閑話33 高級カキ氷withアキツシマ島組(その3)

「上手くいったようだな」


「 一つ不思議なのは、あのお爺さんはどうやってこのお店の存在に気がついたのでしょうか?」


「多分、リネンハイムだろうな」


 彼からしたら、俺たちが試しに出している高級カキ氷が上手くいったら、このお店をそのまま他人に貸すことだってできる。

 多分知り合いに声をかけたのであろう。


「リネンハイム殿は、かなりのやり手に見えますからね」


「確かにやり手だな」


 雪の言っていることは間違っていないんだけど、同時に胡散臭いのも事実なのが困ってしまう。


「お館様、となると、今日はこれからもお客さんが来るかもしれませんね」


「その可能性は高いな。今のうちに色々と準備を……」


「本当に、新しいお店がオープンしてるじゃないか」


「裏路地にあって看板もなく」


「そして、店員はミズホ風の服装をしていて面白い」


「いいお店の可能性が高いな」


 またも入り口のドアが開き、店内に数名の身形のいい老若男女が入ってきた。

 そして、『この店はどんなものが出てくるのだろう?』とワクワクした表情を浮かべている。


「ここは、高級カキ氷のお店です。メニューはまだ完全に決まっていませんが、お値段次第で色々とお出しできますよ。スフィンランド山の永久氷を使ったカキ氷もあります」


「スフィンランド山の永久氷か。八年前に食べたきりだ。是非くれ」


「スフィンランド山の永久氷でなくても、氷を使った涼しくて、見て楽しく、甘くて美味しいデザートが楽しめますよ」


「それは楽しそうだな」


 俺は、お客さんたちと提供する高級カキ氷について相談し始める。


「この抹茶金時カキ氷というのは、ミズホ風で面白いな」


「薄く削った氷を砂糖のみで楽しむのか。まさにツウな食べ方だ。バウマイスター辺境伯領産の白砂糖は、このところ高品質で人気だからな」


「俺は、スフィンランド山の永久氷のスイにしようかな」


「削った氷に、魔の森産のマンゴーソース、ライチソース、バナナソースに、削ったチョコレートをかけるなんてものもあるのか。ミルク、コーヒー、ミルクマテ茶、ホウジマテ茶味の氷を薄く削ったものに、練乳、フルーツソースをかけ、生クリーム、をのせたものも。シラタマとタピオカなるトッピングも興味あるなぁ……」


 しばしお客さんと話をしている間にメニューが決まり、調理場で氷を削って容器に積み上げ、シロップ、果実が残るフルーツソース、生クリーム、削ったチョコレート、白玉、タピオカなどを丁寧に豪華に盛り付ける。

 中にはスイを頼む人もいて、リネンハイムが誘導してるお客さんの中には富裕層でセンスがいい人もいるようだ。


「お待たせしました」


「「「「「おおっ!」」」」」


 涼子たちと一緒に運んでテーブルの上に置いた高級カキ氷の数々を見にして、お客さんたちは感動の声を上げた。


「豪華で見た目も素晴らしい」


「スイは、一見ただ氷を削っただけに見えるが、口に入れるとすぐに氷が溶け、爽やかな甘さを感じる。やはり、スフィンランド山の永久氷は特別だな」


「なかなか手に入らないからな」


「ああ、標高が高すぎて、魔法使いでも遭難した話を聞くからな、オマケに、ただの氷だからバレないだろうと、偽物を出す店が定期的に現れるから性質が悪い。この氷の爽やかさは、本物のスフィンランド山の永久氷だ」


