閑話56 突然の休日

「ローデリヒは、今日はお休みだ! 休め! これは領主命令だ!」」


「しかし、お館様……」


「ローデリヒがあまりに休まないものだから、他の家臣たちも休みづらいんだよ。ローデリヒはバウマイスター辺境伯家の家宰なんだから、その辺にも気を使わないと」


「わかりました……」




 突然お館様から仕事を休むように言われ、領主館から出されてしまった。

 拙者はバウマイスター辺境伯領発展のため、これまでほとんど休みを取らずに粉骨砕身してきた。

 浪人の身から、バウマイスター家の家宰に引き立ててもらった恩もあるが、自分の仕事で急速に領地が発展していくのがとても楽しかったのだ。

 休みなどなくても……いや、今の拙者にとっては仕事こそが楽しみ、趣味の一環でもあった。

 ただ、それは拙者のみの考え方だ。

 他の家臣たちに強要してはいけないものであり、当然彼らには決められた休みをしっかりとお休みを与えていたのだが、上司である拙者が休まないと休みにくいという気持ちは理解できる。

 拙者が市井で働いていた時、やはり同じように仕事が大好き上司がいて、彼の部下である拙者も休みにくく……その時は生きるために仕事をしていたから、別に今ほど仕事が好きではなく、効率よく仕事を終わらせるのを優先させていたので、かなり辛かったのを覚えている。


「今回は、お館様の強制処置というわけか……」


 拙者は領主館を出され、仕事を持ち帰ることも禁止されてしまった。


「ただ、あまりに突然のことなので、家族サービスができないのが……」


 拙者の家族にもそれぞれ都合があるので、今日は屋敷にいないと聞いている。

 お館様は拙者と家族の関係を気にしておられるようだが、少ないながらもお休みの時にはお館様を真似て家族サービスなるものをしているし、最近はほぼ定時で帰宅しているので、心配なさる必要はないと思うのだが……。


「たまには一人のお休みも悪くないと考えよう」


 今日は一人の休日を堪能して、明日からの仕事に備えてリフレッシュすることにしよう。





「はあっ! やあーーー!」


 まずは自分の屋敷に戻って、庭で槍の稽古を始めた。

 普段から少しでも時間があれは稽古を続けているが、久々に纏まった時間を取れるのは嬉しい。

 このところ、ますますイーナ様との差が開いてきたので、少しでも追いつかなければ。 

 二時間も鍛錬に時間を取れて、今日は得をした気分だ。


「ふう……」


「旦那様、お風呂の用意をいたしましょうか?」


「いや、今日は外のお風呂に入るとしよう」


 屋敷の使用人頭がお風呂を用意しようか聞いてきたが、せっかくのお休みなので外のお風呂……近くの銭湯に行くとしよう。

 お館様の指示でバウルブルクには銭湯が多く、自宅にお風呂があっても定期的に入りに行く同僚たちも多かった。


「夕食までには戻る」


「畏まりました」


 槍を片付けてから屋敷を出て数分歩くと、目的の銭湯に辿りついた。

 バンダイ……受付けだと思うのだが、ミズホ流に拘るお館様は銭湯の受付けはバンダイだと、布告を出してまで決めていた……で利用料を支払い、脱衣場で服を脱いでから浴場へと歩いていく。

