閑話22 クリスマスSS 後夜祭

「はあ……。今日も随分と遅くなったな……」




 世間では、クリスマスイブと呼ばれる12月24日。

 多くの人たちが、恋人や家族と共に楽しく過ごす日。

 そんな日なのに、俺はどうにか日付が変わる直前、真っ暗で誰もいないマンションの一室に戻って来れた。

 今日は特に長い残業だった。

 社内では、彼女、彼氏、家族と過ごすため定時で上がる人が多く、かといって仕事の量が減るわけではない。

 さすがに我が社でも年末年始はお休みなわけで、お休み前にケリをつけたい仕事が多く、そうなると誰かが残業しなければならないのだ。

 では、誰が残業するかというと、クリスマスの時点で彼女がおらず、家族でクリスマスを過ごす予定もない俺ということになる。

 この年で両親とクリスマスパーティーをしてもしょうがないし、年末年始は実家に帰省する予定なので、今日帰るわけにもいかない。

 地元の友人たちともその時に会う予定で、大学の友人たちはそれぞれに予定があった。

 ない奴もいるけど、学生時代ならともかく、いい年の男だけで集まってクリスマスパーティーなんて、正直涙しか出てこないから、みんな仕事をして過ごすそうだ。

 そんなわけで俺、一宮信吾はクリスマスイブの日も残業だった。

 同じく残業している課長……彼は一人娘が彼氏とクリスマスを過ごす予定だそうで、妙なテンションで一緒に残業していた……は、俺を『一宮はいい奴だな』って褒めてくれたけど、ここで褒められる男なんて致命的ではないのかと、そんな感想を抱いてしまったのは誰にも言わずにおこうと思う。




「今日はクリスマスイブじゃない! チキンを食べて、シャンパンを飲み、ケーキを食べる日なんだ。今日はご馳走の日だ!」


 コンビニで買ったケーキ。

 容器にサンタさんのシールが貼ってあるのがちょっと余計だな……。

 同じく、コンビニで買ったチキンにおでん。

 今は冬で寒いから、温かいおでんはいいよね。

 そして、事前に購入していたスパークリングワイン。

 今日はご馳走だな。

 クリスマス?

 そんなものは都市伝説ですよ。

 誰かはわからないけど、創作物でクリスマスなんて架空の行事を作り出してしまうから。

 みんな、それが本当にあるんだと思って実行してしまう。

 サンタさんは、あれは運送会社の人がコスプレしているだけだから。

 世界に一人?

 某ネズミランドも、ネズミのキャラクターを常に一人しか出さないよう、時差なども考慮して世界中にある園でスケジュール管理しているでしょう?

 つまり、そういうことなのですよ。

 でも、そんな幻想も我が社のメシの種。

 とはいえ、年末年始に関連した商品の売り上げには劣るはず。

 だからあと約一週間。

 お休みに向けて頑張るぞ!

 ああ、おでん美味い。





「(……という、半ば愚痴なのか、現実逃避をしていた前世に比べ、俺には三人の婚約者もできました。しかも十四歳でとか! このリア充な今の状況を利用してクリスマス的なものを楽しもうとしたのに、これは酷い!)」


「ヴェンデリン様、どうかなさいましたか?」


「ううん、なんでもないよ。エリーゼ」


「そうですか。グリーフ司祭のありがたいお話が始まりますよ」


 せっかく可愛いい婚約者がいるのに、なにが悲しくて教会で日付がかわるまで坊さんの説教というか、説話を聞かなければならないのだろう。

 今年は、貧しい人たちに狩猟で得た肉を配る謝肉祭には参加しなくてよかったけど、そのあと教会で行う後夜祭には参加する羽目になった。

 エリーゼは真面目で熱心な信者、その前に神官なのだから参加して当然という気持ちなのだ。

 前世に、心の中で『キリスト教の厳格な宗教行事なのに、浮かれてご馳走など食いおって! そのうち罰が当たるぞ!』とか、少しでも思ってしまってごめんさない。

 俺は、前世の軽薄なクリスマスの方が圧倒的にいいと思います!


