閑話27 魔法研究会
「うわっ! 当たりを引いてしまったか!」
「あーーーあ、辺境伯様も可哀想にな」
「ブランタークさんも参加しないといけないんでしょう? ブライヒレーダー辺境伯家の代表として」
「本当、ブライヒレーダー辺境伯家代表ってなんなんだろうな? 大貴族家の人間が参加した方が箔がつくという理屈はわかるが、俺が代理で参加って時点で、お館様から嫌がられているじゃねえか。今度、ベッケンバウアーに文句を言ってやる」
「お師匠様、あの人は魔導ギルドの幹部ですが、『魔法研究会』とさほど関係はありませんわよ」
「それはわかってるけど、あんなクソみたいな集まりに権威をつけようとするから……。しかし、カタリーナの嬢ちゃんもクジ運が悪いよな。魔法なんて無詠唱で使えばいいじゃないか。というか、近年はそれが主流だろう? 無理に他の方法を世間に普及させようとしたり、ましてやすでに無詠唱で魔法を使っている魔法使いたちに、他の方法を勧める意義があるのか?」
「もしかしたら、無詠唱の時よりも魔法の威力が上がるとか?」
「そんな奴は滅多にいねえよ。辺境伯様だってそうだろう? そんなごく少数のために、毎年わけのわからない研究会を開きやがって。しかも、無理して多くの魔法使いを参加させようとしやがる」
「どうしてそんなことが可能なんですか?」
「魔導ギルドの幹部たちにいるんだよ。普段、自分が無詠唱以外の方法で魔法を発動させていて、しかもそれをもっと多くの魔法使いたちに普及させようとしている奴らが。きっと、お仲間を増やしたいんだろうぜ」
「その魔導ギルドの幹部たちって、長くて恥ずかしい詩みたいな文言を唱えたり、歌って踊ったりしながら魔法を使うんですか? 恥ずかしい……」
「自分たちがその方法で魔法を使うからといって、他の魔法使いにも無理やり普及させようとしているのさ。研究会って名目にしておけば、魔導ギルドの予算も使えるし、その力を使って多くの参加者たちを集めることができる。でなきゃこんなマイナーで、一部の魔導ギルド幹部たちの自己満足のために開かれるイベントに、多くの魔法使いが集まるわけがないじゃないか」
「確かに……。クジで当たりを引いてしまった俺とカタリーナと、ブライヒレーダー辺境伯家代表としてブランアークさんが参加ですか……。導師は?」
「導師が、こんなくだらないイベントに参加するわけないじゃないか」
「それもそうですね。じゃあ、行きますか」
年に一度、魔導ギルドが『魔法研究会』なるイベントを開催する。
魔導ギルドに所属する魔法使いたちが集まり、さらなる魔法技術発展のため、新しい魔法や、魔法に関連した品……主に新作の杖、ローブ、魔道具、魔法薬などの展示と発表を行う。
そこまでは問題ないのだが、なぜかこの魔法研究会で一緒に行われる公認の催しがあった。
それは、どうやって効率的に、しかも高威力の魔法を放つかの発表だ。
主に魔法の詠唱方法の発表が行われ、それだけなら別にいいのだけど、なぜか自分たちが採用している方法が一番正しいのだと、他の詠唱方法を採用している魔法使いたちにしつこく勧誘するのが常であった。
きっと仲間が欲しいのであろう。
俺から言わせたら、どんな方法でも魔法が使えれば問題ないし、自分の方法を他人に強要するのはおかしいと思うのだが、この魔法研究会に参加する魔法使いたちの多くがそうは思わないから嫌なのだ。
「今や、魔法使いの八割近くが無詠唱でしょう? それが駄目なら他の方法にする。それでいいじゃないですか」
「魔法研究会に参加して、『詩術式詠唱』だの、『歌唱式詠唱』だの。他にも『ポージング』やら、『舞踏式詠唱』、『杖扱い』もか。他にも……マイナーすぎてどうでもいいな。他の魔法使いたちに懸命に勧めようとしている連中は危機感を抱いてるのさ。自分たちの魔法発動方法が、 このままでは廃れてしまうと」
「ゼロになるってことはないんじゃないんですか? 無詠唱だと魔法が発動できない人が一定数いるのだから」
なんかこうなってくると、もう宗教勧誘と同じだな。
その人はとてもいいと思っていても、勧められる他人は迷惑だったりする。
