閑話18 リングスタット家の次期当主(その4)

「ふぁーーーあ。お姉ちゃん、食べさせてちょうだい」


「もう、デニスは子供ねぇ」


「そうそう、僕は子供だからちゃんとお姉ちゃんが面倒を見ないと駄目だよ」


「はいはい、わかりました」




 リングスタット家の次期当主を決める模擬戦は……実質決闘なんだが、言葉が物騒なので模擬戦と言っている……ブライヒブルク郊外にある無人の草原で行われることになった。

 今日まで隙なくフランツィスカを護衛したデニスであったが、先に現地に到着したのはいいが、彼女に膝枕をしてもらいながら、オヤツのクッキーを食べさせてもらっている。

 これを見た対戦相手と、その親たちは顔に青筋を浮かべて激怒していた。

 さすがに、バカにされているのがわかったみたいだ。

 我が息子ながら、ナチュラルに挑発が上手だな。


「我が息子ながら、意地が悪いな」


「相手の心を攻めるのはいい作戦ですが、油断しすぎて思わぬ不覚を取らないか心配ですわ」


「あはは……」


 これは、父親と母親の差かな。

 カタリーナは、デニスが油断しすぎではないかと心配していた。


「大丈夫だよ。僕も相手の実力が下ってだけなら油断なんてしないよ。でも、あの連中はそれ以下だから」


 強い弱い以前の問題だとデニスは連中に言い放ち、彼らは余計に怒りを増しているように見える。

 リーダー格っぽい分家当主のおっさんは、顔が茹蛸のように真っ赤に変化した。

 よほど頭にきたのであろう。


「そろそろ始めましょうか」


 とそこに、ブライヒレーダー辺境伯がブランタークさんを連れて姿を見せる。

 

「ようは、六人の中で一番強い者が次のリングスタット家当主です」


 模擬戦闘は、トーナメント式ではなくて総当たり戦だとブライヒレーダー辺境伯が説明した。

 それはいいのだが、デニスと戦うと一回で戦意を喪失してしまうと思うのだが、そこのところはどう考えているのであろうか?


「戦意を喪失した時点で失格です。私は、リングスタット家当主に強さを求めています。その程度で戦意を喪失する者など、当主に相応しくない。では、早速決めたとおりに模擬戦を開始してください」


 最初の戦いは、いきなりデニスと、彼らのリーダー格である分家のドラ息子とであった。

 早速戦う前の顔合わせが行われたが……。


「(ぷぷっ、持ってる)」


「(ヴェンデリンさん、しっ!)」


 分家のドラ息子は、後生大事そうに筒を持っていた。

 

「(せいぜい、その威力を確認してくれ。ぷぷっ)」


「(ヴェンデリンさん、しっ、ですわ)」


 と俺に言いつつ、カタリーナも吹き出しそうになっていた。


「魔道具ですか?」


 分家のドラ息子が持つ魔導具に気がついたブライヒレーダー辺境伯が、魔道具を使うのかと顔を顰めさせた。


「お館様、なにか不都合でも? 魔法に魔道具で対応するのは当たり前ですし、そういう武器を使いこなすのも戦闘力のうち。第一、魔道具の使用は禁止されておりません。それは、お館様が一番よくご存じなのでは?」


