閑話32 簡単飯とダイエット 

「まずは、余っているご飯を魔法で温めます」


 電子レンジのように食べ物を温められる魔法を開発したので、いつでも冷たくなった食べ物を温められるのはいいと思う。

 野外でご飯を炊くのもなかなかの手間だから.


「温めたご飯をお椀によそい、その上にバターの欠片をのせます」


 バウマイスター辺境伯領での畜産も軌道にのり、 バターがいつでも食べられるようになったのはいいことだ。

 主にパンに使うが、今日はご飯に用いる。


「温かいご飯の熱でバターが溶けてきたら、そこに醤油を垂らし、さらにミズホ産の削り節をたっぷりとのせて」


 ここまで調理すればわかる人も……この世界にはいないか?

 いや、ミズホにはバターはないけど、似たような料理はあるかもしれない。

 あとで探してみることにしよう。


「これだけで完成。バター醤油ご飯削り節のせだ」


 前世では、貧乏飯、食べ過ぎると体によくないと言われていた料理だが、たまにはいいだろう。

 俺は貴族なので比較的凝った料理を食べる機会が多いけど、たまにこういう料理も食べたくなる。

 だから、オヤツの時間にそっと作って食べるところであった。


「よく混ぜて食べると、削り節と醤油とご飯の組み合わせは最高だな」


 日本を思い起こさせる味であり、これにバターのコクも加わっているから満足感も得られるという、シンプルながらも優れた料理であった.