「とある男は、友人の主催する食事会に参加するため、ようやく手に入れた材料でパンを十個焼きました。それを持って友人の家に向かう途中、お腹を空かせた子供たちが十人いたのです。彼は子供たちにパンを一個ずつ渡しましたが、友人の家に持っていく食べ物がなくなってしまいました」


「一人につき半分ずつあげれば、パンは五個残ったのにね」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 説話の内容にツッコミを入れてはいけないようだ。

 俺は、多くの信心深い人たちからの視線を一身に浴びてしまった。


「おほん! パンがなくなってしまったその男は友人の家に行っていいのか悩み、彼の家の前でウロウロしていたのですが、それを見つけた友人はその男を家に迎え入れ、彼からパンを持参できなかった事情を聞くとこう答えたのです。『その子たちへの施しこそが、私たちへの一番のご馳走だと。他に招待されていた友人たちもその意見に賛同し、彼らはパンを食べられなかったものの、とても楽しいパーティーを開いたのでした』


 なんというか、道徳の教材みたいな話だ。


「ヴェンデリン様、とても素晴らしいお話ですね」


「そうだね」


 素晴らしいお話なのは認めるが、去年も一昨年もそうだったのだが、似たような話をあと三時間ほど、爺さん司祭が話し続けるのだ。

 何事にも限度というものがあると思う。

 しかも、聖書の内容なんてそんなに沢山レパートリーがあるわけではない。

 当然、以前聞いた話も出てくる……というか、三年目にもなると聞いた話しか出てこないのだ。

 同じ話を何度も聞かされるこちらの身にも……俺以外はみんなとても感動した風な表情を浮かべている。

 エリーゼと同好の志は意外と多いようだ。

 この世界の人たちは、純粋な人が多いのだと思うことにしよう。

 その後、やはり後夜祭では定番の質素な食事を食べて、この世界のクリスマス的な行事は終了した。

 これをあと何年……本当、前世の俗なクリスマスのありがたさを、今さらながらに感じてしまう俺なのであった。





「エル、冷たいぞ」


「いやあ、俺のような小者がバウマイスター男爵様とその未来の正妻様がご出席なさる高尚な後夜祭になんて出られませんよ」


「心にもないことを……」


「確かに、微塵もそんなことは思っていないな」



 翌日、俺は出先の喫茶店で後夜祭に参加しなかったエルに文句を言った。

 別に出る必要なんてない行事なのだが、文句でも言わないとやってられなかったからだ。


「つうか、謝肉祭までは貴族も出ているけど、後夜祭に出る貴族なんてそんなにいないじゃないか」


 謝肉祭は貧しい人たちに肉を提供する慈善活動なので、毎年ではないが大半の貴族が参加する。

 あの導師ですら毎年参加しているので……彼は、狩猟が好きというのもあるけど……、むしろ参加しない貴族の方が珍しかった。

 ところが、後夜祭に出る貴族なんて珍しい部類に入ると思う。

 神官でも、なにかと理由をつけて出ない人がいるのだから。

 参加するのはよほど熱心な信者くらいで、エリーゼもその部類に入るというわけだ。


「嫌なら出なきゃいいのに」


「エリーゼに言いにくいから……」


 イーナの提案を、俺は即座に却下した。

 なにが楽しいのか知らないけど、エリーゼは毎年必ず後夜祭に参加する。

 この世界でも、夫婦及び婚約者同士は最小の社会集団という扱いなので、エリーゼが後夜祭に参加しているのに、将来の夫である俺が参加しないのは変という話になってしまうのだ。


「ヴェルだけじゃなくて、エリーゼも出なきゃいいんだよ」


「あのな。不真面目の塊であるルイーゼと違って、エリーゼはあの行事に好きで参加しているんだよ」


 義務で出ている行事なら、裏で申し合わせて共に出ないという戦法も取れる。

 ところがエリーゼは、純粋に後夜祭に好きで参加しているのだから、二人で参加しないという選択肢は取れないのだ。


「むぅーーー、真面目とか真面目じゃないとか以前の問題じゃん。ボクからしたら、同じような話を聞かされる後夜祭に毎年喜んで参加しているエリーゼが理解できないよ」


「同じような話なんだけどな。パンの話はもう飽きた」


 あれ、毎年必ず聞かされるんだよな。

 寄付しろっていう風に信者たちを誘導しているんじゃないかと、俺は疑っているほどだ。


「エルなら、パンを子供に渡すか?」


「いいや。パーティーはそれぞれ料理持ち込みなんだろう? 食事でパンがないのは辛くないか? どこかでなにか買って渡せばいいじゃねえ?」


 もしエルもあの場にいたら、周囲からの冷たい視線に晒されたな。


「その話知ってるけど、みんな貧しい人たちで、十個のパンもようやく用意したものって設定よ」


「イーナ、設定とか言わない」


 イーナは本を読むのが好きなので聖書の内容も知っていたが、あまり聖書のお話は好きでないようだ。


「自分たちも貧しいのに、施しなんてする必要ないよね」


「それを言ってしまったら、もう終わりじゃない」


「でもさ、そんなことしている神官なんて見たことないよ。自分でパン十個全部食べて肥えてしまったような人ばかり」


 ここ数十年ほどの傾向らしいが、みんな教会の必要性は認めているが、どこか醒めているところがあり、後夜祭も徐々に参加者が減っているそうだ。

 昨日のエルたちもそうだが、家族で少し豪勢な食事をとるのが普通らしい。


「てか、それでいいじゃん!」


 あとは、チキンとかケーキを加えれば、それでクリスマスになるじゃないか! 

