閑話21 シャーウッド子爵(その1)
『久しいな、婿殿。すまぬが、エリーゼと代わってくれないか?』
「はい、わかりました。エリーゼ、ホーエンハイム枢機卿からだよ」
「お祖父様、どうかなさいましたか?」
屋敷で食事をとっていたら、魔導携帯通信機に着信があった。
すぐに出るとホーエンハイム枢機卿からで、彼はエリーゼに用事があるみたいだ。
「お久しぶりです。お祖父様……はい……はい……あの方がですか? 私を指名……わかりました……」
エリーゼは魔導携帯通信機でホーエンハイム枢機卿と話を始めたが、徐々に『嫌だなぁ……』といった感じの表情を浮かべ始めた。
なにか、嫌なお願いでもされたのであろうか?
「わかりました。ヴェンデリン様にもお伝えしておきます」
エリーゼは話を終えると、俺に事情を説明し始める。
「あなた、王都に連れて行ってもらいたいのですが……」
「いいけど、ホーエンハイム枢機卿に面倒なことでも頼まれた?」
「そうですね、面倒なことだと思います」
面倒なことか……。
それもホーエンハイム枢機卿からだから、なにか教会絡みの面倒なことというわけか。
「性質の悪いアンデッドの浄化とか?」
「正解です。あなたは、『シャーウッド子爵』については……ご存じのはずありませんよね?」
「知らないなぁ……」
シャーウッド子爵か……。
聞いたことがあるような……ないような……。
この世界だと、そんなに珍しい家名ではないような気がする。
「エリーゼ、ヴェルに大してかかわりのない貴族の名前を覚えろって方が無理な相談よ」
「酷いなぁ、イーナは」
まあ、イーナの言うとおり覚える気はサラサラないけど。
俺の脳の容量は、もっと別のことに使うべきなんだ。
人に無理難題吹っかけてきそうな、駄目貴族の名前を我慢して覚えてもなぁ……。
ストレスが溜まるだけだろう。
「エリーゼ、シャーウッド子爵ってどんな人なの?」
「百年ほど前、病気で亡くなった方です」
エリーゼは、ルイーゼの問いに答えた。
「百年前に死んだってことは、その人アンデッドなの?」
「ルイーゼ、それはないんじゃないの? アンデッドならとっくに教会かエリーゼか浄化しているはずよ」
「でも、イーナちゃん。百年前に死んだ人がどんな用事?」
「慰霊祭とか? きっと、もの凄い偉人なのよ」
「いいえ、そんな偉い人ではありません。特に功績もないですね」
エリーゼは、イーナの推論を真っ向から否定した。
「それで、どんな人なんだ? エリーゼ」
エルも興味が出てきたのか、シャーウッド子爵がどんな人かエリーゼに尋ねた。
「シャーウッド子爵はですね……教会はあまり話したがらないのですが、知っている人は知っているので、機密というほどでもないのですが……」
エリーゼの話によると、シャーウッド子爵は王都に住む法衣貴族であった。
特に悪い貴族でもなく、有能だったり歴史に残る功績を挙げたわけでもない。
家督を継いだ彼は、役人勤めを無難にこなしていたが、ある日突然病で急死してしまったそうだ。
「どこにでもいそうな貴族のおっさんなわけだ」
「確か、享年は三十二歳。死因は心臓の病だと聞いています」
平成日本でもたまにあるけど、若い人の心臓がいきなり止まって突然死してしまった。
生前不健康な生活を送っていたり、持病があったわけでもなかったらしく、当時の人々は彼の死に驚いたというわけだ。
いわゆる『突然死』ってやつだな。
「そういう人ってたまにいるよね」
ご愁傷様としか言いようがない。
こういう不幸は阻止しようがないからな。
本人は至って健康だったみたいだから、普段の生活に気をつけていればよかった、というのも合っていないような気がする。
過去に死んだ人に対し、どうこう言っても意味はないか。
もう死んでしまっているのだから。
「問題は、シャーウッド子爵が亡くなられたあとのことです。彼の魂がアンデッドと化してしまったのです」
「ふーーーん。若くしていきなり死んだから、この世に未練があったのかね?」
エルの考えでほぼ正解であろう。
それと、突然死だったから、本人に死んだという自覚がなかったのかもしれない。
自分は生きていると勘違いし、レイスとして活動を開始してしまったとか?
「家で普通に生活しようとしたり、職場に出勤しようとしたりしたそうです。当然迷惑なので、当時の『浄化』が使える神官が天国に送りました。ところが……」
ここから、シャーウッド子爵の特殊性が問題となる。
「普通、浄化した霊はこの世に戻ってきません。天国で次に生まれ変わるための修行を行うからです」
修行か。
エリーゼは言い切るな。
教会の教義だから、彼女にも疑いを挟む余地はないのか。
それに間違っているとも思えないし、地球だと輪廻転生の準備段階って感じか?