「自分の方法が主流になればいいなって考えて、それをどうにか実現させようと他人に迷惑をかける人間って、どんな分野でも結構いるだろう?」
「まあ、いますけどね……」
自分が、マイナーグループに属していることが我慢できない人たちだ。
前世でもいた。
タケノコではなく、キノコの方がいいと声を大にして言う人たちだ。
俺は最初から無詠唱一択だが、魔法使いの中には長い文言を唱えたり、歌ったり、踊ったり、杖を用いてパフォーマンスをしながら魔法を使う者たちも無視できない数いる。
どの方法でも、魔法使いは自分に一番合った詠唱方法を見つけるのに努力を重ねるわけだが、近年は無詠唱派が徐々に増えてきた。
なぜなら、無詠唱以外の方法は魔法の発動に時間がかかるし、隙ができやすいし、敵にどんな魔法を使うのかがバレてしまう。
多くの魔法使いが人間と戦う機会はそうそうない……人によるけど、俺たちは圧倒的に多いと思う……とはいえ、もし人間と戦うことになった時、わざわざ自分がこれから使う魔法を相手に教えるのはよくないと考える人たちが増えていて、無詠唱派は徐々に増えていた。
別に俺が推進したわけじゃなく、時代の流れってやつだ。
今は、敵のわずかな魔力の流れを感じて魔法の発動タイミングをはかり、回避や『魔法障壁』で対処する方法が主流になりつつある。
魔法が発動する前に、どういう魔法が放たれるのか『探知』する方法も俺は研究しているけど、 実戦で使える精度にまで達するには時間がかかりそうだ。
時おり、無詠唱派の魔法使いが呪文名を口にする時もあるが、それは一緒に戦っている仲間に自分が使う魔法を知らせるのが目的であった。
それ以外では、実戦において無詠唱以外の魔法発動は不利になる、というのが魔法使いたちの間では常識になりつつあった。
師匠も、できるなら無詠唱の方がいいと言っていたし、彼自身も無詠唱だったからなぁ。
なにより、無詠唱以外の方法は恥ずかしいというか……。
しかしこれも無視できない要素で、恥ずかしいと思う感情が魔法の威力を下げてしまうことも多かった。
だが、魔導ギルドの幹部で無詠唱以外の方法で魔法を発動させている人たちからすれば、この状況は危機ともいえ、魔法研究会の『魔法発動方法部門』は、半ば彼らによって私物化されていた。
「魔導ギルドの幹部ともなれば結構な年寄りだ。今さら、無詠唱にすることもできないんだろう」
「自分たちはそれでいいとして、他人にゴリ押ししないで欲しいですね」
「あいつらは、無詠唱以外の方法で魔法を使う技術を残すべき伝統だと思っているからな。実際に一定数、無詠唱だと魔法が使えない魔法使いたちがいるんだ。間違ってはいないのかな?」
「間違ってはいないですけど、そういう人たちだけでこじんまりと集まっていればいいのでは?」
「そういうのが我慢できないのは、魔導ギルドの幹部だからなんだろうな」
すでに無詠唱で魔法を使える魔法使いたちに対し、魔導ギルド幹部の看板を掲げて別の方法押し売りをしなければだが……。
悲しいかな、前世のサラリーマンが嫌な上司との飲み会を断れなかったり、出世のためだからという理由で興味もない趣味の会に参加したりするのと同じく、気が弱い魔法使いたちや、魔導ギルドで出世を目指すような魔法使いたちが、今日もここに顔を出しているはずだ。
「だから、魔法研究会の魔法発動方法部門は不人気なのだと思いますわ」
他の部門も、参加するのが魔法使いか、ブランタークさんのようにつき合いで参加している貴族かその関係者だけなので、魔法研究会の参加者はお祭りなどと比べると参加者が少なかった。
「新しい魔法の情報交換なんて、わざわざ大げさに魔法研究会なんて開かなくてもできるし、新しい杖や魔晶石、魔道具なんかは、お店に行けば見せてくれるからな。魔法使いでも参加しない奴の方が多いさ。むしろ大半が参加しないぜ」
「それだけのために、王都まで来ないでしょうからね。私たちも、ヴェンデリンさんの『瞬間移動』がなければ参加しませんわ」
「ブライヒレーダー辺境伯家は、最近王都の集まりに呼ばれることが増えてな。辺境伯様に『瞬間移動』で運んでもらえるからって」
「酷い……」
俺は、タクシーじゃないんだぞ!