 お前が言わなかったからだ。

 この間抜けめ。

 ブライヒレーダー辺境伯に対し、分家当主の顔がそう言っていた。


「仕方がありませんね……」


 ブライヒレーダー辺境伯は、渋々ではあるが魔道具の使用を許可した。


「では、始めようか」


 これまで大人しくしていたブランタークさんが、模擬戦開始の合図をする。

 試合が始まると、分家のドラ息子は全力でデニスとの距離を取った。

 駆け足でデニスから百メートルほど離れると、持っていた筒を彼に向け、照準をつけ始める。


「君、遠距離から僕を攻撃する術を持っているの?」


「持っているのさ。貴様はこれで敗北する! 食らえ! 高威力の魔法を!」


 時間をかければ不利になると、分家のドラ息子は筒を構えて照準をつけると、すぐに安全装置を解除した。

 これで筒に封じ込められた高威力の魔法が飛び出し、デニスを直撃する。

 そのあまりの威力に、デニスは肉片すら残らず木っ端微塵になる……予定であった。

 ところが……。


「あれ?」


 現実は、『パン!』という音と共に紙吹雪と紙テープが飛び出しただけ。

 当然、その標的にされたデニスは無傷のまま。

 距離が離れすぎていて、デニスはなにが起こっているのかすら理解していないかも。

 あんまりな結果に、分家のドラ息子は唖然とした表情を浮かべていた。

 そして、『話が違うじゃないか!』という顔を父親に向けている。

 筒に込められた魔法で、気に入らないガキを木っ端みじんにできるんじゃないのかと。


「そんなバカな……」


 父親の方も唖然としているな。

 まさかと思っているのであろう。

 だが、三千万セントで購入した起死回生の切り札が、ただのパーティーグッズだったなんて、魔道具ではなくもない話だ。

 発掘品の鑑定は難しいからな。

 それに、詐欺ってのは騙される方にも責任がないとは言えないのだし。

 えっ?

 どうして俺がそんなことを知っているのかって?

 偶然だよ。

 俺もカタリーナも、王国考古学協会研究員ノートン・リックとイルザ・サーラ・フォン・ミューエなんて二人組は知らないから。

 

「うん? これは『掴みはオーケー』ってやつなのかな?」


 デニスも、ようやく状況を理解したようだ。

 敵が魔道具に込められた魔法で自分を攻撃しようとしたら、どうも思っていたのと違う結論になってしまったようだと。


「自分で攻撃すればいいのに、安易に魔道具に頼るから。実際に使ってみないと効果がわからない魔道具もあるってのにさ。じゃあ、始めようか」


 元々戦闘力など皆無に等しい分家のドラ息子なのに、初っ端で切り札がただの玩具でしかないことが判明してしまった。

 しかもあの魔道具は使い捨てなので、もう魔道具には頼れない。

 これからどうやってデニスと戦うか、ドラ息子はまったく勝算がない状態に追い込まれ、その場で震えながら立っているだけであった。


「時間が惜しいから攻撃するね」


 その後の結果は、もう語るまでもない。

 分家のドラ息子は魔法すら使わないデニスにタコ殴りにされ、あっという間に戦闘不能にされてしまう。

 その様子を見ていた他の四人も恐怖のあまり勝負を棄権してしまい、リングスタット家の次期当主はデニスに決まった。


「このような結果は許されない! この模擬戦は、仕組まれたものだ!」


「そうだ!」


「この結果はおかしい!」


「やり直しを要求する!」


「バウマイスター辺境伯の息子など、ブライヒレーダー辺境伯家に入れれば獅子身中の虫となってしまう。こんなことは家臣の誰も認めない!」


 自分の息子たちが無様に負けてしまい、五人の父親たちはしばらくショックだったようで静かにしていたが、すぐに復活して好き勝手なことを言い始めた。

 バカは、それも特権意識の強いバカは性質が悪いな、としか言いようがない。


「不正があったというのですか?」


「そうです! この結果はおかしい!」


 代表して、分家の当主がブライヒレーダー辺境伯に強く抗議してきた。

 随分と図々しいおっさんだな。


「私は魔道具の使用を認めましたけど。戦闘力の中には、使えるものを上手く使うというスキルも入っているからこそ認めたわけです。それが玩具なのにも気がつかず、呆然自失になって一方的に攻撃されて終わり。他の四人に至っては、模擬戦すら棄権した。あなた方には呆れるばかりです」


「アマデウス……」


 分家当主は、これまでと違い、自分たちを露骨なまでに貶すブライヒレーダー辺境伯にショックを受けていた。

 一門と重臣、五名の影響力を認めているからこそ、自分たちに配慮を続けて当然だと思っていたのに、急に態度を変えてしまったからだ。


「不正ですか。そうですね、不正は正されなければいけない。そこで聞きたいのですが、あなた方五名、バウマイスター辺境伯領に輸出している資材を特定の商人たちからのみ仕入れさせ、彼らから賄賂を受け取っていましたよね? これは不正ではないのですか?」


「えっ……」


「他にも、ブライヒレーダー辺境伯家の名前を勝手に利用し、後ろめたい内職をしてお金集めていたようですが、随分と額が大きいですね。そういうものがまったくないと潤滑な取引が進まないので少額なら黙認していましたが、さすがに限度というものがあるでしょう。随分と蓄財をしていたようですが、それでも足りず、今度はリングスタット家の財産を狙うのですか……」