「例外は、師匠の時のような『英霊召喚』か、極稀にいる一部降霊術のみか」
「降霊術は、あくまでも術者の体を借りてあの世に死者が言葉を発するのみです。霊体が浄化後、現世に姿を見せることはあり得ないのです」
「でも、そのシャーウッド子爵は例外なのよね?」
「はい、何度浄化しても定期的にこの世に戻ってきてしまうのです」
イーナの質問に対し、エリーゼが答えた。
「教会としては、彼が定期的にこの世に戻ってくることを、できるだけ秘密にしておきたいというわけです。無理なのですが……」
教会の信用問題に関わるからな。
一度浄化を終えたはずのアンデッドが、あの世から戻ってくるなんて。
浄化に成功していないじゃないかって話になるわけだ。
教会の信用にも関わるので、なるべく口外したくないわけか。
「ほぼ三年に一度、この世に戻ってきてしまうので、教会が対処するのです。私も浄化を担当したことがありまして、お祖父様は私に協力してほしいと」
「そうなのか。あれ? でも……」
俺がエリーゼと出会ってから、消えないアンデッドの浄化なんてしたことあったかな?
「私が最後にシャーウッド子爵を浄化したのは、あなたと出会う三ヵ月ほど前でした。それ以降は私も忙しいかったので、他の方が浄化していたはずです」
浄化しても浄化しても、たまにこの世に舞い戻ってしまうのか。
とんでもない例外がいたものだが、いつの世にも例外は存在するものである。
「浄化は他の人でもできるのよね? どうして今になってまたエリーゼが浄化するの?」
「確かに変だな」
イーナの言うとおりだ。
他の人が浄化できるのなら、無理にエリーゼがやらなくてもいいはず。
現に十二歳以降、エリーゼはシャーウッド子爵の浄化をしていないのだから。
「それが、指名があったそうで」
「指名? 誰が? ホーエンハイム枢機卿が?」
「いえ、シャーウッド子爵がです」
アンデッドが、浄化してほしい人を指名?
ちょっと意味がわからない。
「アンデッドですが、シャーウッド子爵は見た目は生きている人間のようで普通に話せますし、別に暴れたりもしませんので。本人が言うには、たまにこの世に戻ってきて、この世の様子を他の死者や神様にお伝えしているのだそうです」
神様に頼まれた?
そんなことが本当にあるのか?
「本人がそう言っていますし、定期的にこの世に戻ってくる死者なんて、古い教会の記録にも残っていないのです」
シャーウッド子爵は、例外中の例外というわけか。
実際にそうなのだから、完全に否定するのは難しい。
もしかして、あの世の師匠もシャーウッド子爵にこの世の様子の話を聞いたりしているのであろうか?
神様は、自分でこの世界を見ればいいような気もするが……。
「行ってみればわかるか。エリーゼ、行こうか?」
「お願いします」
以上のような経緯があり、俺とエリーゼは『瞬間移動』で王都へと向かうのであった。
「お祖父様、お久しぶりです」
「おおっ。すまないな、エリーゼ。婿殿も。こんな用事でなければ、フリードリヒを連れて来てもらったのだが……」
ホーエンハイム枢機卿は、教会本部の執務室で俺とエリーゼを出迎えてくれた。
普段なら屋敷で会うことが多いのだが、シャーウッド子爵とやらのアンデッドは教会本部の一室に匿われているので、俺たちはここに呼ばれたというわけだ。
「エリーゼを指名ですか」
「シャーウッド子爵も男だからな。変な男性魔法使いに浄化されるよりも、若い女性に浄化されたいのであろう」
「なるほど」
とは言いつつも、『気持ちはわかるが、人の可愛い孫娘をそういう目で見やがって!』と、ホーエンハイム枢機卿は不機嫌な表情を隠しもしなかった。
「他の人に浄化を任せないのですか?」
「それなんだが、婿殿。シャーウッド子爵は特殊でな」
ホーエンハイム枢機卿によると、シャーウッド子爵は浄化する前に色々とやらなければいけないことがあるそうだ。
「やらなければいけないこと?」
「いきなり浄化すると、三日もするとこの世に舞い戻ってしまうのだ。奴の願いをかなえてから浄化せねばならないというわけだ」
「面倒な奴」
「そうだな。面倒だが、三日に一度戻って来られると余計に面倒なので、奴の願いをかなえるしかないというわけだ」
死者が願いをかなえてほしいと頼み、生者がそれを実行する。
テレビの心霊特集で見たことがあるような気もしたが、そちらの死者は願いをかなえてあげると二度と現世に戻って来なかったからな。
シャーウッド子爵は、図々しい奴かもしれない。
「ここで話ばかりしていても仕方がない。シャーウッド子爵と会わせよう」
そういうと、ホーエンハイム枢機卿は俺たちをあまり人気のない奥の部屋へと案内した。
「この部屋は?」
「教会にはこういう普段は使わない部屋があり、ここならシャーウッド子爵を置いておいても問題ないわけだ」
