閑話23 出版

「ねえ、ヴェル。見て見て」


「イーナ、この本は?」


「私、本を出版したの!」


「えっ? いつの間に? 凄いじゃん」



 突然イーナから、綺麗に装丁された本を見せられた。

 なんでも、彼女が自分で執筆した物語なのだそうだ。

 これまで彼女が本の出版作業をしていたなんて、俺はまったく気がつかなかった。

 エリーゼたちも知らないみたいだな。


「でもさ、本ってそんなに簡単に出せるものなのか?」


 俺のイメージだと、作家って選ばれた人たちってイメージなんだけどな。

 本当にそうなのかはわからないけど。


「最近私がよく行く書店は王都に本店があって、一緒に出版業もやっているのよ。お店に通っていたら、『もしやる気があるのなら原稿を見ますよ』って言われて、自分なりに原稿を書いて持っていったら採用されたってわけ」


「へえ、それは凄いな」


 原稿を持ち込んで採用されたのか。 

 そういえば、前世で高校の頃に漫画家志望の奴がいて、色々な出版社に原稿を持ち込んでいるって話していたな。

 結局漫画家デビューできなくて、普通のサラリーマンになったそうだけど。

 創作の世界で生きていくのは大変なんだなと、俺は当時思ったものだ。

 それが、あっさりと自分の奥さんが作家デビューしてしまうなんて。

 イーナに才能があった証拠なんだろうけど。


「どれどれ……どんな内容なのかな?」


 早速読んでみると、その内容は身分違いの男女の恋愛物語であった。

 貴族の息子である男性と、平民の娘である女性。

 この二人が様々な妨害を乗り越え、ついに結ばれるというお話だ。

 当然現実では……令和日本ならともかく、この世界では……ほぼあり得ない話だが、イーナの書き方が上手なのであろう。

 読んでいると、つい二人を応援したくなってしまうのだ。

 この話を書いているイーナ本人も、別にこれがノンフィクションだとは思っていないはず。

 空いている時間に、空想のお話の素晴らしさに浸る。

 これぞ、読書の醍醐味というわけだ。


「イーナちゃん、売れ行きはどんな感じなの?」


 とここで、ルイーゼも話に加わってきた。

 彼女は、イーナが書いた本をちょっとだけ見てから……ルイーゼは活字が苦手なので熟読は無理そうだな……色々と質問をしてきた。


「それが結構好評で、早速重版することになったそうよ」


「やったね、イーナちゃん」


「凄いんだな」


 この世界の本は大分嗜好品寄りの商品で、現代日本のように印刷技術が高いわけではないので、かなりの高額である。

 作家業のみで食べられる人は非常に少ないそうで、それと身分によって教育にも差があるから、富裕層の人たちが半ば趣味で本を書くことが多かった。

 それほど数が出るものでもなく、お金に余裕がない人は古本で購入するケースが多いから、重版がかかるというのは珍しいことなのだ。


「大作家の仲間入りかな? イーナちゃんは」


「次の作品もお願いしますって言われたけど、私も本だけ書いていればいいってわけでもないし、そんなに簡単に書けないから、やっぱり専業で食べていける作家さんって凄いのね」


