閑話25 大エビフライと大人のお子様ランチ(前編)

「このロブスタータイプのエビは、エビフライにしてもそこまで美味しくはないだろうな。大きいから見栄えはいいんだが、中心まで上手く火を通すのが難しい。外側の身がパサパサになってしまう可能性があるんだよな。よってエビフライには、このブラックタイガーに似たエビを用いよう」



 日本人がよく食べるブラックタイガーの正式名称はウシエビといい、クルマエビの仲間である。

 インド太平洋の熱帯、亜熱帯域に広く分布し、東南アジア各国で盛んに養殖されており、最大三十センチほどにまで成長する大型のエビとのことだ。

 前世では、俺が勤めるしがない商社でも取り扱っていた。

 これとよく似たエビが、バウマイスター辺境伯領南端の海に多く生息しており、今日はそれを屋敷で調理することになった。

 俺が、『瞬間移動』を用いて地元漁師から直接仕入れてきたので新鮮だ。

 エビは古くなると臭みが出るので、生きていたエビを氷締めし、すぐに魔法の袋に入れて輸送したので新鮮そのものであった。


「ヴェンデリン、このエビをどう料理するんだい?」


「エビといえば、エビフライだ! 人は大きなエビフライで幸せに なれるから」


「そうなんだ……言いきるんだね」


「ヴェルが、突拍子もないことを言うのはいつものことだから」


「でも、たまには自分で料理をするのも楽しいよね。あっそうそう、最近帝国貴族たちの間でも、料理を趣味にする貴族が増えたんだよ。内乱で大活躍したヴェンデリンにあやかろうってわけさ。王国でも、そういう貴族が増えてきたって聞くしね」


「料理をして、ヴェルみたいになれるんですか? 魔法以外はあまり真似しない方が……」


「魔法はそんなに簡単に真似できないからね。料理なら真似できるからさ。あやかろってことじゃないの?」


「なるほど」


 今日はペーターとエメラも招待していたので、フルコースなんて出しても喜ばれるわけがない。

 なぜなら、毎日のように食べているからだ。

 そこで今日は、『大きなエビフライ』を作ろうと思う。


「まずは、このエビの殻を剥く」


「ほうほう、なるほど」


 今日は俺、エル、ペーターだけで調理をしていた。

 補佐で、バウマイスター辺境伯家の調理人たちもいるけど。

 普段忙しいエリーゼたちやエメラを労わりつつ、たまには男だけで料理をしてみようという話になったのだ。

 女性の数が、特にうちが多いので、今日は料理の品数を減らす。

 メインの料理は、バウマイスター辺境伯領で獲れるブラックタイガーっぽいエビを使った、大きなエビフライだ。


「まずは、エビの殻を全部剥く。取り除いた殻と頭の部分はミソからいい出汁が出るから、これは捨てないでとっておく。あっ、 ビクススープを作っておいてくれ」


 今日は三人で、沢山の大きなエビフライを揚げないといけない。

 エビの殻と頭を水と共によく煮込んでから、これを魔道具のミキサーで粉砕し、漉して集めた濃厚なエビスープと、タマネギ、ニンジン、白ワイン、トマト、生クリームを使った濃厚なビクススープの調理は、調理人たちに任せてしまおう。

 作り方は俺が教えたけど、いざ調理となると彼らの方が上手だからだ。


「次に、エビの背中に入っているワタを抜くんだ。こうやって、エビの丸まった背中の上部に木串を刺してからそっと上に引き揚げると、長い紐みたいなものが取れる」


 エビフライを作る時に、背ワタを取るのは基本だからな。


「ヴェル、これはなんだ?」


「魔物で言うところの消化器官だな。これを残したまま調理すると味が悪くなるし、未消化の食べ物が残っていてお腹を壊すこともある。エビは意外と悪食でな。海の掃除屋でもあって、死んで腐った海の生き物も食べるのさ。それが未消化でワタの部分に残っていたらお腹を壊すこともあるってわけだ」


「へえ、ヴェンデリンは生物学者みたいだね。それに、細かいところにも気を使うなぁ」


「美味しいものを作るのに手を抜いてはいけない。次に、背ワタを取ったエビを薄い塩水で洗い、さらに水で洗う」


 こうすることで、エビの臭みが取れる。

 今日のエビは新鮮なので、ほとんど臭みはないけど念のためだ。


「続けて、エビの尻尾の先端部分を斜めに切り落とし、包丁の背で尻尾に溜まった水分を押し出す」


「ヴェル、これはなんの意味があるんだ?」


「油で揚げた時に、 尻尾に水分が残ってると油が跳ねるんだよ」


「妙なコツに詳しいんだな」


「お館様のコツは、とても参考になりますね」


 エルに同調するかのように、ビクススープを作っていた料理人たちが静かに首を縦に振った。

 エビフライを作る時には大切なことなんだけどなぁ。


「このまま揚げると料理に大切な見栄えに問題が出るので、ここで一工夫。エビの腹側、五~六箇所に斜めに切り込みを入れ、背中側から指で押し付けるようにしてエビの筋を切っていくんだ」