ホーエンハイム枢機卿がその部屋のドアを開けると、そこには三十歳前後に見える若い男性貴族がいた。
一見すると、アンデッドには見えない。
普通に生きている人に見えてしまう。
レイスなのに、レイスとは違う存在に見えてしまうのだ。
「エリーゼさん、お久しぶり」
そして、死者とは思えない流暢な、馴れ馴れしい口調でエリーゼに声をかけた。
普通に喋れる死者って時点で、シャーウッド子爵はかなり特殊な例といえる。
「お久しぶりです、シャーウッド子爵」
エリーゼはいつものように笑顔で挨拶をしていたが、夫である俺にはわかる。
どうも彼女は、このシャーウッド子爵が好きではないみたいだ。
「本当だね。綺麗になって。結婚して子供が生まれたんだっけ? だからおっぱいが余計に大きくなったんだね。初めて出会った時から大きかったけど、今はもっと大きいね。残念だなぁ。私がアンデッドじゃなければ、一回くらい揉んでみたかったのに」
「……」
そして、恐ろしいほどのセクハラ野郎であった。
これは酷い。
もし俺が勤めていた商社なら、すぐに処分されてしまうであろう。
エリーゼが会いたくないのがよく理解できる。
「少しは遠慮したらどうだ?」
「そういう配慮は、死んだ時にしないって決めたから」
ホーエンハイム枢機卿からの苦言も、シャーウッド子爵にはまったく効果がなかった。
なるほど。
生前は普通の人だったのに、死んでから遠慮がなくなった。
生きている時なら教会の有力者であるホーエンハイム枢機卿を敵に回そうとは思わないが、死ねば関係ないわけだ。
いわゆる『死後デビュー』ってやつだな。
「あれ? この冴えない男は?」
「エリーゼの婿殿だ」
シャーウッド子爵が俺を誰かと尋ね、ホーエンハイム枢機卿が短く答えた。
それにしても、人を冴えない男扱いしやがって。
自分だって、どこにでもいそうな冴えない風貌をしているくせに!
「エリーゼさん、こんな地味な奴と結婚したの? お祖父さんに強要された?」
「ヴェンデリン様は、とても優しい旦那様ですから」
「優しいだけの男って駄目だよ」
こいつ、本当にムカつくな。
堂々とエリーゼにセクハラをかまし、挙句に人を冴えない奴扱いとは……。
段々と腹が立ってきたので、俺は無意識に魔法を放っていた。
「うぎゃーーー! 熱い!」
最近『聖光』を改良して、指先からビーム光線のように発射できるようにした。
これなら、ちょっと離れた位置にいるアンデッドの狙撃に有効だと思って開発したのだが、使い勝手はいいようだな。
俺の『聖光』に包まれ、シャーウッド子爵は地面を転がりながら絶叫していた。
「あなた」
「婿殿」
「ああ、消してはいませんよ」
ただそのまま消すと、三日ほどで戻って来てしまうと聞いていたからな。
シャーウッド子爵が消えない程度に、威力はかなり抑えてある。
「いきなり酷いな! 君は!」
「お前ほど酷くないけどな」
こいつに気を使うのは面倒なので、俺は最初から高圧的に接した。
人に害を成す悪霊というわけではないから、攻撃はしてこないはずだ。
「まあいい。エリーゼさんに浄化してもらう前に、ちょっと社会見学だね。なにしろ三年ぶりだからね」
「社会見学?」
「ああ、シャーウッド子爵はあの世にいる死者のリクエストで、この世にある楽しいもの、新しいものを経験するのだそうだ」
それを果たしてからでなければ、シャーウッド子爵は浄化してもすぐに戻ってきてしまうわけだな。
「どういう意図で私が選ばれたのかは知らないけど、神様の指名でね。こうやって下界に降りてお遣いをするのも、私の修行なのさ」
シャーウッド子爵は決められた回数、この世に来て天国にいる死者の願いを叶えることが修行となり、次の生まれ変わりに必要な徳を積むことになるのだと、俺たちに説明した。
「私が最初にそういう修行を神様から命じられたんだけど、あと五十回くらいやればいいみたいだね」
五十回くらいって……かなり適当だな。
あと百五十年くらいはかかるというわけか。
「冒険者の仕事と同じようなものさ。ある金額を稼ぐのに、ある魔物だと三匹、別の魔物だと十匹みたいな?」
シャーウッド子爵の要求が難しければ難しいほど、叶えてあげると彼は高い徳を積める。
予定よりも少ない回数で、この修行が終わることもあるというわけか。
「私は若くして死んだからね。親よりも先に死ぬって、かなりの悪徳みたいだね。他の若死にした人たちもあの世で苦労して徳を積んでいるよ。神様も、子供とかには配慮するみたいだけどね」
「とにかく、俺たちはシャーウッド子爵の願いを叶えればいいのか」
「そういうこと」
「婿殿、頼む」
「わかりました」
教会からの依頼は断りづらい。
俺はホーエンハイム枢機卿からの依頼で、シャーウッド子爵を連れて外に出かけたのであった。
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