閑話33 高級カキ氷withアキツシマ島組(その4)

「カキ氷の中にアイスクリームを仕込み、外側にはタップリとフルーツのソースをかけ、上に生クリームをのせ。サイドにカットフルーツをあしらう」


「まるでケーキやパフェみたいですね」


「土台が氷ということは、ケーキやパフェよりも太りにくいから、そこもアピールしていくと女性客に人気が出るかもしれないな」


「お館様、すぐにお店を開けた方がいいですよ。すでに待っているお客さんがいます」


「本当に? 昨日の今日で、このお店の情報拡散が早すぎないかな?」


「リネンハイムさんのおかげでしょうね」




 二日目の朝。

 お店の入り口ドアの脇に盛り塩をし、竹筒に新しい花を活けようと外に出た唯が、すでにお客さんが待っていると伝えに来た。

 まだ二日目なのに凄いなと思いつつ、店名のない高級カキ氷の二日目が始まる。


「あら、シックな内装で落ち着くわね」


「メニューが貼られているけど、随分と達筆なのね」


 お客さんは、昨日のように裕福な平民たちの他に、貴族の奥さん、ご令嬢らしき人たちも混じっていた。


「この『マンゴー尽くし』って、どんなカキ氷なのかしら?」


「薄く削った氷とマンゴーシロップの層で山を作り、上に特製のマンゴーソースがタップリとのります。有料になりますがトッピングとして、生クリーム、チーズクリーム、アイスボール、カットマンゴーも添えることが可能です」


「じゃあ、それでお願いするわ」


「ありがとうございます。四十セントになりますけど」


「構わないわ。お安いのね」


「すぐにお作りします(四十セントが安いって、すげえ!)」


 不思議なもので、俺も結構な有名人になったはずだが、市松模様の茶羽織と頭に白い布巾を巻くと誰だかわからなくなるようだ。

 俺が地味な顔をしているのも…… あまり顔の出来については考えないようにしよう。

 それと、お店が思った以上に混んできたので、俺は魔法で氷を削り続ける羽目になってしまったので、調理場からなかなか出られなくなったのもあり、その正体に気が付かれなかったのもあると思う。


