閑話28 制服(後編)

「初めまして。ルイス・フォント・アデナ・エングス子爵と申します」


「バウマイスター辺境伯です」


「お噂はかねがね。なにしろ貴殿は、あのセーラー服を生み出した偉人ですからね」


「ははは……偉人は大げさだなぁ……(前世の知識から勝手にパクっただけだし、極少ない夜のお店向けと、 俺が個人的に妻たちにプレゼントしたセーラー服が、どうしてそこまで評価されているんだ?)」


「実は私、以前からとある構想を練っていたのです! それは、貴族の子女が通うアカデミーほど専門的ではない、一般的な教養や、貴族としてのマナーや常識などを教える、冒険者予備校みたいなところを作ろうと。血縁や寄子・寄親の関係以外で、貴族の子弟同士で交友を深めさせ、将来に繋げるという目的もあります。同年代の少年、少女たちが青春時代を過ごす、学びの場というものを作りたいのです!」


 このおっさん、この世界でスクールカーストを作り出そうとしているのか……じゃなかった。

 教育レベルを上げるのは悪い話じゃないけど……。


「名づけるなら、貴族学校ってところですか?」


「ええ、貴族たちの子供に対する教育は、教会に通うか、個々の家に任されています。ですが、教会には受け入れ限界がありますし、下級貴族は子弟に対する教育の質が低かったりします。今のままではなかなか役職ナシの状態から脱することができません。そこで、同年代の貴族の子弟たちが切磋琢磨し合い、それを将来のために活かして欲しいのです」


「しかしながら、せっかく貴族学校を卒業しても、結局役職に就けないのでは通った意味がないという結論になって、以後は入学者数が激減するかもしれません」


「現在、南のガトル大陸の開発が大々的に進んでおり、貴族やその子弟が役職に就ける機会が今後増えていきます。なので入学試験に合格し、貴族学校でしっかりと教育を受けた者たちに仕事を与えることができるはずです」


 東大陸の探索も始まっているから、これからは選ばなければ役職に就ける人が増えるのだった。

 それなら貴族の子弟たちが学校で、家庭や教会で学び忘れたものを学ぶのは悪くないか。


「それなら希望者が殺到するかもしれませんね。なにより、寄親・寄子関係や趣味の交友以外で、貴族やその子弟が人脈を繋ぐことができる。ただ、試験で入学者を選抜するのはいいのですが、もし大貴族の子弟たちに不合格者が続出したら、それはそれで問題になりませんか?」


 貴族というのはプライドが高いので、自分の子供がバカだと世間に知られるのを恐れ、学校の継続を妨害したり、入試方法自体を自分たちが有利なものに変えてしまうかもしれない。


「そこは、王国政府に予算を出してもらう兼ね合いもありまして……。大貴族には推薦枠が作られますし、王都は広いので貴族学校はいくつか作られる予定です」


「(複数の学校を作るということは、同じ貴族の子弟でも実家の力で通う学校を分けるのかな? ただ、同じような家庭環境の生徒たちのみで固まると学校の意義が薄れるから、上位の学校でも下級貴族の子弟でも成績優秀な者たちを一定数入れるとか? そして、駄目な大貴族の子弟向けの推薦入学という名の裏口入学……)そこは仕方がないかもしれませんね。それで、俺が貴族学校のために制服をデザインすればいいのですか?」


