閑話57 大食い大会
「レディーーースアンド、ジェントルマン! 今回が初の開催となった、バウルブルク大食い大会ですが、各地から大食いで名を馳せた強豪たちが大勢集まっています。はたして、この大食いバトルて勝利するのは誰なのか。なお今回の解説は、自身も大食いである、王宮筆頭魔導師であるアームストロング子爵にお願いしています」
「よろしくなのである!」
「では早速、参加者の紹介から! 一人目は、その頑丈な顎で硬い肉だろうが黒パンだろうが素早く細かく噛み砕き、水と共に胃に流し込む戦法で地元では敵ナシ! 『鉄顎のマフティー』です」
「この男は今年から大食いを始めて、本選に出場した天才である! 水を飲み過ぎることで胃の容量が狭まり、食べる量が減ることも多いのであるが、巨体で胃袋も常人を超える容量を持つのである!」
「ほほう、それは強敵てすね。次の優勝候補者は、『麺食いのリヒト』。麺料理の大食いでは敵ナシ。その口から一気に大量のパスタを吸い上げる肺活量のすさまじさは、実に圧巻だと聞いています」
「麺料理特化という欠点もあるのであるが、なにをしでかすかわからない怖さがあるのである!」
「三人目は、見た目は紳士であまり大食いファイターには見えませんね。導師、彼は?」
「彼は『大食い軍師』と称される、理論系の大食いファイターである! 大量の水を飲むことで今日に備えて胃を広げ、今もどうやって多くの食べ物を効率よく胃の中に収めようか、懸命に策を練っているのである! その様は、まさに軍師なのである!」
「理屈倒れにならないことを祈ります。他にも大勢の大食い自慢が集まりました。さて! 今日のお題はーーー!」
この世界でも、個々のお店で大食いチャレンジなどはやっているが、大会を開催したのは俺だけだそうだ。
そんなわけで、バウルブルクにおいて第一回大食い大会が開催された。
俺が司会となり、導師は解説者だ。
なお、この手の大会にどうして導師が出演しないのかというと……。
「おおっ! チャンピオンだ!」
「あれが無敵のチャンピオンか」
「あんなに小さくて細くて可愛いのに……」
「食べたものはどこに入っていくんだ?」
参加者たちの注目を一身に受けているのは、すでに数多の店で食べに食べまくって記録を更新し、チャンピオンの称号を得まくっていたヴィルマであった。
導師が参加しなかったのは、現時点ではどうやってもヴィルマに勝てないからだ。
いつかヴィルマに勝利する予定だけど、今はその時に備えて静かにしている……逃げたという意見もあるけど、導師は本当にヴィルマに勝とうと鍛錬は積んでいるからなぁ。
いい歳をしたおっさんが、大食いのトレーニングをするのってどうかと思うけど。
度々エリーゼに、健康によくないって注意されているし。
「(導師、この面子でも二位は取れそうだけど……)」
導師は、二位なんて屈辱以外のなにものでもないのだろうけど。
「そんなわけで、いよいよ始まる大食い競争ですが、今回のお題は、ナマコ酢です」
「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」
俺が大食いをする料理を発表すると、参加者たちの頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。
『どうしてそんなものを大食いするんだ?』といった表情を浮かべている。
そもそも、『ナマコってなに?』って挑戦者も多かった。
「説明しますと、ナマコとはミズホで食される海産物で、とても美味で高級品です。思う存分に食べてください」
「……」
俺の簡単な解説が終わると、参加者たちの前に丼に入ったのナマコ酢が置かれる。
そしてその見た目のせいで、大半の挑戦者たちの顔が暗くなった。
ナマコ酢、美味しいんだけどなぁ。
俺は丼で食べたことないけど。
「(やはり、西洋人風の人が多いから、ナマコは苦手なのかな?)これは大食い競技です! 食べられない物を出すつもりはありませんが、好きな物ばかり食べていては競技とは言えません! 苦手な食べ物にどう対処するのか? それをクリアしてこそ、真の大食いファイターなのですから」
「「「「「「「なるほど……」」」」」」」
「確かに、毎回好きな食べ物ばかり出てくるなんて都合がよすぎるか……」
「もしかしたら、チャンピオンが大嫌いで食べられない物が出たら、我々にも勝利の目が出てくるぞ」
「一概に、自分だけが不利って話でもないのか」
「「「「「「「「「「わかりました」」」」」」」」」」
挑戦者たちは、ナマコの酢の物での大食い勝負を受け入れてくれた。
「それでは、勝負開始!」
俺の合図と同時に、大食い勝負が始まった。
さすがは各地の予選を勝ち抜いた参加者たち。
初めて食べる未知の食材、ナマコの酢の物に果敢に挑んでいく。
