閑話18 リングスタット家の次期当主(その3)
「おい、どうしてこんなことになってしまったんだ?」
「クソッ! アマデウスの奴め! 一門でも席次が上の我らに配慮せず、あの水呑み騎士の八男にばかり肩入れしやがって!」
「怒鳴っている場合ではないのでは? 問題は、我らの息子たちではデニスとかいう小僧に勝てないということなのだから」
「左様、早急に手を打たねば」
「とはいえ、あと三日であのデニスとかいうガキを闇討ちなんてできるのか? もうかれこれ四日も相談しているが、解決策が出ないではないか!」
困ってしまった。
これまでは、我らブライヒレーダー辺境伯家一門と重臣家によるリングスタット家乗っ取り工作は順調に進んでいたというのに……。
それを、あのバウマイスター辺境伯が余計な邪魔をしてきやがった。
昔は、我らよりも遥かに貧しい貧乏騎士の子供だったくせに生意気な!
しかもあいつは、アマデウスばかりに配慮しやがって!
ブライヒレーダー辺境伯家ほどの大家ともなれば、我ら一門や重臣家にも配慮して当然だというのに……。
それなのに、季節の贈り物すら寄越したことがない。
そんなことも理解できない貧乏人の成り上がりが、ブライヒレーダー辺境伯と同格の辺境伯となり、今は形式上隠居したが王宮筆頭魔導師にして一代侯爵だと!
機会があれば、ぶち殺してやりたい気分だ。
「やはり、リングスタットの小娘を誘拐して既成事実を作ってしまおう。前回は失敗したが、今回は上手く行くのでは?」
「それも無理だろう」
あのデニスとかいう小僧がリングスタット家に滞在し、いつも小娘と一緒にいるからな。
しかも、これみよがしにイチャイチャしやがって!
あんな小娘、リングスタット家の財産のオマケでしかないが、あの小娘と結婚しなければリングスタット家の莫大な財産に手を出せないからな。
我ら五人の息子の誰かが、リングスタット家の次期当主となる。
財産は我らで山分け、分不相応なリングスタット家を適正な規模にしてしまう。
成り上がり者のくせに、今の当主はともかく、次世代以降も重臣家として存在感をアピールされたら堪らないからな。
それなりの規模まで縮小してもらうことこそが、結局はリングスタット家のためでもある。
我々は優しいのだ。
なにも、リングスタット家を潰すなんて言っていないのだから。
「しかし、さすがに他の一族や重臣たちからの反発も強くなってきた。彼らが出そうとした婿養子候補たちを、ことごとく潰してきたからな」
「放置しておけ!」
どうせあいつらも、リングスタット家の財産が目当てなのに違いはない。
同じ穴のムジナのくせに、アマデウスに密告しやがって!
あとで覚えてやがれよ!
「それで、どうするのだ?」
「今考えて……「旦那様、少し変わったお客様です」」
さて、どうやってあのデニスというガキを排除しようか考えようとしたその時、我が家の執事が来客を告げた。
しかも、とても変わった客だという。
大切な話の最中なので、ただの客なら執事もあとにしてくれと追い返すはず。
わざわざ報告に来たということは、会ってみるだけの価値のある客というわけだ。
「どんな奴だ?」
「王国考古学協会の研究員だとか。いかにも学者然とした若い男女二人で、旦那様の悩みを解決できる品を持っているとか」
「話を聞こう」
駄目元だが、もしかしたらこの状況を打開できるかもしれないからな。
私は執事に命じ、その二人を屋敷の中に招き入れた。
「お初にお目にかかります。王国考古学協会研究員のノートン・リックと申します」
「同じく、研究員のイルザ・サーラ・フォン・ミューエと申しますわ」
「これは、我が家にようこそ」
執事が一瞬目配せをしてきたが、こいつらは本物だろうな。
特に、女の方は貴族の出だ。
考古学なんて金になりそうにない学問ができる若者なんて、金持ちか貴族の子弟が大半なのだから。
「して、どのような用件で? 発掘の許可なら、お館様に申し出た方がいいと思いますが」
「勿論それもあとで欲しいのですが、まずはとある品を購入していただきたく」
「とても役に立つ品だと思いますわ。特に三日後には……」
この二人、リングスタット家の婿を決める模擬戦のことを知っている。
実家からの情報か?
