閑話24 ウサギ肉と鳥モミジ

「うーーーむ」


「どうしたの? ヴェル」


「ウサギってさぁ……」


「ウサギがどうかしたの?」


「よく見ると、目がつぶらで可愛いなって」


「そう言われると確かにそうだね。可愛いなぁ」


「ちょっと、ヴェル。ルイーゼ。これからウサギ狩りなんだから、そういうことを言わないでよ」


「でもよぉ、そういうこと言ったら、ネズミだって目がつぶらだぞ。キリがなくないか?」


「エルの言うとおりよ。さあ、早く必要な数を狩ってしまいましょう」




 最近色々と忙しくて、魔の森に出かける機会が少なくなり、冒険者として活動する頻度が下がったのは辛いところである。

 魔の森に行くとなると最低でも丸一日。

 できれば魔の森近くにある冒険者村の宿に宿泊したいところなので、ローデリヒが二日以上のお休みをなかなかくれいない今、代わりにバウルブルクの近郊にある草原でウサギ狩りをしていた。

 ウサギは地球と同じくこの世界でも非常にポピュラーな食材で、リンガイア大陸中で食べられていた。

 日本でも昔からウサギは食べられており、ちなみに上野公園にある西郷さんの銅像は、愛犬の『 ツン』とウサギ狩りに出かけた時の様子を銅像にしたものである。

 ウサギはバウマイスター辺境伯領でも沢山獲れるが、この地のウサギの最大の特徴は、他の土地のウサギよりも大きいということに尽きる。

 倍近い大きさで、大きいということは肉を取る際の歩留まりがいいことにも繋がり、さらにこれまで誰も獲っていなかったので数も多い。

 ただ、このところ開発が進みつつあるバウルブルク近郊では数が減りつつあるかな。

 それでも、数時間も粘ればかなりの数のウサギを狩ることができた。


「あなた、急いで血抜きをしませんと」


「肉が臭くなるからな」


 エリーゼ指揮の元、狩ったウサギを庭の木に吊るして毛皮を剥ぎ、内蔵を取り外し、肉を冷水に漬けて血を抜いていく。

 ウサギ肉は、血が残ったままだと生臭くなるからだ。


「これでよしと、早速調理を始めよう」


 ウサギの肉は鶏肉に似てさっぱりした味なので、色々な料理に使用することができる。

 エリーゼたちは、それぞれ料理をしていた。

 俺はというと。


「骨付きぶつ切りウサギ肉をニンニクショウガ醤油によく漬け込んで、これを唐揚げにする」


 漬け込む時間の関係で、実は狩猟の前に事前用意しておいたウサギ肉をタレに漬け込んでおいたものを調理に使うのだけど。

 料理番組の仕込みみたいだな。

 誰かに見せるわけでもないけど、時間短縮というやつだ。


「エリーゼは、ウサギシチューを作っているのか」


「定番ですけど、美味しいですからね」


「俺も、エリーゼのウサギシチューが好き」


「楽しみにしていてくださいね」


 エリーゼが作るシチューはとても美味しい。

 骨付きウサギ肉を使うと骨からいい出汁も出るので、大鍋から美味しそうな匂いを漂わせていた。


「ウサギの丸焼き、丸焼き」


「ヴェル、いい感じで焼けているわよ」


 ルイーゼとイーナは、合作でウサギの丸焼きを作っている。

 内蔵と大きな骨を取り除いたウサギ一匹に塩、コショウ、ハーブを摺り込んで鉄棒に刺し、火の上でグルグルと回しながら焼いていく。

 独自に改良も加えており、ウサギのお腹の中には筋や硬い部分を取り出して一口大にカットし、お酒に漬けて臭みを取った内蔵各種も入っていた。


「ご馳走感あるな、これ」


「ヴェル、教えてもらったオリジナルソースも作っているわよ」


 この世界にもあったバクチー、ミント、青唐辛子、ニンニク、ショウガ、俺が独自調合したガラムマサラ、塩、柑橘果汁などを魔道具のミキサーで粉々にして、オリジナルソースを作る。

