閑話33 高級カキ氷withアキツシマ島組(その2)

「路地裏の目立たない小さなお店なのに、内装がミズホ風なのか……。大分適当だけど……。しかも、最初にこのお店を開いたオーナーは撤退してしまったらしいな」


「はい、前にこの物件を借りた方は、あまり深く物事を考える人ではなかったようで、異国風の内装ならお客さんが入るんじゃないかと簡単に考えて改装にお金をかけ、料理はどこにでもあるものを出してしまったものですから、あっという間に潰れてしまったんですね。結局、この似非ミズホ風の内装も撤去しないまま夜逃げしてしまいました」


「それを三日間、無料で貸してくれるのか。ありがたい」


「いえいえ、バウマイスター辺境伯様には普段色々とお世話になっておりますから。どうせ次の人に貸すにしても、この内装を撤去しないといけないんですよ」


「これはそのまま使うよ」


「ですがお館様、ミズホではなくアキツシマの人間からしたら、この内装は許せるものではありません! 涼子様も、唯さんも、そう思いませんか?」


「そうですね。この偽物の内装と装飾を見た結果、アキツシマの文化が、ヘルムート王国の人たちに誤解されてしまうのはいただけません」


「お館様、ちゃんと手直しをしてから、お店をオープンさせましょう」




 俺はローデリヒの魔の手から逃れ、三日間限定で、王都でカキ氷屋を開く決意をした。

 これは、とても暑いバウルブルクにおいて 現代風の高級カキ氷を普及させるための試験、市場調査を兼ねている。

 そしてもう一つ、普段はアキツシマ島にいることが多い涼子、雪、唯との時間をすごすためであった。

 新婚旅行には遅すぎるが、とにかく普段はアキツシマ島の顔、統治者として忙しい三人と、普段と違うことをして楽しもうという計画だ。

 そんなわけで、俺は王城に近い商業街の裏通りにある、一軒の空き店舗の中にいた。

 実はこの店舗の持ち主は、俺が世話になっているけど、やはり胡散臭いリネンハイムである。

 このところ景気がいい王都では飲食店のオープンが相次いでいたが、やはりどうしても経営難に陥って潰れてしまうお店が一定数出てしまう。

 この空き店舗もその中の一つで、借り主はミズホ風の内装のみで客を呼び寄せようと考えたらしいが、料理が他のお店とほぼ同じで、さらにその味はお世辞にもよくなかったそうだ。

 結局資金繰りが悪化した借り主は、その月の家賃を支払わずに逃亡してしまった。

 夜逃げなんて本当にあるんだな。

 しかもこのミズホ風の内装も、どこかバッタ物臭が漂う。

 大昔のアメリカ人が考えた和室みたいな感じで、これを見た涼子たちは呆れていた。

 早速真のアキツシマ風にしようと作業を始めたのだけど、涼子は魔法の袋に掛け軸や花瓶まで入れているんだな。

 店内の内装はテーブルと椅子が置かれたなんちゃってミズホ風だったので、それを唯と二人で直していく。

 二人ともアキツシマ島の名家の出ということもあって、花瓶に花を活けて飾ったり、テーブルに着物生地や染物の布をテーブルクロス代わりに敷いてセンスのよさを感じた。

 中身が代々庶民の俺にはとうていできないことだ。


「テーブルと椅子をどかして畳敷きにする時間はありませんが、アキツシマは外からの文化を否定しません。両者を融合させてアキツシマ文化は進化していきますから」


 ミズホとは違うのだと唯は言いたそうだけど、ミズホも割と外の文化に肝要というか、改造を施して受け入れてしまうのは同じだと思う。

 だが、この三人の前でミズホ風とは言わない方がいいみたいだ。

 元は同じ民族なんだけど、元々仲が悪くてミズホと割れてしまったから、ミズホ風とアキツシマ風はまったく違うものだと考えているようだから。


「雪、表も直すんだ」


「直すと言いますか。お客様を迎え入れる作法のようなものですね」


 このお店、表の入り口は西洋ファンタジー風の古い石造りの家と、古びた木製の小さなドアのみの狭い店舗だ。

 雪は、入り口ドアの両脇に塩を盛り、竹筒に一輪の椿の花を活けてドア横の壁に取りつけた。

 するとそれだけで、看板もない裏路地にある隠れ家的なお店に見えるから凄い。


「こういうセンスのよさはさすがだな。俺には真似できないよ」


 だって学生時代は、図工、美術はすべて三(五段階)だったから。

 つまり普通ってことさ。


「お館様は、次々と新しい料理を作り出しているではないですか。アキツシマにおいて、料理も文化、教養の一つなのです。アキツシマの民たちからすれば、お館様は優れた教養人なのです」


