閑話33 高級カキ氷withアキツシマ島組(その1)

「ヴェルぅーーー、ここは死ぬほど寒いぞぉーーー! しかも今日は、随分と盛大に吹雪いているじゃないか! 明日にしようぜ! な? それがいいって!」


「エル、明日は仕事だから、今日のうちに採集しなければならないんだ。もし明日、仕事をサボってみろ。ローデリヒがうるさくて堪らないじゃないか」


「自分の都合が最優先か! てか、ローデリヒさんは怖いのか」


「怖いというか、ローデリヒはサボると、あとでノルマを増やすから面倒なんだよ。とにかく俺は今、スフィンランド山の『永久氷』が欲しいんだ!」


「ただの氷じゃないか! ヴェルは、魔法で氷が作れるだろうに!」


「同じ氷に見えても、魔法で瞬時に作った即席の氷と、スフィンランド山で八千年以上も昔に氷となり、それからずっと溶けずにいた永久氷はまったくの別物だぞ! エルには風情というものがない」


「氷なんてどれも同じ味だし、氷の味と風情は関係ないと思うけどな!」


「全然違う! スフィンランド山付近は人が住んでいないから、降る雨と雪も汚染されていないから綺麗なんだ。まあ、滅多にそんなものは降らないから貴重なんだけどな。それにしても、そんなこともわからないとは……」


「全然っ、わからん! わかったから、早く採って帰ろうぜ」


「エルが文句を言って時間をかけているんじゃないか」


「はいはい。俺が悪うございました」


「念のために言っておくが、俺が張った『魔法障壁』から離れるなよ。スフィンランド山の山頂はとてつもなく寒いし、地上の三分の一しか酸素がないから息苦しいし、気圧も低いから高山病になりやすい。健康なままでいたいんだった、俺から離れずに氷の採取作業を速やかに終わらせることだ」


「酸素とか気圧とかよくわからんが、『魔法障壁』の外はもの凄く寒そうだし、外に出ないようにするよ」




 ヘルムート王国北部にあるスフィンランド山は、 標高が八千メートルを超える。

 頂上付近では滅多に雪が降らないが、たまに降った雪が溶けずに降り積もり、この山が隆起したばかりの時に積もった山肌付近の雪が圧縮されて氷となる。

 それが『永久氷』と呼ばれ、驚くほどの金額で取引きされていた。

 標高八千メートルなんてエベレストとほぼ同じなんだから、ろくな登山装備はないこの世界では、命がけで取りに行かないといけない。

 高額なのは当然であった。

 俺の場合、『魔法障壁』を改良して、その中で活動すれば地上と同じ酸素濃度と気圧、温度を保つことができるし、古代魔法文明崩壊直後から降り積もった雪が圧縮された、山肌近くの永久氷を魔法で簡単に採ることができる。