 いつもの醤油、味噌、塩ベースのバーベキューソースも用意しているが、こういうオリジナルソースでローストしたウサギ肉を食べるのも悪くない。


「へえ、カタリーナとベッティの料理は凝っているなぁ」


「これ、お兄さんが昔働いていた有名レストランの名物料理なんですけど、アレンジを加えてみました」


「私はこのお店で食べたことがあるのですが、ウサギ肉がホロホロでとても美味しいのです」


 ウサギ肉を香味野菜とハーブと共にワインに漬け込み、それをバターやウサギの骨で取った出汁、トマト、ワインで煮込んだものか。

 本格的で美味しそうだけど……。


「確かこの料理って、肉をワインに一週間ぐらい漬け込んでおかないといけないはずだから」


「先生と同じく、事前に仕込んでおきました」


 ますます、料理番組感が出てきた。

 そんなふうに思っているのは俺だけだろうけど。


「ヴェンデリンさんは、色々な料理にお詳しいのですね。『バルトザウト』のウサギ煮込みを食べたことがあるのですか」


「いや、似たような料理は食べたことあるけど、その店では食べたことがないんだ」


 前世で、デパートで販売するレトルトのウサギ肉煮込みのサンプルを、自宅で調理して一人で食べたことがある……とはカタリーナには言えないな。


「バルトザウトって、 名前ぐらいは聞いたことがある有名なレストランだけど、 カタリーナは誰と食べに行ったの?」


「えっ? 一人でですけど」


「 ……えっ? ああ、うん……」


 高級なレストランに、女性が一人で入る。

 日本ではソロ外食も市民権を得つつあったけど、この世界でか。

 カタリーナって、 意外とそういうのが平気だったんだな。

 ああ、もう慣れてしまったのか……。


「さて、ウサギ料理が完成したからみんなを呼ぶか」


 俺の奥さんたちは、それぞれどこかで仕事をしていることも多いから、 料理が完成したら呼びに行くシステムになっていた。

 そういえばふと思ったんだけど、エリーゼたちって厳密に言うと兼業主婦なんだよな。

 だからなんだって話だけど。

 