「スフィンランド山の永久氷を使っていなくても、カチ割り氷に比べると口溶けが素晴らしい。他にも高価な材料が使ってあるし、見た目も豪華で素晴らしい」


「これで四十セントなら安いですな」


 お客さんたちは、高級カキ氷を存分に楽しんでから店を後にした。


「これは、ちゃんとメニュー表を作った方がいいかな?」


「そうですね。早速書きましょう」


 俺は字が下手だし、こういうお店なので、毛筆で上手に字が書ける涼子たちにメニュー表の作成を任せることにした。


「これまでに出したカキ氷と、材料があるカキ氷もか。練乳、生クリーム、白玉、タピオカなどはオプションとして追加料金を払えば追加できるようにする。こんなところかな」


 俺がメニューを説明すると、涼子たちが和紙っぽいアキツシマ島の紙に毛筆で、綺麗にメニュー表を書いてくれた。

 その字の上手さは、俺とは比べ物にならない。


「メニューは壁に貼っておくとして、リネンハイムの紹介も限界があるだろうから、今日はもうお客さんは来ないかも……」


 なんて考えていると……。


「ここか。隠れ家的なお店で、これまでに見たことがない高級なデザートを出してくれるお店は」


「店内の雰囲気もいいな。ミズホ風か」


「店員の服装も、ミズホ風ですな」


 リネンハイムは俺が思っていた以上に顔が広く、同時にお金持ちって、常に新しいお店を探しているんだなという感想を抱いた。


「当店は、アキツシマ風の内装が売りの高級カキ氷専門店です」


「アキツシマ風スフィンランド山の永久氷を使ったスイと、アキツシマ風抹茶金時カキ氷もお勧めですよ」


「白玉の材料の米粉は、バウマイスター辺境伯南端アキツシマ島の原産です」


「……」


 さっきのお客さんたちもそうだけど、涼子たちは自分たちがミズホ人に間違われるのが嫌なようで、殊更アキツシマ島の人間であることを強調していた。

 でも両者の差なんてヘルムート王国の人間にわかるわけがないし、実は俺も区別がついていないところがある。

 でもそれを絶対に口にしないのが、夫婦円満の秘訣というものだ。


「色々な高級カキ氷が楽しめますよ」


 その日はオープン初日だというのに、夕方までお客さんが途切れることなく入ってきて、予想以上の売り上げを得ることに成功したのであった。





「そうですか。私がお声をかけた方々の大半が、このお店に来店したのですね」


「リネンハイムの顧客と知り合いなのか?」


「ええ、身形はよかったはずですが、貴族は一人もいなかったはずです。彼らは商売や事業に成功した裕福な平民たちでして」


「リネンハイムと同じか」


「いえいえ、私など大して稼いでいませんから。それにしても、この抹茶金時カキ氷は最高に美味しいですな。どういうわけか、私のような男性がこれを頼んでも恥ずかしくないのです」


「(だろうな。日本でも宇治抹茶金時は、オジさんが注文してもギリギリ恥ずかしくないデザートとして、絶大な支持を得ていたのだから。あと、ソフトクリームもか)」



 その日の夜。

 四人でお店に泊まることにしたが、そこにリネンハイムが顔を見せたので、感謝の気持ちを込めて夕食をご馳走した。

 アキツシマ島周辺の海の幸を用いた刺身、煮魚、焼き魚に。

 猪肉で角煮を作り、あとは野菜を使った総菜もあって、デザートにはスフィンランド山の永久氷を削った宇治抹茶金時も出している。

 彼は料理もカキ氷も美味しそうに食べていた。

 リネンハイムはもう孫がいる年齢で、体も痩せ型なのに、これが実によく食べるのだ。

 きっと健康なのだろう。


「それにしましても、私も宣伝したとはいえ、初日はそこまでお客さんも来ないと予想していましたが、初日で人気店になってしまうとは驚きです」


「今日の客はリネンハイムが連れて来たようなものだから、明日は今日よりも売上が落ちるんじゃないか?」


 こんな裏通りにある、看板すらない目立たないお店だ。

 経営を軌道に乗せるには、最低でも一ヵ月ぐらいはかかるはず。


「いえいえ、今日のお客さんたちは富裕な方々ばかりですが、普段誰と接することが多いと思いますか?」


「ええと……貴族?」


「バウマイスター辺境伯様、貴族は珍しいものが大好きですからね。しかも高級と銘打った、これまでに聞いたこともないデザートです。必ずやこのお店に押し寄せるでしょう」


「いくらなんでも、昨日の今日でそんなにお客さんが増えるかね?」


 俺はリネンハイムの考えに疑問を抱きつつも、その日の夜はお店の二階にある寝室で仲良く就寝した。

 ベッドが一つしかないし、普段とは違うことを楽しむのが目的なので夫婦生活はなかったけど、四人で一緒に寝るというのも新鮮なものだ。


「普段は訪れる患者を治療してばかりなので、飲食店の店員さんになって注文を取ったり、カキ氷を運んだり、旦那様のために料理を作るのは楽しかったです」


「普段、なかなか一緒にいられないからさ」


 涼子たちは、アキツシマ島の統治に支障が出ないように、涼子は領民たちの治療を。

 雪と唯は、ローデリヒのように政務までこなしている。

 だからたまには、こうやって普段と違うことをしてみるのも楽しいだろうと思って誘ったのだ。


「そうですね。私がお館様以外で誰かと一緒に寝たのは、幼い頃に涼子様と一緒に寝た時くらいですね」


「ああ、幼馴染だからか」


「はい。私が両親を亡くして寂しがったのを見かねて、雪が一緒に寝てくれたのです。雪は、私の大切な親友ですから」


「わかる。見ていてそんな感じがする」


 涼子と雪は、とても仲がいいからな。


「唯も普段は忙しいだろうから、たまには息抜きも必要だと思ったんだ。これが息抜きになってるかどうかわからないけど」


「実はかなり父や他の人たちに仕事を割り振っているのですが、最後の決断は雪さんと私ですからね。アキツシマ島での生活はそれなりにストレスが溜まります。あんな父なので、私は幼少の頃から色々と厳しく教育を受けていたのですが、まさかこの年になって、こんなに面白いことが経験できるとは思いませんでした。お館様は、父とはまるで違うタイプなので好きです」


 そう言いながら唯が腕を組んでくると、胸の感触が実に素晴らしい。

 唯は着痩せするから、かなり胸があるんだよな。


「唯さんの言うとおりですね。私たちはこのまま、死ぬまでアキツシマ島から一歩も出ずに暮らすと思っていましたけど、お館様のおかげで外の世界を知ることができましたし、こうやって面白いこともできますから」


「私たちは幸せです」


「楽しければ、たまの俺の我儘も悪いことではないかな」


「もしお館様が貴族でなくなったとしても、エリーゼ様たちとこうやって飲食店を開けば生活できることがわかりました。確かに私たちは教育を受けていますが、お館様ほどの生活力や逞しさはありませんから」


「俺は逞しいのだろうか?」


 雪に逞しいと言われてしまったが、俺の中の逞しい男性像は導師なのでいまいちピンと来ない。

 その後も四人で色々と話しているうちに眠くなってしまったので、明日に備えて就寝したのであった。

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