「そうだったのか……」


 確か戦国時代でも料理は教養の一つで、伊達政宗が料理を趣味にしていたなんて聞くからな。


「さて、あとは……」


 店内に入ると、涼子と唯が店内の内装を整え終わっていた。

 以前の、なんちゃってミズホ風と西洋ファンタジー風な飲食店の内装が混じった雑然としたものから、現在日本だと都内の裏路地にありそうな隠れ家的な名店風に変貌したのだから凄いと思う。


「お館様、この店には看板がありませんが、お客さんは気が付くのでしょうか?」


 実はお前のお店の看板は取り外しており、このお店には看板がない。

 看板がないとお店の存在自体に気がつかれないのではないかと唯が心配しているが、これは実験店舗なので、最悪お客さんが一人も来なくても……高級カキ氷の市場調査があるから、数人は利用して欲しいけど。

 

「どうせ家賃はゼロだし、もしお客さんが来なかったら、四人でここで静かに過ごすってのも悪くないでしょう。一日くらい、みんなで屋台を引いて市場調査をするかもしれないけど」


 三日目に王都の大通りでバザーがあるから、最悪高級カキ氷の市場調査はそこでやればいい。

 ローデリヒには四日間のお休みだと言っているので、忙しいのは一日だけでいいのだから。


「暇なお店をやりながら、三日間夫婦水入らず。というのも悪くない」


「それもそうですね、お館様。普段は領民たちの治療で忙しいので、こういうのんびりとした時間があってもいいと思います」


「私も書類仕事に追われていますから、こういうゆったりとした時間があってもいいですね」


「贅沢な時間です」


「あっ、でも。店員さん扱いなので、一応これに着替えておいてね」


 涼子たちは、矢羽根餅の図案をあしらった茶衣着。

 俺は、市松模様の茶羽織。

 一見和風だけど、実は下は動きやすいようにズボンだったり、ポケットが付いていたりして、和風な服装に見せつつ、動きやすくて洗濯もしやすく、飲食店の制服には最適な作りとなっていた。

 現在日本の飲食店では割と普及しているもので、俺が密かにアキツシマの職人たちに簡単な図面を渡して作ってもらったものだ。


「これは動きやすくていいですね。それでいて、アキツシマ風です」


「初めてこういう格好をしましたが、お茶屋さんの店員みたいで新鮮で面白いです」


「本当、このまま四人でこのお店を続けて残りの人生を過ごすというのも面白いかもしれません。現実には不可能ですけど」


 確かに唯の言うとおり、大貴族とその妻としてではなく、大してお客さんも来ないお店の店主と店員として、のんびりと暮らすのも悪くないかも。


「隠居して年をとったら、そういう生活を悪くないな」


「そうですね、お館様」


「ローデリヒがそう簡単に隠居させてくれるとは思わないけど」


「ローデリヒ様は大変に仕事熱心ですからね。父が感心するレベルですから」


 唯の言うとおり、ローデリヒはよく働くからなぁ……。

 だからこそ、俺もサボりにくいんだけど。


「それで、ここはカキ氷のお店なんだけど、裏通りにあって看板もない。しばらくお客さんが来ないと思うから、いくつか高級カキ氷を試作してみるか」


 元々飲食店なのでしっかりとした調理場があり、俺は魔法の袋から取り出した永久氷を『念力』で宙に浮かせ、同時に展開した『ウィンドカッター』を精密に動かすことで、薄くフワフワで、口に入れるとすぐに溶けるカキ氷を作っていく。


