


 


 


 


 


 


 


「ミカ、イエローだ。黄旗の追い越しはペナルティだぞ、注意しろ」


 


『そんなんわかっとりますよ』


 


見た目は160㎝の小柄で色白金髪碧眼。


 


女の子とも見紛う可愛らしい容姿のフィンランド人、ミカ・トイヴォネンだが、無線から聞こえてくる喋りはコテコテの関西弁だ。


 


 


ミカはフィンランド生まれだが、5歳頃に大阪に移住してきたため、見た目はフィンランド人でも、中身は殆どが関西人なのである。


 


 


「やれやれ、あんなんじゃなければ彼女なんていくらでもできるんだけどね」


 


「まあ、ミカの良さはある意味それですからね」


 


 


 


 


TAEM Nur監督、太刀川紘樹は呆れたように端正な顔を曇らせる。


 


太刀川も現役時代は、イケメンレーサーとして女の子から大人気だった。


 


チーフディレクターの高本虎太郎は、相変わらず冷静な表情でモニターを見つめている。


 


一見水と油、明るい性格とハンサムなマスクで女性から大人気の太刀川と、元F1ドライバーで常に物静かな高本は、全く相性が合わないように見える。


 


しかし実際には現役時代から名コンビとして、名を馳せた二人。プライベートも大親友な二人は、今日も噛み合わなさそうで、噛み合っている珍妙な関係性なのである。


 


 


『おおっ、黄旗明けたで!』


 


「よし、ミカ。全開で行け。また回ったら承知しないぞ!」


 


『監督さーん。ワシを信頼できへんのかいな?』


 


ミカがおどけたように返してくる。


 


「君がそんな調子だと、絶対にスピンかクラッシュするんだ」


 


『OK!ワシに任せとき!』


 


『こっちも全開で行けます』


 


「ようし、行ってこい!」


 


 


続いて奥村貴規のハツラツとした声が響く。


 


 


奥村貴規は22歳。まだ2年目だが、デビューイヤーの昨年は2位表彰台を2回獲得するなど、トヨタ陣営に取って期待の若手だ。


 


いかにもさっぱりとした好青年といった印象の青年だが、走りはコーナーではギリギリまでブレーキを我慢させ、立ち上がりでカウンターを当てつつコーナーを脱出する実にアグレッシブなスタイル。


 


粗っぽい口調のミカが意外にもステディなドライビングであることもあって、この人選は中々面白い。化学反応が起これば、化けるかもしれないチームだ。


 


 


 


 


 


残り時間も少ない。


 


 


どの車も、後1ラップぐらいが勝負だろう。


 


 


 


 


既にトップの4台はタイム計測を終えており、残る争いは混沌としていた。


 


 


 


 


 


『酷いオーバーステアだ!どうして後ろがこんなに滑るんだ!』


 


 


IZIGENのアレックス・ガンツィーニのイタリア語がチームのインカムに響く。明らかに冷静さを欠いているのがわかる。


 


 


オンボードで見ても、明らかである。アレックスのステアリングは右へ左へ右往左往しながらなんとかコース上に留まっている。


 


「なんや、どうなっとんや………」


 


「路面温度が変わったら、セットアップがガラッと変わってしまいましたね………」


 


チームメイトの岩田拓也も同じようにトラクションが足りない症状に悩まされている。


 


フリー走行では好タイムをマークしていたのだが、うって変わって予選では両者とも苦しんでいる。


 


月曜日のフリー走行では路面温度がやや高かったのだが、この予選では気温が一気に下がってしまった。それに伴い路面温度が下がってしまったのだ。


 


路面温度が低いと、タイヤの暖まりが悪くなる。タイヤの暖まりが悪いと、トラクションが低くなる。トラクションが低いと、マシンが思うように加速してくれない。


 


(だめだ!滑ってしょうがない!)


 


岩田拓也はリアタイヤの挙動が読めない感じに苦しんでいた。


 


いつも通りにコーナーに突入しても、まっすぐ立ち上がってくれない。リアが微妙に横にスライドする。


 


路面温度が下がっても、そこまでフィーリングが変わることはないはずだ。セットアップを間違えたか?