「魔法発動方法部門なんて、さらに人が集まらないからな。なんの役に立つのかもわからないからな」
元々魔法研究会自体が非常にマイナーな集まりで参加する人が少ないのに、魔法発動方法部門なんて、ほとんど義理で参加している人たちだけだと思う。
そんなもの、必要な時に該当する魔法使いたちが集まって、情報交換をすればいいだけの話なんだから。
というか、冒険者ギルドの各支部には集まりやすいので、近くの喫茶店やレストランで魔法使いたちがよく話し込んでいる。
変な詩を唱えたり、踊ったりして魔法を使うよう、魔導ギルドの幹部たちに強要されるのなら、魔法研究会なんて無理に出席する必要はないのだから。
「(魔導ギルドの幹部である俺が勧める方法で魔法を放てなんて、こんなの会社だったらパワハラだよなぁ……)」
しかも、魔法使いたちは魔導ギルドの会員ではあるが、雇われているわけではないのだから。
実際、有名な魔法使いなんてほとんど参加していなかった。
俺とブランタークさんが不幸なのは、このイベントに魔導ギルドが予算を出しているので、賑やかしとして参加してほしい。
あんたらは貴族だったり、有名人だからと、魔導ギルドから頼まれてしまっている点だ。
下手に断るとベッケンバウアー氏の研究などに影響が出るかも知れず、今回の参加はまさしく渡世の義理というやつである。
「ちょっと顔だけ出して、あとは王都で遊びましょうよ」
「それがいいな」
「カタリーナもそれでいいよな?」
「ええ……あっ、はい……」
あれ?
カタリーナは、他になにか用事でもあったかな?
「あっ、そうだ! 俺は今日王都で古い知人に会う約束があったんだ。悪いが、魔法研究会のあとは二人で遊んでくれ」
「そうですか、それは残念ですね」
「本当に残念です。さあ、ヴェンデリンさん、早く済ませてしまいましょう。今日はどこに出かけましょうか?」
「おっ、おう……」
なんか、急にカタリーナがご機嫌になったのでよかった。
早くおかしなイベントに顔だけ出して、あとはカタリーナと王都で遊ぶとしようか。
「『炎! それは気まぐれのゆらめき! そして私は、胸を焦がすような炎で敵を無情に焼き尽くす! 『ファイヤーボール』!」
「はっ! はっ! うーーー、やっ! はっ!」
「わたしは~~~、必ずや~~~、お前を骨の芯まで凍らせるぅ~~~」
「炎の魔法の魔法陣を描きます!」
「……あの、ブランタークさん?」
「年を経るごとに恥ずかしくなってくるな、こいつら。というか、去年よりもさらに参加者が減ったな……まあ、当然か……」
「無詠唱に切り替えられる人は、みんなそうしてしまったからですか?」
「こんなことせずに魔法が使えるようになったんだから、無理にこんな恥ずかしい方法に拘る意味がないだろうからな」
「確かに……。これを人前ではやりたくないですわ。貴族として恥ずかしいではないですか」
「俺もヤダよ」
魔法研究会は、再建された魔導ギルド本部の空いている部屋で行われていたが、ブランタークさんが参加を嫌がる理由がよくわかった。
新しい魔法の情報交換や、ベッケンバウアー氏が主体になっている新しい杖やローブ、魔法道具、魔導技術に関する展示や発表にはそれなりの数の魔法使いが集まっていたが、魔法発動方法部門の発表のブースには、ほとんど客がいなかった。
臨時に作られた舞台の上で、恥ずかしい詩のような文言を唱えたり、なんなら歌ってみたり、奇妙な踊りを踊っていたり、杖をバトンのように扱っている魔法使いたちもいた。