「あの……」


 ブライヒレーダー辺境伯、今回の騒動ではえらく静かだったが、その理由がよくわかったというわけだ。

 領地運営を潤滑に進めるため、一門と重臣に配慮しているように見せ、その隙を突いて彼らを処罰するネタを集めていたわけだ。


「他の家臣や一族からも苦情が出ておりまして、彼らも言っていましたよ。『あんな連中、消えても誰も困らない』と。ああ、大きな買い物で頑張って集めた資産もほとんどなくなったようで。ですが、あなた方に退職金はありません。今すぐこの領地から出て行ってください」


「そんな!」


「我々は、ブライヒレーダー辺境伯家のためにこれまで!」


 子供をリングスタット家の婿に送れなかったばかりか惰弱で使い物にならないと、これまで黙認されていた賄賂や不正蓄財の罪を咎められ、五家は家族ごと領地から追放されることとなった。


「当然、回状は出しておきますので、あなた方を雇う貴族なんていないでしょうね。頑張って開拓地でも耕していなさい」


 ブライヒレーダー辺境伯家に対抗する貴族が、彼らを引き受けるなんてことはまずない。

 なぜなら彼らは、バウマイスター辺境伯である俺からも嫌われてしまったからだ。

 この平和な時代に、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター辺境伯家を敵に回す覚悟で、彼らを受け入れる貴族など存在しないであろう。

 つまり彼らは、二度と貴族に関われない存在となったのだ。

 腕っ節も駄目なので、冒険者となって逆転という可能性もない。

 このままスラムの住民となるか、開拓地を耕すしかないというわけだ。


「一門の無能さには賛同いたしますとも。ですが我らは、代々功績を重ねた重臣なのです。ここは慈悲を」


 やはり、欲で繋がった関係は儚いものだな。

 五家のうち、重臣家の二人がブライヒレーダー辺境伯に対し温情を求めてきた。

 一門は、ただ一族だったから優遇されていただけ。

 だが自分たちは、先祖代々ブライヒレーダー辺境伯家のために尽くしてきたからこそ、重臣家の地位にあるのだと。

 先祖の功績を利用して、どうにかクビを回避したかったわけだ。

 ここでクビになってしまうと、凶状持ち扱いなので誰も雇ってくれないからな。

 うちも、確実にローデリヒが弾く。

 デニスを殺しても構わないと思っていた連中だ。

 もし運よく仕官できても、確実に針の筵だろう。

 万が一にも雇うわけがないけど。


「いえ、いりませんよ。リングスタット家がいますから。次の当主は、バウマイスター辺境伯のお子さんで優秀な魔法使い。ブランタークの次のお抱え筆頭ですね。あなた方は、それ以上の貢献を我が家に対して示せる自信があるのですか? なければ無理ですね。ああ、それと一週間以内に領外に出てください。でなければ、強引に叩き出しますので」


「「そんなぁ……」」


 ブライヒレーダー辺境伯からの最終宣告を受け、五家の連中はガックリと肩を落とした。

 それ以降、彼らの消息を知る者はいない。

 俺も興味がないので調べもしなかった。

 もし野垂れ死にでもしていたら、ちょっと悪いような気がしてしまうので、知らない方が精神衛生上いいからな。






「バウマイスター辺境伯、例の玩具はどうなったのであるか?」


「使ったよ。いいタイミングで使ってくれたから、凄くウケたわ」


「それはよかったのであるな」


 デニスが正式に次のリングスタット家当主となることが決まってから数日後、うちの屋敷にアーネストが顔を出した。

 今もバウマイスター辺境伯領内のみならず、ヘルムート王国中の遺跡を駆けまわっている彼であったが、今では魔族のみならず人間の弟子も増え、これで面倒見はいい方なので意外と慕われているらしい。