 エリーゼが参加したら、俺もリア充の仲間入りじゃないか!


「エリーゼが、後夜祭に参加しないわけないじゃない」


「確かに……」


 イーナの指摘どおり、エリーゼは好きで後夜祭に参加している。

 それを強引にやめさせるのは、よくないような気がした。


「でもさ。あんなつまらん行事、好きで参加している人なんて本当にいるのか?」


「というと?」


「エリーゼは真面目だから、内心では嫌でも表面上は好きで参加しているように見せているのかもしれない」


「なるほど」


 そうだよな。

 エリーゼは真面目だし、教会の有力者であるホーエンハイム枢機卿の孫娘だ。

 もしかしたら、義務感で後夜祭に参加しているかもしれない。


「となると、鍵はホーエンハイム枢機卿ね」


「嫌々参加しているなら、それとなく密かに『後夜祭に出なくても構わないんだけどなぁ……』と言ってもらってさ」


 なるほど。

 それなら角も立たず、エリーゼもクリスマスパーティーに参加できる。

 そうなったら俺も色々と準備できるし、晴れてリア充の仲間入りというわけだ。


「早速、ホーエンハイム枢機卿に相談してみよう」


「それがいいかもね」


 イーナにも勧められたので、俺は急ぎホーエンハイム枢機卿の元へと向かうのであった。





「婿殿、どうかなされたか?」


「実は、ちょっと内々にお話がありまして。後夜祭のことなのですが……」


「後夜祭の?」


「はい」


 今日はホーエンハイム子爵邸にいたホーエンハイム枢機卿に対し、俺はいきなり本題の話を始めた。

 あまり回りくどくしても時間が勿体ないからだ。

 なお、彼の隣にはできる執事セバスチャンもいたりする。


「後夜祭? そういえば昨日だったな。しかしあれはつまらんな」


「えっ?」


 まさか、教会の有力者が後夜祭を否定する発言をするとは思わなかった。


「昔からある行事なので、ほぼ惰性でやっておるが……あんなもの、好きで参加している奴などほとんどおらん。みんな、装うのが得意なのだな」


「そういえば、お館様も若い頃はそうでしたと、父から聞きました」


「セバスチャンの亡くなった父親と二人、一秒でも早く終わらないかなと思っておったわ」


「出される食事も微妙ですしね」


「もう少しマシな飯を出せばいいのにと、若い頃は毎年愚痴っておったわ」


「ぶっちゃけますね……」


 なるほど。

 だから、ホーエンハイム枢機卿は後夜祭に顔を出さないのか。

 もう顔を出さなくてもいい身分になれたというわけだ。


「して、後夜祭がなにか?」


「エリーゼに、無理に後夜祭に参加しなくてもいいんだよと、優しいお祖父さん的な感じで言ってくれると嬉しいかなって」


 ホーエンハイム枢機卿が後夜祭に出なくてもいいと言えば、エリーゼも無理をしないで済む。

 同時に、俺も幸せというわけだ。


「エリーゼか……。残念だが婿殿、それはできないな」


「えっ? どうしてです?」


 もしかして、自分が後夜祭に出ていないものだから、世間体を憚ってのものか? 

だとしたら、なんて嫌なお祖父さんなんだ。


「婿殿は大きな勘違いをしているようだが、別に後夜祭など参加しなくても教会の連中はなにも言わないぞ」


「えっ? そうなんですか?」


「バウマイスター男爵様、後夜祭の参加者に高位の神官などほとんどいませんから」


 そう言われてみると確かに、後夜祭の参加者ってエリーゼがむしろ教会での地位が高いくらいだからな。


「エリーゼはワシの可愛い孫娘なのだ。必要もない行事に無理やり参加させるような無体はしない。どういうわけか、エリーゼは後夜祭が大好きなのだ」


「私もエリーゼ様が生まれた頃からお世話させていただいておりますが、どうして後夜祭が好きなのか、まったく理解できません。きっと、私が死ぬまで理解できないでしょう」


「というわけで、エリーゼに後夜祭に出るななどと、ワシからは可哀想で言えぬのだ。婿殿、一年に一日くらいはそういう日があった方が、人は我慢強くなれると思うぞ」


「バウマイスター男爵様、試練の時であります」


「……」


 エリーゼはとてもいい子なんだが、これだけが唯一の問題点というわけだ。

 誰か、後夜祭を廃止してくれないかな?

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