「凄い歯ごたえだ! 顎が……」
「酸っぱい! これを大量に食べるのは難しくないか?」
「俺は苦手だなぁ。磯の香りが強すぎる」
「沢山食うのは難しいよなぁ……」
大半の参加者たちの手と口が止まるなか、一人だけ黙々とナマコの酢の物を食べ続ける者がいた。
その人物とは……。
「「「「「「「「「「チャンピオンか!」」」」」」」」」」
これまでに多くのお店の大食いチャレンジを制し、今回が第一回の大会なのに、みんなからチャンピオンとして畏敬の念を抱かれているヴィルマが、黙々とナマコの酢の物を食べ続けていた。
「チャンピオン、美味しいですか? それ」
「歯応えがよくて美味しい」
「そうですか……」
本当に美味しそうにナマコ酢を食べるヴィルマを見て、勝てないのかと絶望に浸る参加者たち。
ただ俺はなにも、ヴィルマを贔屓しようとしていたわけではない。
どちからというと、どうにかして他の参加者を勝たせようと、ナマコなんて特別な食材を選んだのだから。
「そういえばヴィルマって、好き嫌いがないんだった……」
幼少の頃から常にカロリーを必要とするヴィルマは、食べ物に好き嫌いがないと前に教えてもらった。
『嫌いだからって食べないと、飢え死にするかもしれなかったから』
『好き嫌いを言っていられる環境じゃなかったのか……』
だが、さすがにナマコは食べたことがないはずなので、もしかしたら苦手かもしれない。
そう思って試してみたんだが、普通に美味しそうに食べていた。
初の大食い大会主宰ということで予算を奮発したから、高級品であるナマコを大量に仕入れられたというのもある。
「もう無理……」
「俺も……」
「沢山食べるものじゃないよ……」
結局、ヴィルマ以外の挑戦者たちは全員脱落してしまった。
「美味しい」
そして、ナマコ酢を丼で十杯も食べたヴィルマが、第一回のチャンピオンとなるのであった。
「ヴィルマ嬢の弱点を見つけたのである!」
「ヴィルマの弱点?」
「やはり、ナマコ酢のような食べ物はあまり得意ではないのである! その証拠に、たった丼で十杯しか食べていないのである!」
「ナマコ酢を、丼で十杯食べられる人は滅多にいませんけど……」
「某なら、二十杯は食べられるのである! 今度こそ、某の勝ちである!」
「(次の勝負で食べる料理を、自分で決めようとするなよ!)次もナマコ酢じゃあ、大食い勝負が盛り上がらないから駄目ですよ」
「では、この食材はどうである?」
「……まあいいですけど、どんな料理にしますか?」
「それは……」
よほど自信があるのだろう。
導師が、次は大食い勝負に参加すると言い出した。
最初はヴィルマが苦手な食材を探り、その食材を次の大食い勝負で俺に採用させ、勝率を上げる。
そこまで勝ちに拘るのか……というか、セコイな。
「全然問題ない」
ヴィルマは別に構わないというから、今日はその食材を使った料理で大食い勝負をする予定だけど。
「しかしまぁ、そこまでしてヴィルマに勝ちたいのかね?」
エルも、子供そのものといった導師に呆れていた。
「導師は巨体で大食いに自信があったのに、女性で体も小さいヴィルマに勝てないから悔しいんだろうな」
「とはいえ、導師の大食いは想像の範疇にあるけど、ヴィルマの大食いは異次元だからなぁ。一生勝てないんじゃあ……」
第二回めの大食い勝負が始まったが、今日は導師も参加していた。
しかも、自分が勝てるように食材まで指定するセコさ……勝負への拘りだ。
「本日の食材は! 茹でタコです!」
今回の挑戦者の前に、茹でたタコが大量に乗った皿が置かれた。
「タコは薄い塩水で茹でただけなので、味は自由につけられます。なお食べたタコの量のみで勝負なので、調味料の分は加算されないので悪しからず」
醤油、味噌、マヨネーズ、ハニーマスタード、豆板醤などなど。
俺がアルテリオ商会に作らせ、リンガイア王国中で販売させている調味料が入った籠も挑戦者たちの前に置かれる。
「これらの調味料は、製造元であるアルテリオ商会から提供されております!」
多くの観戦者が集まった大食い大会の会場で、アルテリオ商会の調味料を使ってもらう。
宣伝目的も兼ねてということで、アルテリオ商会から無料で提供してもらった。
アルテリオも、『いい宣伝になりそうですな』と言っていたし。
「では、勝負スタート!」
早速第二回大食い大会が始まり、挑戦者たちは目の前に積まれた茹でダコを手に取って食べ始める。
「あっさりとした味で、見た目に反して美味いな」
「俺の故郷ではよく獲れるから食べたことあるぜ。ということは有利か?」
タコはナマコほど癖がないので、挑戦者たちは勢いよく食べていく。
だが、茹でダコには大きな罠が潜んでいた。
「……噛み応えがあるから、顎が疲れるな」
「噛めば噛むほどお腹がいっぱいになっている気がする……」