 まだ時間が早いので他に客はおらず、拙者が貸し切っているようで得をした気分だ。

 この銭湯は、バウマイスター辺境伯家の家臣たちが住む地区の中にあるので、少し利用料が高いが、複数の大きなお風呂がウリだった。

 天然温泉ではないが、温泉の成分を湯に溶かし込んであり、お湯が黒かったり、白かったりと、温泉気分を味わうわことができた。


「ふうーーー」


 先に洗い場で体を洗ってから……その辺のマナーの普及にも、お館様が拘っていた……浴槽に入ると、このところの疲れが溶け出し、体から抜けていくようだ。


「ほほう、今日は薬草湯の日だったのか。拙者はツイているな」


 今日は週一の薬草湯の日だった。

 続けて薬草の成分を溶かしたお風呂に入ると、槍の稽古で酷使した体がいやされていくのがわかる。


「ふう、実に整う」


 利用料が高いので、この銭湯にはサウナもあった。

 サウナにも入り、冷水を浴びると体がスッキリする。


「おっと、水分補給を忘れずに」


 この銭湯には、お館様の命令でサウナも設置されており、これを目当てに通う者も多かった。

 拙者もサウナを気に入っており、ここに来た時には必ず利用していた。


「お館様の言う、『整った』という言葉の正しさよ。今日は、フルーツ牛乳にするかな」


 お風呂あがりに、冷たいフルーツ牛乳を買って飲むのを忘れない。

 お風呂とサウナで体から出た水分を補いつつ、槍の稽古で酷使された筋肉に速やかに栄養を与える。

 お館様がそうおっしゃっていたが、確かに槍の稽古のあとのフルーツ牛乳は拙者の体の筋肉を増やしてくれている気がした。


「さて、昼飯はどうしようかな?」


 銭湯を出た拙者は、飲食店が立ち並ぶ地区へと歩いていく。

 昼食を食べるお店を見繕っているのだが、今日はお休みなのでお酒が飲める。

 お酒と食事、両方を楽しめるお店を探してると……。


「ここでいいかな」


「いらっしゃいませ!」


 あまり目立たないお店だが、店に入ると中は綺麗でよく掃除されている。

 威勢のいい挨拶もあって、このお店なら美味しいものが出てきそうな気がしてきた。


「お勧めのランチ定食はこちらです」


 店員の中年女性がメニュー表をくれたので見てみると、ここは魚を使った定食が売りなのか。


「そうだな。では、このお勧めの一夜干し定食を」


「お勧め定食入ります!」


「あと、冷えたエールを」


「エール追加で!」


 初めてなので、一番のお勧め、人気と書かれていた定食を選んだ。

 今日は稽古とお風呂とサウナで汗を流したので、ここは冷たいエール一択だろう。

 お館様が魔族の国から輸入し、バウマイスター辺境伯領内の職人たちに作らせた影響で、領内には冷蔵庫や製氷機が普及し、今では大半の飲食店が導入していた。

 おかげで食中毒が大幅に減り、新鮮な肉や魚介類を食べられるようになったのはいいことだ。

 お酒もよく冷やして出してくれるようになったのは、もっと素晴らしい。

 バウルブルクは内陸部にあるが、漁港から適切に処理された新鮮な魚介類が魔法の袋で運ばれ、冷蔵庫で保管、熟成されるので、新鮮で美味しいと評判になっている。

 そして王都やブライヒブルクでも、バウルブルクの影響て冷蔵庫の普及が急速に進んでいた。


「お刺身で食べられる魚を一夜干しにしました。小さめだけど、色々な種類のお魚の一夜干しが一度に楽しめますよ」


「ほほう、これは凄い」


 普通の定食よりも値が張るがコスパがよく、拙者はバウマイスター家の家宰なので問題ない。

 大皿の上に、数種類の焼いた魚の一夜干しが乗っていた。

 炭火で焼いてあるようで、立ち上る香りが食欲を誘う。

 他は、ご飯、味噌汁、野菜と根菜の煮物、漬物がついており、どうやらこのお店はフジバヤシ商店が関わっていそうだ。

 よくお館様とアキラは、新しい飲食店についてああだこうだと話をしているから、このお店もその成果なのだろう。

 だが、それは悪くない。

