閑話28 制服(前編)
「ううむ……」
「どうした? ヴェル」
「そういえば冒険者予備校の生徒たちって、制服を着ていないなってさ」
「セイフク? なんだそれは? どこかを征服するのか?」
「まずはそこからか……。あとエル、下手なダジャレをありがとう」
「それは褒められているのか? で、セイフクってなんだよ?」
「学校に通っている生徒を他の人たちと区別するため、登下校時と校内にいる間は同じ服を着てもらうのさ。それが制服」
「そのセイフクって、冒険者予備校が支給するのか?」
「生徒が自分で購入するのさ」
「現実的じゃないな。一年間しか通わない冒険者予備校の生徒たちに過度の負担を強いるのは。そんなお金があったら、新しい装備を買う資金を貯める方がいいに決まっている。無理にそんなルールを強いた結果、装備を入手するのが遅れた冒険者が、怪我をしたり死んでしまったら後味が悪いなんてもんじゃないぞ。やめておけって」
「ううっ……、正論すぎて反論できない……」
バウルブルクの町を歩いていたら、冒険者予備校の正門から生徒たちが下校する姿を目撃した。
彼らは学生だが冒険者でもある。
ゆえに、日本の学校のように制服を着ているわけではない。
そんな彼らを見ていると、元日本人である俺はどうも違和感を覚えてしまうのだ。
そこで、冒険者予備校に制服を採用するアイデアを出したのだが、エルによって即座に否定されてしまった。
しかも、その言い分が正論すぎて反論できないという。
「ヴェンデリン様、セイフクとはアカデミーに通う人たちが着ているようなものですか? ですが、座って勉強することが多いアカデミーの学生が着る制服を、実技もあって動くことが多い冒険者予備校の生徒さんたちが着ると動きにくいと思います」
エリーゼからも否定されてしまった。
そういえばアカデミーに通う生徒たちは、常にアメリカの大学生が卒業式で着るようなアカデミックドレスに似たローブを纏い、四角い板のようなものがついた帽子を被っていたのを思い出した。
厳密に言うとこの世界にも制服はあるわけだが、そんなものを着ているのはアカデミーに在学中の人たちくらいか……。
学校の機能がある教会の人たちが着る修道着は、正確には制服ではないからな。
しかも、神官たちは教える方なわけで、教会で読み書きを教わっている人たちは、当然制服なんて着ていなかった。
「ヴェルは、冒険者予備校の生徒たちに着せるセイフクとやらのデザインは考えているの?」
「当然」
前世での俺は、中学、高校と制服を着て学校に通っていたかな。
それをそのまま再現すれば、問題なく制服は完成する。
「ヴェルってば、まったく美的センスがないのに、たまに斬新で素晴らしい服をデザインするよね」
「でも、裁縫は全然できないのよね。不思議なことに」
確かにイーナの言うとおり、俺は不均等な縫い目の雑巾を縫うことしかできない男だが、前世の記憶と言う圧倒的なアドバンテージを持っている。
だからこれまでにも、多くの現代日本の服をこの世界で再現してきたのだ。
「……裁縫ができなくても、服のデザインを思い浮かべることは可能だからな」
「もしかして、もうセイフクとやらは完成しているかしら?」
「試作品だけど、キャンディーさんに頼んだからね」
「キャンディーさんねぇ……。確かに彼女なら簡単に作っちゃうだろうけど」
イーナは、キャンディーさんの女子力の高さを正確に測れる女だ。
それと、実はセーラー服はすでに商品として存在した。
以前、メイド服を作った時に色々な現代日本の服を試作したのだが、夜のお店の女性たちに斬新なドレスとして人気が出て、キャンディーさんが商品として販売していたからだ。
それを少し手直しするだけで、冒険者予備校の試作制服は完成するって寸法だ。
「実はもう頼んでいて、完成しているだろうから、王都のキャンディーさんのお店に取りに行ってくるよ」
それからすぐに『瞬間移動』でキャンディーさんのお店に飛び、完成していた注文品を受け取って屋敷に戻った。
すると、制服に興味のあるエリーゼたちが待ち構えていた。