「美味い、実に美味い」


 食べ過ぎはよくないけど、俺は魔法使いなのでカロリーを多く消費してしまう。

 特に、毎日のようにローデリヒに土木工事でこき使われているから、定期的にエネルギーを摂取する必要があると思うんだ。


「夕食までとても保ちそうにないので、 バター醤油ご飯削り節のせでしのぎつつ、もう少し仕事をするか」


 これもみんな、ローデリヒの人使いが荒いせいだ。

 でも、エリーゼたちや子供たちのためにも頑張らないと。


「先生、オヤツですか?」


「そうだよ。魔法を沢山使うとお腹が空くから」


「そうですよね。先生は今日はなにを食べているんですか?」


 少し離れた場所で土木工事をしていたアグネスがやって来て、俺がオヤツになにを食べているのか尋ねてきた。

 彼女も魔法使いなどで間食を取ることが多いが、甘いお菓子などで済ませることが大半だ。

 沢山魔法を使うためにカロリーが必要だが、沢山食べられない人、主に女性は、すぐエネルギーになる甘いものを食べることが多かった。


「バター醤油ご飯削り節のせだよ」


 俺は、食べている途中の丼の中身をアグネスに見せた。


「ご飯だけですか?」


「正確には、醤油とバターと飯削り節も入っているぞ」


 アグネスにバター醤油ご飯削り節のせの作り方を説明しつつ、間食で食べるにはこのぐらい簡単な方がちょうどいいのだという説明をした。


「確かに先生の言う通りですね。 どんな味なのか私も食べてみたいです」


「では、作ってしんぜよう」


 バター醤油ご飯削り節のせは簡単に作れるので、すぐにアグネスの部分も作って渡した。


「うわぁ、簡単に作れるのにとても美味しいですね」


「だろう? 簡単に作れても美味しい料理は沢山あるのさ」


 それは確かに、多くの食材や調味料を使って凝った料理を作れば美味しいに決まっているが、人間にはスケジュールというものがあるので常にそうするわけにはいかない。

 となると、こうして簡単に作れて美味しい『簡単飯』を知っておけば、時間がないのに小腹が空いた時、大いに役に立つというわけだ。


「先生、他にもこういう料理はあるんですか?」


「当然」


 簡単飯がこれ一品だと、すぐに飽きてしまうからな。


「私、明日も食べたいです」


「任せてくれ。明日も互い近くの現場だからな。簡単飯を食べて、この苦境を共に乗り越えようではないか」


「はい」


 これもすべて、ローデリヒって奴の魔法使い遣いが荒いからだ。

 そのうち、みんなで団結してストライキでも起こしてやろうかな。


「(ストライキは最終手段ということにして、明日は……ようし、あの簡単飯でいこうか)」


 俺は明日作る簡単飯を決めてから、アグネスと共に夕方まで土木工事に勤しんだ。

 悲しいかな。

 アグネスは真面目で、俺は元日本人なので命令されたまま素直に働いてしまう。

 もし次の人生も転生できるとしたら、今度はもっとロックに生きてみたい…… 元の性格を考えると不可能かな。




「今日は麺にしようと思います」


「これから茹でるんですか?」


「いや、それでも割と簡単飯だけど、麺を茹でるのは手間がかかるから、こうして茹でたての麺を魔法の袋から取り出します」


 翌日のオヤツの時間。

 今日もアグネスに簡単飯を振舞うことにした。


「楽しみです」


 急遽、この現場に応援に入ったシンディも……建設会社勤めみたいな言い方だな。

 まあ二人前も三人前も変わらないので、急いで作ってしまうことにしよう。

 オヤツの時間は昼食の時間よりも短く、時間は大変貴重なものだからだ。


「丼に、先に調味料を入れて混ぜておきます」


 醤油、お酢、手作りオイスターソース、炒ってから粉々にした削り節を。

 これが、料理の味の基本になる。

 オイスターソースだが、冷蔵庫に保存して数日で使い切ることを前提とすれば、意外と簡単に作れるものだ。

 俺の場合、魔法の袋に入れておけば腐ることがないので、大量に作って保存してある。

 牡蠣はバウマイスター辺境伯領でも大量に獲れるので、材料の入手には苦労しなかった。

 同時に、長期保存可能な干し牡蠣の作成なども漁民たちに指導しており、これも市場に出回るようになっていた。

 今回は使わないけど。


「ここに、茹でたての麺を入れます」


 魔法の袋が便利なのは、茹で終わってすぐ麺を収納しておけば、いつでも茹でたての麺のままで伸びない点だと思う。

 調味料が入った丼の中に茹でたての麺を入れてよく混ぜると、麺が調味料を混ぜて作ったタレの味に染まって、実に食欲をそそる。


「あまり具材を入れると手間がかかるから、事前に用意しておいた刻みネギ、刻み海苔、温泉卵、胡麻をのせる。お好みで、刻みニンニクとラー油を入れてくれ。これで『油そば』の完成だ」


 刻みネギ、刻み海苔、温泉卵、胡麻、自家製ラー油などは、事前に大量に用意して魔法の袋に入れてあった。

 これらの材料も魔法の袋の中に入れておけば悪くならないので、必要な時に取り出して使えるからとても便利なのだ。

 生卵ではなく温泉卵なのは、現代日本のように安心して卵が生食できないがゆえの苦肉の策であった。

 そのうち、生食専用の養鶏場でも作ろうかな?

 とにかく具はないが、油そばは麺料理なので麺が美味しければ問題ない。

 まさしく簡単飯である。


「少し下品だけど、よく混ぜてから食べてくれ」


 三人で具のない油そばを混ぜる絵は、とても貴族の夫婦とは思えない光景だ。

 それでも美味しければ問題ないのが簡単飯なのだが。


「うわぁ、今日の簡単飯も美味しいですね」


「本当だ。具材がなくても、麺とタレだけでこんなに美味しいですね」


 アグネスとシンディは、今日も沢山魔法を使ってお腹が空いたようで、具なし油そばを美味しそうに食べていた。


「明日も食べたいです」


「私も!」


「用意しておくよ」


 俺たちは、もうしばらくこの現場で頑張らなければならない。

 なぜって?

