閑話58 独自通貨

「ふーーーん、そうなんだ」


「お館様、反応が鈍いですぞ! 独自の金貨を発行できる貴族は、ごく少数なのに!」


「いや、でも。普段、独自のデザインの金貨や銀貨ってのを見たことがないからさぁ……。本当にそんなのあるの?」


「あまり多く作られないものですし、大半は付き合いのある貴族に寄贈したり、コレクターたちが買い占めて保持してしまうので、市井で見かけることは稀かと」


「貨幣ってよりは、コレクションアイテム化してるな」


「とにかく、バウマイスター辺境伯家独自の貨幣を発行いたしますので」


「別にいいけど、ローデリヒのテンションが高いなぁ……」




 リンガイア大陸における貨幣だが、基本は金貨、銀貨、銅貨であり……白金貨もあるけど、高額決済や保管用で市場で流通することはほとんどない……のは、もうわざわざ説明する必要もないか。

 過去には、鉄貨や焼き物の貨幣もあったそうだか、不人気なうえに偽物が出まくって廃止されたそうだ。

 今も、骨董品店などで安く売られているのを見たことがある。

 当然今は使えず、コレクターが買い集めているくらいだ。

 そして、金貨、銀貨、銅貨だが、ヘルムート王国とアーカート神聖帝国でデザインが違うが、交易をスムーズに行うため、重さと金属の含有量が決められていた。 

 ミズホ公爵領は通貨の単位名称が独特だが、金属の含有量や重さは同じなので、やはり交易で問題が起こることも少なかった。


「つまり、重さと金、銀、銅の含有量さえ同じなら、どのようなデザインの貨幣でも価値は同じなのです。実際ヘルムート王国の貨幣も、時代によってデザインが代わっています」


「そう言われると確かに……」


 買い物の時、デザインの違う金貨が何種類もあるなって思ったけど、普通に使えるし、あまり興味がなかったのでスルーしてた。


「とはいえ、作る数などを考えると、どうしてもデザインは単調になりがちです」


「偽装対策になるくらいのデザインってことか」


「はい」


 貨幣の偽造は、王国でも帝国でもミズホでも問答無用で死刑なんだか、定期的に貨幣の偽造を試みる者が出るので、偽造対策としてのデザインはあるってことか。

 とはいえ、現代日本ほどの技術があるわけではないから、定期的に偽造貨幣……大半が金貨だけど……が出たって話は聞く。

 だから、貨幣の偽造は死刑なんだろうけど。


「そういえば、歴代の王様の顔とかは刻まれていないよな」


「人物の顔は、鋳造コストが上がりますからね。なにより、王の顔を貨幣に刻み、それを手で触るのは不敬、という考えあるそうでして、王家の紋章とあとはいくつかの簡単な意匠を配置するくらいです」


 人物が駄目となると、植物、動物、魔物、特にドラゴンとかも駄目そうだな。

 デザインが複雑になると、製造コストも上がるだろうし。


「ただ、それだけでは面白くないですし、定期的に、金貨を作りをする職人たちの技量を上げて偽造品対策をする必要があります。そこで……」


「特別なデザインの貨幣を少数生産して、贈答品用や、コレクターに売り出しているわけか……」


「はい。そうやって作られた特別な貨幣は重さと金属の含有量は同じなので、使おうと思えば使えますけど、滅多に見ないデザインだと、お店によっては偽物と勘違いされるかもしれません。使わずにコレクションするのですな。数が少なく、デザインや来歴が人気で、状態がいいものは高額で取引されるとか」


「(アンティークコインってやつか)」


 前世で、会社の上司に集めていた人がいたな。

 結構お金のかかる趣味なようで、奥さんに怒られてるって言っていたのを思い出す。


「バウマイスター辺境伯家が独自に貨幣を鋳造する一番の目的は、後日の値上がりを期待したり、コレクターを満足させることが目的ではありませんが……」


「流通貨幣と同じ重さと金属の含有量で、複雑なデザインの貨幣を作れる技術力があり、組織的に贋金を作らないであろうと王国から信用されていなければ、独自に貨幣は作れないか」