「ウサギ料理、美味しそう」


「ヴィルマは早いな」


「疑問を感じる仕事だったけど、早く終わった」


「ああ、斧術の臨時講師だっけか?」


 剣術、槍術、弓術、魔闘流、そして、今は人数が少ないが徐々に習う人が増えている魔銃術か。

 この辺の武術はポピュラーなので、バウルブルクにも道場があった。

 剣術はエル、槍術はイーナ、魔闘流はルイーゼの創設した家臣家が取り仕切っているのだけど。

 そして、マイナーな鞭術……SMじゃないですよ……と、斧術にも流派と道場が存在した。

 ただ、どうしてもマイナー武術で門下生も少ないので、バウマイスター辺境伯家はあまり関わっていない。

 そんな斧術道場が、門下生を増やすために目を付けたのがヴィルマであった。

 ただ、彼女の斧の使い方は常人にマネできない。

 今日も臨時講師として呼ばれたみたいだが、 彼女自身はこの仕事に疑問を感じているようだ。


「斧術の使い手は力がある者が多いが、さすがにヴィルマには勝てぬからの」


「真似できないものを教えるのは難しい」


「そうよな」


「テレーゼは、鞭術の臨時講師だったの?」


「妾は、鞭などそれほど得意ではないぞ」


「でも使えるんだ」


「帝王学の一つにあったのじゃが、もう長年やっていないので忘れてしまったかもしれぬな。妾はローデリヒ殿に頼まれての。座学の講習じゃよ」


 テレーゼは元フィリップ公爵閣下なので、ありとあらゆる事務仕事はお手のものだ。

 そしてバウマイスター辺境伯家には、その手の経験が不足している家臣が沢山いる。

 そこでローデリヒからの依頼を受け、見どころのある若い家臣たちに対し、実用的な事務仕事の講習を定期的に開催していた。


「貴族の家臣には武芸も大切じゃが、今は領地を治めるのに必要な事務能力の方が重宝されるのでな」


 今は戦乱の時代ではないので、腕っ節よりも事務能力なのは確かだった。

 特にバウマイスター辺境伯寮は、今も毎日あちこちで開発が進み、多くの移住者たちが押し寄せているのだから。


「ウサギ料理か、美味そうじゃな」


 テレーゼは、完成したウサギ料理を見て目を輝かせていた。


「テレーゼも、ウサギ狩りの経験アリなのかな?」


「フィリップ公爵領には、『雪ウサギ』という真っ白なウサギがおってな。真冬にこれを狩るのが領民たちの娯楽なのじゃ。妾たたちのような貴族も、雪ウサギ狩りに興じるぞ」


「鞭で狩るんだね」


「ルイーゼは、そこにこだわるの」


「だって、テレーゼと鞭は似合いそうだから」


 ルイーゼにSMの知識はないと思うが、テレーゼが女王様っぽいから鞭が似合うと思ったんだな。

 あとは、以前の格好のリサもか。


「うわぁ、美味そうだな」


「あっ、この料理。ベッティのお兄さんの得意料理ですね。ウサギ肉の煮込みだ」


「美味しそう」


 カチヤ、アグネス、シンディなど。

 みんな次々と集まってくるが、人数が多いのでその間にさらに料理を作っていく。


「旦那様、それは?」


「ホロホロ鳥の足の部分さ」


 鶏だと、モミジと呼ばれる部分だ。

 地球では世界中で食べられており、とても美味しいのだが、 まず貴族は食べないだろうな。

 なぜなら……。


「ホロホロ鳥のモミジは、食べる部分が多くてやはり高級感があるな」


 鶏のモミジよりも、料理のし甲斐がある。

 狩猟でホロホロ鳥を狩った時にとっておき、魔法の袋に溜めておいたのだけど、大分量が集まったので調理することにしたのだ。


「まずは、大鍋でモミジをショウガと共に下茹でします」


 まずは、数分だけ茹でたら茹で汁を捨てる。

 どうしてかというと、ここで茹ですぎるとモミジに臭みがついてしまうからだ。

 続けてネキの青い部分とショウガを入れて、じっくりと弱火で茹でていく。

 途中、モミジから出る黄色い油やアクは丁寧に取り除くのを忘れないように。

 茹で終わったら、爪の部分を取り除く。

 これは、尖った爪がついていると食べにくいからだ。

 次にフライパンで、ミズホ産の胡麻油と粉唐辛子を炒めてから、さらに醤油、砂糖、酒、おろしニンニク、水を混ぜたものも投入して沸騰させる。

 ここに茹でたモミジを投入して、絡めるように炒めれば……。


「ホロホロ鳥のモミジの、甘辛炒めの完成だ」


 もう一品、茹でたモミジを一旦冷まし、これを表面に軽く焦げ目がつくまでローストして……調理器具を使うと面倒なので、火魔法でやった……低温の油でじっくりと揚げていく。

 揚げ終わったら、これに塩コショウを振りかければもう一品の完成だ。


「ホロホロ鳥のモミジの唐揚げの方は、足先の骨もパリパリと食べられるから」


「ヴェンデリンさん、どうしてこの料理を貴族は食べないのですか?」


「わからないか? カタリーナは」


「ええ」


「さて、このホロホロ鳥のモミジ料理を、貴族のマナーに則って食べることができるでしょうか?」


「そんなことでしたら簡単ですわ。この私、貴族のマナーにはとても詳しいですから」


 カタリーナは、貴族のマナーを調べたり実践するという変な趣味があるからな。

 本人はとても楽しそうにやっているので、普段みんなは生温かく見守っている。

 たまに趣味の実演に誘われても、誰も参加しないけどな。

 俺から言わせると、趣味でそんなに堅苦しいことをしている人が信じられないというか。

 貴族の中の貴族であったテレーゼに言わせると、一度失ったものへの憧れが趣味に昇華したのであろうという推察をしていた。


「確かに、この料理を貴族らしく食べるのは無理だな。これ、すげえ酒に合うわ」


「実に素晴らしい酒のツマミなのである!」


 やはり勘が鋭いのだろう。

 いつの間にかいたブランタークさんと導師もこの食事会に参加していたが、二人はお酒を飲みながら、ホロホロ鳥のモミジ料理を手づかみで美味しそうに食べていた。

 鳥のモミジ料理は、骨についた皮とコラーゲンたっぷりでプルプルのお肉を、歯でこそげるようにして食べるのが決まりというか、貴族のマナーに則ってナイフとフォークで食べても美味しくない。