 拙者もすでに三十歳を超え、健康のために食事に気を使わねばならぬ年齢なのだから。


「これは、サンマを開いたものだな」


 本当は他の名前だったはずだが、お館様が『サンマ』だって言うので、すでにバウマイスター辺境伯領内ではサンマという名前だったはずだ。

 バウマイスター辺境伯領内の海では獲れず、王国北部やミズホからの輸入品だが、確か大きなエビはバウマイスター辺境伯領内の海で沢山獲れるから、それと交換しているとか。

 大きなエビは高く売れるので、代わりに大量のサンマや他の魚が安く手に入るいう仕組みだ。


「脂の乗りがちょうどよくて、身も新鮮で美味い。エールもご飯も進むな」


 サンマの一夜干しを食べてからエールを飲み、再びサンマの一夜干しを食べてからご飯を食べる。

 なんと幸せな時間なのだろう。


「これは、バウマイスター辺境伯領内の海岸付近で釣れるハタの仲間だったかな」


 次の一夜干しは脂が少なめだが、身自体の旨味が強い。

 一夜干しで身の水分を飛ばしているから、強く旨味を濃く感じた。

 それでいて生臭さも感じないので、本当に新鮮な魚のようだ。


「定番のアジの開きと、サバのミリン干しもある」


 拙者もお館様の影響で、普段の食事にミズホ料理を取り入れているが、アジの開きとサバのミリン干しはいつ食べても美味い。


「タイもあるな」


 こちらは、上品な白身で美味い。

 気がついたら、店内はほぼ満員となっていた。

 大半の客が一夜干し定食を頼んで、拙者のようにエールや他のお酒を頼んで楽しんでいる。

 今日休みの人たちが、大勢このお店に押しかけているようだ。

 平日の昼間から、お酒と美味しい魚料理を楽しむ。

 たまの休みの最高の贅沢というやつだ。


「ご飯はおかわり無料か。でも今日はやめておこう」


 エールを頼んでしまったので、想定よりも早くお腹が膨れてきたからだ。

 お館様の執念により、今のバウマイスター辺境伯領内で一番食べられている主食はお米だ。

 魔法で広大な面積の未開の土地が開墾され、河川の改修と用水路網の整備が進み、土壌の改良までされたおかげで、今ではバウマイスター辺境伯領の大半で二期作が普及しており、お米を安く買えるようになっていた。

 飢饉に備えた備蓄も進んでおり、領民たちは飢える心配がなくなって、お館様への支持は絶大だ。

 実は拙者は、お米を始めとする穀物の生産量アップを一度止めようとしたことがある。

 あまり大量に作ると、豊作貧乏になって価格が安くなってしまうからだ。

 だが、それに反対したのはお館様だった。


『豊作貧乏になるから、これ以上お米と小麦を作るなって? 食料がなくて領民が飢え死にするよりはマシだ。余った食料にどう対処して豊作貧乏をなくすか。そこが為政者の腕の見せどころじゃないのか? 穀物が足りなくなったからって、急に生産量は増やせないぞ。とにかくバンバン作らせろ。大量に余ったら、下限価格を決めて全部バウマイスター辺境伯家で買い取って、農家の所得を補填、離農を防ぐように』


『わかりました……』


 拙者はお館様の方針に納得できていなかったが、言われたとおりお米と小麦の生産量を増やし続けて正解だったと、あとで気がつかされることとなった。


『王国北部で、小麦の不作だと? 米の緊急輸入!』


『はい、それと帝国から、お米を輸入したいと。帝国ではほとんど米が採れませんから』


『領内の牧畜を増やしたいので、飼料用の穀物をもっと沢山売ってほしいのですが……』


『領民の数が増えたので、飢饉に備えて備蓄量を増やす必要があります』


『……』


『なっ? 短期のデータだけを参考に穀物の生産量を抑えるのは危険なんだよ。農作物の生産量はそう簡単に増やせない。それなら、余った収穫物の使い道を考える方が楽だ。バウマイスター辺境伯家で買い取ったお米を備蓄に回して、年数が経って古くなったら、それは家畜用の飼料として安く放出してしまう。こうすれば、買い取り金額も減らせるはずだ』』