「凍らせたフルーツを削ったカキ氷も人気ですね」


 俺は、魔法の袋に多くの魔の森産フルーツを持っているので、これを魔法で凍らせてから削ったカキ氷も人気だった。

 時間が経つにつれてひっきりなしにお客さんが入るようになり、涼子たちは注文を取り、カキ氷をお客さんに運び、お会計と大忙しだ。


「一番安くても一杯二十五セントなんですけどね。高いと百二十セントを超えるデザートがこんなに売れるなんて……」


「お金を出せる人たちがお客さんだからね」


 涼子は高級カキ氷の値段の高さに疑問があるようだけど、この立地と、目指している客層を考えると、このぐらいの価格でやらないと長続きはしないだろう。

 富裕層向けの商売は客単価が高くなるけど、クォリティーを保つのが大変だし、飽きられたら利用されなくなってしまう。

 富裕層向けの商売は成功すれば儲かるけど、続けるのは大変なのだ。


「とはいえ、俺たちは明日までしかやらないけど」


 あくまでも、現代日本のように高級カキ氷を売る商売は成立するのか。

 王都で試しているだけだからな。

 上手くいったら、南方で暑いバウルブルクやブライヒブルで高級カキ氷屋をオープンさせることができるのだから。


「この調子なら三日間で大分儲かりそうだし、帰りは色々買ってお屋敷に戻ろう。みんなは、なにが欲しいのかな?」


「急に聞かれるとパっと出ませんね」


「それなら明後日、実際にお店を回ってみればいいさ。服ならキャンディーさんのお店もあるから」


「お館様、ありがとうございます」


「私までよろしいのですか?」


「当たり前だ。唯は俺の妻なんだから。せっかくだから、色々と買ってあげるよ」


「ありがとうございます。それにしても、今日はお客さんが多いですね。注文を取りに行ってきます」


 二日目の店内では、主に貴族の奧さんや令嬢たちが高級カキ氷を楽しんでいた。

 ケーキやパフェとは違う、豪華に盛り付けられた氷のデザートなので、女子人気が高いようだ。


「ふう……氷を削るのも意外と大変だな。早く職人たちが、満足できるカキ氷機を完成させればいいんだけど」


 勿論それは、バウルブルクかブライヒブルクにオープンさせる新店で使うことになるけど。


「それにしても、随分と貴族の客が多い……あれ?」


 カキ氷を作る作業が一段落したので店内を見渡すと、なんとそこには顔見知りがいた。


「ルックナー財務卿? なんで?」


 彼は奥さんとおぼしき初老の老婦人と、四十歳前後の娘と思しき女性を二人連れて来店した。

 四人がけのテーブル席に座り、雪にメニューについて色々と聞いているが、まさか彼女が俺の奥さんだとは思っていないようだ。

 俺には奥さんの数が多いので、ルックナー財務卿も全員を把握していないから当然か。


「随分と高価なんだな。氷なのに百セントを超えるメニューがあるなんて」


「こちらは、採取すら命がけのスフィンランド山の永久氷を使ったメニューですから。それ以外のメニューはお手頃価格になっております」


 貧乏性の俺からしたら全然お手頃価格ではないけど、いくら実験とはいえこれは商売なので適正価格をつけさせてもらっているだけ。

 悪いけど、大貴族で財務卿なのだから、たまにはそのぐらいの贅沢をして世間に金を回しても悪くないと思う。

 どうせ普段はケチなんだから。


「通常の氷のメニューもございますよ」


「ううむ……。確かに色々とメニューがあるようだが、妻と娘たちは女性だからいいが、こう男性が頼んで様になるようなメニューはないのかね?」


 この世界の価値観は古いので、女性客が多い高級カキ氷のお店で男性がカラフルな高級カキ氷を頼むのに抵抗があるのだろう。

 現代日本でも、オジサンは女性が好きなスイーツに手を出しにくい現象があるので、それと同じだと思う。


「(だが、そのためにアキツシマ風抹茶金時カキ氷を用意しているのだから)」


「こちらなどいかがですか? アキツシマの抹茶、餡子、白玉、生クリーム、抹茶アイスをトッピングした、大人の男性に向けたメニューとなっております」


「おおっ、これはいいな。ワシのような者でも頼みやすい」


 雪がお店の壁にメニューを書いてくれたのだが、昨晩も、俺が作った色々な種類の高級カキ氷の絵を描いてくれており、それをメニューの下に貼ったので、どんなカキ氷かわかりやすいので好評だった。

 それにしても、仕事をしながら運ぶ時に見ただけのカキ氷の絵を写実的に描けてしまうなんて、雪の芸術家としての才能は大したものだと思う。


「じゃあ、このアキツシマ風抹茶金時カキ氷で」


 絵を見て安心したルックナー財務卿は、 もう迷うことなくアキツシマ風抹茶金時カキ氷を注文した。

 というか、男性客の大半が、これかスイを頼んでいる。

 男性、それもここは高級なお店なので年配者が多いせいか、マンゴーや色々なフルーツ、チョコレートなどを使ったカラフルなカキ氷を注文しにくいようだ。


「(オッサンが頼んで様になるのが、スイとアキツシマ風抹茶金時カキ氷。俺の予想は当たった)」


「ううむ。実に冷たくて美味しい。マッチャの苦みが甘さと合うな。ミズホのアンコは食べたことがあるが、生クリームともこんなに合うとは思わなかった」


 休日なのか、奥さんと嫁いだ娘さんたちから強引に連れて来られたようだが、アキツシマ風抹茶金時カキ氷を心から楽しんでくれてなによりだ。

 餡子と生クリームの相性のよさに驚いているようだけど、餡子はバターにも合う優れた甘味だから当然だ。


「合計で、百八十セントになります」


「美味しいが、なかなかの値段だな」


 職業柄か。

 会計の時、唯に値段が高いと言いつつも、アキツシマ風抹茶金時カキ氷が大層気に入ったようで、多分彼はまたアキツシマ風抹茶金時カキ氷を食べたくなるはずだ。

 あきらかに、顔にそう書いてあった。


「しかし、ルックナー財務卿に見つからないでよかった」


 ルックナー財務卿が家族とお店を出たあと、俺は調理場で安堵のため息をつく。

 なぜなら彼は、ローデリヒの伯父だからだ。

 俺が王都で高級カキ氷のお店をやっていることがバレたら、ローデリヒがこの店に突入してくるかもしれないのだから。


「休みはしっかりと取らせていただく。 ハミチツミルクとコーヒーを凍らせて、これを交互に削ってストライプ模様にした『二色カキ氷』。これも悪くないな」


 『店主の試作品』と張り紙をして少し安くしたら、面白そうだと言ってこちらを注文してくれるお客さんも一定数いる。

 自分の好きなように大量のトッピングと共に注文するお客さんも多く、二日目のお店も大繁盛のうちに閉店となったのであった。

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