床に魔法陣を描いている人がいるんだが、その方法は色々な理由で駄目だろう……。
本当に、地面に魔法陣を描いて魔法を発動させている魔法使いがいるのか。
というか彼らは、いちいち魔法を唱える度にこれをするのか……。
空いている会議室を急遽発表の舞台にしたため、彼らが実際に魔法を発動させることはなかったが、逆にそれが彼らを余計痛々しい存在にしている。
魔法が出ないのに、自作の詩や歌、踊りを熱心にやられてしまったら、一生懸命やっている本人たち以外はどうすればいいのか、皆目見当がつかなかった。
まさか笑うわけにもいかず、俺たちは彼らの魔法発動方法を空しく見学するのみであった。
「(ブランタークさん、そろそろ帰りましょうよ)」
「(だな。なんかもう、すでに自己満足の世界だしな)」
彼らは真面目に、自分たちの魔法発動方法を世間に普及させようとしている。
だが、魔法に詳しくない他人から見たら痛々しい黒歴史的な詩、歌、恥ずかしい踊りでしかなく、やはりこの方法を続けるのは恥ずかしいと思った魔法使いも多かったのであろう。
徐々に無詠唱派に転向し、だからこのブースにはほとんど客がいなかった。
俺は去年参加していないので知らないが、この一年でさらに見学者が減ってしまっているそうだ。
というか、ブランタークさんは毎年ブライヒレーダー辺境伯の代理でこれに参加しているのか……。
交友関係を広げるためとはいえ、大貴族ってのは大変……でも、自分が参加したくないからブランタークさんに押し付けたのが現実なんだよなぁ。
参加しなくて正解だけど。
「おや、私たちの詠唱方法に興味がおありですか?」
「(いえ、全然……と言うと角が立つか……)俺は無詠唱で通してきたのだけど、他の詠唱方法がどんなものなのか興味があってね。もしかしたら、なにかしらの参考になるかもしれないと思ってさ」
突然、舞台の上で歌い踊っていた魔法使いに声をかけられた。
他に見物客もいないので、当然といえば当然か。
咄嗟に当たり障りのない返答をしてしまったが、実はそんなことは微塵も思っていない。
その場の空気を読んで回答するところは、俺もまだ日本人の気質が抜けていない証拠であろう。
「そうですか。まあ見ていてくださいよ」
無詠唱派ではない魔法使いたちは、すぐに舞台に戻って詩のような文言を読み、メロディーをつけて歌い出し、杖をバトンのように回転させながら空中に放り投げ、落下してきた杖を再び手で掴んで決めポーズを取った。
魔法……の発動方法かぁ……。
「(バトン部の発表じゃないんだから……)」
そうそう人間と戦うことはないとはいえ、魔物や動物相手でも杖をバトンのように回してから魔法を使うのか……。
ダンスみたいなことをしている人たちもいるが、なんか色々と大変そうだな。
ようは魔法を放つ前フリだが、普通の人が見たら、ブライヒレーダー辺境伯並にセンスのない詩や、下手な歌や、シュールなダンスでしかない。
見ていると、段々とこちらが恥ずかしくなってくる。
「ヴェンデリンさん、もうそろそろ……」
「 ……俺、もうそそろ古い友人と……」
俺もカタリーナとブランタークさんの意見に賛成なんだが、なまじ他に見学者がいないので席を外しにくい。
もし俺たちがいなくなったら、彼らは一体誰に対して恥ずかしい詩、歌、踊りを披露するのであろうか?