「はい! そこが重要なのです!」


 独自に貨幣を作っていいと、王国から認められた。

 それこそが、王国から信用されている一流貴族の証ってことか。


「許可が出たのなら、作ってみればいいんじゃないかな?」


「完成した独自貨幣は、寄子や仲のいい貴族に贈答品として配ったり、コレクターには高く売って経費を回収します」


 オリジナルデザインの貨幣には、使った金属の価値だけでなく、プレミア価格もつくってことか。


「中には大人気で、とんでもない値段のつく貨幣もあるとか」


「(それも、アンティークコインによく似ているなぁ……)ローデリヒに任せるよ」


「試作品が完成したらお持ちしますので、お館様の許可をいただきたく」


「わかった」


 俺が自分で貨幣を作るわけではないので、ローデリヒたちが手配した職人たちが鍛造した試作品を見て、俺が許可を出すだけだ。

 特に興味があるわけでもなく、ローデリヒが手配した職人たちなら無難に仕上げてくるはず。

 そう思ってから数ヶ月後。

 ローデリヒが、試作した貨幣を持ってきた。

 数種類あるのは、この中から選べってことか。


「表面はバウマイスター辺境伯家の紋章。裏面は、お館様の横顔を配置しています」


「ふーーーん」


 ついに、自分の顔の金貨まで作られてしまったか。

 思えば遠くにきたものだ。


「(まあ、こんなものかな)」


 思ったほど感動しないのは、大貴族であることに慣れてしまったのか?

 貨幣のデザインとしては無難……さすがはローデリヒが手配した職人なので俺の顔も多少イケメンに……そこは、雇い主に気を使ったのかな?

 俺が普段着ているローブの上半身の部分、細かな装飾まで忠実に再現されていた。

 悪くないデザインだし、数種類あるといっても、顔の大きさ、周囲に配置されたツタの葉っぱの枚数、縁取りのデザインくらいしか差がない。

 正直なところ、どれを選んでもあまり差はないだろう。


「(どれにしようかなぁ……)」


 ところが選んでいるうちに、俺の中で疑問が出てきた。


「(少数生産で、贈答用とコレクター用だろう? こんな無難なデザインでいいのか?)」


 それだと、他の貴族の独自鍛造貨幣となんら変わらないじゃないか。


「(せっかくオリジナルデザインができるのに、なんかつまらなくないか?)」


 実際に買い物で使うわけじゃないんだから、ここはもっと冒険した貨幣を作った方がいい気がしてきた。



「……」


「お館様?」


「却下だ!」


「ええっーーー! よくできているじゃないですか!」


「よくできているけど、ただそれだけだ!」


 残念ながら、それだけでは俺は満足できない。


「せっかく独自貨幣を作るんだ。『こんな貨幣のデザインは、バウマイスター辺境伯家だけだ!』って思わせないと」


「あの……それは危険……」


 ローデリヒの言いたいことはわかる。

 変に目立つデザインの独自貨幣を作ると、他の貴族たちか批判されるかもしれないと思っているのだろう。

 だが俺に言わせれば、誰からも文句を言われない、無難なデザインの独自貨幣なんて作る意味がない。

 しかも、かなりの予算をかけてだ。

 独自の貨幣は名誉のために作るので、コレクターに高く売ったところで、基本的に赤字なのだから。


「よって、我がバウマイスター辺境伯家が抱える芸術家たちに、もっとオリジナル性溢れる貨幣のデザインを任せるから」


「ええっーーー! あいつらに任せるんですか?」


 ローデリヒは、あの変人集団が制作した芸術品のせいで、度々教会や貴族の中にいる不謹慎厨や、『こんなものは芸術ではない!』と騒ぐ連中の相手をしているから、あまりイメージがよくないのだろう。

 だがそれ以上に、彼らがデザインしたり、作ったもののおかげでバウマイスター辺境伯領が潤っているから、排除する気もないのだけど。


「きっと、これまでにないデザインの貨幣を作ってくれるぞ」

 

「確かに、これまでにないものは作ってくれますね。それが世間に受け入れられるかどうかは不明ですけど……」


「まあまあ、そこは俺がコントロールするから」


 始めは独自貨幣のデザインなんてどうでもいいと思っていたけど、なんかスイッチが入った!