 確かにイーナには、子育て、槍術道場の運営、その他バウマイスター辺境伯家絡みの仕事、今でもたまに冒険者をしているから忙しい。

 そう簡単に、本を書く時間を増やせないだろう。

 空いている時間に本を出す、兼業作家という状態に落ち着くのかな。


「じゃあ、次はボクも書いてみようかな? その本屋さん、原稿はいつも受けつけているんだよね?」


「そうは言っていたけど、なかなか合格が出ないことでも有名なのよ。出版しても売れないと赤字だから、結構シビアに作品を精査されるわ」


「そうなんだ。でも、ボクなら大丈夫そうな気がするな」


「気がするって……」


「(特に根拠もないのに、自信満々なのがルイーゼらしいけど……)」


 イーナは沢山本を読んで研究し、売れ筋の話を上手に書いたから成功したわけで、本を読むとすぐに眠くなるルイーゼでは、そういう分析作業は難しいような気がしてならない。

 そういえば、大学の同級生で作家志望の奴がいたな。

 そいつ、いつも『作家として成功した僕の未来図』みたいなのを語っていたが、では彼が書いた原稿はというと、結局一度も見たことがなかった。

 先の漫画家志望の奴に聞いてみたら、作品をまったく書かないのに必ず成功すると確信する人は、必ず一定数出るそうだ。

 ルイーゼも、そういう人たちの仲間のような気がする。

 きっとイーナもそう思っているはずだ。


「早速執筆だ! ボクも重版作家になるぞ! 目指せ、印税生活!」


 そう言うと、ルイーゼが駆け足で自分の部屋に戻って行った。

 多分、物語の執筆をするためであろう。


「大丈夫なのか? ルイーゼは」


「ヴェル、ルイーゼって昔からそうなのよ。新しいことを始めるけど、すぐに飽きちゃうの。魔闘流以外はね」


 つまり、飽きっぽいわけか。

 魔闘流以外は、どれも三日坊主になってしまうと。


「一週間もすれば、物語を書こうとしていた事実すら忘れていると思うわ」


「確かにそんな気がする」


 本一冊分の物語って、結構書くのが大変だからな。

 本当にルイーゼが物語を書けるかどうか、期待しないで待つとしよう。





「じゃじゃぁーーーん! 完成!」


「えっ? 本当に書いたの?」 


「これは予想外だ」


「もう、ヴェルもイーナちゃんも失礼だな。ボクはちゃんと物語を書いたよ。しかも、感動の大傑作をね。そのできの素晴らしさに、ヴェルもイーナちゃんも打ち震えるがいいさ」


 あれから一ヵ月後。

 俺とイーナはルイーゼが物語を執筆しようとしていた件を忘れていたのだが、実際目の前に原稿を差し出されてようやく思い出し、彼女が本当に一冊分の物語を執筆してしまった事実に驚愕してしまっていた。