「俺も含めて冒険者予備校に通ってた人は、もう卒業してしまったから興味ないと思ったけど」
「もう必要はないんだけどさ。冒険者予備校に通っていた時、『これがあったらなぁ……』って思ったんだよ。 セイフクなら毎日同じ格好でいいけど、私服で毎日同じ服装ってわけにいかないじゃないか」
カチヤは本当に俺に似ている。
前世の俺も学生の頃には、『制服がない学校に通いたくないなぁ……』って思っていた。
服装自由の学校って、ある程度のファッションセンスと財力がないと辛いからな。
この世界の人間は現在日本人よりも貧しいから持っている服は少ないが、さすがに一週間同じ服を続けて着るのはどうかという風潮がある。
もし制服があれば、冒険者予備校に着ていく服に悩まなくていいのだから。
「ヴェル様、セイフク見たい」
「誰か、試着した方がわかりやすいよなぁ……。年齢的に一番近いのは……。フィリーネ、お願いね」
「わかりました、早速着てきますね」
年齢的には女子中学生のフィリーネが、制服の試着を了承してくれた。
アマーリエ義姉さんが手伝って、無事にフィリーネはセーラー服姿に着替え終わる。
「おおっ! 制服だ!」
前世以来、何年ぶりのセーラー服だろうか。
実は、キャンディーさんが販売しているセーラー服をお店で着ている夜の蝶はいるのだけど、あれはやはり夜のお店向けなので、スカートが極端に短かったり、 服の丈も短くてお腹やおヘソが見えるようなデザインになっていた。
随分とエッチなデザインだが、前世で接待を受けてそういうお店に行った時のものを参考にしていたから……。
前世の俺はただ、キャストさんたちのセーラー服姿を見て、軽くお話ししただけだぞ。
…… 彼女たちを口説いてお持ち帰りできるほどの、モテスキルと財力はなかったからだ。
フィリーネが着ているセーラー服はスカートも長いし、出勤途中に見かけた超お嬢様学校のセーラー服を思い出し、さらに試作品なのをいいことに素材を惜しまず、キャンディーさんに気合を入れて作ってもらったものだから、今のフィリーネは日本の超お嬢様学校に通う外国からの留学生のように見えた。
「実に素晴らしい。フィリーネはよく似合って可愛いな」
「ヴェンデリン様、このセイフクは素晴らしいですね。私とても気に入りました」
「サイズもピッタリだから、フィリーネにあげるよ」
「ありがとうございます。今度、お父様に着て見せてあげます」
フィリーネが喜んでくれてなによりだ。
きっとブライヒレーダー辺境伯も、きっと愛娘のセーラー服姿を喜んでくれるはずだ。
「ボクも欲しい」
「私も」
「ルイーゼとヴィルマなら、似合うだろうな」
この二人、初見の人から既婚者で子持ちだと思われないからな。
正直なところ、今でもフィリーネと同じ年くらいに見られることが多かった。
セーラー服が似合わないことはないだろう。
試作品はいっぱいあるので……いっぱいあるのに試作品とはこれいかに?
サイズが合いそうなものを二人に渡すと、すぐに着替えてそれをみんなの前で披露した。
「しかし、ルイーゼもヴィルマもセーラー服が似合うな」
「へへん、ヴェルはボクに惚れ直したかな?」
「ヴェル様、ありがとう」
二人も喜んでくれてなによりだ。
これからどんな時に着るのかわからないけど、二人は貴族の奥さんなので、こういう服を持っていても問題はないどころか、パーティーに着て行くと評判になるかもしれない。
「俺もルルも、まだ体が小さくてセイフクは着れないが、数年後には必ずお館様にセーラーフク姿を披露してやるぞ」
「ルルも、ヴェンデリン様のためにセーラーフクを着ます」
藤子とルルは、数年後のお楽しみってやつだな。
ただこの二人、セーラー服というものをかなり気に入り、着てみたくなったようだ。
今度キャンディーさんに頼んで、子供用のセーラー服を作ってもらおうかな。
「(思ったよりも、女子ウケがいいな)」
現在日本の、制服が可愛いので入学したいお嬢様学校の制服ランキング上位常連のセーラー服をパク……真似したので、女子人気も高かった。
素材と縫製にも拘っているから、一着二千セント、日本円で二十万円くらいするけど。