 助けが欲しかったのでエルにも手伝わせ、二人で黙々と永久氷を採取していく。


「これでかき氷を作ると美味しいんだよ。細かく削っても氷が溶けにくく、それでいて口の中に入れるとすっと溶けて消えてなくなるんだ。天然氷は素晴らしいのさ」


「わかったような、わからんような……。ヴェル、今日はもうこんなものでいいかな?」


「これだけあれば十分だな」


「家族に食べさせるにしては随分と量が多いが、ヴェルは色々と溜め込むのが好きだからな。しばらくここに来なくて済むから、俺としては悪い話ではないけどな」


 無事に永久氷の採集を終え、俺とエルはバウマイスター辺境伯領へと戻った。

 そして、早速カキ氷を作り始める。


「うーーーん、やはり試作の魔道具だと、氷の削れ具合はイマイチだな」


 早速カキ氷を作り始めるが、バウルブルクの職人たちに簡単な設計図を渡して試作させたカキ氷機では、まだ氷の削れ具合がイマイチだった。

 刃の形状や切れ味がイマイチだ。

 細やかな氷を実現するため、魔力で氷を削る魔道具にしたのだけど、動きがイマイチなのでどうしても氷が粒になってしまう部分が出てしまう。


「一部が勝ち割り氷みたいになっていて、これでは口の中ですっと溶けないから駄目だな」


「そうか? 俺は冷たくて美味しいと思うけどな」


「いや、これでは駄目な証拠を見せてやろう」


 俺は、魔法で作った透明な氷を極限まで薄くした『風刃』で削っていく。

 訓練に訓練を重ねて限界まで薄く削れるようになった氷が、やはり魔法で冷やした容器に降り積もって氷の山ができる。

 無事に氷を薄くフワフワに削れたので、これをなるべく溶かさないよう、自作したシロップをかけていく。


「ツウは、これを選ぶ。バウマイスター辺境伯領産の砂糖を使った砂糖水をかけた『スイ』。純粋な氷の食感と冷たさを楽しむものだ」


「あっ、俺はそういうのいいからパス」


「……風情のわからない男だな」


 俺だってカキ氷は、最近の色々と工夫されたものの方が美味しいと思っているが、ここはカキ氷文化に敬意を表して、最初に『スイ』を食べるのが大人だというのに……。


「俺はマンゴーシロップね」


「しょうがないな」


 とはいえ、俺は人間の多様性を容認する男だ。

 永久氷の採取に協力してくれたエルがマンゴーカキ氷を食べたいというのなら、それをちゃんと用意する度量は持ち合わせているぞ。

 しかもマンゴーシロップは、果実が残っている濃厚なものを用意してある。

 これを削った氷にタップリとかけると、濃厚マンゴーカキ氷の完成だ。


「冷たくてうめえ! あれ? でも普段食べているものとそんなに変わらないような……」


「実際なにも変わっていない。永久氷は使っていないからな」


「せっかく苦労して採取したんだから使えよ!」


「苦労して採取したからこそ、カキ氷機の試作で使うのは勿体ないだろうが! 実際、職人たちに注文しておいたカキ氷機は残念な完成度だった。この問題点はすぐに職人たちにあげるとして、となるとここまで氷を薄くフワフワに削るには、俺の魔法頼りということになる」


 職人たちのカキ氷機も悪くはないが、これでは町内会のお祭り、地方自治体主催の屋台レベルでしかない。

 現代日本で営業している有名店のカキ氷レベルの氷を再現するとなると、もう少し職人たちに精進してもらわないと。


「仕方がない。失敗を重ねてこその成功だからな」


 俺は期待している。

 これまで、数多の俺の注文をクリアーしてきたバウルブルクの職人たちなら、必ずや極薄フワフワの氷が削り出せるカキ氷機を製造してくれることを。


「なんか、一人で勝手に余韻に浸っているようだが、永久氷でエリーゼたちにカキ氷を作ってあげないのか?」


「いや、永久氷のよさってのは年を取らないとわかりにくいからな。なにより、女性と子供が喜ぶカキ氷は別にあるのだから」


「そんなものがあるのか」


「今夜、早速食後に出そうと思う」


 そして夕食後……。




「うわぁ、冷たくて美味しい」


「フルーツが上にいっぱいのってる」


「綺麗だなぁ」


「あなた、フリードリヒたちは大喜びですね。これも、あなたが考えたものなのですか?」


「似たようなものを、なにかの書籍で見たような……だな」


 夕食後のデザートに、バウマイスター辺境領産のミルク氷を薄く削り、その上にマンゴータップリのソースをのせたミルク&マンゴーカキ氷。

 凍らせたイチゴを薄く削ってタップリと練乳をのせたイチゴ&練乳カキ氷。

 チョコ味の氷を薄く削り、その上に練乳、マンゴー、イチゴなどをのせたチョコカキ氷など。

 色々と作って出してみたら、フリードリヒたちにも、エリーゼたちにも好評だった。

 氷自体も甘い方が、カキ氷初心者は喜ぶだろうという、俺の予想は当たったな。


「他にも、コーヒーを凍らせたものを削って、その上にホイップした生クリームとコーヒーゼリーをのせてみたり、甘味をつけた抹茶氷を薄く削って、餡子、白玉、きな粉をトッピングしたミズホ風の抹茶カキ氷なんてのもある」