 俺もイーナも、絶対に途中で投げ出すと思っていたからだ。


「どんな物語なんだ?」


「うんとね、とある有名な武術家の女の子が、父親の跡を継ごうと努力するお話」


 女性の身で流派を継げるものかと反対する者たちを納得させるため、その女の子は旅に出て、各地で有名な武術の達人たちを倒していく。

 主人公が少女なこと以外、ひと昔前の週刊少年漫画雑誌にでも連載されていそうな内容の物語であった。


「(ルイーゼって、意外と考えに柔軟性があるんだな……)」


 逆に普段、それほど本を読まないからなのかもしれない。

 イーナの場合、どうしても既存の作品の改良に偏ってしまうからだ。


「早速読んでみてよ」


「そうだな」


 この世界ではほとんどないタイプの物語なので、もしかしたらいけるかも。

 俺は、ルイーゼの書いた原稿を読み始めた。


「字が汚いなぁ……」


「読めればいいじゃん。ヴェルも人のことは言えないでしょう」


「否定はしないけど」


 俺の字も決して褒められたものじゃないが、ルイーゼと同類にはされたくない……とにかく、大切なのは物語の内容だよな。

 俺は、改めて原稿を読み始めた。


「ヴェル、どう?」


「……これは……」


「面白いでしょう?」


「……」


「どうしたの? ヴェル」


「イーナさん、どうぞ」


「……えっ? これ?」


 俺は原稿を読み始めたのだが、すぐにこれはヤバいブツだと判断し、イーナに原稿を渡して同意を求めてしまった。

 イーナも『これはアカン』とすぐに思ったようで、俺に同じ考えだという表情を向ける。


「傑作でしょう?」


 いや、傑作というか、個性の塊すぎるとでもいうべきか。

 なんとも形容し難い物語なのだ。


「(話自体は、結構単純な構成だよな)」


「(そうね)」


 これまで一度も物語を書いたことがないルイーゼなので、話自体は非常に単純な構成であった。 

 実家の道場を出た主人公の少女が、旅先の道場で様々な能力や技を持つ武芸家と戦っていく内容で、少年誌の連載漫画みたいなお話なのだ。

 それはいいんだが、何分ルイーゼには長文や物語を書いた経験がない。

 その結果、戦闘描写がとんでもないことになっていた。


「(『ウガァーーー! 肩をやられたぁーーー!』はないわよね)」


「(うん、酷い)」


「(必殺技の名前を言うのはいいけど、どんな技なのか、放ちながら説明する敵ってどうなのかしら?)」


「(主人公も似たようなものだよね)」


 ルイーゼは地の文を上手く書けないから、戦闘中の描写をいちいち主人公や敵キャラに言わせてしまうため、物語の九割がセリフで構成されていた。


「(その技を覚えるため、師匠を倒してしまった悲しい過去はいいけど、どうして全部セリフにして主人公に言うのかしら?)」


 現実の一対一の戦闘で、そんな長々と話す奴はいないと思うけど……。

 というか、大人しく対戦相手がすべてのセリフを言うまで待つわけない。


「(『俺のパンチをかわしたな!』とか、最初の一言ならいいけど、いちいち主人公が攻撃を回避する度に言うのはどうなんだろう?)」


 話は悪くないと思うけど、残念ながら文章が非常に残念なことになっていた。

 もしプロの作家が見たら、とても怒ると思う。

 この原稿を持ち込まれた書店の人たちはどう思うのであろうか?


「どう? ヴェル、イーナちゃん」


「悪くないかな」


「話はね」


 話はいいんだ。

 実際に原稿を読んでみると、この世界の物語ではこの手の話は今までなかったはず。

 ただ、この文章では読者が……。


「じゃあ、持ち込んでみるね!」


「「待てい!」」


「へっ?」


「「改稿します!」」


 きっとこの原稿を見たら、書店の人が卒倒してしまうはずだ。

 それを避けるべく、俺とイーナでセリフ九割のブツを改稿することにしたのであった。

 大変だけど、本当にルイーゼが原稿を書いた以上、改稿を手伝わなければ……。




「『女武闘家リリーの修行旅』。現在、もの凄く売れていますよ」


「よかったですね」


「それが、これまで本なんて読まなかった層にまで売れていて、もう五回も……また重版するので六回目です」


「マジで?」


「私、一回しか重版していないのに……」


 ルイーゼが執筆……原稿のレベルからすれば原案か?……した物語は、俺とイーナによって改稿が行われ、それを気に入った書店によって出版された。

 その売れゆきはとても好調で、こんなに重版を繰り返す本は歴史上類がないそうだ。

 これまで本を読まなかった層にまで売れており、古本屋で手に入れようにも誰も手離さないので店に並ばず、みんな高価なのに新本で購入しているそうだ。

 あの原稿をどうにか直したイーナからすれば、色々と思うところがあるのであろう。

 複雑な表情を浮かべていた。

 気持ちはわからないでもない。


「それで、ローズさんに二巻目の原稿を急いでほしいのですが……」


「「ああ、原稿ですね……」」


 当然、本屋は二巻目の刊行をしたいのだが、問題はローズ……ルイーゼのペンネームだ。本人がいきなりそう名乗ったので由来は知らない。痛々しいペンネームとか言ってはいけない……が、一巻を出した時点で本を書くことに飽きてしまった点であった。