「ヴェンデリン、これはどういう意味があるんだい?」


「せっかく大きなエビを用意したのに、そのまま油で揚げてしまうと、丸まって小さくなってしまうんだよ。今日は、大きなエビフライだからさ」


 こうやって油で揚げる前にエビを加工をすることで、真っ直ぐで大きなエビフライが作れるというわけだ。


「筋を切って伸ばしたエビに塩コショウで下味をつけ、薄力粉、溶き卵、パン粉の順で衣をつけ、これを熱した油で揚げる。衣がキツネ色になったら完成だ」


 試しに数本揚げてみたが、調理人たちの補佐もあったので大きなエビフライは無事に完成した。

 今日は大きなエビフライが主役のパーティーなので、沢山大きなエビフライを揚げないと。


「エル、ペーター。頑張れよ」


「ヴェル、手順は見ていたから任せてくれ」


「確かに、真っ直ぐで大きなエビフライっていいね。見ているだけでワクワクしてきたよ。僕も頑張って揚げるよ」


 二人も、大きなエビフライの魔力に嵌まったか。

 エルとペーターがエビフライを揚げる作業を始めたので、俺はタルタルソースを作ることにする。

 エビフライにはソースもいいけど、やはりタルタルソースも必要だからな。


「自作マヨネーズ、この調理場にある自作ピクルスを刻んだもの、ホロホロ鳥の茹で卵を刻んだものをよく混ぜる。お好みで粗びきコショウ、カラシ、一味唐辛子を入れても美味しい」


「あっ、そういえば牡蠣も仕入れてきたんだ」


 バウマイスター辺境伯領南岸の海では岩牡蠣が豊富に採れ、さらに俺が筏を使う垂下方式による牡蠣の養殖を、もし上手くいったらいいな、くらいの感覚で教えたら成功したので、今では牡蠣の養殖を始める漁師が増えていた。

 せっかくなので、これもフライにしよう。


「おっ、タマネギか。これもフライにすると美味しいんだよな。そうだ! この前、フィリップ公爵領内の海で仕入れたホタテもあったな。そして、イカフライの美味しさも忘れてはいけない」