「ええ、あと男性用の制服もですね」


「わかりました(適当なブレザーか詰襟でいいか……)」


 これまでなかったのが不思議だったが、ようやく王都に貴族の子弟が通う学校を作るのだそうだ。

 今後、ガトル大陸のみならず東大陸の探索と植民が始まると、貴族が就ける役職が増えていくが、バカばかりでは困る。

 特に、何代も役職がなかった貴族の子弟の教育レベルはかなり怪しいそうだ。

 真面目に教会に通って勉強をする者たちも多いが、まったく勉強しないバカな子弟たちもおり、これならちゃんと教育を受けた平民を登用した方がいいという話になってしまう。

 俺もそれでいいような気がするが、そのせいで役職がない貴族たちが不満を溜め、王国を政情不安に陥れても困るわけで。 

 彼らを纏めて貴族学校に放り込み、平等に教育することが目的……俺にこういう話を持ってきたということはもう本決まりなのであろう。


「学校は複数あるので、制服の種類はすべて変えてほしいのです」


「どこの学校の生徒か、制服で区別するんですね」


「はい」


 現代地球みたいに学校間で格差が出てしまうが、ある程度競争させないと学力が上がらないので仕方がないか。


「男子は、将来役職に就くために必要な基礎学力や、マナーなどの習得確認と、それができていなかった時の再訓練。女子は貴族の家に嫁いだ時に恥をかかないための知識、マナー等の習得ですか」


 貴族学校は、男子校と女子校に分かれるとエングス子爵から説明を受けた。

 その辺は、現代日本とは違うので仕方がないか。

 俺がどうこう言ったところで、男女共学になるわけじゃないからだ。


「男子の制服、どうしようかな?」


「お任せしますが、生徒が入学したくなるような格好いいものをお願いします」


 世界は違えど、格好いい、可愛い制服で生徒を釣るというのは同じなのか。

 エングス子爵としても、貴族学校の設立に成功すれば飯のタネになるから、少しでも成功率を上げようと必死なのだろう。


「では早速、制服のデザインについてお店と相談してきます」


「キャンディー洋裁店ですな。あのお店は有名ですからね」


「ええ、あそこに頼むのが一番確実なので」


「そうでしょうね」


 キャンディーさんは高価なオーダーメイド品も縫製でき、貴族たちから依頼を受けることも多いので、かなりの有名人だった。

 エングス子爵は、俺がキャンディーさんに制服の縫製を依頼するので安心したようだ。

 俺は彼と別れ、エルを連れてキャンディーさんの洋品店へと向かった。


「あら、バウマイスター辺境伯様もエルヴィンちゃんもしばらく。今日は貴族学校で生徒たちが着るお洋服の相談かしら?」


「さすがはキャンディーさん、耳が早いですね」


「私もいい年だから、色々とおつき合いがあるの」


 エルが、すでにキャンディーさんが俺たちが依頼する仕事の内容を知っていたので驚いていた。

 さすがは、元優秀な冒険者というか……。

 かなり太い情報源を持っているようだ。


「女性用のセーラー服を数種類、この前試作してもらったものよりも、素材と縫製のグレードを上げてください。大貴族の娘が外で着てもおかしくないレベルに。あと、下をスカートにした『ブレザー』タイプの制服の簡素なデザインを持ってきました。男性用は、やはりブレザーと詰襟タイプの制服ですね」


 まんま、現代日本で学生が着ている制服だったが、ボタンを金箔にしたり、胸の部分に家紋を刺繍できるようにしたり、 やはり高品質なコート、シャツ、靴下、鞄、靴などもセットとするアイデアを出し、貴族の子弟が着るに相応しいボッタクリ……じゃなかった、高価な制服となっていた。