「ほほう、どのような品なのです?」
「お時間がないようなので単刀直入に申し上げます。発掘品の魔道具ですわ。明後日の戦いで勝利できる」
戦闘力が皆無に近い息子たちが、あのデニスに勝てる魔道具か。
明後日の模擬戦闘、当然代理人は立てられないが、武器の使用は認められている。
でなければ、あのデニスとういうガキが魔法で一方的に有利になってしまうからだ。
「貴殿らが我らに売りつける武器で、あのデニスとかいうガキに勝てるのか? 勝てるのなら、出費は惜しまん」
勝てるのなら、その魔道具……多分魔道具だろう。それも発掘品とみた……を買ってやってもいいと、二人に言い放った。
「その威力、見せてさしあげましょう。デモンストレーションというやつです」
若い男の方が、自信満々にその魔道具の威力をお披露目すると断言する。
そこで我らは、早速ブライヒブルク郊外にある無人の平原へと移動した。
「この岩がいいですね」
若い男は、平原に鎮座する高さ十メートルを超える大岩を標的に、持参した魔道具の威力を見せると言う。
あんな大岩、並の武器では壊せないはずだが、若い男は自信満々の態度を崩さない。
「それは?」
「古代魔法文明時代、軍が使用していた武器ですよ。この筒から、大岩を木っ端微塵にする魔法が飛び出すのです。まあ見ていてください」
大岩から百メートルほど離れた位置から、若い男は筒を構え、照準をつけ始めた。
ミズホで開発されたという魔銃に近い兵器のように思える。
「では、発射するので耳を塞いでください。あと、もっと大岩から離れた方がいいですよ」
それほどの威力というわけか。
我々が大岩から十分に距離を置き、耳を塞いだ瞬間、若い男は筒から魔法を発射した。
と思った瞬間には魔法が大岩に突き刺さり、大きな爆発音と閃光と共に大岩を木っ端微塵にしてしまう。
その跡地にはなにも残っていなかった。
「凄い……」
「これなら、うちの息子でも勝てるはず」
「いくらなのだ?」
大岩が木っ端微塵になる瞬間を目撃した我々は、必ずこの魔道具を手に入れようと決意した。
これがあれば、リングスタット家の莫大な財産を手に入れたも同然なのだから。
「ですが、この魔道具はあと一個しかないのですよ」
「あと一個?」
「ああ、言い忘れていました。この魔道具は一回限りしか使えない使い捨てなのです。実際にその威力を見ていただかないと信じてもらえないので、今、一個は使ってしまいました。残りは一個ですね」
「もっとないのか?」
「さすがに我々も、かなり危ない橋を渡っているわけでして、これ以上は……」
「この手の発掘品は、王国が管理して当然のもの。なぜここに存在するのか、意味はおわかりですわよね?」
本来お上に報告するべきところを、この二人は発掘品を懐に入れた。
もしバレれば、最悪処刑される危険もあるわけか。
「なぜ危険を犯す? お前たちは遺跡を発掘していればいいではないか」
「それが難しいから、我々はあなたにこれを売ろうとしているのです」
「我々の敵も、バウマイスター辺境伯ですから」
「どういうことだ?」
「彼は、我々の領分にまで手を出してきた」
バウマイスター辺境伯が懇意にしているアーネストという魔族。
彼は紆余曲折の末に人間と魔族の交流が始まったことにより、王国考古学協会にも所属するようになった。
そこで成果をあげたアーネストに予算と人員が集中し、その結果割りを食う派閥が出てしまったのだという。
「ここは人間の土地で、遺跡発掘を取り仕切るのは我ら人間の考古学者であるべきだ!」
「魔族に好きなようにされ、憂国の感情を抱いている者たちも多くいるのです」
そこで独自の発掘資金を得るべく、我々に魔道具を売るというわけか。
なるほど、我々は共通の敵を持っているのだな。
「人間だけのグループで大きな成果をあげ、もっと予算と人員を勝ち取れるようにしたいのです」
「わかった。それで、あと一つしかない筒はいくらなのだ?」
「はい、三千万セントです」
「「「「「三千万セントだと!」」」」」
あまりの高額に、我々は思わず大声をあげてしまった。
いくらブライヒレーダー辺境伯家分家と重臣家でも、単独では用意できない金額だ。
「もっと安くならないのか?」
「発掘にはお金がかかりますので。我々としても、結構勉強したつもりなのですが……」
明日までに無理をすればかき集められない金額でもないが、もし失敗したら我々は破産してしまう。
他の四人も『どうしようか?』という表情を浮かべていた。
「しかし、さすがに高すぎるだろう」
仲間の一人が、若い考古学者にもっとマケろと言い始めた。
「それならば仕方ありませんね。今回は縁がなかったということで」
「そんなに簡単に退くのか?」
独自に発掘作業を行うため、金がいるのではなかったのか?