そんなことを考えても仕方がないじゃないかと言う人もいるだろうが、場を離れるタイミングが意外と難しいのだ。
「( じゃあ、俺は本当に用事があるから……)」
「(逃がしませんよ!)」
「(なっ! 辺境伯様、俺は本当に忙しいんだよ!)」
ブランタークさんが先に逃げ出そうとしたが、俺もカタリーナもつき合いが長いのでお見通しだ。
逃げ出さないよう、二人でガッチリとローブを掴んだ。
「(そもそもだ。魔法の発動にこんなに時間をかけていたら、弱い魔物との戦いならともかく、これまでの俺たちだったら死んでるってね。魔法は無詠唱が一番だ!)」
「(それ、彼らに伝えてあげたらよくないですか?)」
ブランタークさんは魔法の指導が上手だし、もしかしたら彼らもアドバイスを聞き入れて、無詠唱の練習を始めるかもしれないのだから。
「(辺境伯様、そんな思ってもいないことを言うなよ)」
「( バレましたか?)」
「(ヴェンデリンさん、彼らがどうしてアドバイスを受け入れないとわかるのですか?)」
「(それは、彼らが人間だからさ)」
「(人間? 意味がよくわかりませんわ)」
「(それは……)」
カタリーナに彼らが恥ずかしい詩、歌、踊りを決してやめない理由を教えようとしたら、ちょうどそこに三人の老魔法使いたちが姿を見せた。
「おおっ、ブランタークではないか」
「大活躍らしいな」
「そして、隣にいるのはバウマイスター辺境伯様か」
「ブランタークさん?」
「ああ、魔導ギルドの委員の方々でな。魔法ひと筋半世紀以上という重鎮の方々だ」
俺たちが普段、魔導ギルドの幹部と呼んでいる人たちは、全員に『委員』の肩書がついている。
彼ら委員には、魔導ギルドが定期的に開催する各会議に参加する資格があり、実はベッケンバウアー氏が委員に任じられたのは、つい最近のことだった。
彼ほどの実績がある人でも、なかなか幹部になれないほど上が詰まっている……これは褒め言葉じゃないか。
上層部には、経験豊富な魔法使いたちが多数所属しているわけだ。
ただ前にも説明したとおり、この老人たちも優れた魔法使いとは思えなかった。
やはりどうしても、事務能力や、組織運営力が優先されてしまうからだ。
そして彼ら老魔法使いたちには、もっと魔法使いとして深刻な弱点があった。
「グリス、どうだ? 魔法を唱える時に美しき詩を作る『詩術式詠唱』に興味を持つ魔法使いは増えたかな?」
「ええと……近年、無詠唱派の勢力拡大には抗い難く……」
「頑張ってくれ! お前の奮闘に、我ら詩術式詠唱派の未来がかかっておるのだ! ところでバウマイスター辺境伯殿。貴殿は、詩術式詠唱に興味はないのかな?」
「ええと……過去に色々と試してみたのですが、どうしても無詠唱でないと魔法の威力が……。もし骨竜と戦った時に無詠唱でなかったら負けていたでしょう」
「そうか……残念だな」
見てわかるほどにガックリと肩を落とす老魔法使い。
というか、この爺さん。
魔法を唱える時に詩を詠むのか……。
全然似合わないな。
それと、俺が辺境伯でよかった。
もし平民の若い魔法使いなら、しつこい勧誘をされそうだからだ。
「もしかして、詩の内容がよくないのでは? そういえば最近、火魔法を使う際に使う新しい単語を思いついたのだ。これを詩に取り入れると劇的に効果が上がるはずだ」
「ベトルト師、それはどのような単語なのですか?」
「火魔法といえば、常になにかが激しく燃える様子を詩にすることが多いが、やはり物理的な火災の規模を詩で表しても、火魔法の威力の向上は頭打ちだと思うのだ。そこで、人間の心の内面に炎が燃え盛る時、たとえば怒り、恋などを表現していこうと思う。『我が想い人の仇を焼き尽くさんばかりの炎』とか、『この私の凍った心を溶かす激しき恋の炎』のような感じだな」
「なるほど! 大変参考になります!」
なにが参考になるのか、俺たちにはよくわからなかった。
本当にそんなことで魔法の威力が上がるのか?