「バウマイスター辺境伯様、相変わらず絵がその……」


「あっ、エリーゼが清書したやつです」


 そっとエルが、エリーゼに清書してもらったという制服の絵をキャンディーさんに差し出す。

 というか、いつの間に……。

 ああ、俺が描いた制服の絵は、書斎の机の上に置きっぱなしだったな。

 エルがそれを見て、エリーゼの下に駆け込んだのか……。


「これならわかりやすいわ。バウマイスター辺境伯様って、斬新なお洋服のアイデアを思いつくのに、どうしてこんなに絵が下手なのかしら?」


「苦手だから……というか、エリーゼが清書って! エルが頼んだのか?」


「だって、お前の描いたデザインって、どうせ誰かが翻訳、清書しないと、細かい部分が全然わからないじゃないか」


「ううっ……」


 言い返せない……。

 確かに、俺よりもエリーゼの方が絵が上手だし、これは内助の功だけど微妙な気分だ。

 それに細かい部分は口で説明すればわかってもらえてたわけで……今のキャンディーさんは忙しいから駄目か。


「『ブレザー』ってのは、男性はズボンで女性はスカートなのね。シャツが見えるから、男女共に品質を大幅に上げないと。白い糸で家紋の刺繍とかも可能にすればいいわね。スカートは、あまり短くすると夜のお店用になって下品なんだけど、貴族の女の子たちも、お嫁入りする前は学校で楽しく過ごしたいし、少し冒険したい年頃じゃない。長すぎるスカートだと普段着ているドレスと変わらなくなってしまうから、スカートの長さの調整は結構神経を使うと思うわ」


 さすがはキャンディーさん。

 実際に制服を着る貴族女性の視点で考えることができるなんて……。

 確かに女子高生は、スカートの丈を短くしたくなるものだ。

 でも短すぎると、下品で貴族としてどうなのかと親から言われてしまう。

 親から文句を言われない、ギリギリの短さというものを追求しないといけないのか。


「男子は……そうねぇ……。バウマイスター辺境伯様、なにかいいアイデアはないかしら?」


「見えない制服の裏側の縫製と布の品質に拘るべきでしょうね。上着の裏側にはネームの刺繍を許可します。金糸で刺繍すれば、貴族も満足するのでは? 」


 男子の制服だが、こちらはあまり派手にできない。

 だが、貴族には見栄っ張りが多い。

 ブレザーや詰襟はシンプルな作りの服なので、使用する布地のグレードを上げたり、金ボタンを純金製にするとか、あとは見えない裏地に拘るかだな。

 『制服』だから外観を変えては意味がないので、見えない部分に金をかけさせて見栄を張らせるわけだ。


「見えない部分にお金をかけさせる。その考え、面白いわね。貴族たちも気に入るかも」


 着物の羽織裏や、不良学生の制服の裏の刺繍みたいなものだ。

 見えない部分に金をかけさせる。

 そういう『粋』なことが好きな貴族は絶対にいるはず。


「私はそれで儲けるわけね。頑張って試作してみるわ」


 それから一ヵ月後。

 キャンディーさんから制服の試作品が完成したという連絡が入ったので、俺とエルで取りに行き、王都にあるバウマイスター辺境伯邸での披露となった。

 セーラー服は数パターンあるが、まさに現代日本のお嬢様学校風といった感じだ。

 フィリーネ、ルイーゼ、ヴィルマ、アグネス、ベッティ、シンディ、レーア、他屋敷の若いメイドたちに試着してもらっているが、お嬢様学校風のセーラー服とブレザーは女性に好評だった。

 オプションというか、靴や学校用のカバンもキャンディーさんの知り合いの職人に作ってもらったけど……というか、キャンディーさんの交友関係は凄いと思う。

 これも貴族が持つに相応しいグレードなので、試着しているみんなも楽しそうだ。

 若い子は、お洒落なものに敏感だからな。


「こういうのを着ていると、学校に通いたくなるかも」


「今から通っても、ルイーゼは特に違和感ないけどな」


「そういうエルは、もう辛いお年頃だねぇ」


「他に試着する奴がいないから仕方がないじゃないか」


 男性用の制服もあるので試着しているが、試着用に呼び寄せた家臣の子弟が足りなかったので、エルが詰襟の制服を着ていた。

 確かに、今のエルが着るとちょっと厳しい?