 せっかく現代的な芸術を理解し、それを作品に生かしてくれる……そのせいで、古臭い考えの神官や貴族を敵に回すことになってしまったけど……芸術家たちを囲っているんだ。

 俺プロデュースの、素晴らしい金貨、銀貨、銅貨を作ってやろうじゃないか。






「ボツです」


「ええっーーー! これ、金貨のデザインにしては凝ってるんだけどなぁ……」


「もっとデザインのディテールを上げてくれ」


「お館様、それをするとコストが上がってしまうから」


「一万セントの金貨なのに、かなり高く売らないといけなくなっちゃうよ」



 早速、我がバウマイスター辺境伯家が抱える、才能はあるが社会人としては残念な芸術家たちに、独自貨幣のデザインを頼んだ。

 早速でき上がった試作品を見てみるが、俺は即座に不合格とした。

 まさか彼らが、製造コストなんて俗なことを気にして、クォリティーを落としてしまうなんて……。


「いいか、この独自貨幣はほぼ世間に流通しないし、限られた数しか作らない。なにより、すべて贈答品かコレクター用だ。これがなにを意味するかわかるか?」


「いえ」


「芸術品と同じ扱いになるんだ。君たちは、芸術品を作るのに手を抜くのか?」


「それは絶対にあり得ませんが、コレクターに販売する時に赤字になってしまいます」


「金貨には額面がありますからねぇ。いくら独自貨幣でも、あまり価格を上げるのは感心しない」


 その問題か……。

 ちょっと調べてみたのだが、貴族が独自通貨を鋳造する際、なぜかコレクターに売り出す時に額面と同じ値段で販売している人が多かった。

 これは初めて独自貨幣を出す貴族が、自分の家で作った独自貨幣が売れ残ると恥ずかしいから、日見よったとしか思えない。

 他の理由としては、独自通貨の発行を名誉だと捉え、たとえ赤字になっても出すことが重要だと思ったのだろう。


「俺は、製造コストと利益を価格に乗せる予定だから、気にせず最高のディテールで貨幣を作って問題ない!」


 一万セントの金貨は、表示金額の数倍で売る。

 当然銀貨と銅貨も高く売って利益を取る予定だ。


「いいんですか?」


「だって考えてもみなよ。大昔に発行された独自金貨。これが今、とんでもない値段で取引きされているのだから」


 独自金貨は元々発行枚数が少ないから、なかなか世に出てこない。

 さらに、寄贈された貴族が生活に困って売ってしまったり、なんなら使ってしまったり。

 王国も帝国も、状態の悪い貨幣は定期的に回収して鋳溶かし、新しい貨幣の材料にしてしまうから、独自貨幣が減ることがあっても増えることはなかった。

 扱いが雑な人も多いから、状態のいい独自貨幣は時代を経るごとに減っていき、現存するものは高額で取り引されていた。


「ぶっちゃけ、マイナー貴族が発行した独自貨幣はあまり高くならないけど、俺はバウマイスター辺境伯だから」


 これまでの功績(苦労)を考えたら、バウマイスター辺境伯家の独自貨幣の価値は確実に上がると思う。

 コレクターたちが競争して、『竜殺しの英雄』の独自貨幣を買い集めるはずだ。

 価格の問題があり、独自通貨のコレクションは金持ちしか参加できない。

 流動性も極めて低く、この世界ではなかなか表に出てこない趣味ではあるが、同時にとんでもないお金が動く趣味でもあった。

 一枚の銅貨が、百万セントで競り落とされる世界でもあるのだから。