 それなら、一巻分を書き終わる前に飽きてほしかったのだが、ここで飽きられてしまうと困ってしまうのだ。


「ええっーーー! ローズ先生が飽きてしまった?」


「素人が思い付きで書いたものなので、続刊を期待するのは難しいかなって……」


 シリーズものを続けて書くのも結構大変で、中にはストレスで続刊が出せなくなる人もいると、前世で漫画家志望の友人から聞いたこともあったな。


「そんなぁ、これは歴史に残る大ヒット作なんですよ! 続刊がないなんて寂しいじゃないですか! 読者の方々も期待していますから!」


「と、言われてもなぁ……」


「ルイーゼは、飽きると絶対にやらないので……」


 日本の作家みたいに、どこかのホテルや出版社の会議室に閉じ込めれば原稿を書いてくれるなんてことも、ルイーゼでは期待できない。

 どうせ、その身体能力を生かして逃げ出してしまうだろう。


「ここは、次の天才に期待しましょう」


「そんなに簡単に出てこないから天才なんですよぉーーー!」


 確かに、簡単にポコポコ出てきたら、それは天才ではないか。


「あのぉ……改稿者であるお二人は?」


「無理!」


 俺は貴族なので……貴族全員が忙しいわけじゃないけど……少なくとも俺は忙しい。

 小説の原稿なんて書いている時間はないのだ。

 そもそも小説なんて書いたこともなく、前回は改稿だし、イーナがいたからなんとかなった。

 地球の創作物を知っている分のアドバンテージはあると思うけど、それを実際に原稿を落として書くのは別の話なのだから。


「私もルイーゼほど売れていないですけど、自分の新刊を書かないといけないので」


「うーーーん、こうなれば、ゴーストライターだ!」


「「ぶっちゃけた!」」


 というか、この世界にもゴーストライターっているんだな。


「ゴーストライターって食べられるの?」


「優秀な人なら、という条件がつきますけど。貴族は見栄っ張りですからね」


 貴族は自分に箔をつけるため、俺は多才で本も書けてしまうんだぜ、と世間にアピールするため、本を出版する人が多かった。

 決して儲けるためでなく、宣伝目的の半ば記念出版的なものだそうだ。


「貴族や金持ち全員が出版に耐えられる文章力があるわけでもなく、そこでゴーストライターというわけです」


 こういうお話を書きたいとプロットを渡すと、彼らは文章のプロなので上手く本に仕上げてくれる。

 貴族の中には、完全にゴーストライターに任せてしまう人もいるとか。


「要するに、本を出せたということが重要なのです」


 本を出版するほど多才な貴族。

 という評価を世間から得るのが目的なので、執筆はゴーストライター任せというわけか。


「まあ、意地でも自分で本を出す人もいますけどね。ゴーストライターに任せた方がマシってレベルの人が多いですけど……」


 なまじプライドがあるため、最後まで自分で執筆した結果、痛々しい本になるケースも多いらしい。


「そういう本は貴族が全部買い取ってくれるので、うちとしても儲かるのですがね」


「自費出版みたいなもの?」


「そう思っていただけたら」


 一応見栄で本屋にも置くが、大半は仲のいい貴族や家臣、知人・友人に配って終わりだそうだ。

 そういえば、ブライヒレーダー辺境伯から何冊か詩集を貰った……彼の詩は、ゴーストライターの作じゃないけど。

 それならもっと、センスのいい詩になるはずなのだから。


「ローズさんのケースでは、本当に読者が求めている本なのです! 是非、ご協力をお願いします!」


「「はい……」」


 書店の主に懇願され、俺たちは彼の依頼を引き受ける羽目になってしまったのであった。




「『女武闘家リリーの修行旅』の二巻も面白かったな」


「ああ、三巻が楽しみだな」


「うわっ! もう売り切れかよ!」


「重版してくれぇーーー」


 原作者であるルイーゼが飽きてしまったため、ゴーストライターが執筆した『女武闘家リリーの修行旅』二巻も売り上げは好調であった。

 それにしても、ゴーストライターというのは凄いものだな。

 第一巻と違う人が書いたとは思えない出来であった。

 第一巻は、セリフはルイーゼ、俺が助言、本文はイーナといった感じだったが、それを上手く再現していた。

 第二巻に関してだが、さすがにルイーゼもアイデアくらいは出している。

 ギャラの半分がゴーストライターに支払われるとはいえ、なにもせず印税の半分を貰うのは暴挙なので、責任を持ってアイデアくらい出せと俺が言ったからだ。

 まあ、『生き別れた腹違いの兄との死闘。幼馴染との戦い』という一文が、アイデアかどうかは、判断に困るところであったけど。


「売れ行きは好調ですよ。是非第三巻もお願いします。ローズ先生のアイデアはいかがでしょうか?」


「ええと、『とある山奥に隠棲する伝説の老武闘家が、自分の奥義を受け継ぐ武闘家を選ぶため、闇の武闘大会を開くという話』だそうです」


「それはいいですね。さっそく書かせますよ」


 本屋の主人は、嬉しそうにその場から走り去って行った。

 きっと、例のゴーストライター氏に執筆を依頼しに行ったのであろう。


「ねえ、本当にいいのかしら?」


「事ここに至っては、完結するまで誤魔化すしかない」


「終わらせてくれるの?」


「……わからん」


 実は、ルイーゼがもうアイデアを出すのにすら飽きてしまい、俺が日本のアニメや漫画の中からアイデアを出していることは、あの書店の店主には絶対に秘密であった。

 下手に知られて、俺に書けなどと言われたら大変だからだ。

 ましてや、読者たちに事実など言えるはずがない。

 こうして、『女武闘家リリーの修行旅』シリーズは、最初に物語を書いた本人が預かり知らぬところで、大ベストセラーとなっていくのであった。

 ルイーゼは普段本を読まないので、自分の本が何巻で完結したのかすら知らなかったけど。

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