 あっでも、軍服に見えなくもないか。


「設立する学校の数と場所は聞いているので、これでいいはずだ」


 『瞬間移動』でエングス子爵を呼び寄せ、彼にも見てもらうが、金に糸目をつけさせなかったのがよかったみたいだ。

 とても満足していた。


「この制服が着れるとなれば、大貴族や王族も貴族学校に入学してくれるでしょう」


 制服で釣るってどうかと思うけど、これも教育レベルの向上のためだ。


「あっ、そうだ! エングス子爵に一つ相談があるんですよ」


「相談ですか?」


「ええ、貴族の学校とは別に、裕福な平民向けの学校を作ったらどうかなと」


「平民にですか?」


 エングス子爵は貴族なので、やはりそういう反応になるか。

 しかし、平民用の学校を作るとこんなにメリットがあるんですよと説得すれば、きっと彼も賛成してくれるはずだ。


「正直なところ、これからは貴族だけではヘルムート王国の行政は回らなくなるのでは?」


 現在の王国は、次々と未開地の開発が進み、人口も増え続けている。

 それに加え、これから開発が始まるガトル大陸と、探索が始まる東の大陸の殖民が進むと、絶対に軍人や役人の数が足りなくなるはずだ。


「下士官、下級役人になれる最低限の学力を持つ平民の子弟を育てる学校は必要ですよ」


「ですが、役職に就ける貴族の子弟が払底しているわけではありません。今の段階で平民の学校を作るのは早計だと思います」


「いやぁ、今から作らないと遅いですよ」


 就業期間を何年にするか決まっていないけど、最低でも三年は勉強させないと駄目なはずだ。

 

「来年から入学させて、卒業したら四年後。その頃には、役人不足が深刻になりますよ。それに、卒業生全員が役人になるわけではありません」


 基礎学力があれば、商会や各種ギルドでも欲しがるところはあるはずだ。

 もし基礎学力がある人材の取り合いになったら、すぐに人は足りなくなってしまう。

 それに……。


「役職ナシ貴族の子弟でも、絶対に働かない人たちっていますよ。エングス子爵もそう思いませんか?」


「そう言われると、思い当たる貴族たちが何人か……」


 だって、働かなくても年金が出るんだから。

 役職がないと恥ずかしいと思う人ばかりじゃないはずだ。

 現代社会でも、いくら失業率を低下させて人手不足状態にしても『働きたくないでござる!』な人たちはいるのだから。

 社会保障がないこの世界の平民は働かないと飢え死にするので、嫌々でも働くが……犯罪に走る人もいるけど……年金がある貴族で意地でも働かない人はいるはずだ。


「なので、今から基礎学力がある平民を用意しておかないと駄目ですよ。女子の学校は、嫁入りするのに箔がつくじゃないですか」


 エングス子爵には、女子高は嫁入り修行の一環だと言っておく。

 女性も男性と同じように働くってのがまだ難しい世界だけど、人手不足になれば女性でもいいという職場も増えるはずだ。

 なにしろ、ヘルムート王国の経済は成長し続けているのだから。

 実際、嫁入りするまで、ギルドや商会で働く女性も多かった。

 さらに現在、魔族の国の影響で、家電製品型の魔道具が急速に普及しつつあった。

 家事の負担が減れば、自然と結婚しても働き続ける女性が増えるはずだ。

 表立って女性も働いた方が……と、バウマイスター辺境伯たる俺が言うと世間からの抵抗が大きいので、自然とそうなるようにする。

 いや、俺がなにもしなくても、じきにこの世界もそうなっていくはずだ。


「王国政府の予算も有限なので、最初は学費を支払える裕福な平民のみですけど。学校が増えると、貴族の子弟の仕事が増えますしね」


 運営や教師は、最初どうしても貴族の子弟に任せるしかないからだ。

 

「(学校設立で予算が増え、貴族の仕事も増える。反対はしないだろう)」


「教会はどうしましょうか? あそこも、貴族の子弟たちの教育をしていますからね」


「あそこは元々無料じゃないですか。平民で貧しいが、頭がいい子供たちをもっと受け入れてもらえばいいですよ」


 現状では、優秀なのに平民で家が貧しいから教育が受けられない人は、教会に任せるしかない。

 実際、可能な限り受け入れているからな。

 貴族や富裕層の子弟が教会から学校へ移った分、そういう子供たちを受け入れて教育すれば、教会の評判も上がるだろう。


「ホーエンハイム枢機卿にも提案してみます」


「それなら大丈夫そうですね。現在急ピッチで校舎を建設中ですし、上手く行けば学校の数も増やす予定です。バウマイスター辺境伯には、これからも制服の製作を頼むことになるので、これからもよろしくお願いします」