「金持ちしか参加しない、本当に好きな人しか参加しない趣味なんだ。数の少ないオリジナルデザインの貨幣が額面よりも高くても、気にする奴はいない!」


 贈答品分も合わせれば、額面の倍で売っても優しい商売だと思う。


「よって、貨幣デザインで手を抜くことはあり得ない! コイン一枚に君たちのすべてを刻み込むんだ!」


「お館様……。本当にいいんですか?」


「なんなら、額面の三倍、四倍で売ってもいいんだ。これは、金貨や銀貨じゃない。芸術品なんだ」


「うぉーーー! やる気出たぁーーー!」


「ようし、いかにも貨幣っぽいデザインなんてやめだやめだ!」


「ただ、一万セントの刻印と、バウマイスター辺境伯家の家紋は入れないといけない。そこは制限があるな」


「その制限を乗り超えてこその芸術ですよ!」


「やるぞーーー!」


 上手く煽ったら、芸術家たちがやる気を出してくれたのでよかった。

 あとは、彼らに任せよう。

 こうして、我が家が抱え込む芸術家たちによってバウマイスター辺境伯家の独自貨幣が色々と作られ、ついにそれがコレクターたちに販売されることに……。


「ほほう、これは素晴らしいデザインの金貨ですな。これまでの独自貨幣のデザインとは一線を画す。表面のバウマイスター辺境伯家の家紋も、だいぶ工夫して綺麗に見せていますね。裏面のバウマイスター辺境伯が、骨竜を倒す場面のディテールが素早しい。そして、オリジナルケース入りですか」


「どうせ流通させずに、コレクターがコレクションするものですから、最初からケースに入っていた方がいいでしょう」


「確かに、コレクターは自分でケースを作らせますからね。金貨、銀貨、銅貨の三枚が入ったセットで販売します。十万セントで」


「むむむっ……。独自金貨にはプレミア価格がつくとはいえ、初めて独自貨幣を作ったにしては、かなり強気ですな。人気のある独自貨幣は、額面の百倍の値がつくことも珍しくないとはいえ……」


「バウマイスター辺境伯家が初めて作った独自貨幣ですし、これがなくても生活できないわけではない。ご購入はご自由に」


 バウマイスター辺境伯家が発売した独自貨幣のセットは、オリジナルケース付きとはいえ、なかなかの価格だ。

 数多の独自貨幣を手に入れてきた歴戦のコレクターたちも、最初は少し戸惑っていたが……。


「ああっ、このデザインの貨幣セットですが、八十八セット限定で、すでに二十セットは贈答していますから、あと六十八セットだけですね」


 八十八セット限定なのは、俺がバウマイスター騎士爵家の八男だったからだ。


「独自貨幣にしては、かなり少ないですな」


「バウマイスター辺境伯様は、竜殺しの英雄。その様子を表現した金貨、銀貨、銅貨のセットとなれば、確実に価値が高騰するはず……」


「ください!


「俺も買う!」


「俺は倍額出してもいい!」


「……これは、抽選販売にしないと駄目か……。なんだかんだ言っても、欲しがらないコレクターはいませんか」


 独自貨幣の売買をしている商人は、早速抽選用のクジを作り始めた。

 彼らコレクターたちの中で一目置かれているようで、大半が貴族であるコレクターたちも、大人しく抽選を受けるようだ。

 よく『自分を優先しろ!』と言い出す貴族がいないなと思ったら、この商人の家は代々独自貨幣の売買に関わっており、彼に睨まれるとコレクターとしては終わってしまうらしい。