「ホワース、『歌唱式詠唱』に興味を持つ新しい魔法使いはいたのか?」
「それが、無詠唱派の方がいいと言われることが多く……」
そういえばまだ顔を出していないけど、無詠唱派のブースもあって、そこには多くの魔法使いたちが集まっていた。
やはり、歌も詩と同じくらい魔法の発動に時間がかかるのがデメリットだよな。
「(歌唱式詠唱と詩術式詠唱の差ってなんなんです?)」
どっちも同じような気がするんだけど……。
「(歌唱式詠唱はメロディーがさらに魔法の威力を上げるらしいんだが……。信用できるエビデンスはないな)」
「(ないのかぁ……)」
つまり、そんな気がするの部類か……。
「(昔、歌手や楽器の演者が作ったメロディーと共に詩を唱えたら、魔法の威力が劇的に上がったんだよ。ただそれは、その魔法使いがたまたま優れていたからという説もあって。さらに、詩術式詠唱派から歌唱式詠唱派が独立してしまい、両者の仲は悪い)」
「(仲が悪いのに、隣同士で発表しているのですか?)」
「(共にマイナーだから、位置を離す余裕がないんだよ。元々幹部の名前を使ってゴリ押ししているから、ここで隣同士でやるしかないのさ)」
「(大人の事情ですわね……)」
実は、隣同士で実演している詩術式詠唱派と歌唱式詠唱派の仲が悪いとは……。
俺は人間の業を見たような気がした。
しかし、小規模な派閥ほど割れやすいってのは、世界が変わっても同じなんだな。
「ブーンよ! 頑張って歌唱式詠唱を使う魔法使いを増やすのだ! ところで、バウマイスター辺境伯殿は歌唱式詠唱に興味は?」
「過去に色々と試してみたのですが、やはり無詠唱が一番合っているようでして」
勿論、嘘だけど。
「そうですか……」
歌唱式詠唱を勧める老魔法使いは、とても残念そうな表情を浮かべていた。
俺が辺境伯でなかったら、しつこく勧誘されていたかもしれない。
「しかし希望はある! 懇意にしている作曲家から、すべての魔法の威力が上がるメロディーを作ってもらったんだ。これを試してくれ」
「わかりました、ロイス師。おおっ、このメロディーはいいですね。詩術式詠唱派には負けませんよ!」
と、歌唱式詠唱を披露している魔法使いが言った瞬間、詩術式詠唱派の演者と幹部の表情が歪んだ。
本当に仲が悪いんだな。
「軽快なメロディーですね。これなら魔法の威力が上がるような気がしますよ」
本当に魔法の威力が上がるのかは、実際に魔法を使ってみないとわからないけど。
「新しい歌詞も、知り合いの作詞家に頼んでいるから、今度こそイケるはずだ」
「ふんっ! こちらも、新進気鋭の詩人に新しい文言を頼んでいるからな。魔法の効果が大幅に上がるはずだ」
「(ブランタークさん、そういうのって自分で考えるんじゃないんですか?)」
「(これまではそうしてきたけど、なかなか魔法の効果が上がらないから、プロに任せることにしたんじゃないのか?)」
「(いや……プロって……)」
確かに詩人や作詞家は詩や歌詞のプロだろうけど、魔法の名人ではないのだから。
「(お師匠様、わざわざお金を払って、魔法の威力が上がる詩やら歌詞、メロディーとやらを頼む必要があるのですか?)」
「(別に、こいつらは自分で出してるわけじゃないから)」
「(それって、もしかして……)」
魔導ギルドの予算でやっているってことか?
「(魔導ギルドの研究予算から出ているんだよ。無詠唱以外の方法でしか魔法が使えない奴がいるんだから、間違った支出とも言えないさ)」
確かにそうだけど、なんか釈然としないな。
魔導ギルドと、詩人、作曲、作詞家との癒着が疑われるというか。
魔導ギルドの予算には、王国政府からの補助、つまり税金が投入されているのだから無駄遣い……と断言するのは早計か……。
「詩術式詠唱と歌唱式詠唱には負けられませんからね。我ら『舞踏式詠唱派』は、新進気鋭の舞踏家に振り付けお願いしているところですから」
「そうよ。その新しい踊りを用いれば、魔法の効果が大幅に上がるはず」
舞台で踊っていた魔法使いは、三人目の老魔法使いと共に、舞踏家に頼んだ新しい踊りに期待しているようだ。
だが、以前から同じようなことをしているはずなのだから、今年一年で急に劇的な進歩があるとは思えない。
そう言い張って、毎年予算を獲得しているようにしか思えなかった。
「特別製の長い杖を特注で頼んでいるところです。この杖を用いて新しいパフォーマンスをすれば、これまでとは比べ物にならないほど効果が高い魔法が使えるようになるはずです」
杖をバトンのように扱って魔法を唱える一派の青年は、新しいパフォーマンスを実行するため、長い杖を注文したそうだ。
もはや、杖を用いたパフォーマンスを見せるのが目的なのか、魔法の威力を上げるのが目的なのかわからなくなってきた。