もしかすると、この世界にお嬢様学校とか作ってこのセーラー服を制服にしたら、入学希望者が殺到するかもしれない。
「(教育カリキュラムとかを考えるのがかったるいけど……)」
「先生、私も着てみたいです」
「私も」
「私たちの年齢くらいの人は普通に冒険者予備校に通っていますから、セイフクを着ても問題ないはずです」
アグネス、ベッティ、シンディだが、 すでに子持ちとはいえ、年齢的に言えば女子高生だ。
女子高生がセーラー服を着ても不自然ではないどころか、一番よく似合う年代である。
三人もセーラー服に着替えたが、本当に女子高生みたいであった。
「三人とも、よく似合って可愛いなぁ」
俺の高校生時代、こんなに可愛い女子たちは近くにいなかった……高校時代は野郎とばかりつるんでいたからなぁ……。
「でも、これで冒険者予備校に通うのは難しいですね」
「実技の時、服を着替えて装備をつけるのが面倒くさいです」
「あっ、でも。これはこれで、 とてもいい服ですね。先生、ありがとうございます」
三人もセーラー服を貰って喜んでいたけど、この三人でもセーラー服を着ていられる時間は残り少ないと思う。
他の妻たちは……俺の子供を生んでくれた美しい妻たちだけど、さすがに年齢を考えるとセーラー服を着てしまうのは色々と問題があるというか、前世で悪友たちと見た18禁なビデオに出演している女優さんみたいになってしまう。
ゆえに、この辺で試着をやめた方が、みんなが幸せになれると思うんだ。
決して、エリーゼやイーナ、 カチヤ、カタリーナが駄目だと言っているわけではない。
もう年齢的に、セーラー服を着るのはどうかと思う、と常識的に考えただけなのだから。
みんな、俺の美しい妻たちなのは事実なのだから。
「(って! なにを俺は一人で一生懸命に言い訳しているんだ?)」
「カチヤは、セイフクを着ないのか?」
「あたいか? もうそんな年じゃねえよ。というか旦那、冒険者予備校は結構いい年の奴が通うパターンもあるじゃないか。そいつにもこのセイフクを着せるのか? あたいの本能が危険だと言っているんだが……」
「そうよな。妾、リサ、アマーリエは絶対にやめたほうがいいと、元フィリップ公爵の勘が働いて教えてくれておるわ」
確かに、今のテレーゼたちがセーラー服を着ると……。
それはそれで興奮するかもしれないが、今では俺も大貴族バウマイスター辺境伯だ。
そういう下品な真似は慎んだ方がいいと思う。
「あくまでも試着品だし、冒険者予備校では使えないことが判明したのはよかった。エル、まだ余っているから、嫁さんたちにお土産で持って帰るか?」
「……レーアなら大丈夫かな?」
「年齢的に大丈夫ではないかと……」
「念のため一着だけ」
恥ずかしいから断るかと思ったら、エルはセーラー服を一着お土産として持ち帰った。
どうやって使うのかは……いくら親友にして家臣とはいえ、プライベートに深入りするのはよくないので聞かないことにしよう。
きっとエルなら、有効に使ってくれるだろうから。
「……こんな夜中に目が覚めてしまうとは……。もしかして、年を取ってトイレが近くなったから? まさかな、俺はまだ二十歳にもなってないじゃないか」
セーラー服を妻たちに試着させた日の真夜中。
正確には、もう日付は変わっているか。
突然尿意を催したのでトイレに行くため真っ暗い屋敷の廊下を歩いていると、衣装室から灯かりが漏れているのが見えた。
どうやら部屋の照明をつけず、小さな懐中電灯型の魔道具を使用しているようだ。
この衣装室には、俺やエリーゼたちが貴族として必要な時に着る、礼服やドレスなどの豪華な衣装が置かれ、試着室もついている。
大貴族には奥さんが多いので、このような専用の衣裳室を屋敷に作っている者は多かった。
奥さん同士の仲が悪いので、一軒の屋敷に衣装室を複数作る羽目になり、普段使える部屋が減ってしまって難儀する貴族も多いと聞く。
バウマイスター辺境伯家ではそういうことはないので 衣装室は一つだけだが、こんな時間に衣装室の中で一体なにをやっているのだ?