 モミジ料理は、手で掴んでしゃぶりつきながら食べた方が美味しいに決まっている。


「お師匠様、導師様、その食べ方は下品ですわ」


 そして当然の如く、カタリーナは二人のモミジ料理の食べ方を注意し始める。

 モミジ料理をナイフとフォークで食べるのは不可能とは言わないが、とても面倒臭いし時間もかかる。

 だから俺は、モミジ料理は貴族に合わないと言ったのだ。


「内輪の席だから問題ないさ。だから辺境伯様も今日初めて出したんだろう?」


「モミジ料理は、この食べ方と合わせて美味しいのである! みんな無礼講である!」


「そうですよね」


 俺も、自分が作ったモミジの甘辛炒めを食べ始めた。


「美味いな、やっぱり」


「口も手も汚れちゃうけど、部外者が見ているわけでもないしね」


「はい、ルイーゼ。手と口を拭く布巾よ」


「わあい、気が利くね。イーナちゃんは」


「これ、エリーゼが用意したのよ」


「お祖父様の前でこんな食べ方をしていたら叱られてしまうでしょうが、ヴェンデリン様の仰るとおり、この食べ方も込みで美味しいですね」


 普段のエリーゼがこんな食べ方をしていたら大問題になってしまう。

 だからこそ、密かに下品に食べるモミジ料理を気に入ったようだ。


「このプルプルの成分が、お肌にもいいんだけどね」


 鳥のモミジには、コラーゲンが豊富に含まれている。

 お肌にいいので、是非女性にはお勧めしたいところだ。


「えっ? 本当にお肌にいいの? じゃあ私も」


「せっかく公爵を辞めたのじゃ。このような料理を楽しまずにいたら損というもの」


「お肌にいいのは嬉しいですね」


 アマーリエ義姉さん、テレーゼ、リサもモミジを食べ始め……。


「モミジの唐揚げ、骨もパリパリで美味しい」


「この甘辛いタレとプルプルの肉が美味いな」


「鳥の足がモミジ……。ああ、そういうことですか。お館様は、ミズホの風習にお詳しいですね。今度、みんなでモミジ狩りに出かけましょう」


ヴィルマ、カチヤ、ハルカも、モミジ料理を快くまで楽しみ。


「下品に食べるのが美味しいなんて、先生は面白いことに気がつくんですね」


「この料理、ローザさんに教えてもいいですか?」


「甘辛プルプルと、カリカリプルプルで美味しいです」


「ヴェンデリン様、今度私も作ってみたいです。お父様の前では食べられませんけどね」


 アグネス、ベッティ、シンディ、フィリーネも、まだ成長期だからかモミジ料理を次から次へと食べ続けていた。


「残念なのは、野戦食には向かないことだな。しかしこの料理は癖になる」


「ヴェンデリン様、これを沢山食べて綺麗な肌になりますね」


 藤子、ルルのお子様たちにも、モミジ料理はオヤツ感覚で大人気だ。


「生まれて初めてこういう下品な食べ方をしますが、確かにこれだ癖になりますね」


「普段ならお涼様を注意するところですが、外の目がない食事の席で、下品な食べ方をする快感が癖になってしまいそうです」


「父には言えませんよね」


 涼子、雪、唯も、手掴みしたモミジに直接しゃぶりつくという、 普段では絶対できない下品な食べ方が大いに気に入ったようだ。


「フリードリヒたちには、まだちょっと早いかな」


「ヴェル様、もう少しでなくなりそう」


「ありゃ、もうないのか。鳥の足、モミジをまた集めないとな」


 色々試食したり、調理してみて気がついたのだが、モミジはホロホロ鳥のやつが一番美味しいな。