 ローデリヒって奴の人使いが荒いからさ。

 そんなわけでまた翌日。


「先生、アグネスちゃんとシンディちゃんから聞きましたよ。オヤツに先生が作った料理を食べさせてもらったって。仲間外れにしないでくださいね」


「そんなつもりはないんだけど、ベッティの実家は飲食店だから、こんな粗末な料理を出して大丈夫なのかなと思わなくもない」


「大丈夫ですよ。簡単でも美味しかったということは、基本がちゃんとできている料理だということですから」


「さすがは、実家が飲食店なだけのことはある。料理の基本をちゃんと理解しているんだな。今日の簡単飯は、『ハニーチーズトースト』だ」


 パンは魔法の袋にありとあらゆる種類のものが山ほどしまってあるので、この中から食パンを取り出す。

 実はこの世界、これまで食パンが存在しなかった。

 バケットやロールパン的なものが大半だったので、俺がパンを焼く職人に食パンの概念と食パンを焼く型を職人に作らせて渡したら、作るようになったという経緯がある。

 できたら、現代日本でもブームになった生食パンが欲しかったけど、よくよく考えたら普通の食パンと生食パンとの違いがよくわからなかった。

 そもそも生食パンって、普通の食パンと同じように焼いてあるから、そもそも生じゃないのではないかと。

 そんな事情もあってバウルブルクのパン屋で売られているものをカットし、そこにバウマイスター辺境伯領産のチーズをタップリとのせる。

 そしてそれを……。


「炙るんですか?」


「チーズが溶けるようにね」


 本当ならオーブンでやる作業だけど、俺たちは魔法使いだ。

 火魔法を応用してパンを炙る。


「パンの部分は表面がカリカリ、サクサク。でも中はしっとり柔らかいままの状態がいい。火加減をしっかりと調整するのも魔法の訓練のうちさ」


 やりすぎるとパンが焦げてしまうし、火力が弱いとパンにのせたチーズが上手く溶けない。

 ここは慎重に作業を進めないといけない。


「これでいいかな。熱で溶けたチーズが実に美味しそうだ」


「いつ食べても、溶けたチーズは美味しいですからね」


「ベッティ、まだ仕上げが残っているんだ」


 準備しておいたお皿の上に焼けたパンを置き、溶けたチーズの上からハチミツをタップリとかける。

 これで、ハニーチーズトーストの完成だ。


「よし、早速いただこうか」


「「「はい!」」」


 完成したハニーチーズトーストを手に持ち、四人で頬張る。

 たっぷりかけたハチミツが手についてしまうが、それもこの料理の醍醐味だ。

 ハチミツがついた指を舐めるのも、 この料理の美味しさの一つだという意見もあるくらいだから。


「溶けたチーズとハチミツがこんなに合うなんて。下品なのはわかっていますけど、ついハチミツが付いた指を舐めてしまいます」


「チーズの塩気と、ハチミツの甘さが生み出す甘じょっぱさが最高です」


「この組み合わせは最高ですね。お兄さんにも教えてあげないと」


 ハニーチーズトーストも大変好評なので、これも簡単飯に認定しても問題あるまい。


「タップリバターとハチミツでもいいけどね。有塩バターの塩気と、ハチミツの甘さが組み合わさると最高だから」


「本当ですね。つい食べすぎてしまうかも」


「このあと、沢山魔法を使えばいいんだよ」


「それが一番だね。このバターハニートーストも、お兄さんに教えてあげないと」


 ベッティは、 なんだかんだ言いつつもお兄さんのことが心配なんだろう。

 兄思いのいい妹なのだ。


「料理に合わせるサイドメニューとしては、普通にありだからな」


 今日も簡単飯で充実したオヤツの時間をすごした俺たちは、日が暮れるまで魔法を使った土木工事に従事した。


「おおっ!  これは計画よりもだいぶ早く進んでおりますな」


「ローデリヒさん、きっと簡単飯のおかげですよ」


「簡単飯ですか? シンディ様」


「先生がオヤツで作ってくれたんです」


「なるほど。 相変わらず夫婦仲がよろしくて結構なことですな」


 簡単飯のおかげというか、段々と俺たちの魔法の腕前が上がっているからだろうけど。

 とにかく工事の進みが早くなったので、俺たちもそのうち魔法での土木工事から卒業できるかも……。


「お館様、バウマイスター辺境伯領は広大ですから、まだいくらでも土木工事の仕事はありますよ。いやあ、他の貴族なら数百年かかるところを、この調子でいけばお館様が隠居するまでにはおおよその開発計画が終わりそうでよかったです」