 俺がデザイン……パクった?……セーラー服、ブレザー、詰襟に満足したエングス子爵は、満足そうにそれを持ち帰った。

 そして翌年、十校ほどの貴族学校、裕福な平民向けの学校が開校し、事前に宣伝した制服のおかげで入学希望者が殺到したらしい。


「でも、ヴェルは制服のデザイン料だけ貰って、他の貴族たちみたいに『学校利権』争奪戦に加わらないのね」


 新しい公共事業の影に、激しい利権争いあり。

 だが、それを求めるのが貴族の本能であり、なぜか利権争奪戦に加わらない俺に、イーナが不思議そうであった。


「おおっ、藤子もルルも似合ってるな」


「お館様、このセーラー服はいいな。俺も気に入ったぞ」


「勉強を教わる時は、これを着るようにしますね」


 キャンディーさんに頼んで、藤子とルルにも子供用のセーラー服を作ってもらったけど、本人たちもとても気に入ったようだ。

 嬉しそうに俺に披露しているが、可愛いものだな。

 

「俺は、制服の普及に尽力した。それでいいじゃないか」


「欲がないのね……」


「失礼します。バウマイスター辺境伯様、学校が建設される周辺の土地ですが、可能な限り押さえましたよ」


「ああ……そういう……」


 普段は滅多に顔を見せないリネンハイムの登場で、イーナも気がついてくれたか。

 王国政府の学校予算は、王都の法衣貴族たちに降って湧いた新しい飯のタネだ。

 そこに在地貴族である俺が加わったら、出しゃばりだと思われ、下手をしたら集中砲火を浴びてしまう。

 それに、教師や職員をコネで送り込める権利を少し得たところでな。

 下手したら俺に教師役をやれと言われ、面倒なことになってしまう。  


「臨時講師は、バウルブルクの冒険者予備校で十分さ。それにだ。じきにバウマイスター辺境伯領にも学校が必要になるはずだ」


 多分、ブライヒレーダー辺境伯あたりは動き出しているんじゃないかな。

 あの人は根っからの文系人間だから、領内に学校を欲しがるはず。

 

「(ブライヒレーダー辺境伯が、ブライヒブルクに作った学校で詩作を教えると言い出したら困るけど……)もしそうなったら、家臣の一族を運営や教師に回せばいい。無理に王都の学校に手を広げる意味はないさ」 


「それで、別の利権をこっそりと得るのね。リネンハイムさんと組んで」


「はい、イーナ様。学校ができれば、そこに毎日のように生徒たちが集まります。彼らには購買力があり、学校が終わったあと、学校の近くに魅力的なお店があれば……」


「儲かるんですね」


「はい! 商売は立地が命ですから!」


 現代日本でも、大学周辺に学生目当ての飲食店や、若者向けの店舗が集中している。

 これを真似すればいいのだ。


「俺は、学校自体には手を出さない。適当に新しい学校の制服をデザインするけど、大半は制服を縫うキャンディーさんに任せるから」


 例は見せたので、あとはキャンディーさんが新しい制服のデザインを上手くしてくれるだろう。

 丸投げとも言うけど。


「あっそうそう。バウマイスター辺境伯様が考案した『不動産債権』ですか。バウマイスター辺境伯家が資金を出し、リネンハイム不動産が買い占めた土地を運用、毎年債券の利息をバウマイスター辺境伯家へ支払う。実に洗練された仕組みですね」


 表向きの、学校周辺にある商売的に美味しい土地や店舗の所有者はリネンハイム不動産だが、俺はその資金を債券にして提供している。

 リネンハイム不動産は、バウマイスター辺境伯家に毎年決められた利息を支払いつつ、元本も返済する。

 金額が大きいので三十年返済だが、その間はバウマイスター辺境伯家は利益を得られる寸法だ。


「飲食店のチョイスなども、通う生徒たちの経済状態を見て決めるから、そのアドバイス料もかな。いくつかの教師の枠に家臣の子弟を送り出せても、その件で王都の法衣貴族たちに恨まれても嫌だし」


「幸いといいますか、この私とバウマイスター辺境伯様のやり口に気がついている貴族はまだいませんから。学校はまだまだ増える予定だそうで、制服をデザインするバウマイスター辺境伯様は、事前にその場所を教えて貰えます。これほど商売上有利なことはありませんよ」


 学校の場所は、制服デザインの参考にするから聞いておかないと。

 地区の特性とかある……嘘だけど!


