断想

真珠の白苺改

ものうさがたり 壱

 三度目の冬を迎えたくたびれ気味のバッテリーが、エンジンを力なく始動させた。この車が重ねてきた年月を考えると、セルモーター自体にもお迎えが来ているのかもしれない。


 「えー、次のメッセージは南区の……」

 ノイズに混じって、聞き慣れたパーソナリティーの声がした。誰とも知れぬラジオリスナーのメッセージを読みあげている。


 他愛もない出来事、日々の不満、他人の噂。所詮ツイッターのつぶやきに収まる程度の便所の落書き。つぶさに見れば見るほど下らなく醜悪な言葉共。


 そんな断片をいくらデータに書き残そうが、大部分の人間にとってゆきずりの関係でしかないのならばまだいい。ほぼ99.9%は誰の眼にも留まることなく世間の波間を漂流するゴミのようにたゆたっている。そして今この瞬間にも、そのゴミは増え続けている。


 職場で、駅のプラットフォームで、居酒屋で、公園で、行楽地で楽しそうに笑い合う人達は、自身が自身として存在した証が、いつか誰の記憶からも忘れ去られてしまう事実をどうおもうのだろうか。


 才なき自分が遺せるものなんて骨と戒名だけさと、ただ手をこまねきうそぶいているだけなのだろうか。あるいは今この時を生きていることこそ尊いのだと、虚勢を張って刹那の快哉を叫ぶのだろうか。


 車道の脇に打ち捨てられているもの。ただのぼろ雑巾にも見えたが、さにあらず。哀れかな轢かれてしまった猫の死骸だった。そばにいた一羽のカラスが、長いゴム紐のようなものを引きずり出している。いずれ忘れ去られる運命ならば、この猫は果報者といえるだろう。


 轢き殺したドライバーは車の修理代の勘定を何よりも真っ先に気にするだろうし、拾い上げて処分した人間にもただの仕事と割り切られてしまうに違いない。はた目に見ればただのゴミだもの。


 大概の人は、そのようになるはずはないと高を括って生きている。冬の白い吐息のように、出でてはすぐ消えてしまう哀れみの言葉を口にするのがいいところで、内心自分でなくて良かったと安堵していることを、醜いだなんてつゆ思わないだろう。


 人と比べて見えてくる幸不幸なんて所詮はまやかしにすぎないのに、いつの時代も皆、それを血眼になって捜している。手垢のつきまくった陳腐な表現に言い換えると、すぐそこにあるものに気づいていないのだ。

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