「……俺が隠居するまで? それって俺がお爺さんになるまでか?」


「ええ、そのぐらいはかかるでしょうね」


「そうなんだ……」


 いくら頑張って作業効率を高めたり、魔法が使える奥さんたち助っ人として導入しても、俺はお爺さんになるまでバウマイスター辺境伯領で土木工事を続けないといけないのか……。


「(オヤツで食べるものをもっと研究しないとな。お弁当ももっと工夫しようかな)」


 オヤツと食事が駄目だとやる気が起こらないので、これからも試作と研究を怠らないようにしようと決意する俺であった。

 えっ?

 そんなに大変ならやめればいいんじゃないかって?

 ……それは、バウマイスター辺境伯領で生活する領民たちに悪いような気もするし、前世の頃からの癖で、仕事が残ってると休んでても気分が晴れないから。

 社畜癖って、体ではなく魂に染み付いてしまうものなのかもしれない。





「今日の簡単飯はこれだ!」


「ミソを塗ったオニギリですか?」


「今日は普通ですね」


「でも、オニギリも美味しいですよね」


「これは、そのまま食べるものじゃないんだよ。まずは……」


 今日も土木工事に精を出し、オヤツの時間になった。

 アグネスたちが集まると、魔法の袋から味噌を塗ったオニギリを取り出す。

 このまま食べても美味しいけど、ここはもう一工夫。

 味噌オニギリを『念力』で中に浮かせつつ、火魔法で上面を炙っていく。

 すると、味噌の焼けるいい匂いが周囲に立ち込めた。


「焼きミソオニギリですね」


「ノンノン、さらに一工夫するのさ」


 焼き味噌オニギリを食べようとしたシンディを静止し、焼けた味噌オニギリを魔法の袋から取り出したお椀に入れる。

 そしてそこに、魔法の袋から取り出したヤカンに入っている熱々の出汁を注いだ。

魔法の袋に入れておくと温度も保てるから、冷蔵庫いらずで便利でいい。


「ミズホ産の煮干しと昆布で出汁を取ったものをタップリとかける。最後に刻みネギをのせて完成だ。味噌焼きオニギリを崩しながら食べると美味しい」


 焼き味噌と焼きオニギリの香ばしさ、出汁の美味しさと風味、味噌と出汁を吸ったお米の甘さに、ネギもいいアクセントになって最高のオヤツだと思う。

 食事としても優れているから、今度エリーゼたちにも作って出してみようかな。


「うわぁ、汁でご飯を浸しているのに、焼いた味噌とお米の香ばしさも楽しめて素晴らしい美味しさです」


「贅沢なオヤツですね」


「これ、料理としても素晴らしい出来ですね。お兄さんにも教えていいですか?」


 アグネスたちは、『焼き味噌オニギリの出汁かけ』を美味しそうに食べていた。


「今日は温かい出汁に入れたけど、焼き醤油オニギリと冷出汁の組み合わせも同じくらい美味しいと思うんだ。こっちは刻みネギじゃなくて、キュウリの薄切りとミョウガを冷出汁に入れるといいと思う」