「誰にも気がつかれない利権を得ても、恨みは買わないからな」


 俺が学校利権に関わらないと知り、エングス子爵もご機嫌だった。

 大したことない利権を求めて他の貴族たちに恨まれるよりは、誰も気がついていない方法で利権を得た方がいいに決まっている。

 一部の利権を手放すのも、それに気がつくとちょっかいをかけてくる貴族たちが出てくるからだ。

 それに、これから学校は次々と誕生するのだから。


「学校が増えて、どんな人でも平等に学べる世を目指しましょう」


「学校につきましては、もしかしたら、教会も本格的に学校を作るかもしれません」


「それは、ホーエンハイム枢機卿からの情報かな?」


「教会内で慈善事業で教えるよりも、ちゃんとわかりやすく学校を作った方がいいのではないかと。教えられる人数も増えますから。ケンプフェルト枢機卿も大賛成で、商人たちからも寄付を集めるとか」


 教会が、慈善事業で学校を作るのか。

 そのうち、神学校とかもできそうだな。

 いや、将来はミッション系のお嬢様学校とかも作りそうだ。


「制服のデザインを、実績のあるバウマイスター辺境伯様に依頼する予定だそうで……」


「学校の建設予定地はわかるのか?」


「それはこのリネンハイム、教会やホーエンハイム枢機卿とのお付き合いも長いですから」


 リネンハイムは、教会を建てる土地を探すのが上手だからな。

 だからこんな情報も掴んでこれるのだ。


「じゃあ、事前に周辺の土地や店舗を押さえないとな。資金は出すよ」


「さすがにリネンハイム不動産の資金力だけでは難しいので、大変助かります」


「人々の生活レベルを上げるには、教育レベルの向上が必要だからさ。そのためなら、俺は大金を出しちゃうよ」


 ローデリヒに相談したら、ほぼリスクもなく儲かるので反対されなかったんだよな。

 だから大金を出せてしまうのだ。


「いやあ、バウマイスター辺境伯様は真の篤志家ですねぇ」


「そんな風に言われると恥ずかしいじゃないか」


 バウマイスター辺境伯領を発展させつつ、社会をよくしていく。

 これぞ、ノブレス・オブリージュってやつさ。

 

「学校周辺でいいお店ができたら、俺も買い食いに行けるし」


「それが真の目的? それはそうと、ヴェルって段々貴族らしくなってきたわね……勿論褒め言葉よ」


 イーナが褒めてくれたけど、どこが釈然としない表情も混じっていた。

 俺もバウマイスター辺境伯領の領民たちの生活に責任があるので、取れる利権は確実に手に入れておかないと。

 そして翌年より始まった学校であるが、徐々に様々な身分の子供たちが通う新設校が増えていき、王都は『学校都市』としても有名になっていく。

 次第に国中から生徒たちが集まるようになり、さらなる人口増と経済発展をもたらすのであった。





「おおっ! フィリーネ、その服は?」


「お父様、ヴェンデリン様にプレゼントしていただいたのです。王都の子女は、この『セーラーふく』で学校に通うそうです」


「なるほど……。ブライヒブルクでも学校を設立しましょう!」


 制服のせいばかりではないが、ブライヒブルクを始めとする大貴族の領地でも、徐々に学校が整備されていくこととなる。

 そして、なぜか俺が『学校教育の父、制服の父』と呼ばれるようになったが、その頃にはすでに俺は死んでいたけど。

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