 


130R。とても全開では行けない。スッとアクセルを抜きつつクリア。


 


そしてシケイン。ハコレースほど荷重移動を活かせないフォーミュラカーは、ワンミスが命取りだ。ましてやこの状況では尚更である。


 


フッとマシンがインを向いた。


 


 


その瞬間、フィギュアスケートのように、マシンがクルクルっと時計回り。


 


 


そのままサンドトラップに引っ掛かり、エンジンが止まった。


 


 


(ちくしょう!)


 


 


「すまん、スピンした。エンジンも止まった」


 


無線で報告すると、外したステアリングを放り投げた。


 


岩田拓也にとって、実にフラストレーションの溜まる予選であった。


 


 


 


 


「ダメやったか………」


 


チーム監督・脇田潤一は頭をかく。


 


 


「アレックスもタイムが上がってませんね」


 


コーナーでふらつくマシンを必死にコントロールしつつ、アレックスも果敢にアタックするが、タイム更新ならず。


 


結局、アレックス14位、岩田16位で2台揃ってQ2落ちとなった。


 


 


 


 


 


予選第2ラウンド結果


 


1 都倉


2 神谷


3 羽鳥


4 矢澤


5 進藤


6 奥村


7 シュナイダー


8 服部


9 松井


10 トイヴォネン


 


 


Q2敗退組


 


11 フィッツジェラルド


12 ワシントン


13 スチュアート


14 ガンツィーニ


15 谷


16 岩田


17 ルークス


18 志村


 


 


 


 


 


 


いよいよ、ポールポジションを争う第三ラウンドが始まる。


 


 


 


 


 


まずは、神谷、羽鳥のZEUSコンビがワンツータイムを記録する。


 


 


 


 


スプーンの入り口を、神谷浩之の白いマシンが駆け抜ける。


 


 


神谷浩之はこの3月で33歳を迎える。デビューからもう12年、すっかりベテランの仲間だ。


 


 


参戦した12シーズンの内、半分の6回を制している。もはや日本レース界で、彼の名前を知らない者は居ないだろう。


 


 


トップタイムを記録し、一旦ピットに引き上げた神谷は、様子見とばかりにモニターを見つめる。


 


 


シュナイダー、松井、服部、そしてチームメイトの羽鳥とコントロールラインを通過するが、中々神谷のタイムには及ばない。


 


 


 


暫くすると、甲高い音を鳴らした黒いマシンが疾走してきた。


 


 


No.1 都倉渥が駆る黒いGRT internationalのマシンだ。


 


 


最大のライバル都倉の走りをじっと見つめる神谷。


 


 


 


 


 


同年代の神谷と都倉は、若い頃からのライバル同士である。


 


 


 


クレバーな走り、それでいて挑戦的な神谷。


 


 


クレイジーな走り、それでいて温厚な都倉。


 


 


父である元レーサー・神谷進之介に幼い頃から英才教育を受け、鳴り物入りでステップアップしてきた神谷。


 


貧乏な家庭で育ち、まさにどん底から這い上がってきた苦労人・都倉。


 


 


 


 


まるで対照的な二人の激突に、数多くのファンが魅了された。


 


 


 


 


神谷浩之と都倉渥は、決して友人ではない。住む世界が違うから。


 


 


でも、どこかで繋がっている。


 


 


同じ世界に生きているから。


 


 


 


 


 


 


都倉が渾身のフライングラップを見せるが、コンマ1秒及ばず。


 


 


 


 


 


 


 


 


「開幕は決まりみたいですね。」


 


 


神谷の担当エンジニア・坪井拓人が、安心したように口を開く。


 


 


しかし、神谷には何か胸騒ぎがあった。


 


 


 


 


テストから異様な速さを見せている、新人の矢澤。記者会見で、「目標はF1チャンピオンです。1年目からチャンピオン獲ります」と宣言したあの男はどうしたのだろうか。


 


 


 


 


 


 


 


 


途端に観客の歓声が聞こえてきた。


 


 


 


 


矢澤鈴児の黒いマシンが、セクター3をトップタイムで通過したからだ。


 


 


 


 


 


直ぐにモニターに向き直る。


 


 


 


矢澤はシケインをクリアすると、猛然とストレートを疾走する。


 


 


 


 


 


コントロールラインを通過。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


神谷のラップタイムを、1000分の1秒上回った。


 


 


 


 


 


ルーキーのデビュー戦、そして史上最年少でのポールポジションが決定した瞬間である。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


『なんと恐るべし大物ルーキー矢澤!歴史的瞬間です! まさに記録ずくめ! 新時代のスタートが切られました!』


 

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