 ただ、ホロホロ鳥のモミジは、この世界でも出汁を取るのに使われるのと、 高級レストランが買い占めてしまうので、値段以前に入手が困難だった。

 自分で狩ったホロホロ鳥から手に入れるしかないのだ。


「というわけなので、今後ホロホロ鳥を手に入れたら足は確保しておいてね」


「了解。ボク、ホロホロ鳥獲りなら得意だから」


 家族と仲間だけで、貴族なら普段絶対食べないようなものを、さらに下品な食べ方で楽しむ。

 初めからそういう意図ではなかったのだが、意外と楽しかったな。


「……」


「あれ? どうかしたの? カタリーナ」


 みんなで、口と手を布巾で拭きながら楽しそうにモミジを食べていると、カタリーナだけ表情が暗いような……。


「ヴェル様、カタリーナ仲間外れ」


「いやだって、ねえ……」


 カタリーナには貴族としての誇りがあるから、モミジをクソ丁寧にナイフとフォークを使って食べていた。

 味は同じなので満足したと思ったんだけど……。


「口に合わなかった?」


「……この食べ方では、本当に美味しくありませんわ」


「やっぱり」


 味はまったく同じなんだけど、食べ物の味って五感で楽しむものだからね。

 そんな気がしてた。


「まあ、真の貴族ともなれば、密かにこのような下品な食べ方をして、普段の上品な自分とのギャップを楽しむということもあるのでしょう」


「屁理屈こねてないで、手で食べればいい」


「美味しいですわ! これ! 手と口が酷く汚れてしまいますけど!」


 ヴィルマの一言により、カタリーナはまるで解き放たれた肉食獣のように、残りのモミジをすべて食べ尽くした。

 そして翌日、またダイエットをすると宣言していたが、いつものことなので、みんなで生温かく見守るのであった。






「あの……バウマイスター辺境伯、実はフィリーネからきた手紙に書いてあった料理のことなのですが……」


「フィリーネが教えてくれたんですか」


「なにしろ、私はあの子の父親ですからね」


「(嫁いだ貴族の娘って、もっと実家のためになるようなバウマイスター辺境伯家の情報を手紙で伝えると思ったけど……モミジ料理でいいのか?)あの、それで?」


「我々大貴族って、普段から周りの目ばかり気にしてストレスが溜まるじゃないですか。だからですね……」


「はい、モミジ料理を用意します」


「催促したようで悪いですね。楽しみですよ」



 所用でブライヒレーダー辺境伯を尋ねたら、なぜかモミジ料理を所望された。

 大金持ちなんだから、 わざわざそんなものを食べなくてもいいような気がするが、ブライヒレーダー辺境伯もたまには下品にに振る舞ってみたいのかもしれない。


「例の料理を食する場所ですが、王都ブライヒレーダー辺境伯邸がよろしいかと」


「わざわざ王都のお屋敷でですか?」


「あそこは秘密を保ちやすいんですよ」


「なるほど」


 そんなものなのかと思い、数日後、俺は約束の時間にブライヒレーダー辺境伯と共に王都ブライヒレーダー辺境伯邸へと『瞬間移動』で向かった。

 調理した大量のモミジを持って。


「よう、バウマイスター辺境伯。楽しみにしてたぜ」


「弟から、実に美味い酒のツマミがあると聞いてな」


「ワシも楽しみにしておったぞ」


 なぜか王都ブライヒレーダー辺境伯邸の一室には、エドガー侯爵、アームストロング軍務卿、ルックナー財務卿の姿もあった。

 そして……。


「やあ、婿殿」


「ホーエンハイム枢機卿まで?」


 たかがモミジ料理のために、どうしてこんなに王国の重鎮が集まるんだ?