 この件では、拙者は大いに反省することとなった。

 確かに、豊作貧乏を恐れて食料生産量をギリギリした結果、足りなくなったら大変なことになるからだ。

 なにより、余ったお米を帝国に輸出する交渉してくれたり、家畜の飼料として大量に消費できる体制を構築したり、飢饉に備えて備蓄用の倉庫を領内に作るよう命令を出したのはお館様なのだから。

 そんなことがあり、バウマイスター辺境伯領内では、小麦よりもお米の消費量が多くなっていた。

 バウルブルクでは定食屋でご飯のおかわりができるところも多く、これもお米が安かったからだ。


「小魚の一夜干しは、骨ごと食べられていいな」


 この定食は、色々な一夜干しが食べられて本当にお得だった。

 副菜も美味しく、最後に残ったエールを飲み干すとお腹がいっぱいになった。


「ごちそうさま」


「ありがとうございました!」


 お店を出ると、かなり人が並んでいるのが確認できた。

 さすがは、フジバヤシ商店が関わっている(ほぼ確定)お店だ。

 アキラの経営手腕と、お館様の謎に高いアドバイス力が垣間見えた瞬間だった。


「少し散歩するかな」


 お腹がこなれるよう、一人バウルブルクの街並みを歩いていく。

 お店も、街ゆく人たちも、随分と増えた。

 人口が順調に増え続けたからだろう。


「昔は無人の土地だったのに、わずか数年でよくぞここまで」


 さすがはお館様。

 他の貴族では絶対に、特に拙者の死んだ父には絶対にできないことだ。


「これと、これを」


「ありがとうございます」


 まだ時間があったので、拙者は家族へのお土産を購入しつつ、興味のあるお店をなんとなく見て回っていたら、小腹が空いてきた。


「ここは、甘いものかな」


 拙者も昔は、ほとんど甘い物を食べなかったが、お館様の影響で今では好きになっていた。

 ちょうど間食の時間ということで、広場の屋台でクレープを買って食べる。


「美味い」


 昔の屋台は当たりハズレの差が大きかったが、今ではその差も縮まりつつあった。

 魔導具の調理器具や冷蔵庫が普及し、バウマイスター辺境伯領においては、いい加減な屋台は売れなくなってすぐに潰れてしまうのと、屋台を開く時に許可が必要だからだろう。

 許可を取る時に、衛生講習を義務化しているというものあるのか。


「こうして気軽に、甘い物を食べられるのはいいことだ」


 あとは、なにをするか……。

 せっかくのお休みだ。

 あれこれ考えるのはやめて、拙者はベンチに座った。

 そして以前購入したものの、一ページも読んでいなかった本を読み始める。


「このところ、本を読む暇すらなかったからなぁ……」


 残念ながらあまり面白くない本だったが、夕方までベンチに座ってノンビリと本を読むという贅沢な時間を過ごすことができた。

 それから屋敷に戻り、妻たちと子供たちと一緒に夕食の食卓を囲み、お土産のお菓子を一緒に食べる。

 なんてこともない一日であったが、こういう休日も悪くはないと、拙者は知ることができた。

 これからは他の者たちが休みやすくなるよう、定期的に休みを取ることにしよう。

 もし一人の休日になっても、十分に楽しむコツを拙者は掴んだのだから。





「おはようございます。昨日は有意義な休日を過ごすことが……」


「だぁーーー! そもそも人間なんて、週に二日も働けば十分だと思わないか? 人間は働き過ぎなんだよ!」   


「お館様、それでは領内の開発進行に重大な支障が出てしまいます」


「なんでも俺がやると、将来の子孫たちのためによくない! バウマイスター辺境伯家は滅びの時を迎えるぞぉーーー」


「……これは?」


「ローデリヒ様、お館様が、もう働きたくないと大騒ぎをしておりまして……」


「……」



 お館様は素晴らしい方なのだが、定期的にサボり癖が強く出てしまう。

 そんなお館様を上手く働かせるのも、拙者の大切な仕事。

 今日も、仕事を頑張るとしよう。

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