閑話21 シャーウッド子爵(その3)

「……おかしい。こんなことがあってはいけないはずなんだ……」


「だから忠告したのに……」


「これまで、俺は『こんなことがどうして?』みたいなアクシデントや事件ばかり引いてきたというのに、なぜ確率が約半分の赤が引けないんだよ?」


「そういう悪運の強さがあるからこそ、00のところにボールが止まったとも言えるな」


「うがぁーーー!」




 運気の流れを掴み、ルーレットでの勝利を確信した俺であったが、その確信はすぐに絶望へと変化した。

 ルーレットで、赤か黒かを当てられる確率は約半分。

 この世界のルーレットには、色がない0と00があるので、これを入れると正確には五十パーセントの勝率とは言えないが、0と00になんて滅多に止まらないので無視していた。

 ところが、ボールが止まったのは00であり、ここに賭けた人はいなかったのでチップはすべてディーラーが没収してしまった。

 俺は、一世一代の勝負で百万セントを摩ってしまったのだ。

 ブランタークさんと導師は、大幅なプラスだというのに……。

 俺は、己の不運を嘆くことしかできなかった。


「一回の勝負で百万セントも摩るなんて、さすがは辺境伯様だな」


「ブランタークさん、それって褒め言葉じゃないので」


 自分はポーカーでバカづきして大勝ちしたからって……。


「左様、初のカジノでここまで負けられることこそ、大物の証なのである」


 しかも、厳密に言うと俺のお金じゃないし。

 導師だって、そうだから大金を賭けたはずなのに。


「これでいいのですよ」


 とここで、これまで静かに俺たちがカジノで遊んでいる様子を見ていたシャーウッド子爵が話しかけてきた。


「カジノで大勝ちするのも、大負けするのも。私からすれば、大変素晴らしい供養の素材というわけです。エルヴィン君みたいに、セコセコ小勝ちした様子を天国の人たちに話してもつまらないですからね」


 なるほど。

 せっかくのカジノなので、華麗に大勝した話は楽しく、逆に大負けした話も刺激的で楽しいお話というわけか。

 エルみたいに、セコセコ賭けてちょっと勝った話を死者にしてもつまらないと。


「なぜか俺が批判されている?」


「賭け方がセコイとつまらないからだろう。自分の金で賭ける時には、財布との相談があるからそれでいいかもしないが、今回は教会の依頼だ」


 シャーウッド子爵が満足するかが肝要で、どうせ負けても負担は教会なので堂々と大金を賭けるのが正解だったというわけか。


「バウマイスター辺境伯の負け額も、某たちの勝ちで補填できたのである! 問題ないのである!」


 それどころか、大幅なプラスだからな。

 特に導師は高額勝負のうえ、スロット滅多に出ない777を何回か出し、実は俺の負け分を差し引いても数百万セント以上もプラスだったのだから。

 

「軍資金は十分なのである! シャーウッド子爵、次はどこに行くのである?」


「それでしたら、これもとある死者のお願いでして。こんなお店があるとかで……」


 カジノに続き、シャーウッド子爵の希望で俺たちはさらに別の場所に移動するのであった。






「いらっしゃいませぇーーー」


「奥のVIPルームを頼む」


「ありがとうございまぁーーーす!」



 次に向かったのは、王都のとある一角にある歓楽街の中にある店舗であった。

 ブランタークさんの案内でとある店に入ると、若く綺麗な女性が沢山出迎えてくれた。

 言わずともわかる、綺麗な女性と楽しくお喋りしながらお酒を飲むお店であった。

 さらに、このお店の女性たちは全員がバニースーツを着ていた。

 バニースーツは、俺が現代風メイド服を開発したついでにデザインし、それが爆発的にその手のお店に広がったものである。

 このお店自体は、ブランタークさんが結婚前によく通っていたそうだ。

 だからであろう。

 彼がVIPルームに案内してくれと言うと、お店のバニースーツ姿の女性たちは快く店の奥に通してくれた。


「ブランターク様、お久しぶりですね」


「すまんな、結婚して娘が生まれたら遠ざかった」


「もう、すぐに若い子に夢中になるんだから」


「確かに、うちの娘は若いな」


 さすがは、チョイ悪オヤジ。

 ブランクをものともせず、店の女の子と楽しそうに会話を始めた。

 俺は、こういうお店ではどうしていいのかよくわからない。

 まさに地蔵状態である。

 

「あら、シャーウッド子爵様じゃないですか。三年ぶりですね」


「前も来てたのかよ!」


 シャーウッド子爵がこの店の女の子たちに顔を覚えられていた事実を知り、驚くと同時に教会の隠ぺい策の無意味さを悟ったわけだが。


「店の女の子の服装が、今のこの、刺激的なものになる前に何度か来たことがあるのです。この手のお店の話を聞きたがる死者は多いのですよ」


 死んでも、人間の欲望は不滅というわけか。

 まさか、師匠がリクエストしたとかはないよな?