徐々に、大半の挑戦者たちの食べるスピードが落ちていく。
「ヴェル、これは?」
「茹でたタコは硬いから、他の食べ物よりも多く咀嚼しないといけない。そのため、顎に負担がくるんだ。それと、同じ量の食べ物を食べても、時間をかけて多く噛むとお腹がいっぱいになりやすい」
「ああ、カタリーナがヴェルにそれを教わったら、すげえ食事に時間をかけるようになったな。、まあ、そんなに痩せていないけど……」
「大きなお世話です!」
実は会場にいたカタリーナが、エルに強く抗議した。
それは、カタリーナは俺と同じく沢山魔法を使わないといけないから、結局多めにカロリーを取らないと駄目だからだ。
逆にいえば、あれだけ甘い物を食べてもあまり太らないカタリーナは、やはり魔法使いなんだなって。
「茹でダコは硬いから、顎が疲れて食べられなくなる。多くの回数を咀嚼すると、胃がいっぱいになる前に脳が満腹になったと勘違いして、お腹がいっぱいになるのさ」
「だから今回もリタイアする挑戦者が多いのですね。導師様は、もの凄い勢いで食べていますけど……」
さすがは、自分でチョイスした食材だ。
導師は持ち前の頑丈な顎を生かして、かなりのハイペースで茹でダコを食べ続け、トップを独走していた。
「顎が頑丈な導師様が圧倒的に有利ですか。ヴィルマさんは……。食べるペースは一定ですね」
導師に続くのは、第一回のチャンピオンであるヴィルマだった。
ヴィルマは導師ほど早食いではないが、淡々と同じペースで茹でダコを食べ続けている。
「マヨネーズをつけると美味しい」
「……ヴィルマさんは、いつもどおりマイペースですわね。ですが、さすがに今回は導師様の勝ちでは?」
「俺もそんな気がする」
カタリーナとエルは、さすがに今回は導師の勝ちだろうと思っているようだ。
「いや、今回もヴィルマの勝ちだろうな」
導師は勝利を確信しているようだが、俺は今回もヴィルマが勝つと確信していた。
「どうしてヴェルはそう思うんだ?」
「ヴィルマが自分のペースを保っているから」
一見ヴィルマの食べるペースはゆっくりだが、導師が速すぎるだけで、実は他の挑戦者よりも速い。
「むしろ、導師の食べるペースが速すぎるんだ」
「速く食べた方が、お腹がいっぱいになる前に、沢山食べられるんじゃないのか?」
「それはそうなんだが、導師の問題は顎の限界だよ」
導師は顎が強いので、硬い茹でダコを早く大量に咀嚼できる。
だが、顎の力が強いのはヴィルマだって同じだ。
「英雄症候群であるヴィルマの顎の力も強い。さらに、ヴィルマの食べ方を見てみろ」
「ちょくちょく茹でダコにつける調味料を変えているな」
「トウバンジャン、辛くていい感じ」
ヴィルマは、籠に入ったすべての調味料を駆使して、茹でダコを食べていた。
「調味料の分、早くお腹がいっぱになってしまうのでは?」
「導師はそれも考慮して、茹でダコをそのまま食べているけど……」
「ヴェンデリンさん、なにか問題でも?」
「大食いを阻害する、脳に関わる要素その2『同じものばかり食べていると飽きる』だ」
ヴィルマはその問題を解決するため、少し食べるスピードを落としても調味料で定期的に味変をしている。
導師はそれすら惜しみ、自分の顎に限界がくるまで素早くできるだけ大量に食べようとしている。
「俺は、先に飽きで導師が食べられなくなると思う」
「……」
俺の予想は当たったようで、突然導師の食べる手が止まった。
「じゃあ、今から味変をすればいいんじゃあ……」
「同時に、いくら導師でも顎が限界に達したはずだ」
導師は、茹でダコに大好きなマヨナーズをつけて少しでも食べようとするが、なかなか食べられない。
そのうち、ずっとマイペースで食べ続けていたヴィルマに追い抜かれてしまった。
「こうなったらもう、導師のに勝ちの目はないさ」
結局導師もリタイアしてしまい、第二回もヴィルマが優勝となった。
「ナマコ酢、茹でダコで圧勝。さすがはヴィルマ」
「美味しかった」
「……ぬぉーーー! 次こそはぁーーー! こうなればである!」
負けた導師は子供のように悔しがっており、 なんとそのまま旅に出てしまった。
「傷心旅行か?」
「まさか」
導師が、そんな殊勝な性格をしているとも思えない。
「ヴィルマに勝てそうな食材と料理探しだろうな」
「なんか、ゲテモノとか、すげえ不味い料理を持って帰ってきそう」
それもあり得そうだから、もし導師がヤバい食材と料理で大食い勝負を提案してきたら、主催者権限で却下だな。
「ヴェル様、帰りにデザートが食べたい」
「うん、行こうか」
そして、これだけ食べてもデザートを欲するヴィルマ。
導師、多分あなたはヴィルマに一生勝てないと思います。
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