「段々と、フライを揚げるのに慣れてきたよ」


「エビだけじゃなくて、随分と豪華になったじゃないか」


 追加で投入した食材も次々と揚げられ、エビ、牡蠣、ホタテ、タマネギのフライが完成した。

 なかなかの再現度だけど、唯一不満があるとすれば、付け合わせについてだろうな。


「野菜のソテーも添えておきますね」


「ああ、頼む」


 本当は生キャベツの千切りが欲しいところなんだけど、リンガイア大陸のキャベツを生食するのは危険だ。

 衛生面や寄生虫、水質の関係で、お腹を壊すことが多いからだ。


「(キャベツを千切りを食べたいが……)あっ、そうだ! 野菜のソテーは中止だ!」


 大切なことを忘れていた。

 この前エリーから、彼女の農園で作っているキャベツを貰っていたのだった。

 このキャベツは品種改良されており、栽培方法も現代日本の有機農薬農法に類似していて品質も高く、魔族も生食しているものなので千切りにしても問題ない。

 これを調理人に千切りしてもらって……俺がやると千切りが太くなってしまうからだ。


「魔族って、生で食べてもお腹を壊さない野菜を作る技術があるんだ。凄いね」


「それだけ魔族は進歩しているってことさ」


 ペーターは、生食可能なキャベツに感心していた。


「あっ、でも。この前、お義兄さんが言ってたな。ミズホでも試験的に生産しているって」


「まあ、ミズホはな」


 魚もそうだけど、ミズホ人は生で食べることにすべてを賭けている日本人によく似ているからな。


「生のトマトも添えて、これで贅沢ミックスフライの完成だ」


 トマトも、エリーからの頂き物だけど。

 無事に各種フライが完成し、あとは調理人たちが作ったビクススープとご飯と漬物があれば十分だろう。

 あまり色々な料理を並べると主役が霞むからな。

 早速、みんなで食べてみることにしよう。





「うわぁ……。とっても大きい」


「エビが大きいことが、こんなに素晴らしいなんて。俺は感動した」




 完成したミックスフライをみんなに出すと、特にルル、藤子のお子様二人組が、大きなエビフライに感動していた。

 大きなエビフライの魔力の前には、違う世界の人間でも逆らえないのだ。


「表面はサクサク、中のエビの身は甘くてジューシー。いい揚げ具合だね。問題は、子供たちには少し大きすぎることだ」


「そこは問題ない」


 今日、ペーターとエメラは自分の子供も連れてきた。

 リヒャルトという名の男の子で、彼が皇家の跡取りということになる。

 彼はフリードリヒたちと同じテーブルにちょこんと座って、メイドたちが給仕した『お子様ランチ風プレート』を食べていた。

 日本のお子様ランチを再現したものだが、今は夕食の席なのでお子様プレートが正しいのかな。


「リヒャルトももうすぐ三歳になるし、とフリードリヒたちはもうすぐ四歳だ。ちゃんと一人前の料理を出してあげないと」


「お子様プレートか。ヴェンデリンは、本当に色々と思いつくよね」


「まあね」


 ただのパクリだけど。


「色々な種類の料理が少しずつ盛ってあって、デザートもついているなんて面白いですね」


 エメラがえらく感心しているが、バウマイスター辺境伯家では特に珍しい料理でもない。

 小さなエビフライ、ハンバーグ、ナポリタン、オムレツ、千切りキャベツ、プチトマト(エリーから貰った)、デザートのプリンが一枚のプレートに載っており、ようは貴族らしくコースメニューで見出すか、一緒に出すかの差だけなんだから。


「子供は、コースメニューだと時間がかかって飽きてしまうこともあるし、最後の皿に手をつけられないこともある。俺は、ある程度大きくなってからマナーを教えればいいと思っているので、普段はこれでいいと思うんだ」


「確かに、リヒャルトも楽しそうだね」


「コース料理だと、途中で飽きてしまうことが多いですから」


「そこはほら、プレートも改良してあるんだ」


 いかにも貴族が使いそうな高級なお皿やカップではなく、子供に相応しいデフォルメした動物や魔物がプリントされているものや、日本のお子様ランチプレートによくある車や電車の形をしたものの馬車、魔導飛行船バージョンも職人たちに依頼して作ってもらっており、フリードリヒたちとリヒャルトはご機嫌でご飯を食べていた。


「パスタの山に刺さった小さな旗には、バウマイスター辺境伯家の家紋が描かれているのか。リヒャルトの分のプレートにはアーカート神聖帝国の旗が。随分と細かいところまで気を使ってくれるんだね」


「たとえ相手が子供でも、いや子供は鋭いからな。細かなことにまで気を配る必要があるんだ」


 実際、お子様ランチプレートは、子供たちに大好評であった。


「それにしても、ヴェンデリンの子供たちは全員よく食べるね」


「魔法使いだからだろうな」


 赤ん坊の頃から魔力があり、物心ついた頃から魔法の訓練を始めたフリードリヒたちはよく食べる。

 魔法使いの宿命だが、それで太ってしまうこともなく、むしろ食事量を減らすと痩せてしまうので、注意して他の子供たちよりも沢山食べさせる必要があった。


「普段のリヒャルトはちょっと食が細いのですが、今日の食事は全部食べてくれてよかったです。このプレートが気に入ったようですね」


「じゃあ、このプレートの他にも色々と食器をあげるから、これに色々な料理やデザートを盛ればいいんじゃないかな?」


「よろしいのですか? バウマイスター辺境伯様」


「そんなに高いものじゃないから、気にしないでいいよ」


 リヒャルト用に、子供用のランチプレートや旗、他にも子供用のナイフやフォーク、スプーンをプレゼントしたら、エメラからお礼を言われた。

 うちのエリーゼたちもだが、エメラも母親になったんだなと改めて思う。

 実は、我が家で使っているお子様ランチ用プレートや子供用の食器は試作品で、すでに量産品は富裕層向けに販売されており、これがバカにできない売り上げとなっていた。

 とっくに経費は回収しているので、試供品をあげるくらいはなんともないどころか、リヒャルトがこれを使うようになれば、帝国貴族や富裕層にも売れるようになるはず。

 いわゆる、皇家御用達ってやつだ。


「(皇帝の子であるリヒャルトが食事の度にうちのプレートを使っていたら、自分もと思うのが人情だからな)」


 皇帝お墨付きの品なので、きっと帝国の貴族たちにも沢山売れるはず。

 量産品にもランクがあって、フリードリヒたちとリヒャルトが使用しているプレートは、凄腕の職人たちが手間暇かけて作っており、よく見れば安物ではないことにも気がつくはずだ。