「こんな夜中に誰だ? まさか、泥棒か!?」
こんな真夜中に、ドレスを着る用事がある屋敷の人間などいない。
それも部屋の明かりをつけず、懐中電灯を使ってコソコソとなんて。
衣装室には高価なドレスやアクセサリーが置かれているので、俺は泥棒が入ったのではないかと思い、急いで衣装室へと向かった。
もし泥棒ならば、確実に捕まえなければ。
「しかしまぁ、よく厳重な警備をくぐり抜けて屋敷に侵入できたものだな」
バウマイスター辺境伯邸は、安全のため毎日二十四時間厳重に警備されているというのに……。
「もしや、魔法使いの泥棒か?」
魔法使いを全員が善人ではないし、魔物狩りに適さない魔法しか使えなかったり、魔力が少ない者も多い。
その中に、どうしても一定数犯罪に走ってしまう者たちもいるのだ。
「とにかく、 慎重に衣装室の中を探るんだ」
魔力を隠蔽しながら、足音を立てず衣装室のドアをそっと開けて中を覗き込むと、そこには高価な衣装やアクセサリーを漁る泥棒ではなく、なんと今日キャンディーさんのお店から引き取ってきて、衣装室に入れておいたセーラー服を試着している人物がいた。
だが懐中電灯を使用しているため、暗くて誰なのかよくわからない。
俺はそっと音を立てずに衣装室の中に入り、セーラー服を試着している人物の後ろから接近する。
「(こんな夜中に誰だ?)」
「……はっ!」
どうやら泥棒ではなく、セーラー服を秘かに試着しているのは屋敷の人間のようだが……。
誰なのか確認しようとしたら、試着をしていた人物に気がつかれて振り向かれてしまった。そのまま目が合ってしまうが、なんとその正体は予想外の人物であった。
「エリーゼ?」
「……えっ? ヴェンデリン様はよく寝ていたはずなのに……」
なんと、真夜中に密かにセーラー服を試着していたのは、一番そういうことをしなさそうなエリーゼであった。
あまりに意外だったのでなにも言えず、エリーゼも言葉を発しないので、つい二人で見つめ合ってしまった。
「ちょっとトイレに起きたら、その……たまたま衣装室から灯かりが漏れているのを見つけて……もし泥棒だったら困るなぁ……って」
「……」
まさか、他の人に見つかるとは思わなかったのだろう。
セーラー服姿のエリーゼは、 恥ずかしさのあまり顔を赤らめ、少し震えているように見えた。
まったく言葉を発しないが、自分でもどうしていいのかわからない状態なのだろう。
「(それにしても……。 エリーゼのセーラー服、いいかも!)」
エリーゼももうすぐ二十歳で女子校生相当ではないが、世の中には色々な事情があって十九歳、二十歳の女子高生も珍しくない。
さらにエリーゼは美人で、子持ちとは思えないほどスタイルがいい。
なにより胸が大きいから、その膨らみがまるで大山脈のようにセーラー服の胸の部分を押し上げていた。
もしこんな同級生がいたら、間違いなくモテモテのはずだ。
「私、ルイーゼさんたちがセーラーフクを着ているのを見たら興味が湧いてしまって……。でも私も若くないので、みんなの前で着るのは恥ずかしくて……。まさか、ヴェンデリン様に見つかってしまうとは……。全然似合わないですよね?」
「そんなことないよ! もの凄く似合っていて可愛いよ」
エリーゼのセーラー服姿は、暴力的に似合っていた。
やはり、ただ年齢だけで判断してセーラー服を着る着ないを決めるのはよくないな。
現代日本にこんな女子校生がいたら、きっと校内で大騒ぎになるはずだ。
「エリーゼ、これからもたまにセーラー服を着てくれないかな?」
「セーラーフクをですか? はい、ヴェンデリン様がそれを願うなら」
「ありがとう、嬉しいなぁ。じゃあ夜も遅いし、二人で朝まで寝るとしましょう 」
「ヴェンデリン様?」
「ははっ! エリーゼは可愛いいなぁ」
「ヴェンデリン様? あの……恥ずかしいので、二人きりの時でしたらいつでも」
「やったぁーーー!」
エリーゼのセーラー服姿に興奮した俺は、 そのまま彼女をお姫様抱っこすると、元いた寝室に戻った。
そしてそれから数時間、二人は寝ないで楽しい夫婦の時間をすごす。
頑張りすぎたせいか、翌日はかなり寝坊してしまったが、 それから数ヵ月後にエリーゼは三人目の子供を妊娠したので、手間暇とお金をかけてセーラー服の試作をキャンディーさんに頼んだ甲斐があったというものだ。
俺は一代にして辺境伯になったバウマイスター辺境伯だ!
つまり沢山の子供を作って一族を強化せねばならず、正妻にセーラー服を着せてそれを促すことは貴族として正しい行為なのだ。
決して、前世の上司が大好きだったキャストがセーラー服姿の〇-ルズバーじゃないぞ。
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