「他に買ってくれそうな候補者がないわけでもないので、そちらに交渉すればいいかなと」
そうか!
この魔道具を不埒なことに使うため、高額で購入してくれる者などいくらでもいるというわけか。
貴族同士の暗闘、家督争いなど。
地方貴族がこの魔道具を用いてことを成したとしても、中央の王国政府が気がつく可能性は低い。
特にこの魔道具に関しては、一回限りの使い捨てなのだ。
もし発掘兵器の使用を疑われて調べられても、一度魔法を撃ってしまえばただの筒でしかない。
証拠がなくなるのもよかった。
「わかりますか? ブライヒレーダー辺境伯様は強い家臣を望まれたので、模擬戦に代理人の出席は認めていない。ですが、魔道具の使用に関してはなにもおっしゃっていません。想定外かもしれませんが、これを用いても問題にはなりませんよ。彼が騒げば、それは王国政府の知るところとなり、違法な魔道具が使用された件で、彼が叱責なり処罰されてしまうのですから。バウマイスター辺境伯の息子である小僧ですが、彼は魔法使いです。死にはしません。運悪く死んだとしても、バウマイスター辺境伯とブライヒレーダー辺境伯が揉めるだけです。なにか問題がありますか?」
「私たちも独自の情報を持っていますが、リングスタット家の資産が自由になるのであれば、その金額は三千万セントの十倍以上。ここで先の三千万セントを惜しむとは……大事を成すに対し、投資を惜しむのは高貴な身分の人間としてどうでしょうか?」
この二人、やはりそれなりの教育を受けた家の子弟だな。
彼らの言い分には納得できる部分も多い。
ここで三千万セントを払ったとしても、リングスタット家の総資産はその十倍以上だ。
ここで金を惜しむべきではない。
「支払おう」
「毎度ありがとうございます」
「わかっていらっしゃると思いますが、代金は前払いで、すべて現金でお願いしますわ」
「わかった、確実に支払う」
我々はこれまで蓄えていた資産に、屋敷や土地、美術品などを担保に懇意の商人から金を借り、その日の夜までに三千万セントを支払い、魔道具の筒を手に入れた。
「一つしかないがどうする?」
「こうなったら仕方がない。うちの息子に使わせてくれないか。資産については、ちゃんと五等分にするから」
「わかった」
「ここで争っても意味はないか」
「約束は守っていただきますぞ」
「当然だ」
これは、以前からの約束どおりだから仕方あるまい。
五家で三千万セントを集めるのには苦労したから、ここで約束を破ったら大変なことになってしまう。
「運悪く、デニスとかいうガキが木っ端微塵になっても仕方がないな」
ざまあみろ!
水呑み騎士の八男風情が、分不相応の大身になるから息子を殺されるのだ。
これでアマデウスと仲違いすれば、その隙を突いて我々がブライヒレーダー辺境伯家において影響力を増すことも可能になる。
その資金として、リングスタット家の資産があるからな。
そして、運命の日がやってきた。
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