「お館様、手慣れたものですね」


「はははっ、これでも毎日訓練して魔法の精度を上げてきたからさ」


 永久氷の特徴がわかりやすいよう、シロップはツウお馴染みのスイにしておいた。


「冷たくて、甘くて美味しいですね」


「口に入れると、すぐになくなるのがいいです」


「アキツシマ島でも氷を食べますけど、カチ割り氷なのと、黒砂糖を上から振りかけて食べるので、舌触りがイマイチだことがあるんですよね。黒砂糖がジャリジャリして」


 涼子たちは、スイのカキ氷を気に入ったようだ。

 やはりアキツシマ島でも、氷はカチ割氷が主力なのか。


「スイのシロップは、漂白した白砂糖を使っているし、スイの作り方にもコツがあるんだ」


 スイは、水と砂糖を四対一で混ぜてから一度加熱し、冷まして熱を取ってから冷やしておく。

 そうすることで、ただ砂糖を水に溶かした時のようなジャリジャリ感がなくなるのだ。

 これは前世で、夏に季節限定でカキ氷を出す有名な喫茶店の店主から聞いたスイのコツである。


「器はよく冷やしておき、まずは少し削った氷を入れてからスイをかけ、その上にまた削った氷を。半分くらいまで削った氷を入れてから、またスイをかけ、残り半分の削り氷を入れて盛りあげていく。最後にまたスイをかければ完成だ」


 一見、ただ削った氷だけにしか見えないが、甘いスイのカキ氷の完成だ。


「他のシロップやトッピングに比べると、天然永久氷の純粋な美味しさが楽しめるのが特徴かな」


 俺も試食してみるが、魔法で作った氷と比べると、美味しさや口溶けがまったく違うな。

 さすがは永久氷というべきか。

 魔法で急速に凍らせた氷とはまったくの別物だ。


「お館様、この永久氷のカキ氷が商品なんですね」


「そうだよ。バウルブルクもアキツシマ島も暑いから、よく売れると思うんだ」


 高級カキ氷から試作して市場調査をしているのは、ちゃんとカキ氷で商売ができるようになるか見定めたいからだ。

 ジェラートやアイスクリームが商売になっているので大丈夫だとは思うが、こういう新しい商売は、まず高額の商品を流行させた方がいい。


「その気になれば、カキ氷は安く出すことができる。実際今も、氷を魔法で作って販売している魔法使いはいるのだから」


 カキ氷機も、もう少し待てば改良版が完成する。

 それを購入して使えば、簡単に氷を薄く削ることができるのだから。


「安いのは、じきに誰かが真似をするようになる。そうなると競争が激しくなるから、こうやって高くカキ氷を売る仕組みを考えた方がいい」


「裏通りにある隠れ家的なお店で、内装はアキツシマ風。カキ氷が高価なのは、お客さんが少なくても儲けを出すためですね」


 さすがは雪。

 俺の考えを明確に理解しているな。


「この手のお店で、あまりお客さんがゾロゾロ来ても困るのさ。客単価を高くすることで、このお店にやってきたお客さんが、ゆっくりとカキ氷を楽しむ」


「ですが、氷なのですぐに溶けてしまうのでは?」


「そこは工夫してあるのさ。器をよく冷やしておき、すぐにカキ氷が溶けないようにする。だからカキ氷は、このお盆に載せて出す。冷やした器を直接手で触ると冷たいし、カキ氷が溶けやすくなってしまうから」


「このお盆は、アキツシマの職人が作った漆器ですね」


 カキ氷をのせるお盆は、アキツシマ島で購入した小さな漆塗りのお盆を用意してある。

 俺はそれを魔法の袋から取り出しつつ、涼子の問いに答えた。


「あとは、カキ氷を豪華ににして価格を上げるのさ」


 今度は別のメニューを作り始めた。

 削った氷に、自作しておいた『抹茶シロップ』をタップリとかけ、さらに練乳、生クリーム、アキツシマの餡子、白玉をのせていく。


「抹茶金時カキ氷の完成だ」


「今度は、具材も豪華ですね。美味しそうです」


「お館様、試食してもいいですか?」


「どうぞ。味を見て、率直な感想がほしいな」


「隠れ家的なこのお店で、見て楽しみ、食べて楽しみ。 いいですね」


「だろう?」


 四人で完成した抹茶金時カキ氷を試食して舌づつみを打っていると、突然入り口のドアが開いた。


「「「「えっ?」」」」


 驚くのも無理はない。

 なぜなら、まだお店を開いたばかりだからだ。

 目立たない裏通りにあって、看板もないから、初日はお客さんがゼロでも仕方がないと思っていたのだから。


「それをくれ」


「抹茶金時カキ氷ですね」


「氷なのか。王都のメインストリートで魔法使いが売っている、カチ割氷とは随分と違うんだな。ところで、これは一杯いくらなんだ?」


 お店に入ってきた、身なりのいい初老の男性が抹茶金時カキ氷の値段を聞くと、涼子たちの視線が一斉に俺へと向いた。

 実はカキ氷の値段については一言も話していなかったので、それを知りたかったのだろう。


「一杯、百二十セントですね」


「「「えっーーー!」」」


「店員のお嬢さんたちはどうかしたのかね?」


「ああいえ、お店を開いて初めてのお客さんなので緊張しているのでしょう。このカキ氷は、スフィンランド山の山頂から切り出してきた永久氷を使用しているので、非常に高価なのですよ。普通のカキ氷で同じトッピングなら、一杯三十五セントですね」