「聞いているだけで美味しそうですね。食べてみたいです」


「私も!」


「先生、明日はそれを作って下さい」


「そうだな。明日はそれにしようか……あれ?」


「先生、どうかしましたか? あっ!」


 四人でオヤツの時間を楽しんでいると、強力な魔力の持ち主が高速でこちらに向かってくるのを『探知』した。

 俺が最初に気がつき、少し遅れてアグネス、ベッティ、シンディの順番で気がついたか。


「もう一秒早く気がつけると、先生としてはいいと思うな」


「かなり大きな魔力ですからね。誰なんでしょう?」


「アグネスでも、それはわからないのか。シンディとベッティは?」


「うーーーん、なんとなく覚えのある魔力なんですけど……」


「魔力で個人を見分けるのは難しいです」


「 なかなか先生のようにはいきません」


「このスキルはブランタークさんが突出していて、俺もまだまだ未熟なんだけどね」


 さすがに何年も一緒に生活してきた人物の魔力なので、魔力で個人を見分けるスキルを修行している俺でも誰なのかすぐにわかる。

 その人物が現れるであろう空を眺めていると、最初は黒い点しか確認できなかったが徐々に人間の形になっていき、ついには俺の妻の一人であるカタリーナであることが確認された。


「カタリーナは、ちょっと離れたところで土木工事をしていたんだっけ?」


「はい。ちょうどあの方向ですね」


 カタリーナはもうベテランなので、一人で現場を任されることが多くなっていた。

 建設会社でいうと現場の最高責任者である親方に就任したようなものだと思うけど、その出世をカタリーナ本人が喜んでいるのか、残念ながら俺にはわからなかったけど。


「カタリーナ、今日の分はもう終わったのか?」


「はい。私も大分この手の作業にな慣れてきましたから」


 カタリーナは初めて出会った頃と同じドレス状の装備と豪華なローブ姿なので、建設業従事者にはまったく見えなかったが、 下手な重機よりも圧倒的に仕事ができるので、現場からはとても重宝されていた。


「じゃあ、こっちを少し手伝ってくれないか? 終わったら一緒に帰ろう」


「それは構いませんが、ヴェンデリンさん、少し冷たくありませんか?」 


「冷たい? なんで?」


 カタリーナから突然非難され、俺はその理由がわからずに困惑してしまった。


「(俺が冷たい? 常日頃から、ちゃんと夫婦のコミュニケーションを取っているはずだぞ)」


 カタリーナだけに冷たくしているとか、そんな記憶は微塵もないのだが、俺はなにか見落としていたのであろうか?


「そうか? いや、確かにここのところ一人で別の現場を任せているけど、それはアグネスたちよりもベテランだからであって……」


「そういうことではありません!」


「じゃあ、どういうことなんだ?」


「それです!」


 カタリーナが指差したのは、俺たちがオヤツで食べていた焼き味噌オニギリの出汁かけの入ったお椀だった。

 もしかして、彼女もこれを食べたかったのか?


「でも、これはとても簡単な料理だぞ。前にカタリーナは、オヤツのラインナップは充実させていると言ったじゃないか」


 カタリーナも土木工事で沢山魔法を使うので、沢山のオヤツを常に用意していると言っていた。

 魔法の袋があるので、帝国、ミズホ、バウルブルク、王都の有名製菓店のものやら、彼女は料理も得意なので、俺が教えたお菓子も大量に作って保存している。

 そしてそれらのお菓子などを、オヤツの時間に楽しむわけだ。

 カタリーナがよく口にするダイエットとは真逆のことをやっているのだが、お菓子を食べ過ぎて彼女が太ったという事実もなく、ローデリヒに頼まれるがまま魔法を駆使し続ければ、そう簡単に太れるものではない。