「ヴェル、どれも美味しいね」


「上手くいったようでよかった」


 カキ氷は氷とシロップだけだと、どうしてもレパートリーが貧弱になってしまうからな。

 氷自体を工夫し、トッピングをしてレパートリーを増やす作戦だ。


「まだまだあるぞ。最近流行しているミルクマテ茶と焙じマテ茶の氷を薄く削ったものもある。抹茶とか焙じ茶は大人の、それも男性向けだな」


「カキ氷に、男性向けとか女性向けとか、子供向けとか大人向けってあるんだ」


「いい年をしたオッサンが、ミルク&マンゴーのカキ氷を食べると恥ずかしいって風潮は、ケーキやパフェでもあるじゃないか」


「それもそうだね。でもボクは、レディーだから気にしなぁーーーい」


 ルイーゼは、魔の森産のライチ&ドラゴンフルーツのカキ氷を美味しそうに食べていた。


「(氷に味をつける台湾風のカキ氷は女性と子供に好評だな。俺とエルが採ってきた永久氷は、日本風の天然氷カキ氷に用いるのがベターか。やはり、どこかで試しに出店してリサーチをしてみたいな。上手くいったら、バウルブルクに出店させるとして……)」


 妻と子供たちが美味しそうにカキ氷を食べているのを見て、俺は決意した。

 この世界にも氷を食べる習慣はあるけど、かち割り氷みたいなものしかなく、レパートリーが貧弱なんてものじゃない。

 最近、氷の粒が大きいけどカキ氷らしくものも普及させてきたが、ここは大貴族にして文化、教養の伝承者である俺が、本物の高級カキ氷を世間に普及させなければ。


「(カキ氷機はまだ完成していないけど、俺には魔法がある!)」


 それこそ何年もブランタークさんから、『魔法の精度を上げるには、死ぬまで毎日鍛錬するのみだ!』と言われ、真面目に魔法の鍛錬をこなしてきてよかった。

 おかげで、氷を極限まで薄く、口に入れるとすぐに溶けるように削ることができるようになったのだから。

 カキ氷のために魔法の精度を上げたわけではないけど、攻撃魔法も攻撃以外の使い方があるという最たる事例だ。


「(しかしながら、バウルブルクでサテライト出店……いや、モニターテストをするとローデリヒに連れ戻されてしまう可能性がある。ならば、王都で場所を借りて何日かやるのがいいだろう)」


 当然その間、バウマイスター辺境伯領の土木工事がストップするが、俺は真面目にローデリヒが立てた計画の何倍も成果をあげている。

 数日くらいなら休んでも問題ないだろう。


「(残念ながらあのローデリヒに、『当初の開発計画よりも早く進んでいるから、何日か休んでも大丈夫だよね?』と話を持ちかけても受け入れてもらえないどころか、仕事を増やされるので、やりたいことがある時は勝手に出かけてしまうに限る。俺がいなければ、ローデリヒも諦めるだろうからな)」


 ということなので、今日は明日に備えて早く寝てしまうことにしよう。

 当然その前に、夫婦の時間はしっかりと持つことを決して忘れはしない。

 それが夫婦円満の秘訣だからな。





「エリーゼ様、どういうわけか、今朝からお館様の姿が見せませんが?」


「それが、 朝早くに一人で出かけてしまいまして……。四日後には必ず戻ると」


「そっ、そんなにですか?」


「ローデリヒさんには、『当初の計画よりもはるかに進んでいるんだから、少しぐらい休んでも問題ない』って伝えておいてくれと」


「事実ではありますが! せめて私に一言断ってくれたらよかったのに!」


「それをしたら、ローデリヒさんに却下されると思ったんじゃないかな? 新しい仕事が増えて。だからヴェルは、なにも伝えずに消えるという策を考えたんだと思う」


「うっ……。ルイーゼ様、さすがに私も多少は考慮いたしますとも……」


「本当かな?」


「ほ、本当ですとも」


 問答無用でスケジュールを詰め込んでいたら、お館様が断りもなく勝手になくなってしまうとは……。

 次からは、もう少しスケジュールを緩める必要があるようですな。

 まあ、絶対に当初の計画から遅れることは許されないのですが、今回は許容いたしましょう。

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