閑話21 シャーウッド子爵(その2)
「そんな理由で俺もかよ。それにしても、幽霊には見えないよな」
「エルヴィン君だったかな。触ってみれば一目瞭然」
「本当にすり抜けるぞ」
「俺も参加かぁ……。これも宮仕えの辛さだな」
「某は退屈だったので構わないのである!」
王都にある飲食店が集中するエリアを、俺、エル、ブランタークさん、導師、そしてシャーウッド子爵で歩いていた。
彼の最初の要求は、『とりあえず飯と酒』という至極単純なものだったからだ。
「飲み食いすればいいのか?」
「そうですよ。死者は飲み食いする機会が少ないので、そういう要求が多いのですよ。生まれ変われば飲み食いできますけど、人によっては修行の期間が長くなりますので。生まれ変わると、前世の記憶がないので関係ないか」
ブランタークさんの問いに、シャーウッド子爵は淀みなく答えた。
「機会が少ない? ゼロじゃねえのか?」
「ほら、墓前へのお供えがあるじゃないですか」
墓前に供えた食べ物は死者が飲み食いしてなくなるわけではないが、ちゃんと供えれば死者も飲み食いできるそうだ。
「飲み食いしなくても死者は死なないですけど、なんのお供えもしてもらっていない死者は不憫ですよ。逆に、お供えが多い人は楽しそうですね」
死者になっても、お供えの量でそこまで差がつくとは……。
俺の場合、師匠へは命日くらいにしかお供えしていないけど、これって全然足りないのかな?
「年に一度なら十分でしょう。ゼロの人の方が圧倒的に多数なんですから。そういう方々のお願いで、私は飲食するわけです。おっと、ここがいいですね」
シャーウッド子爵が指名したのは、アルテリオが経営している居酒屋であった。
高級レストランとかではなく、料理の種類が豊富な居酒屋というのが、貴族なのに庶民的というか……。
「私の願いではなく、あの世の方々の願いなので。ここ数年、酒に合う新しい料理が色々と出てきたそうで」
「それは、バウマイスター辺境伯の成果である!」
「へえそうなんですか」
シャーウッド子爵は、俺に感心したような視線を向けた。
確かに、俺は日本の味を再現しようとこれまで努力を重ねた結果、食にはうるさいバウマイスター辺境伯という評価を得ていたからな。
「では、入るのである!」
導師を先頭に居酒屋に入り、面子が面子なので店員さんから奥のテーブルに案内してもらった。
「酒なのである!」
「あの……導師の飲み食いしたいものじゃないですよ」
「それはシャーウッド子爵が勝手に頼むである! 某たちも空きっ腹は嫌である!」
エルが誰よりも先に注文しようとした導師を窘めたが、本人にはまったく効果がなかった。
それに、時刻はちょうどお昼時。
酒はともかく、なにか食べる物がほしいのは確かであった。
「俺もエールをジョッキで!」
ブランタークさんも合法的な理由で昼間から酒が飲めると、大喜びで酒を注文していた。
「ヴェル、いいのかね?」
「いいんじゃないの」
なにしろ、あのホーエンハイム枢機卿からの依頼だからな。
ローデリヒも文句は言えないだろう。
「俺もエールを」
「じゃあ、俺も」
結局、シャーウッド子爵の分も含めて酒を頼み、他にも焼き鳥とか、モツ煮込みとか、唐揚げとか、フライドポテトとか、他にも沢山料理を注文した。
テーブルの上には多くの料理が並んだ。
「そういえば、幽霊って食べられるのか?」
「厳密に言うと食べていませんが、味はわかるしお腹も膨らみますから」
シャーウッド子爵は、自分の前に並んだ酒や料理には一切手を触れていなかった。
元々幽霊だから食べ物が持てないという話は別にして、それでもとても満足した表情を浮かべていた。
「この唐揚げという料理は、特に美味しいですね」
食べられないが、味はわかるし、大量にあればお腹も膨れるそうだ。
食べ物の魂でも食べているのかね?