 独自貨幣は額面がついているからお金であるため、その辺のお店には絶対に売っていない。

 これを取り扱えるのは、さらに独自貨幣の新規販売を独占しているこの商人だけなのだ。

 町の骨董品屋で売っているものは、すでに使えなくなった昔の鉄貨や陶貨か、もし独自貨幣を売っていてもほぼ偽物らしい。

 他にも、資金繰りに困ったコレクターのために、匿名で他のコレクターたちを呼んでオークションを開催、少しでも多くのお金を融通してあげたりと。

 きめ細やかなサービスを提供しており、コレクターたちに絶大な支持を得ているとか。


「これからも、数量を絞って独自貨幣を出すからよろしく」


「それは楽しみですが、バウマイスター辺境伯家ばかりがそんなに独自通貨を出して大丈夫なのですか?」


 商人としては、あまり多くの独自貨幣を発行されると、相場が下落しないかと心配なのだろう。


「いい手を思いついたから。あっそうそう。教会が独自通貨を出したいそうだよ。過去の聖人シリーズや天使の金貨、銀貨、銅貨のセットを、バウマイスター辺境伯家で製造請負することになったから。公的には、バウマイスター辺境伯家で出すことにするけど」


「よくそのお話を通せましたね」


「これまでのコネで?(ホーエンハイム枢機卿のおかげだけど、大昔から教会は独自貨幣を出したがっていたんだよな)」


 独自通貨を出せる貴族は大変少ないが、作ると名誉にはなっても必ず赤字になるので、滅多に作られない。

 名誉にはお金がかかるというのが、これまでの常識だったからだ。

 後年、自分の家の独自貨幣の相場が上がったとしても、自分たちが儲かるわけではないし。

 そこで、技術とデザイナーたちを抱え込んでいるバウマイスター辺境伯家が、教会と他の貴族の独自貨幣の製造を請け負うことになったのだ。

 実は教会なら単独で独自貨幣を作ることも可能だが、教会がお金を作るのは問題だと騒ぐ人たちが多く、だからバウマイスター辺境伯家が代わりに『過去の聖人シリーズ』、『天使シリーズ』、『歴代総司教シリーズ』の独自貨幣を作ることになったという事情があった。


「これまで独自貨幣を作れなかった貴族が、うちに少額の手数料を支払うと、バウマイスター辺境伯家お抱えの芸術家たちが、素晴らしい独自貨幣を作ってくれるサービスです」


 これにより、独自貨幣を作れる資格があっても、職人を集められなかったり、予算のない貴族が安価に独自貨幣を出すことができる。


「教会だけでなく、ルックナー候爵家、エドガー候爵家、アームストロング候爵家、他にもヴァルド殿下から『ガトル大陸領有記念メダル』の製造も頼まれたから」


「ほほう、メダルですか」


 商人の目の色が変わった。

 独自貨幣を作り過ぎると問題になるかもしれないので、金、銀、銅の記念メダルも作ることにしたのだ。

 これなら額面をつける必要がなく、大きさも自由にできる。

 なにより、独自貨幣よりもデザインの自由性が増すのだ。


「すべて少数生産で、いくら人気が出ても絶対にあとから生産はしない」


「プレミアがつくので、コレクターたちが喜んで買いますよ」


「頑張って売ってくれよ」


「お任せください」


 これで、芸術家たちに新しい仕事を確保することができた。

 彼らは、他の貴族から引き受けた独自貨幣とオリジナルのメダル作りに集中するようになり、早速教会から依頼を受けた独自貨幣が完成したのだが……。


「ほほう、これは素晴らしい。過去の聖人たちの姿の神々しいことよ」


 教会の独自貨幣の依頼をしたホーエンハイム枢機卿が、完成した『過去の聖人シリーズ』の出来を見て顔を綻ばせている。


「(おっさんと爺さんばかりで、あまり面白くなかったけど……)」


「なにか言ったか?」


「いえね! うちの芸術家たちも、過去に素晴らしい功績を残した聖人たちの貨幣をデザインできて光栄だと」


「それはよかった」


 最高に素晴らしい独自貨幣を作った職人たちに会いたいと、ホーエンハイム枢機卿が言うのでセッティングしたのだが、しっかりと手綱を握っておかないと確実に舌禍を引き起こすので、本当に大変だ。