 そのくらい、自分の屋敷で密かに料理すればいいじゃないか。


「早速料理を頼むぜ」


「はい」


 俺がテーブルの上に、魔法の袋から取り出したモミジ料理の大皿を置くと、いい年をしたオッサンとお爺さんが目を輝かせていた。

 そして、そのまますぐにモミジを手掴みにして食べ始める。


「手で掴み、直接しゃぶりつく。下品で家族や家臣には見せられんな」


「肉はよ。骨の近くが一番美味しいんだが、鳥の足がこんなにプルプルで美味しいと思わなかったぜ。ヴィルマだと、なかなかお腹いっぱいにならないだろうけどな」


「弟が酒のツマミに最高だって言ってたけど、本当だな」


「手と口を汚しながら食べるもの悪くないな。エリーゼに知られたら叱られるかもしれないがな」


「バウマイスター辺境伯、歯で下品に肉をこそげて食べるのはいいですね。他の貴族たちがいるパーティでこんなことをしたら、すぐに出入り禁止になりますからね。あっ、いい蒸留酒があるんですよ」


「気が利くじゃないか。ブライヒレーダー辺境伯。あれ? バウマイスター辺境伯は食べないのか?」


「食べますけど……」


 王国の名だたる大貴族たちが集まり、ホロホロ鳥のモミジ料理を手づかみで、直接かぶりつき、アルコール度数の高い蒸留酒を飲む。

 変な行事だが、彼らはとても楽しそうだ。

 普段、常に周囲の目を気にしているからこそ、密かにマナー違反をしてストレスを解消しているのだろう。


「いやあ、美味かったぜ。ヴィルマはいい夫を持ったな」


「バウマイスター辺境伯、今度からは美味しい料理があったら、弟ばかりでなく俺も誘えよ」


「ワシらは、普段色々と大変なんだ。このような席を常に必要としておるぞ」


「とはいえ、エリーゼには内緒にしておいてくれよ。これは男の約束というものだ」


「バウマイスター辺境伯、またこの料理を作ってくださいね。他の料理でもいいですけど」


 こうして、大貴族たちが秘密裏に集まって下品な料理を楽しむ謎の会合を不定期で開催されるようになったが、本当、大貴族って大変なんだなあと思う俺であった。

 俺も大貴族なんだけどね。




「先生、こっちは終わりましたよ」


「先生、こちらもです」


「四人でやると早いですよね、先生」


「そうだな。じゃあ、屋敷に戻るか……あれ?」



 数日後。

 今日は四人で未開地の開発に勤しんでいたが、 無事に今日のノルマを終えたので屋敷に戻ろうとすると、魔導携帯通信機に着信が入った。

 急ぎ出ると、なんと通話の主はガトル大陸にいるはずのヴァルド殿下であった。


『聞いたぞ、バウマイスター辺境伯』


「なにを聞いたのですか? 殿下?」


『王都ブライヒレーダー辺境伯邸において、お忍びで、とても美味しくて楽しいことをしていたそうではないか』


「……」


 この人、どうやってその情報を掴んだんだ?

 ガトル大陸総督だから、向こうにいるはずなのに……。

 さすがは次の王というべきか、実に素晴らしい情報網を持っているじゃないか。


『バウマイスター辺境伯、私はこう思うのだ。ガトル大陸には、あまり外の目がないじゃないか。王城にいた時よりも、小うるさいお付きたちも少ない』


「そうなんですか」


 あの、ヴァルド殿下がなにか変わったことをしようとすると、必死になって止めに入る連中はいないのか。

 ガトル大陸までは遠いからな。

 同行者の数に制限が入ったんだろう。


『つまり、わかるよな?』


「ええと……。今度、なにか料理でも持って遊びに行きます」


『そうか! ガトル大陸総督になっておくものだな。現地の特産品やいい酒を用意して待っているかな。必ずだぞ! 鳥の足の料理なんて、王城で食べたいと言ったら、みんなが大騒ぎして反対するに決まっている。だから楽しみにしているぞ』


「はい……」


 鳥の足なんて、地球だと安い食材なんだけどなぁ。

 高貴な身分の人からすれば、それはとても珍しくて興味津々なものなのであろう。

 またルイーゼたちに頼んで、ホロホロ鳥のモミジを集めておかないと。 


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