閑話21 シャーウッド子爵(その4)

「いやあ、堪能しましたね。では、そろそろエリーゼさんによる浄化を……」





 美味しい食べ物とお酒、刺激的なギャンブル、最後に綺麗な女の子たちとの楽しいひと時。

 シャーウッド子爵は十分に楽しんだと、俺たちに語った。

 あとは教会本部に戻り、エリーゼに浄化してもらえば終わりのはず……だったのだが、ここで意外な人物が異議を唱えた。


「シャーウッド子爵、本当にこれで満足なのであるか?」


「ええ、もう十分に堪能しましたとも。頼まれた死者の方々にいいお土産が……「本当にそうなのであるか?」」


「えっ? どういうことでしょうか?」


 シャーウッド子爵は、あくまでも天国にいる死者たちの願いを叶えるため、三年に一度この世に降りてきている。

 彼らのリクエストを叶えれば、あとは浄化であの世に戻るだけのはずが、なぜかそれに導師が異議を唱えたのだ。


「本当に、お主はそれで満足なのであるか?」


「(ブランタークさん、これはどういう?)」


「(金が惜しくなったな……)」


「(金って、カジノで大勝したお金ですよね?)」


「(ああ、その金だ)」


 そういえば、シャーウッド子爵を満足させるのにかかった経費は教会が負担する。

 もしカジノで大負けしたとしても、シャーウッド子爵の成仏に必要ならば、教会はとてつもない大金でも負担しなければいけなかった。


「(ところがだ。俺も導師も大勝ちしたじゃないか。辺境伯様の大負け分を相殺して余りあるほどに)」


 このプラス分だが、筋としては教会に返さなければいけない。

 そうでなければ、俺たちが負担した経費を返してもらえないからだ。

 『じゃあ、請求しなければいい』という意見もあるだろうが、請求しなければ教会もおかしいと思うはず。

 教会は厳格なところなので、会計処理の誤魔化しは利かない。

 それに俺たちのカジノでの収支なんて、教会がその気になればすぐに調べられるからだ。


「(ヴェル、導師はなにを考えているんだ?)」


「(簡単な話だ……)」


 経費は教会持ちという条件でシャーウッド子爵を遊びに連れて行ったが、カジノで大幅にプラスになってしまった。

 そのお金を教会に返すのが嫌なので、もっとぱーーーっと使って遊んでしまおうと、導師はシャーウッド子爵を説得しているわけだ。


「(確かに大金だけど、導師ならすぐに稼げる額じゃないか……)」


 エルは、カジノでの勝ち分を教会に返したくないばかりに遊びを続行しようとする導師をセコイと感じたようだ。

 俺は、彼の気持ちがわからなくもない。

 せっかくカジノで大勝ちしたのだから、あぶく銭とはいえ使い切りたいと願うことをセコイとは思えないからだ。

 とはいえ、成仏可能なシャーウッド子爵に『まだこの世界に居残れ』と言っているので、常識外れなのは確かであったが。


「エルヴィンもそう思うのであろう?」


「ここで俺?」


 どうして俺に聞くのだと、エルは動揺を隠せないでいた。


「もう浄化できるんだから、教会本部に戻った方がいいような……」


「まだ、綺麗な女の子がいる店は沢山あるのである! エルヴィンは、シャーウッド子爵が十分に堪能したと思うのであるか?」


「いいえ、思いません」


「「……」」


 俺とブランタークさんは絶句した。

 導師は、シャーウッド子爵がまだ浄化可能ではないと言い張れば、しばらく彼がカジノで稼いだお金で好き勝手豪遊できる。

 しかも教会の恥を隠すためという、他のどこからも文句が出ない公の理由で。

 自分に賛同してしまえとエルを誘惑し、彼もそれを呑んでしまったというわけだ。


「もしかして、ここでもっとシャーウッド子爵を満足させたら、三年ごとじゃなくて、もっと彼がこの世界に降りてくる間隔が伸びるかもしれない」


「いえ、それはない……「試してみないとわからないですよね? 導師」」


「エルヴィンの言うとおりである!」


 シャーウッド子爵の返答を遮るように、エルと導師が会話を被せてきた。

 彼を一回に多くの場所に遊びに連れて行っても、それで次にこの世界に降りてくる間隔が伸びるわけでもないのか。

 依頼されていない場所に遊びに連れて行っても、シャーウッド子爵は徳を積めないのであろう。

 ただ遊んでいるだけだからな。


