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「真紀、最近ちょっと綺麗になったよね」
昼休み、学部の談話スペースで絵梨がカップスープを飲みながらそんなことを言い出した。彼女は一年生の頃からの知り合いで、そこそこ仲がいい。私はちょうど購買で買ったサンドイッチを口に含んでいたので、返事ができなかった。
「やっぱり彼氏ができると女は綺麗になるんだね。萱島くんとは最近どうなの?」
「どうも何も、ぼちぼちかな。それと別に綺麗にはなってないよ」
サンドイッチを飲み込んでとりあえず否定しておく。萱島くんは絵梨が紹介してくれた理工学部の人で、何回かデートしていたら付き合うことになった。学部が違うから学内ではなかなか合わないけれど、週末には神戸に行ったり彼の家に行ったりしている。
「でもその新しいワンピースいいじゃん。髪もしっかり巻いてるし、萱島くんの趣味?」
「彼の趣味なんて関係ないって。人に見られてるって思うとちゃんとお洒落しようかなってなっただけ」
「惚気ないでよ、もう。でもいいな、私も恋人ほしい」
「このあいだ法学部の先輩と別れたばっかりじゃない」
「別れたばっかりだからこそだよ」
絵梨は私の女友達の中では一番モテる。そのくせ、恋人ができても長く続かないような子だ。なかなかの飽き性なのと、彼女の可愛い外見に惹かれる男にろくな奴がいないからだろう。
彼女が今気になっている理工学部の男の子の話を聞きながら、私は帽子さんのことをぼんやりと考えていた。帽子さんはそういう対象として見るには歳が離れすぎているけれど、絵のモデルにされるのなら少しでも綺麗に描いてもらいたい。彼が描いた私の絵は見たことがないけれど、同じ服を着回しているのが絵でバレると恥ずかしいから、最近は服装や髪型に変化を付けるようにしている。
もちろん、最近できた恋人の為でもあるにはあるのだけれど。
「それでね、その子が萱島くんの後輩なんだってさ。だから萱島くんに頼んで紹介してもらおうと思うんだけどどうかな」
「いいんじゃないかな。彼、よく後輩たちと飲みに行ってるみたいだし」
「お、それいいね。私たちもその飲み会に潜り込もうよ」
「え、私も行くの」
「当たり前でしょ。ねえ、いつがいいかな」
そう言って彼女は携帯電話を操作しはじめた。どうやら萱島くんに飲み会のセッティングをメッセージで頼んでいるらしい。私はあまりお酒を飲まないし、正直気が進まない。でも絵梨には萱島くんを紹介して貰った恩があるから、ちょっと顔を出すくらいならいいか、と考え直した。
萱島くんからの返信はすぐ来たらしい。絵梨は素早い指捌きでまたメールを打っている。
「木曜の夜で大丈夫?」
「うん、予定はないけど」
「じゃあ決まりね。後輩くんとあと何人か来るかもって」
「え、知らない人も来るの?」
「いいじゃん、萱島くんの彼女として真紀の顔を広めるチャンスだよ」
「別にそんなことしなくてもいいのに」
「いやいや、萱島くん結構モテるし、そういうアピールも大事だって」
「そうかなあ」
私はあまり目立ちたくはないのだけど、確かに彼は女の子にモテた。私と知り合ったときは偶然恋人のいない時期だったようで、絵梨のお節介ではあるが手厚いサポートもあって順調に交際まで発展したが、彼のことを密かに狙っていた女の子もたくさんいるようだった。恋人だからってあまり安心しないようにと、絵梨からことあるごとに言われている。
「ねえ、今日帰りに神戸に寄ってさ、服買いにいこうよ」
「いいけど、飲み会行くのにあんまりお洒落しても変でしょ」
「何言ってんの。気合い入れていかないと、変な服着て行ったら萱島くんに幻滅されるかもよ」
「確かにそれは困る」
じゃあ決まりね、と絵梨は白い歯を見せて笑う。彼女は何を着ても可愛いのだから羨ましい。でもまあ、私もちょうど新しい秋服が欲しかったところだ。
残りのサンドイッチを頬張っていると、萱島くんからメッセージが来た。飲み会の後は泊まりに来るやろ、という短い文章に私は少し考えてからもちろん、とだけ返した。
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