 考古学者という点のみにおいては、非常に優秀な人物だからな。

 さらに、今回使用された変装用の魔道具と魔法が封じられた筒の提供者であったのだから。


「それにしても、武器と玩具がそっくりって……古代魔法文明時代は凄いな」


「あれは、アキツシマ共和国が製造した品なのであるな。彼らは玩具でも手を抜かないのであるな。職人の誇りというやつであるな」


 ジョークグッズなのに、兵器とそっくりに仕上げてしまう。

 凝り性である日本人に似ているかもしれない。

 二つの筒が似ているからこそ、あの連中も引っかかったのだという側面もあったからな。


「儲かったのであるな。あの大金があれば、もっと考古学を志す若者を支援できるのであるな」


「それはよかったな」


 連中から巻き上げた三千万セントであったが、全額アーネストに渡した。

 こいつは学者バカなので、結婚する気なんてさらさらなく、蓄財も贅沢も望まないので、得た金はみんな発掘、研究に使ってしまう。

 今回得た大金も、考古学者を志しながらも、お金がなくて諦めざるを得ないような若者たちの支援に使うのだそうだ。

 俺が持っていると、痛くもない腹を探る奴らが出てくるかもしれない。

 ブライヒレーダー辺境伯も返せとは言わないというか、言えない。

 なぜなら、彼も邪魔な一族と重臣を潰すため、俺の詐欺を黙認していたからだ。

 あのバカ共が贅沢で浪費するくらいなら、若い考古学者たちの支援に使われた方が、はるかに世の中のためであろう。


「奨学金制度でも作るのか?」


「バウマイスター辺境伯は、魔族の国の制度に詳しいのであるな」


 前世で俺は奨学金を借りたことがなかったが、そういう制度があるってのは知っていた。

 魔族の国にも奨学金制度があるのか。


「うちも検討してみようかな。奨学金制度」


「それはいいのであるな」


 家が貧しくても優秀な子供なら教育を与え、あとでバウマイスター辺境伯家で雇うというのもアリか。

 今度、ローデリヒに相談してみよう。


「万事上手くいってめでたしなのであるな」


 ブランタークさんは、無事にまともな後継者を得られた。

 ブライヒレーダー辺境伯は、目障りで無能だった一族と重臣を何名か追放できた。

 追い出された連中以外は、誰も損をしていない。

 大貴族家ながら他家の陪臣の跡継ぎに俺の息子を出すのかという意見もあるが、元々ブランタークさんは王国からも褒章された有名な魔法使いであり、俺とカタリーナは彼の弟子である。

 師匠の家を継ぐ息子を俺が送り出しても、そんなに不自然ではない。

 なにより、デニス本人が志願したのだ。

 間違ったことをしているわけでもないので、子供の意志を尊重するのも父親の役目であろう。


「デニスは、もうリングスタット家に住んでいるのであるか?」


「また余計な口を挟む奴が出ないとも限らないからな」


「残念、デニスは遺跡発掘の手伝いをよくしてくれたのであるな」


 実は、アーネストとデニスは仲がよかった。

 魔法の訓練も兼ね、アーネストの依頼で地下の深い位置にある遺跡発掘を手伝うことが多かったからだ。

 それと、バウマイスター辺境伯領内なら、俺かフリードリヒの許可があれば魔物の領域にも入れる。

 発掘作業の手伝いに、遺跡近くにいる邪魔な魔物の駆除は何度か経験もあった。

 アーネスト曰く、残念ながら考古学にはまるで興味がないそうだが。


「それにしても、昔から仲がよかった憧れのお姉さんを妻にする。子は親に似るのであるな」


 デニスとフランツィスカが、俺とアマーリエ義姉さんみたいだと、アーネストがからかってきた。


「お前、そんなことに興味あったのか。もしかして、結婚するとか?」


「あくまでも世間一般のお話であるな。我が輩は考古学が妻みたいなものなのであるな。発掘を手伝ってもらったデニスへの恩返しであるな。兵器やジョークグッズに考古学的な価値は薄いので、有効に使わせてもらったのであるな」


「あれに考古学的な価値がないという意見には賛同する」


「次の遺跡が我が輩を呼んでいるのであるな。幸い、資金はタップリなのであるな


 それから三年後、成人したデニスはフランツィスカと結婚してリングスタット家の当主に就任。

 そのままブライヒレーダー辺境伯家のお抱え筆頭魔法使いとなる。

 そしてその子孫は永きに渡り、ブライヒレーダー辺境伯家お抱え筆頭魔法使いとして仕えることになるのであった。

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