「ぷはぁーーー! 昼から飲む酒は美味いな!」
「最高の贅沢なのである!」
「(なあ、ヴェル。この二人を呼んだ意味あるのか?)」
シャーウッド子爵に対する最初の印象がアレだったので、それを中和しようと呼んでみたんだが、意味なかったな。
男だけでいると、シャーウッド子爵もそんなに嫌な奴ってわけでもなかった。
むしろ、ブランタークさんと導師にサボる口実を与えてしまったような……。
「まあいいや。この仕事は教会の依頼だから」
ブライヒレーダー辺境伯も、陛下も、導師の部下たちも文句を言えないはず。
なにしろ、教会の力は大きいからな。
「それもそうだな。ぷはぁーーー! 昼間から飲む酒は美味いな」
「駄目人間最高!」
普段はバウマイスター辺境伯としてスケジュールを完全に管理されているし、食事も美味しいけど、栄養のバランスとか、食べ過ぎないようにとか、色々と管理されているからな。
エリーゼたちが作ってくれるものも楽しみだけど、たまにはこういう外食も楽しいものだ。
アルコール、塩分、脂、カロリー過多で生活習慣病が気になるけど、普段はちゃんと管理されているのだから、たまにはいいよね。
「モツ煮込み、塩辛いけどうめえ! これを蒸留酒で流し込むと最高!」
「唐揚げお代りなのである!」
「酒、追加で!」
「これ美味そうだな。これもください」
昼間からの飲み食いでシャーウッド子爵も満足したようだが、俺たちも結構楽しんでいた。
エリーゼにセクハラかます奴だが、隔離してしまえばそう悪い奴でもないからな。
「次は?」
「最近、亡くなった方からのお願いでして、その方は一度でもいいからカジノに行ってみたかったそうです」
「カジノかぁ……」
俺もあるのは知っていたけど、実は行ったことがなかったんだよな。
ちょうどいい機会だ。
なにも理由がないのに行くとエリーゼたちから叱られそうなので、シャーウッド子爵という大義名分最高というやつである。
教会の権威バンザイだな。
「シャーウッド子爵を浄化しないといけないので仕方がないな」
「そんなことを言って。ヴェルは興味あったんだろう?」
「エルこそ」
「どうせ俺の金じゃないからな」
そう、今回シャーウッド子爵の浄化にかかる費用は、すべて教会負担であった。
そうでなければ、俺はこんな仕事を引き受けないし、ローデリヒからホーエンハイム枢機卿に苦情が入ることは確実だからだ。
「ビックリするほど負けなければ大丈夫だろう」
「バウマイスター辺境伯、入るのである!」
導師を先頭に、歓楽街の端にあるカジノに入った。
彼はここに何度か来たことがあるようで、迷わず俺たちを案内している。
それにしても、昼間から営業しているカジノかぁ……。
しかも結構客がいて、なるほどギャンブルで身を持ち崩す人間が多い理由が理解できた。
「なんかさぁ。レーアの親父さんがここでボロ負けして、十年以上小遣いゼロだったらしいぜ」
「あの子の親父さん、一体いくら負けたんだよ」
エルの奥さんであるメイドのレーア、ちょっと空気読めないでたまにドミニクから拳骨落とされているけど、金銭面はしっかりしているように見えるんだがな。
親と子は別というわけか。
いわゆる、反面教師ってやつかな?
「ドミニクの親父さんと酒を飲んで気が大きくなっていたみたい。気がついたら大負けで、家族に白い目で見られたとか」
「あんなに真面目なドミニクのねぇ……」
さすがエリーゼの幼馴染というか、ドミニクは真面目な人なんだが、その父親が博打で大負けしていたなんて意外だな。
「エルヴィン、辺境伯様。こういうものは、決まった金額だけを賭けて、負けたら潔く帰るのが大切なんだよ。それができないで、ズルズルと負け続ける奴も多いけど」
「なるほど」
ブランタークさんは、たまにこういうところに来てスマートに遊んで帰る印象があるな。
なにしろ、チョイ悪オヤジだからな。
「私は賭けられないので、後ろで見ていますね」
シャーウッド子爵、見ているだけで義務を果たしたことになるなんて楽でいいな。
逆にもしギャンブルが好きだったとしたら、自分でできないのは辛いかもしれないけど。
「今のところ、ちょいプラスだな」
さて、俺はなにで遊ぼうかと迷っていると、エルは低額で遊べるスロット台を一人で回していた。
この世界のカジノにもスロットがあるのかと感心していたのだが、魔道具ならそんなに不思議でもないか。
それにしても、一回に十セントずつとはセコイ賭け方である。
エル自身はちょっとプラスで喜んでいるようだが、彼を見ているシャーウッド子爵がつまらなそうな顔をしているので、きっと駄目なのだと思う。
「エル、どうせ教会が出すんだからもっと高額のスロットで遊べよ」
「いくら教会が出してくれるとはいえ、というか逆に出してくれるから怖いんだよ。高額の請求をしたら、すげえ睨まれそう」
「それはないだろう」
いくら浄化しても成仏しないで数年に一度姿を見せるシャーウッド子爵は、教会からすればあまり世間に知られたくない存在である。
そんな彼が成仏できるよう、俺たちはこうやってそのお願いを聞いているのだ。
経費は教会が全額払うと言っていたし、そんなに気にする必要はないと思う。
「見ろよ、ブランタークさんと導師を」
「あの二人は逆に、遠慮の欠片もないな」
どうせ教会が出す金だと、ブランタークさんは高額のポーカー勝負を、導師はスロットでとんでもない金額を賭けていた。