「シャーウッド子爵のことって秘密なんじゃあ……」


「大丈夫、このお店の子たちは口が堅いから」


 エルの疑問に、ブランタークさんが答えた。

 この手のお店には貴族も通うし、女の子たちは客と大人のおつき合いをすることも多い。

 外部の人間に、『私は今、○○男爵と大人のつき合いをしている』などと軽々しく漏らされると困るので、そこはお店の教育で口を堅くさせているわけだ。

 当然その分、お金はかかる仕組みなのだが。


「ほほう、これは刺激的な衣装ですね」


「辺境伯様のデザインだけどな」


「へえ、あなたが」


 シャーウッド子爵は、バニースーツをデザインしたことになっている俺に珍しく感心しているようだ。

 本当は、別の世界のアイデアをパクッただけなのだけど。


「ブランターク様、今日は凄い方々ばかりですね」


「だろう」


 ブランタークさんは、顔見知りの女性と楽しそうに話をしていた。

 ちょっと他の女の子たちよりも年齢が上だが、もの凄く美人な人だ。

 もしかして、ブランタークさんの愛人とか?


「ブランタークさん、奥さんに叱られますよ」


「このアンポンタン!」


「痛っ!」


 なんて内心そう思っていた俺ではなく、余計な一言を口走ったエルに拳骨を落としていたけど。

 

「俺はこの店の常連だが、彼女とはそういう関係じゃないよ。もしそうでも隠す理由がないな」


 さすがは、チョイ悪オヤジ。

 遊びもスマートにというわけか。


「バウマイスター辺境伯様、これからもこのお店をご贔屓に願います」


「バウマイスター辺境伯様は、魔法も凄いのに、服までデザインできるんですね」


「バウマイスター辺境伯様考案の食べ物も美味しいですよね。よくお店に行きますよ」


 そして俺は、お店の女の子たちの中でも特に綺麗どころに囲まれていた。

 綺麗で、気遣いもでき、バニースーツ姿の女の子たちに囲まれて褒められると気分がいいな。

 大金を出して通う連中の気持ちがよくわかった。

 考えてみたら、今日の面子の中では俺が一番の大物なのか。

 

「エルヴィン様は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのバウマイスター辺境伯家の家臣なんですか。凄いですね」


「今度、王都に用事がある時、隠れ観光スポットを案内しますね。だから、是非連絡先を」


「それはいいかも」


 悲しいかな。

 女の子たちに囲まれてチヤホヤされているエルを見ると、やっぱり男って単純だよなと思ってしまう。

 人のことは言えないけど。

 エルはバウマイスター辺境伯家の家臣だが、その財力は王都にいる下手な法衣貴族よりも遥かに上である。

 女の子たちは、どうにかエルの愛人になれないかなと狙っているわけだ。

 地方で財力のある大貴族の重臣というのは、領主の代わりに定期的に王都に報告に上がることが多い。

 王都に来た時限りの関係を持つだけで結構なお手当てが貰えるので、夜の女性たちの間では人気があるのだと、前にブランタークさんから聞いたことがあった。


「導師様、いつ見ても筋肉が凄ぉーーーい」


「触っていいですか?」


「優しく頼むのである!」


「あははっ、導師様、面白ろぉーーーい」


 そして導師だが、この人は見た目に反してかなり女性にモテる。

 やはり店の女の子たちに囲まれ、楽しそうに話をしていた。


「シャーウッド子爵様、また三年後ですか?」


「そうなると思うけど。今度は君たち、どんな格好になるんだろうね」


「バウマイスター辺境伯様がデザインした、布地の部分が少ない水着があるって聞いたので、それかもしれません」


「三年後が楽しみだね」


 シャーウッド子爵も、テーブルの前の酒は減っていないが、話すことは普通にできるので、店の女の子と今の王都で流行しているものなどを聞いていた。

 楽しい時間はあっという間にすぎていき、もうすぐ日付が変わろうかという時間まで、俺たちはお酒といっしょにバニースーツ姿の綺麗な女の子たちとの会話も楽しんだのであった。

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