「(スポンサーの機嫌を損ねるなっての!)」


「でも、天使のデザインは楽しかったなぁ」


「これは、本当に自信がある」


 そう言って芸術家たちが見せてくれた、『天使シリーズ』の金貨、銀貨、銅貨は、そこから目が離せなくなるほど美しかった。

 デザインはかなり扇情的なのに、不思議と上品さを感じてしまう。

 ホーエンハイム枢機卿も、天使たちが全面に打刻された金貨からずっと目線を離さずにいた。

 マナーのへったくれもないが、芸術家としては超一流な彼らであった。


「なんと素晴らしい! お主たちの信仰心が表れているかのようだ」


 あの……ホーエンハイム枢機卿。

 こいつらは、俺なんて比べ物にならないくらい、信仰心の欠片すら持ち合わせていませんから。


「この金貨は、大傑作として歴史に名を刻むでしょうね」


 やはりこの場にいた商人も、教会の独自貨幣の出来に感動していた。


「金貨、銀貨、銅貨で、限定二百セットです。やはり二十セットは贈答用なので除外しています」


「バウマイスター辺境伯様の骨竜退場よりも人気が出そうです」


「まあ、美女ってのが大きいのかな」


 商人の予言は当たり、後世、天使シリーズの貨幣はとんでもないプレミア価格がつくようになり、百年後のオークションで五千万セントの価格がついたとか。

 俺が骨竜を退治した場面を刻んだ貨幣もその半額くらいの価格になったので、かなり頑張ったと思うけど、その頃には俺は死んでいたし、バウマイスター辺境伯に売却益があったわけでもない。

 それでも、バウマイスター辺境伯領に独自貨幣とメダルの製造という仕事を定着させることができたので、貴族としてはよかったと思う。


 領民をちゃんと食べさせてナンボの貴族だから。






「お館様、頑張って作りましたよ。バウマイスター辺境伯とその奥様たちのメダルセットを」


「ちなみに、材質は金で統一しています」


「……マジで作りやがった……」


 独自通貨とメダル製造で大成功を収めた芸術家たちは、次々と独自貨幣とオリジナルメダルを試作するようになり、正式に販売されるものも少なくなかった。

 少数生産のため、品によっては最初からとんでもない価格になることも。

 そしてその中には、俺と奥さんたちの金メダルセット(毎年更新)というふざけた企画があった。

 しかも毎年製造って、それは俺の奥さんの数が増えるって前提じゃないか!

 当然俺は抗議したんだが、売れるからとローデリヒが販売を許可してしまい、しかもあっという間に売れてしまったという。

 それはいいとして、独自貨幣とオリジナルメダルが売れるようになると、当然芸術家たちは表現の自由の限界ギリギリに挑むようになり、俺と攻防を繰り広げるように……。


「古の書に記載された天使様は裸でしたので、裸の天使様を打刻しました」


「それはやめてくれ。教会に目をつけられる」


「こっそり売ればバレませんて」


「ホーエンハイム枢機卿が怒るから!」


 ちゃんと手綱を持っていないと、発禁物のデザインメダルを試作する連中なので注意が必要となり、なぜかローデリヒでなく俺がそれをストップする役割を担当することに。

 俺だってもっと自由な立場なら、裸の天使様のメダルを……。


「とにかく、裸はやめい!」


「じゃあ、鋳潰しますか?」


「……バウマイスター辺境伯家で、厳重に保管する」


 さすがに、裸の天使が打刻されたメダルを世間には出せないが、悔しいことにとてもよくできてきる。

 これを鋳潰すのは非常に惜しく、量産と販売はできないが、バウマイスター辺境伯で厳重に保管することになった。

 厳重に保管するのは、裸の天使なんてエリーゼに見つかると怒られそうだからだ。


「(とはいえ、後世では素晴らしい芸術品として評価されるかもしれないしな)」


 それまでは、記録と共にバウマイスター辺境伯家の金庫に保管だ。


「次はちゃんと採用されるようにデザインを工夫するかな。バウマイスター辺境伯様と、エリーゼ様、イーナ様、ルイーゼ様、カタリーナ様他奥様たち全員を刻んだ金メダルのセットを八十八セット限定で作りました。すべて予約が入っています」