「杖の扱いも上手になるので、バウマイスター辺境伯様もいかがですか? 『杖式詠唱』は運動不足も解消できて楽しいですよ」
「運動不足になるようなことがないから……」
魔法使いとしてちゃんと活動している人で、運動不足になった人なんて聞いたことがない。
なにより、杖をバトンやスティックのように扱いながら踊るのなんて、センスがない俺には絶対に不可能だ。
「魔法詠唱の技術が進歩するといいですね」
これ以上この人たちの相手をしていると疲れるので、最後に当たり障りのない挨拶をしてからその場をあとにした。
しかし、魔法を使うのに、詩を詠んだり、歌を歌ったり、踊ったり、杖を用いてパフォーマンスをしたりと。
俺は無詠唱派でよかったと、心の中で安堵するのであった。
「「……ふう……」」
ブランタークさんとカタリーナも、俺と同じ意見だったようだ。
同じく安堵の表情を浮かべていた。
「えっ? 来年も同じ催しを行うのですか?」
「みたいだよ」
「魔導ギルドから毎年決まった予算が出ているからやめられないなんて、惰性というものほど怖いものはありませんわね」
「本当、それ」
魔導ギルドを出た俺とカタリーナは、用事があるというブランタークさんと別れ、二人で王都をブラブラしたり、喫茶店でお茶とケーキを楽しんだり、キャンディーさんのお店で新しい服を試着したり、注文などをして時間を過ごした。
夕方、早めに人気があるレストランで夕食をとろうと思って中に入り席に座ると、続けて見覚えのある人たちが店の中に入ってきた。
「ヴェンデリンさん、あの人たちは……」
「ああ、無詠唱じゃない人たちだ」
本日、魔導ギルド内の会場で、詩を詠んだり、歌を歌ったり、踊ったり、杖を振り回していた若者四人であった。
魔法陣君はいないから、あの中でもマイナーでボッチだったのか……。
可哀想に……。
彼らは同じテーブルに座ったが、見た感じ、先ほどのように詩術式詠唱派と歌唱式詠唱の人たちの仲が悪いようには見えなかった。
料理を注文してから、 彼らは話を始めた。
「今年もなんとか無事に終わったな。しかし……」
「しかしなんだ?」
「毎年有名な詩人に、新しい文言を頼む意味があるのかなって。彼らは全然魔法に詳しくないし、さすがはプロなのでそれっぽい詩は作れるけど、それで魔法の威力が上がったって話を聞いたことがない」
「それはうちも同じだろう。新しい歌のメロディーなんて頼んでも、結局毎年ほとんど効果がないんだよなぁ。この前、適当に考えたメロディーを口ずさみながら魔法を使ったら、そっちの方が威力が上がったんだよ。歌詞も、詩となにが違うんだって話」
「踊りもなぁ……。色々なところに頼んでも効果がなかったから、今度は前衛舞踏で有名な若者に頼むんだって。段々踊りがおかしな方向に行くし、それで魔法の威力が上がったわけでもないし、それでいて段々と踊りが難しくなってきて、覚えるのがとにかく大変なんだよ」
「杖の扱いも段々複雑になってきて、覚えるのが面倒になってきたな。クルクル回しながら頭上に投げてキャッチする技。なかなか覚えられなくて怒鳴られてばかりいた知人が、無詠唱派に転向してしまった。そのせいで私まで怒られるし……。上の連中、自分たちはもう新しいことを覚えられないと言って、自分たちが新しく作らせたパフォーマンスを覚えないんだぜ」
「うちもそうだぞ。もう年寄りだから、新しい詩は覚えられないんだと」
「メロディーも歌詞も同じだな。自分たちはやらないものだから、恥ずかしかったり、難しいものを作詞家と作曲家に頼む傾向がある。正直、予算の無駄のような気がするんだけど」
「それはあるが、まさかもうやめましょうとも言えないし……」
「本当、無詠唱派に転向しようかな?」
「俺はロイス師と遠戚だから、歌唱式詠唱派をやめるわけにいかないんだよ」
「昔に思いきってやめておけばよかった」
「無詠唱派に転向した連中、 魔法の威力が落ちたわけでもなく、特に不都合もなさそうだからな」
彼らは、ため息をつきながら話を続ける。
「……えっ? 好きでやってたんじゃないの?」
「さすがの私でも、そんなわけがないって気がついていましたけど……」
魔法の詠唱なんて、自分に一番合った方法を採用すればいいだけなのに、人間の社会とは実に複雑なものだ。
なお、その後もずっと誰も客が来ない魔法発動方法部門は続いた。
魔導ギルドの予算が勿体ないような気がしたが、下手に口を出すと幹部になれと言われてしまうかもしれない。
来年は、クジで当たりを引かないようにしないと。
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