 なにしろ、ローデリヒは人遣いが荒いからな。

 問題なのは、それだけ充実した大量のオヤツを持っているのに、俺が作る簡単飯が必要なのかって話だ。


「この前、王都で予約しないと購入できないケーキを手に入れることができて自慢してたじゃないか。それを食べればいいのでは?」


「それは魔法の袋にしまってあるので、いつでも食べられるではないですか。アグネスさんたちとばかりオヤツの時間を楽しんで、私を誘わないというのは公平だと思います」


「別の現場だから、同じ時間にオヤツを食べるのは難しいんじゃないかと思ってさぁ……。移動するのに時間もかかるだろうから」


 実は俺たちとカタリーナが土木工事をしている現場は、 直線距離にして百キロ以上離れているんだけどなぁ……。

 普通に考えたら、俺たちがオヤツにカタリーナを呼ぶ方が変だ。

 移動の手間を考えると、普通の人は嫌がるどころか、会社からパワハラ扱いされかねないのだから。


「私もヴェンデリンさんの妻です。私に食べさせてくれないなんて不公平だと思いますわ」


 それを言われると事実なので、心苦しい面もある。

 カナリーナの言い分は正論ではあるので、俺は彼女の分の焼き味噌オニギリの出汁かけを素早く作って出してあげた。


「甘くないオヤツだから、カタリーナに気に入ってもらえるかどうか……」


 カタリーナは、オヤツといえば甘い物な人だ。

 だから世界中からありとあらゆるお菓子を大量に集め、魔法の袋にストックして好きな時に食べている。

 あきらかに魔法の袋に溜め込んでいる量が尋常ではないのだが、別に腐るわけではないし、健康状態が心配になるほど大量に食べているわけではない。

 俺が 同じことをすると、アマーリエ義姉さんに怒られてしまうけど。

 甘い物をよく口にするのはダイエットによくないような気もするが、そこはダブルスタンダードと言うか、心に棚を作るタイプなんだと思う。

 どうせ魔法使いなので、少しぐらい食べ過ぎても沢山魔法を使うとすぐに痩せてしまうというのもあった。

 俺は土木工事は義務感でやっているのだけど、カタリーナの場合、魔法の訓練になるし、貴族としてノブレスオブリージュを実践できるし、太りにくくなるので、バウマイスター辺境伯家の人間の中では一番楽しんでやっていると思う。


「こういうオヤツもいいですね。お出汁の美味しさが心を落ち着かせます。ご飯なのでお腹も落ち着きますし。ところで、これまでにもいくつかアグネスさんたちにお料理を出していたとか?」


「(カタリーナは別の場所で一人で仕事をしていたのに、どうして知っているんだろう?)まだ食べる?」


「ヴェンデリンさん、 私も妻なのですから不公平はよくないと思いますわ。これまでに作ったものもお願いします」


 確かに正論なんだけど、いくら魔法使いでもあまり食べ過ぎると太るような気が……。

 俺は別の日に作った、バター醤油ご飯削り節のせ、油そば、ハニーチーズトーストも作って出すと、カタリーナはそれを美味しそうに食べる。

 『オヤツにしては量が多いのでは?』とか、『ダイエットはいいのか?』とか。

 これからも夫婦生活を円満に続けるため、そういうことは聞いてはいけないような気がする。


「どの料理も材料が少なく、手間がかからずに作れるからオヤツの時間に食していたのですね。どれもとても美味しいですわ」


 アグネスたちよりも食が太いカナリーナは、俺が出した簡単めしをすべて美味しそうに平らげてしまった。

 魔法の袋があるんだから、入れておいてあとで食べればいいのに……。

 と、正直に言わないことが夫婦円満の秘訣なんだと思うことにする。


「実に美味しかったですわ」


「あと二~三時間で夕食なのに、そんなに食べて大丈夫か?」


「ご安心を。 軽食ばかりですし、食べると太りやすいので量をコントロールしている甘い物ではありませんでしたから」


「えっ? ハニーチーズトーストはハチミツがかかっていますよね?」


「メインは甘くないパンとチーズですから大丈夫ですわ」


 ベッティの追求を軽くかわしたカナリーナだが、俺も頭の中が疑問でいっぱいだ。

 甘い物は太るけど、簡単飯は甘くないし軽食だから太らない。

 そんな風に考えられるカタリーナのダイエット理論って、かなり破綻しているのでは?