「自分の金じゃないからって……。いいよなぁ、あの二人はそういうのが気にらならないで」
ブランタークさんは年の功で、導師は生まれつき教会の都合なんて気にするような人間じゃないからだと思う。
一度に数百セント単位で賭けていた。
収支は一進一退を繰り返しているようだ。
「辺境伯様、エルヴィン。こういう時はそんなことは気にしないで堂々と賭けた方が勝てるんだよ。レイズだ!」
「……」
ここで、ブランタークさんに大きなチャンスが訪れたようだ。
彼は自信あり気な態度を隠さずに掛け金を大幅に上げ、ディーラーの顔が少し歪んだように見える。
表情の変化を他人に悟られるなんて、まだ未熟なディーラーなのかもしれない。
「レイズします」
ディーラーがブランタークさんとの勝負続行を宣言し、捨てたカードと同じ枚数をドローするが、それを見た瞬間に顔を歪ませた。
どうやら、あまりいい役にならなかったようだ。
「ツーペアです」
「俺はフルハウスだ!」
ブランタークさんは、この勝負で一気に五万セント以上のチップを手に入れた。
「まだまだ行くぜ!」
負けても教会の負担というのが逆にいいのかもしれない。
ブランタークさんは大胆に勝負を続け、順調に勝ち金額を増やしていた。
まさに、流れに乗っているというやつである。
「某も負けないのである!」
導師も、高額のスロットでコインを湯水のように使って収支をプラスにしていた。
一回に数万セント負けているのだが、導師はメンタルが異常に強いので、気にせずスロットマシーンにコインを入れ続けている。
自分のお金じゃないってのも大きいようだ。
「真似できないよな」
俺とエルは、低額での勝負をやめなかった。
二人とも、生まれつき貧乏性だからであろう。
ただ、シャーウッド子爵はそれが気に入らなかったようだ。
「エリーゼさんの夫にしてはセコイ賭け方ですね。どうせ教会が負担するのだから、ここは一気に賭けましょうよ。導師とブランターク殿を見てくださいよ」
二人は年の功というか、元々メンタルが強いからこそ、いくら負けても教会が負担してくれるとはいえ気にしないで大金を賭け続けられる。
俺は元々小心者なので、ギャンブルで一度に数万セントなんて怖くて賭けられないのだ。
「ギャンブルには勢いというものがあります。導師とブランターク殿はそれに乗っているところです。これにバウマイスター辺境伯も乗ればいけますよ」
「導師が?」
「ほら」
シャーウッド子爵に言われて導師を見ると、彼はちょうどスロットでスリーセブンを揃えたところであった。
これまでの負け分が一気になくなるどころか、スロットマシーンから尽きぬのではないかと思うほどコインが払い出されていた。
「すげえ!」
数十万セントマイナスから、一気に数百万セントはプラスになったはず。
なにしろ、賭けていた金額が桁違いだったからな。
「ほら、バウマイスター辺境伯のお仲間には流れがきているではないですか。次はあなたですよ」
「そうかな?」
実際に、ブランタークさんと導師にツキがきているのを見てしまうと、次第にシャーウッド子爵の言っていることが正しいような気がしてきた。
「おいおい、ヴェル。似合わないことはやめとけって」
「一度だけだ」
そう。
これは前世から続く、常に安全策を取ろうとする俺を変える第一歩なのだ。
確かに危険を避けていけば常に安全ではあるが、それでは思わぬ成果や利益を手にできない……この世界に来てから、色々と滅多にない事象に巻き込まれまくっているような気もするが、それは切り抜けられたのでセーフだし、俺が自ら選んだものではないので除外だ。
今が、リスクを考えず前に出る大きなチャンスということか……。
シャーウッド子爵の存在は、天が俺に与えたチャンスなのかもしれない。
自ら行動して、大きな成果を手に入れるのだ!
「俺は止めたからな」
「はははっ、まずは運試しでルーレットだ。俺は『赤』に全額賭けるぞ!」
俺は、百万セント分のチップをルーレットの赤に置いた。
ほぼ五十パーセントの確率で、俺は二百万セントを手に入れられる。
確率ほぼ五十パーセントなので、ブランタークさんや導師よりも分は悪くない勝負だ。
「いける! 今の俺ならいける!」
「そうかな?」
「エル、余計な口を挟むなよ。運気が逃げるから」
「運気なんて、そんな曖昧なものを……」
エルがグチグチとうるさいが、今の俺なら大丈夫。
決意した俺は、百万セント分のチップを赤に全額賭けた。
「それでは行きます!」
ディーラーが、ルーレット盤にボールを投入する。
「赤だ! 赤だ!」
ルーレットの淵を回るボールを注視しながら、俺は内心自分の勝利を確信していた。
「ブランタークさんも導師もツキがきていた。俺もきっと」
そう。
俺はこの勝負にきっと勝てるはずだ。
「(勝った金でなにをしようかな? こういうギャンブルで勝ったあぶく銭はパーーーっと使った方がいいって聞くからな。おっ、ボールが止まるぞ)」
スピードの落ちたボールがルーレット上の数字の上を移動し始めた。
赤い数字の上に止まれば俺の勝ちだ。
「(半々の勝負なら、これまで様々なレアで滅多にないアクシデントを引き続けた俺ならいける! 勝ったらなにをしようかな?)」
俺が勝利を確信したその瞬間、ボールはある数字の上で停止したのであった。
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