「おおっ! スフィンランド山の永久氷を使っているのか! あれは採りに行くのも命がけだから、お金を出しても手に入らないことがあるからな。では、百二十セントの方をくれ」


「すぐにお作りしますね」


 身形のいい老人は、大きな商家の当主といったところか 。

 百二十セントのカキ氷を、躊躇することなく注文するぐらいだからな。

 それと、俺も和風な飲食店の店員風な格好していたので、バウマイスター辺境伯だと気がつかなかったようだな。


「(頭にも布巾を巻いているから、余計に気がつかないか)」


 第一号のお客さんから注文が入ったので、四人で調理場に向かって作業を始める。

 とはいえ、最初は俺が作るのを見て、トッピングの仕方を覚えるのが最優先だな。

 魔法で永久氷を削り、抹茶シロップ、練乳、生クリーム、餡子、白玉を綺麗に盛りつけて完成だ。


「おっと忘れてた」


 生クリームの上に、少しだけ抹茶も振る。

 高級カキ氷なので、見た目もキッチリと整えないと。


「お待たせしました」


 涼子が完成した抹茶金時カキ氷を持っていくと、すぐにお客さんはスプーンでカキ氷を食べ始めた。


「ふむ……これは……」


「あの……お客さん?」


「……ふむふむ、これは確かにスフィンランド山の永久氷だ。最後に食べたのは十年前だが、その味はよく覚えているぞ」


 この老人は、スフィンランド山の永久氷を食べた経験があって、その味を覚えているのか。

 もの凄い味覚の持ち主なのでは?


「スフィンランド山の永久氷は命がけの採取となるので、滅多に市場に出回らぬ。偽物も多く出回っており、ワシも何度か偽物を食べさせられたものだ。魔法で急速に作られた氷は食べると頭が『キーン』とすることが多いが、スフィンランド山の永久氷は積もった雪が長い年月をかけて圧縮され、次第に氷状になっていく。スフィンランド山の山頂は寒いが、山肌に近い雪ほど上に積もった雪のおかげで、魔法のように急激に温度が下がらぬ。ゆっくりと氷状になるから、頭が『キーーーン』とはならぬのだ」


「お詳しいのですね」


 この老人、かなりの氷通だ。


「魔法で作られる氷は雑味がないので美味しくはあるのだが、自然にできた氷の、わずかな雑味が残っているものの方が美味しいこともある。スフィンランド山の永久氷はそれだな」


 魔法で作った氷は純水氷に近くなるけど、天然氷にはミネラル分が入っている。

 それが氷の味を落としてしまうこともあるけど、適度な雑味は逆に天然氷を美味しくする。

 特にスフィンランド山の永久氷は空気が汚染されていない雪が原料であり、ミネラルのバランスもよくて、高級品として評価されているのか。


「ただ、ワシもこういう氷のデザートは初めてじゃよ。十年前にスフィンランド山の永久氷を食べた時、カチ割り氷にハチミツをかけたものだったが、これはそれよりもはるかに美味しい。実に素晴らしい」


 お爺さんは、スフィンランド山の永久氷で作った抹茶金時カキ氷を、老人にしてはかなりの速さで食べ続け、数分で完食してしまった。


「うむ。実に美味かった。しかしこの店は贅沢だな。スフィンランド山の永久氷を使ったデザートを置いているのだから」


「スフィンランド山の永久氷でなければ、それほど高価ってことはないですよ」


 メニューはまだ定まっていないけど、魔法で作った氷も使うし、台湾風カキ氷みたいにミルク、ミルクティー、焙じマテ茶味の氷だって使う。

 さらに、魔の森産フルーツを凍らせたものを削って出すことも考えていた。


「一番安いメニューで一杯二十セント。そこから五十セントくらいがボリュームゾーンですから」


「なるほど。それはかなりお得よな。明日も来させてもらおう」


 老人は席を立つと、代金の百二十セントを置いて店を出て行った。

 カキ氷に百二十セントを躊躇いもなく出す。

 間違いなくお金持ちだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る