 俺の簡単飯って炭水化物が多めなので、それは糖質だから食べ過ぎると太るような……。

 とはいえ、魔法使いであるカタリーナなので、よほど食べ過ぎなければ大丈夫か?


「ヴェンデリンさん、お屋敷に戻って夕食にしましょう。今日はなにが出るのでしょうか?」


 結局カタリーナは、屋敷で出された夕食も普通に食べ、翌日以降も俺が作る簡単飯の数々を必ずオヤツの時間に食し、一人で土木工事をしている合間にも間違いなく魔法の袋に収納してあるお菓子をちょくちょく摘まんでいるはずだ。

 どうして俺にそれがわかったのかといえば……。


「…… お腹のお肉が摘まめる……」


「ヴェ! ヴェンデリンさん! いきなりなんですか?」


 夜の夫婦の時間。

 このところ、カナリーナが少し太ったような気がするのでちょっとお腹の肉を摘まんでみると、簡単に摘まめてしまった。

 どうやら、簡単飯の炭水化物過多の影響で食欲が増大し、普段の食事や、たまに食べる甘いオヤツの摂取量が増えすぎてしまったようだ。

 まさか、簡単飯にこんな弊害が存在するとは……。


「簡単飯は太りやすいかなぁ……」


 なにしろ炭水化物が多いから。

 だからこそ、とても美味しいのだけど。


「先にそれをおっしゃってください!」


「その前にカタリーナから、もの凄い勢いで自分も食べたいって言われちゃったからさぁ……断るのも悪いから……」


 俺は愛する妻の願いを叶えてあげただけなのに……。


「ダイエットですわ! ダイエットをしなければ!」


「じゃあ、ダイエット用のオヤツを用意するから。俺たちも明日から、同じものを食べることにするよ」


「是非お願いします!」


 俺たちもいくら魔法を使えばいいとはいえ、食べ過ぎはよくないからな。

 そして翌日。

 俺とアグネスたちは、オヤツの時間にミズホ産のスルメを火魔法で焼いて食べていた。


「勿論マヨネーズはナシで。固いスルメをひたすら噛み続けると、満腹中枢を刺激するのさ。だからとても少ない量で満足できる」


「なるほど。 噛めば噛むほど味が出て美味しいですね」


 別にアグネスにダイエットが必要とは思えないが、自分で焼いたスルメを美味しそうに噛み続けていた。


「先生、それは?」


「ニボシだよ。これも沢山噛んで食べると美味しいよ。骨も頑丈になるし」


「先生って博識ですね」


 シンディはニボシを気に入ったようで、美味しそうに食べている。

 実は、ブランタークさんが酒のツマミでよく食べているものだけど。


「ジュースも飲んでいいんですね。あっ、でも……」


「トマトジュースさ。これも太りにくいから」


「私は大丈夫ですけど、苦手な人が多そうですね」


「私はちょっと苦手です」


「私も」


 無塩トマトジュースも作らせてみたんだけど、アグネスとシンディは一口飲んでから微妙な表情を浮かべていた。

 ベッティは大丈夫そうだ。


「健康にいいから、今度販売しようと思ってさ」


 他にも野菜ジュースとか?

 ただ、 フルーツジュースを混ぜると糖質過多になってしまうから、健康効果を全面的に押し出して売るには、美味しくなくてもトマトと野菜だけで作った方がよさそうだ。


「天然塩を少し入れて飲みやすくする手もあるか……。でも、無塩の方が健康にいいと言って売り出せば、貴族の女性は買うかもしれない」


「先生って、とても商売熱心ですよね」


「半分趣味だから」


 アグネスにそう言ってから、無塩トマトジュースを飲み干す俺。

 ただ、確かに健康にいいのかもしれないけど、俺たちは別に太ったわけではないので、また美味しい簡単飯生活に戻るとしよう。

 カナリーナは、しばらく健康的なオヤツを食べて元の体型に戻らないといけないというか、本人が納得できないだろうけど。





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