「なんともまぁ、ヴェンデリンは商売が上手だね」


「ペーターには、すぐにわかってしまったか」


「子供用の食器、ナイフ、フォーク、スプーンの類は普通にあるけど、ただサイズを小さくしたものばかりだからね。それと比べたら、ヴェンデリンが考案したプレートは子供のウケが尋常ではないもの」


 この世界では、いまだに子供のウケを狙ってキャラクターグッズ的なものを作るという概念がなかった。

 ただ子供用に小さくすればいいだろう、的な考えなのだ。

 そこで俺は、子供が喜ぶキャラクターグッズ的なプレート、皿、ナイフ、フォーク、スプーンなどを沢山作らせていた。

 品質は俺たちが屋敷で使う品とまったく同じなので、これから代々バウマイスター辺境伯家の子供たちが使っていくはずだ。

 ナイフ、フォーク、スプーンは柄の部分に女の子が喜びそうな可愛らしい花や動物、男の子が格好いいと思いそうな、魔法使いや騎士、魔導飛行船、馬車、魔導四輪などの絵を職人に描かせている。

 なお、絵柄のデザインは王都で有名な本の挿絵作家に依頼した。

 絵付けの職人にデザインを任せると、どうしても大人向けの絵を描いてしまうからだ。

 あと、お子様ランチに使う旗は紙ではなく布で、汚れたら洗って再利用することが前提になっている。

 実は使い捨て前提の紙で作らせると、布よりもコストがかかるからだ。

 工業化されていない世界あるあるだな。

 令和の日本人がそれを知れば、エコとか、SDGsに配慮していると言って褒めそうだけど。


「いやあ、たまには自分で料理をするというのも悪くないものだね。大きなエビフライと他のフライも美味しかったよ。今度、エメラに作ってもらおうかな」


「作り方を教わったので、今度作ってみます」


 この世界では調理方法を秘匿するお店や料理人は多いけど、どうせいつかバレるものだ。

 貴族である俺が料理で儲ける気はなく、 領内で獲れるブラックタイガーや、ペーター一家に進呈した子供用のプレートや食器が新しい商売のネタというわけだ。

 エビについては、今養殖も研究させているからな。


「あなた、今日の料理はとても美味しかったですね」


「それはよかった」


「よくないのである!」


 食事も終わり、フリードリヒたちとリヒャルト、ルル、藤子は就寝。

 俺たちがエリーゼが淹れた食後のマテ茶を飲んでいると、お屋敷の庭から『ドスン!』となにかが落下した音が。

 隕石……ではなく、俺はすぐにその正体がわかった。

 ペーターとエメラ以外は全員わかっていたけど。


「バウマイスター辺境伯、お腹が減ったのである!」


「はあ……」


 またも強引な着地で庭にクレーターを作りつつ、導師が俺たちに声をかけてきた。

 それ、うちの庭師の仕事が増えるからやめてほしいんだけどなぁ……。

 それにしても、よく暗くなったリーグ大山脈を飛行してきたものだ。

 夜間飛行自体が危険だし、飛竜やワイバーンは夜になっても活動できないわけではないのだから。


「そうである! お土産である!」


 導師は、魔法の袋から一体の飛竜を取り出した。

 多分、リーグ大山脈上空で遭遇したので首をへし折って倒したのであろう。

 哀れ、飛竜には運がなかったな。


「伯父様、お食事ですか?」


「腹が減ったのである!」


「わかりました」


 とはいえ、俺とエルとペーターは、もうエビフライを揚げ続けて疲れていた。

 そこで調理人たちに、まだ残っている食材で料理を作ってくれと頼む。


「あっそうだ! こういうものを作ってくれないか」


 俺はある料理のアイデアを、食器を洗ったり、生ゴミの処理をしていた調理人たちに伝えた。

 導師は沢山食べるので、また大量の皿を使うと、あとで洗うのが大変だ。

 料理で一番面倒なのは後片付けであり、俺は極力調理人たちを残業させたくない。

 残業……それは、前世の頃から俺の本能に染み付いたトラウマなのだから。


「一番大きな皿に豪快に盛ってしまえば、皿は一枚しか使わないで済む。これなら、明日の朝に洗えば十分じゃないか」


 俺はバウマイスター辺境伯。

 家臣や使用人たちの労働管理を適切にやらなければいけないのだ。


「本日、フリードリヒ様たちにお出しした料理の大人版ですか」


「そういうこと。導師は沢山食べるから、大量に料理を盛ってしまえばいい」


「わかりました。すぐに作ります」


 調理人たちに指示を出してから、みんなでしばらく待っていると、この屋敷にある一番大きなお皿の上に盛られた料理を、数名の調理人たちが持ってきた。