「導師、さすがにそれは厳しくないか? 教会もおかしいと思うはずだ」


「シャーウッド子爵の意志を妨害することは、何者にもできぬのである! であろう?」


 そう言うと、導師は自分の体に高濃度の聖魔法を纏い始めた。


「某が浄化してもいいのであるか?」


「それは嫌です」


「だったらである! 我が姪エリーゼの浄化を受けたければ、もっとこの世で遊んでから帰るのである! まさか不満でも? である?」


「いいえ、そんなことはないです」


「だったら、シャーウッド子爵もこの世の楽しみをもっと堪能するのである! ブランターク殿、シャーウッド子爵を成仏させる件の処理が続く以上、ブライヒレーダー辺境伯家の公務はお休みなのである! 仕方がないのである! なにしろ、これは教会案件ゆえに!」


「そうだな。俺たちは、教会の大切な仕事をしているんだからな」


 続いて、ブランタークさんも導師の謀略に絡め取られてしまった。

 シャーウッド子爵が成仏しなければブライヒレーダー辺境伯家の公務に戻れないし、それでブライヒレーダー辺境伯から叱られないことがわかっていたからだ。


「さて、バウマイスター辺境伯。ローデリヒ殿は人遣いが荒いのである。たまには男同士、息抜きも必要なのである。これは、年長者からの忠告なのである!」


「たまには息抜きも必要ですね。確かに」


 俺もついに、導師の口車に乗ってしまった。

 このままシャーウッド子爵を成仏させてしまえば、再び明日から領地開発で魔法を駆使する仕事を再開するだけ。

 俺はローデリヒの計画よりも早く仕事を進めているというのに、彼は休みをくれないで進捗を早めてしまう。

 つまり、俺があと何日かシャーウッド子爵に関わっても問題はないということだ。


「シャーウッド子爵はまだ成仏しませんか……。仕方がないですね。世の中には、何事も例外があるのだから。ああ、仕方がない」


「わざとらしい言い方ですね」


 シャーウッド子爵も、導師に浄化させられるのは嫌だったようだ。

 遊びの続行を受け入れ、俺たちは教会本部に戻らず、明日以降も遊び続けることにするのであった。





「シャーウッド子爵は、相変わらずよく読めない男よ」


「お祖父様、まだシャーウッド子爵は満足なされないのですか?」


「いつもならとっくに浄化されに姿を見せるのだがな。あの男は気まぐれで困る」


「初めてのことですよね?」


「そうだな……」



 シャーウッド子爵め。

 いつもなら一日か二日、あの世の死者たちから要望された場所を巡って終わりのはずなのに、すでに一週間も婿殿たちを拘束したままだ。

 今回、そんなに死者たちからの要望が多かったのであろうか?

 シャーウッド子爵の件に関しては、教会としても完全に浄化できない弱みもあるのでなにも言えないが、シャーウッド子爵と婿殿たちの行動についての苦情も多く、ワシはその処理で大いに苦労している。

 シャーウッド子爵にも、もうそろそろ満足してほしいものだ。


「お祖父様、さすがにこれ以上ヴェンデリン様がいないと、バウマイスター辺境伯領の開発が滞るそうで、ローデリヒさんが困っていました」


「であろうな」


 同じような苦情は、ブライヒレーダー辺境伯からも来ておる。

 筆頭お抱え魔法使いのブランタークとて、スケジュールが詰まっている身。

 一週間も王都に拘束してしまえばな。

 拘束とはいっても、ただ王都の飲食店や歓楽街で朝から晩まで遊び惚けているわけで、婿殿、ブランターク、導師ほどの魔法使い三人がそんな様でこの国はどうなる、という苦情や批判も王宮から出始めていて、ワシも困っているのだ。

 かといって今やめてしまえば、シャーウッド子爵がヘソを曲げてあの世に帰らないと言い出しかねず、本当にあの男は……。 


「ヴェンデリン様も大変ですね」


「そうだな……」


 大変といえば大変か……。

 だが、結局のところは三人とも、毎日朝から晩まで遊び惚けているだけとも言え、とにかく一日でも早くシャーウッド子爵にはあの世に戻ってほしいところだ。

 それにしても、どうしてシャーウッド子爵はこんなに長い間、この世に居残り続けているであろうか?

 やはり、婿殿は特別ということなのか?

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