「……こんなメダルのセットが売れるんだ……」


 後世、アンティークコインで一番人気が出たメダルセットとなった。

 その頃には俺たちは全員死んでいたので、それを見届けることはなかったのだけど……。




※※※※




「ほほほっ、ついに初代バウマイスター辺境伯と妻たちのメダルセットを全年分集めたぞい」


「さすがは、世界一のアンティークコインコレクターであるバーバント伯爵」


「しかしながら、これだけ集めるのに苦労したメダルセットはなかったぞい」


「竜殺しの英雄、初代バウマイスター辺境伯が亡くなるまで毎年製作された、彼とその妻たちの横顔が刻印された金貨のセットですが、年を追うごとに妻の数が増えていって枚数が増え、価格が高騰。さらに、毎年八十八セットのみの製造で、そのうち二十セットは贈答品ですからね。オークションに出ることも稀ですから」


「いくらお金を使ったか、計算するもの怖いぞい」


「こんな贅沢なコレクション。バーバント伯爵様くらいしか手に入れられませんからな」


 ヘルムート王国どころか、アーカート神聖帝国、魔族たちにもその名が知られているアンティークコインコレクター、バーバント伯爵がついにやり遂げた。

 優れた貨幣製造技術を持ち、今も様々な独自貨幣やメダルの製造で知られているバウマイスター辺境伯家の初代当主とその妻たちをモチーフにした金メダルセットは、年を経るごとに枚数が増えていき、これを毎年購入するのは難しかった。 

 主に購入資金の問題で。

 同じような金貨セットを作った貴族はいなくはないが、そう頻繁に奥さんの数が増えるものではなく、毎年出す人なんて一人もいなかった。

 ただ初代バウマイスター辺境伯の場合、かなりの高齢になるまで奥さんの数が増え続けており、さらに金貨の製造元がバウマイスター辺境伯家であるため、毎年必ず製造されたという事情がある。

 その代わり作られた数が非常に少なく、これを領民たちに負担をかけることなく全年分集めることができたバーバント伯爵は、真の貴族にして、アンティークコインコレクターといっていいだろう。

 アンティークコインに精通している彼は、その売買でお金を稼ぎ、初代バウマイスター辺境伯とその妻たちの金メダルセット、全年分の購入資金に充てたというわけだ。


「実に壮観ですな」


「初代バウマイスター辺境伯と妻たちの金貨セットは、年々枚数が増えていくから、飾り場所にもお金をかけたぞい」


 専用のコレクションルームに飾られた、バウマイスター辺境伯と妻たちの金メダルセット全年分は壮観だった。


「なかなか手に入らないものだから、何度もリニューアルの要望が出ていますけどね」


「バウマイスター辺境伯家が、それを受け入れるわけがないぞい」


「そこはハッキリしていますよね」


「初代の遺言だからだぞい。初代バウマイスター辺境伯と妻たちの金貨セットは現存するだけぞい」


 今となっては、お金があっても市場に出てこないので購入できず、幻のアンティークコインセットと呼ばれているくらいなのだから。


「集める途中でダブった年度のセットがあるから、これはオークションに出すぞい」


「また儲かってしまいますね」


「その利益で、他のアンティークコインを買うぞい。ゾヌターク王国のエリザベート女王即位記念大型金貨も、枚数がないから滅多に市場に出てこないけど、売ってくれる所有者が見つかったから購入できそうだぞい」


「よく所有者がわかりましたね」


「コインのためなら、努力は惜しまないぞい」


 それにしても、初代バウマイスター辺境伯とその妻たちの金メダルセットは凄い。

 最晩年なんて、初年度の三倍を超える枚数になっているし。

 そしてバーバント伯爵様本人は、正妻がちゃんと跡取りを産んでいるし、側室を持つと経費がかかるからって、奥さんが一人だけなんで対照的にもほどがあるというか……。

 だからこそ、世界中に名の知れたアンティークコインコレクターとして名が知られているのだろうけど。 

 

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