「おおっ! 実に豪華なのである!」


「ヴェル、凄いけどこれって……」


「フリードリヒたちに出した料理の巨大版?」


「正解だ」


 イーナとルイーゼは、すぐにこの大皿料理が『巨大お子様ランチ』だと気がついたようだな。

 数十本の大きなエビフライ、大量の各種フライ、山盛りのホロホロ鳥の唐揚げ、巨大ハンバーグ、大盛りのミートパスタ、まだスペースがあるので巨大オムライスも載せた。

 健康のため、サラダとキャベツの千切りもタップリと。

 トマトも載せるのを忘れない。

 そして、大量のホイップした生クリームを載せた巨大プリンと、魔の森のフルーツをカットしたデザートも忘れずに。


「凄い量ですわね。これを食べられるのは、ヴィルマさんか導師様だけでしょうね」


 パーティーでもなければ使わない丸焼き用の大皿に盛られた、『爆量お子様ランチ』の威容にカタリーナは引いていた。


「小さければ、普通に美味しそうですわね」


 美味しい料理とデザートのみが盛られているし、日本でも大人のお子様ランチなるメニューが密かな人気だったりするので、導師がこれに喜ばないわけがなかった。


「いただきます! なのである!」


 導師は、常人では絶対に食べられない大皿に盛られたお子様ランチを貪るように食べ始めた。

 俺たちは夕食を食べたばかりでお腹いっぱいだったのもあって、その様子を『導師は相変わらずよく食べるな』と思いながら眺めている。


「ヴェル様、お腹空いた」


「……。すまないけど、同じものをもう一皿頼めるか?」


 仕方がない。

 こうなったら、ちゃんと調理人たちに残業代を支払ってあげないとな。

 なぜなら、俺は『サービス残業』という言葉が大嫌いだったからだ。

 そして導師が爆量お子様ランチを食べ終わるのとほぼ同時に、同じ大きさの皿に盛られた料理がヴィルマの前に置かれた。


「いただきます」


 先ほど大量のフライとご飯を食べたヴィルマであったが、爆量お子様ランチを食べる手はまったく止まらなかった。


「幸せぇーーー」


「夕食を二十人前くらいだと、ヴィルマはすぐにお腹が空いてしまうのかもしれないの」


 とは言いつつ、テレーゼはヴィルマの食欲に驚きを隠せないようだ。


「ヴィルマ、美味しいか?」


「また少しお腹が空いてきたのもあって、とても美味しい」


「しかし凄いね。完食できるのかな?」


「余裕」


 ペーターの心配をよそに、ヴェルマも爆量お子様ランチを無事に完食した。


「ご馳走様、これいいかも。ヴェル様、また作って」


「お館様、次は俺もこれを食べたいな」


「私も食べたいです」


 庭に導師が落下してきたせいで目を覚ました藤子とルルは、お子様ランチを羨ましそうに見ていた。

 先ほどはなにも言わなかったが、藤子とルルはまだお子様だ。

 内心フリードリヒたちのお子様プレートを羨ましいと思っていたが、子供用の料理だからと、大人ぶって本心を隠していたようだな。

 ところが、俺が調理人たちに導師が食べる大人のお子様ランチを作らせたので、自分たちも食べたくなったのであろう。


「また作ってあげるよ。細かなメニューの調整もしたいから」


「「「わーーーい!」」」


 やはり、ルルと藤子はまだお子様なんだよな。

 ヴィルマも一緒に喜んでいるけど。

 これは悪い意味ではなく、無理に大人ぶらなくても、どうせ人間は時が経てば年を取って大人になるのだ。

 今は子供らしくしていればいいし、大人になれば嫌でも、俺みたいに柵で苦労する羽目になるのだから。


「大人が食べてもいいんだね。なんかワクワクするメニューだから、エメラと二人で作ってみようかな」


「リヒャルトも喜ぶでしょうね」


 翌朝、俺の『瞬間移動』でペーター、エメラ、リヒャルトは帝都へと戻ったが、久々のお忍び休暇を楽しめたようでなによりだ。

 試作したお子様ランチは大好評なので、きっと専用のプレートや子供向けの食器も売れるようになるはず。

 そして後日。

 俺の勘は当たり、貴族や富裕層の子供たちにお子様ランチを出す家庭が増え、専用の高級プレートや子供用の食器などがよく売れるようになった。

 新しい産業を作り出せてなによりである。

 俺はバウマイスター辺境伯なので、しっかりと領民たちの食い扶持を確保しなければ。

 決して、ただ大きなエビフライが食べたかったからだけじゃないぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る